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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2019-07-21

最適解

21:43

 教育に最適解などあるのだろうか。この最適解という言葉、「現状の自分」という範囲を限定した上でそれを使用するにしても、そこには思考をとめることでカタルシスを得ようとする自分がいないか。安易に最適解を見つけた、自分の中の理想に到達したなどというのは、幻想なのではないか。


 自分も、よくこのような思考に陥ってしまうことがある。その瞬間、僕が抱く教師像が、教室で機能しなくなってしまう。最適解を見つけたとのたまう教師のもとで、果たして複雑な社会の中で、多種多様な選択肢の中から最適解を探ろうとする「構え」を子どもたちに身につけさせることができるのだろうか。


 ただ、覚悟を決めてそれ以外の選択肢を見えなくさせる決断もまた、欠かせないことだと思う。偏ることで見えてくる気づき、得られる新たな発見もあるだろうから。中庸、バランス思考を取ることもある種の「偏り」とみなし、その思考に対してもバランスを取らなくてはと思う。

2019-07-20

1学期雑感②

23:25

学び合い』の中で、個々の子どもの中に入り、雑談や相談、学習法のアドバイスや、問題出したりと、今学期も授業中多くの子と関わりを持つことができた。


そしてどこかの時間で、自分の選択した学習方法について振り返りジャーナルを書いてもらう。


翌日また個人へのフィードバックの旅。


ジャーナルを授業通信で紹介して集団にフィードバックすることも取り組んだ。


とにかく今年度の僕は、子どもを集団で見ることと個として見ることのバランスを取ることを心がけている。


過ぎたるは及ばざるが如し。中庸。先人の考えついたこれらの言葉は、要はバランスを取れということではないか。極端をとってしまうと、たちまち大事なものが見えなくなってしまう。そして自らに問い続けることができなくなってしまう。


それでは日々の授業通信も出せなかったし、何より子どもたちにチャレンジングに取り組み続ける自分を見せられなかった。

2019-07-19

1学期終了 雑感

22:15

終業式が終わった。今の自分にとっての現在地が教室にある。今の教室こそが、自分の現在地である。そして自分は、自分と地続きにしかない実践を失敗や成功を繰り返し、試行錯誤していくしかないのだ。

そのような構えの大切さを再認識した1学期だった。


何よりボクが彼らに成長させてもらった。彼らもそんなボクから成長することの価値を少しではあるが、感じ取ってくれたような気がする。


子どもたちのおかげで自分は成長し、その自分に相まって、子どもたちも変容していく。教育とは、教師と子どもたちの成長の相互のスパイラルでその機能性が高まっていくのかもしれないなぁ。


だがやはり学期末は自分の心が擦り切れていくのを感じる。無意識的にも意識的にも子どもたちに求めてしまう自分がいる。


学期末だから変わらなければいけない、成長しなくてはならない。


そのようなボクの考え方の中には教室の子どもたちはいない。


自分の理想と子どもたちの成長が緩やかに折り重なっているのだろうか。


そして、その場その場でそのような、教室と乖離した自分を意識的に捉えることができているのだろうか。

2019-06-26

メタ認知

20:42

学び合い』におけるメタ認知の育成は、経済学のトレードオフという考え方を軸に据えればその機能性を高めることができる。

2019-06-25

何かを選択することは、何かを選択しないこと。

18:52

授業とは、限りある時間の下、多様な学習方法の選択を経験していく中で、人生において自分にとって価値のある選択とは何かを探求していく場である。