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心うなずく方へ、進め ー山形:高ー このページをアンテナに追加 RSSフィード

□自己紹介□
山形県で高校教員をやっておりますtkrst1227と申します。担当は理科です。'17.05に『学び合い』(二重括弧の学び合い)に出会い、'17.12から実践を開始しました。知識も実践期間もまだまだ浅いですが、自分自身が日々学び成長しながら、目の前の生徒のためになることに取り組んでいきたいと思います。県内外の方で『』や授業改善のために情報交換してくださる方がいらっしゃいましたらsummerkick56あっとまーくgmail.comまでご連絡くださいませんか。よろしくお願いします!

□ご案内□
◇山形『学び合い』の会
主に鶴岡と寒河江の中学校の先生方が中心となって定期的に開催されている研修会です。『』を実践されている方をはじめ、『』を知ってはいるけど実践はしていない方や『』について殆ど知らない方も参加されます。次回の開催は〈未定('1908現在)〉です。一緒に参加しませんか?多くの方をお誘いします。

◇チーム山形勉強会
授業改善をコンセプトに定期的に開催される有志教員による勉強会です。各人の日々の授業における問題課題を持ち寄ったり、テーマを決めて協議したりと取り組み方は様々です。次回の開催は〈未定('1908現在)〉です。こちらにも多くの方をお誘いします。

※どちらも開催が決まりましたら随時更新してご案内いたします。

2018/05/31 (木)

職場内で『』を広げる一歩。

22:44 | 職場内で『』を広げる一歩。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 職場内で『』を広げる一歩。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 職場内で『』を広げる一歩。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

本日、新採の先生から授業見学の依頼を受けて了解し、見ていただいた。その方は私が『』の考え方で授業を行っているか分からないが、たぶん知らないだろうし、初任者として様々な同僚の授業を見学しているということに、私も選ばれたというところである。

授業を見てもらって、その後にじっくり話はしていないものの、色んな点でビックリしたようである。後程じっくり感想を聞かせてもらおう。また、自分の職場には『』で授業を行っているものは私以外はおらず、日頃から話をする相手はいない。だから一人でも仲間が増えたらなぁと思いつつ、新採故に、色んな方の授業を見てもらい、色んな考え方や取り組みにチャレンジしてもらいたいと思う。ただ、ただそれでもやはり『』の良さや授業をやる楽しさもじゃーかんプッシュした形で伝え、今度は違うクラスを見てもらうことにした。その方が副担のクラスも私が担当しているので、それを見てもらったあとに、『』について話をしてみたいと思う。

まずは、『』での授業を始めてから、イベント事ではない形で授業を見てもらったのは初めてだったので、自分の課題でもあるが“授業をどうするか”ではなく(もちろんそれはそれで大切ではあるが…)“授業でどうするか”について話をしてみたいものだ。

2018/05/29 (火)

生活指導。

22:03 | 生活指導。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 生活指導。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 生活指導。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

我が校は、残念ながら生活指導がしっかり出来ているとは言い難い。もちろん、自ら律している生徒もいるが、その一つに、どうしても男子ならシャツ出し下げパン、女子は短いスカートに化粧といった身嗜みでの指導が行き届いていない生徒がおり、他校の生徒と比べると明らかな違いがある。何十年前に比べたらビックリするほど身嗜みも良くなり、生徒指導の回数も激減したとのことなので、それだけを聞くと安心してしまいがちだが、やはり在るべき姿を目指して指導していかなくては。

さて、そんなことを考える日々の今日、教室に入ろうとして廊下に待機している我が1年生の前を、だらしなさマックスの2年生がオラオラと通る。

わが1年生は何を思っただろうか。

最近の私の方針は、よくない事への指導も「○○してはダメ」とか「○○しないといけない」と言うような、マイナス用語やネガティブな雰囲気を表す用語を極力使わないように心がけている。なので、服装も「しっかりしような」というように呼び掛けて、いるが、子どもたちの心の奥底から「そうだよな」と腑に落ちる言い方をしていきたい。「あの先輩たちのようには…」と言うのは、自分自身の学校をけなす感じがする。彼らにこそ、伝え続けなければ。

他校さんでは何でもないことが、うちではなんでもある、と感じる日々です。

2018/05/28 (月)

生徒との関わり。

22:33 | 生徒との関わり。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 生徒との関わり。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 生徒との関わり。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

ある生徒指導問題が起きた時、どうしても表面的で一般的な指導になることが多いかもしれない。しかし、その生徒にとって大切なことは、世の中の“当たり前”の事よりも、自分自身に正面から、そして本気と本音で向き合ってくれる人の存在なのだなと、最近の職場の事例から実感した。

自分は何を目指すのか、表面的なことではないのか、しっかり本音の部分から願えているるのか、しばしば疑問になり、不安になる。その疑念を晴らすためには、まずは目の前の事を1つ1つ、やっていくしかないな。

2018/05/21 (月)

今日は試験勉強。

23:01 | 今日は試験勉強。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 今日は試験勉強。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 今日は試験勉強。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

明日から1学期中間試験。試験範囲も終わっているので、今日は授業があった全ての授業で、自由に試験勉強とした。

以前の私は自習型の学習の場合、原則は話をせず、質問がある場合のみ前後左右の人に小さな声で聞いてもイイよ、というようにしていたが、『』での授業を始めてからは、今日のような試験勉強の時は何も言わないものの、自然と学び合う姿や雰囲気がみられた。特に、打ち解けあっていて安心感のあるクラスほどそれが顕著で、逆にまだギスギスしているのか、と互いに打ち解けられないクラスは自然な『』は生まれなかった。

何も言わなくとも、彼らにとって『』は得なんだなと感じたところでした。

2018/05/20 (日)

本日参加した研修会:チーム山形勉強会

22:28 | 本日参加した研修会:チーム山形勉強会 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日参加した研修会:チーム山形勉強会 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 本日参加した研修会:チーム山形勉強会 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

今日は有志教員による授業改善を目的とした定期的な勉強会。今回も新たなメンバーを歓迎して開催されました。

今回の内容は、年度始めのオリエンテーションの振り返り、教員同士の互いの授業の見合い、問いや課題の立て方、生徒自らの振り返り法など、色んな視点から話し合いました。

今年度が始まって一学期の半分が経過。今日話し合った点での今後の変容がどうなるのか、大いに期待したいです。

2018/05/18 (金)

本日の授業で感じたこと。

22:26 | 本日の授業で感じたこと。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日の授業で感じたこと。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 本日の授業で感じたこと。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

2年生の「科学と人間生活」という理科の科目で、光の性質についてやりました。以下は本日の授業の内容です。

『通常光は進行方向に対して垂直に様々な方向に振動しながら進む。それに対して特定の方向にのみ振動する光を偏光といい、偏光板を用いて確認することができる。』

この内容はごく一般的で、以前の私はこの内容をどのように伝えるか、どうすれば分かりやすいか等を考え、市販の偏光板を購入して実際には無い仕切りがあるように見える円筒を作ったり、偏光板のモデルを作ったりして授業を行ってきました。

現在取り組んでいる『学び合い』の考え方で、今日行った2クラスの授業の最初に、

「今日は光の性質である偏光について理解しよう」

「(偏光板で作った円筒は、最初は仕切りがあるように見せ、その後、円筒の中を覗かせて仕切りが無いことを確認させて)こんな風に見えるのは何故かも考えてみよう」

と語り、あとは生徒の時間として取り組ませる。

時間はかかるものの、これまでは私があれこれ教えていた内容を理解する生徒、議論の末に気付く生徒たち、早とちりするも他の生徒に訂正される生徒など、実施した2クラスで様々な生徒が表れる。自分一人の力あるいは自分たちの力で悩み考え、そして答えにたどり着く。その過程で使用する教材は私がわざわざ使わなくとも、自ら使用する(使用できる)生徒や、分からず使っているうちにたまたま適切な使い方を見つける生徒もいた。授業の中のあの時間やあの瞬間が彼らにとって大事なんだなぁと、やはり彼らにはその力があるのだなぁと、私自身が今日の授業で気付かされた。

授業後に書かせている“振り返りカード”では、私の力不足で意識が“授業の理解”に留まっている生徒が多い。『』の考え方でやることがなぜ自分たちに得なのか、それがしっかり腑に落ちる生徒が表れるまで私自身がぶれずに在り続けたいと思います。

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2018/05/17 (木)

語りの中での例え。

21:55 | 語りの中での例え。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 語りの中での例え。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 語りの中での例え。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

卒業生徒の6割が就職する我が勤務校。つまり、目の前の生徒のうち6割はこの高校生活で可能な限りの力をつけて、それらを伸ばし、未だ見ぬ集団の中でそれらの力を発揮できるようにしなければいけない。ただ、もちろん“就職”がゴールではないので、その先の幸せに向かっていくというところは意識させたい。

さて、本校の卒業生による統計といえども、まだまだ“他人事”として考えている生徒が多いのが実情。そんな生徒たちにどのような話をすればよいか(何より私自身が何を願うか)を日々考える。昨日今日、こんな話をしてみる。

(2年生に対して)

・話は早いが、2年後、ここの6割は就職するだろう。その時は新入社員、先輩たちから色々教わるし、みんなも色々聞くだろう。

・だが10年後や20年後はどうだろう?進学した4割のみんなも含めて世間的には中堅だ。ということは部下や後輩を抱える人も出てくる。当然立場的に教えることが多いだろうが、それでも分からないことがあれば上司にはもちろん場合によっては部下に聞くこともあるだろう。

・となると、どんな時も“人と関わる力”が大切になってくる。多様な人と関わり折り合いをつける力が大事だ。

・さらに、みんなが所属するであろう会社で、その会社の売り上げやサービス等の目標を社員みんなで達成するために社員みんなで取り組むだろう。

・それは「オレだけ出来ればいいや」とか「オレ一人出来なくても…」ではなく、みんなでやることが大切になってくる。

・そういう意味では学校は、特に(私の)授業はそのための訓練の場である。その日の課題というプロジェクトにクラスメートという同僚で全員で取り組むことが、そのままみんなの力になる、みんなにとって力になるんだ。

・さあ頑張ろう!

という感じ。

…打ちながら、んー押し付けがましいかな?と感じる。2割にはすんなり入ってくれるんではないかと、6割を動かしうるエネルギーに繋がってほしいと願う。

まだまだ考えていくしかないな。

2018/05/15 (火)

イイ意味での開き直り。

22:25 | イイ意味での開き直り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - イイ意味での開き直り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー イイ意味での開き直り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

二年生のあるクラス。

ブログにも度々登場(投稿)している、あまりしまりのないクラスの本日の授業の話。前回、授業の最後に、取り組みに関して「もう少し真剣に取り組もう」「この授業は『みんなならできる』という前提でやっている」「まだまだみんなの力はのびる」等々、今思い出しながら書いて(入力)していると、やはり目先の授業のことだけを考えていた内容だなぁと自分でもつくづく思う(こちらも過去に投稿しているが、私自身の課題の1つ)。

今日は、先日『』をされている方と同じような悩みから様々話をさせてもらった時に、以前から薄々思っていたことを、確信めいて授業をやってみようと決めた。それは、

目の前の生徒の授業“を”良くしよう→目の前の生徒の授業“で”良くしよう

という感覚である。

前者は文字通り、私自身が無意識に抱いてしまっている思いであるが、そもそも『』での授業に何の意味があるのか、どのような思いを込めるのかを考えた時、彼らのためになるんなら、もはや(言い方は悪くなるかもしれませんが)授業なんてどうでもいい、という極端な開き直りである。そうすれば、気になる生徒の言動や行動にいちいち気を取られなくなる(若干、気になるものは気になる)し、むしろ「こいつら~どう変わってってくれるのやら!」なんて楽しみさえ感じた。一方で、一部黙々と取り組んだり友人と遠慮がちに話したりする生徒たちに多少気配りができるようになった。

『』は気持ちの問題か、と考えることが無くはない。もちろん、精神論というものではないが、純粋に自分の本音の部分での気持ちで目の前の生徒たちの何を思うか、生徒たちにどのようになってほしいのか、そういう意味では気持ちの、思いの問題なんだなと感じるのである。

今日の最後、上記に関して「『はい、どうぞ』でみんなの時間にしていたはずなのに、オレ自身がみんなの取り組みや様子に『こうあってほしい』というような思いを抱きすぎていて申し訳ない」と素直に伝える。分かってくれている生徒も何人かいた。やはり、こちらの思いはしっかり伝えるべきなのだな。

rx178gmk2rx178gmk22018/05/15 22:46 記事を読ませていただきました。気づかれたことはとても大切なことだと思います。先生が感じたことに似ているかと思って書きますが、『学び合い』の語りは、年齢を問わないという感覚です。もちろん言葉自体の難易度は配慮をする必要はあると思いますが、伝えたいことは、小さな子ども集団でも2割は理解できます。(あえて言い切ります)
 その時に大切なのは、自分自身がその考えや思いを納得しているかです。納得していれば、どんな言い換えもたとえ話もできるからです。
 ぜひ、毎日、毎時間の語りを大切にしてください。自分で納得していることは必ず伝わり、授業が変わっていきます。

tkrst1227tkrst12272018/05/15 23:02rx178gmk2さん、コメントありがとうございます。
これまで「大切な言葉」や「良い言葉」を使う(語る)ことが効果があるように思っていた節がありますが、仰って頂いた通り、自分自身の中で腑に落ちて納得のいく言葉でないと、すぐさま語りは弱くなり、伝えたいことも伝わりにくくなるのだなぁと感じてきました。今後の語りも、納得して自分の言葉として伝えていきたいと思います。

2018/05/13 (日)

本日の部活動にて。

22:07 | 本日の部活動にて。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日の部活動にて。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 本日の部活動にて。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

私は陸上競技部を担当しています。

練習は市内の陸上競技場にて行います。貸しきりではなく、他の団体(小学生のジュニアチームから中学校や他の高校の陸上競技部)と共有しながら練習に参加します。

今日の練習の最後の方で、中学生たちが同じような練習をしていたということもあり、うちの生徒たちが中学生たちと一緒に走ることに。ちなみに、うちの生徒は陸上を始めたばかりの素人軍団、一方で中学生たちは、トップの子達は、中学の県大会でも上位入賞しそうな実力。走る前から練習の聞こえてくるタイムを比較すれば、年の差ではなく走りの差が分かってしまう。

実際走ってみると、高校生でありながら数人の中学生に先を走られてフィニッシュ。あーどんな感情なんがなぁと気になった。

部の陣地(みんなの荷物を置いているとこ)に戻ってきた彼に

「どうだった?」

と聞いた。そしたら、

「自分が走れることに驚いた」

と、イキイキしながら言いました。

こちらが予想していた(中学生よりも遅いことに対する悔しさがあるのではないか、負けたことを悔しそうに言うんじゃないか)ということは、ほぼなかった。

自分自身の悪い癖である先入観を持つことを気を付けなくてはいけないが、生徒が感じていること思っていることをしっかり聞き出すこと、それを認めて誉めたり励ましたりしていかないと思った。そして何より、その考え方は『』の授業で心掛けることと似ているなぁと感じました(あくまで主観です)。

2018/05/12 (土)

『』実践者の方との語り。

23:13 | 『』実践者の方との語り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 『』実践者の方との語り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 『』実践者の方との語り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

今日、直接の対話ではないが、『』を実践されている方と色々話をさせていただいた。

自分と同じように(正確には自分以上に)色んなキツくて辛い思いをしてきて(二人とも『』の実践を始めたばかりですので…)どのように受け止め、悩み、考え、そして語って授業を続けてきたか、色々教えてもらった。

教えてもらったことは、色んな方々が言っている(書いている)ことと殆ど同じではあるが、とても強く響いた。その“同じような言葉”が その人の言葉になっているのだなぁ、だから生徒にしているような強い語りになっていたのだなぁと感じた。

教えてもらったこと、そして、今日のこの方との繋がりで、自分自身もまた進歩せねば。

2018/05/11 (金)

無意識の“こうあるべき”

21:42 | 無意識の“こうあるべき” - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 無意識の“こうあるべき” - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 無意識の“こうあるべき” - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

本日の授業。

複数のクラスの授業がありましたが、どのクラスもしっくりこなかったなぁいう感じです。

そう感じるのは何故か。自分なりに客観的に考えると(私はどうもコレ(=客観的に)が苦手です)色々な生徒や授業の状況に「こうしたら(しなかったら)いいのになぁ」「こうあるべき(じゃないべき)なのになぁ」と思っていたなぁということ。できる子、できない子、よく話す子、あまり話さない子、男の子や女の子、色んな状況の子どもたちに対して、今日はいつも以上にやたらと自分のエゴに近い思いが出続けてしまっていた。今思うのは、

・子どもたちの何を見ていたのか(見ていきたいのか、見るべきなのか)

・子どもたちのそれぞれの可能性を信じられないのか(願えば届くのか?と不安になることも…)

・そういう色んな感情が表情に出てたのかなぁ

等など。

今日、西川ゼミのYouTube(20180407学部2年ゼミ)を見て、ことある毎に「このクラスの6割は就職し、4割は進学する」という言葉を使っていた(実際に毎年統計取ってるので間違いではない)が、高校教員として、目の前の生徒たちを“卒業させて就職(就職)させること”が実際の目標になっており、就職してからのずっと先の幸せを願うことは、限定的だったのかなぁと思う日々です。

TsuwzzyTsuwzzy2018/05/13 07:09tkrst1227さんこんにちは。私は、大阪府 阪南市で『学び合い』をすすめている Tsuwzzy と申します。中学校で英語を担当しています。よろしくお願いいたします。

本校では、勉強することそのものについて、モチベーションの高くない生徒が数多くいます。英語でいいうと、「 happy は 幸せな という意味である 」と覚えることができない(覚えようとしない)生徒が多くいます。そんな学校ですので私は「英語の授業はがんばろう」と思わせることができたらそれでよい、というレベルからスタートしています。「深い学び」に至ることはほぼありません(笑)
それでも、『学び合い』の考え方を導入し、実践していくことに意味は大きいと考えています。

…わたしの返信が、いくらかの参考になれば幸いです。私も日々悩みながら実践しております。またコメントを頂ければ…と思います。

tkrst1227tkrst12272018/05/13 21:28Tsuwzzyさん、コメントありがとうございます。
そうなんですか。実はわが勤務校も勉学に関しては…という状況です。だからこそ、同じく『』の考え方で、生徒たちの未来のために生徒たちの力を伸ばしていきたいと考えております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2018/05/08 (火)

“同僚”という言葉を使用した語り。

22:33 | “同僚”という言葉を使用した語り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - “同僚”という言葉を使用した語り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー “同僚”という言葉を使用した語り。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

今日は2つのクラスについて。

①2年生のあるクラスにて

今年に入ってから、よりダルさが目立つ2年生のクラス(ごく一部の生徒の不真面目さが、周囲に伝播しており、様々な授業での態度や日々の挨拶、服装がだらしなくなってしまっているクラス)で、5/1&2と7のブログで書いたような経緯があり、今日はこれまでと異なる視座で授業を見取ることが出来た。いつも気になっていたごく一部の生徒は変わらず、そして当然視界に入るが、私の感覚・捉え方が変わった。そのかわり、違う生徒の書いているものや話していること、あるいは視線など色々見ることが出来たし、色々違って見えた。

そのクラスの授業の最後、初めて“同僚”という言葉を使って語る。「このクラスで同僚という意識を持って取り組んでみよう」「同僚と力を合わせて1つの目標達成に向かって」等々、しっかり語ることが出来たと、何人かの生徒の表情から言えると思う。クラスによってフィットするワードがあるのかな?とも感じた。

②1年生のあるクラスの一人ぼっちの子

周囲に話しかけられず、周囲からもさほど近寄ってもらえず、一人黙々(逆にノンビリと?)取り組む生徒がいる。その子のクラスの授業が昨日あり、今日の放課後にルーブリックをチェックした(5/2のブログ参照)。それまでその子は取り組む授業の最後の時間帯に一人か二人に教えてもらう形で、正解や不正解は別として、結構適当にネームマグネットを貼り付ける生徒だ。

今日もその子はひとりぼっちになってしまい、最後の数分、気づいた友達が来てくれた。その後、その日の振り返りをカードに記入させ、今日の放課後にチェックしたところ、

「仲間ってイイな」

と一言だけ書いてあった。少しホッとしたし、私自身の取り組みに対しての自信に繋がる一言であった。頑張れ!

2018/05/07 (月)

生徒たちに求めるもの。

22:12 | 生徒たちに求めるもの。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 生徒たちに求めるもの。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 生徒たちに求めるもの。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

今日の授業を通して感じたこと。

私の、無意識ではたらいてしまう(そうは思いたくはないのだが、実際はそうなっているので認めざるを得ない…)クセが、授業中の生徒たちに対して“授業をより良くするためにはどうすればよいか(そのために何を語るか)”と考えてしまうことだ。今日もやはり考えていた。でも、なにかをキッカケにして「オレがこの授業で生徒たちに求めているものはなんだったっけ?」なんて疑問が出てきた。そしたら、目の前のアレコレを改善したいという気持ちはどこかに吹っ飛んだ(と言うか、言い過ぎれば授業のアレコレはもはや…、と感じた)。改めて、その授業の最初にも語った「全員達成しよう」や「一人も見捨てない」を目指している、求めているんだよなと気づいた。そして、最近の自分の課題は「『一人も見捨てないことや全員達成する(目指す)ことは得である』ということを如何に伝えるか」であるが、それを、これまでのクラスや部活、一番は家族の例から語ることが出来た、ような気がする。

この感覚は、自分の中で大事であると感じている。

2018/05/02 (水)

昨日の日記の続き。

22:45 | 昨日の日記の続き。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日の日記の続き。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー 昨日の日記の続き。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

授業の最後に振り返りカードを書いてもらっています。その日の授業の理解度やクラスメートとの関わり等について振り返っていた昨年から変わり、今年度はルーブリック型にして数日連続して書き込む形にして、自分の在り方(理解度や対話、全員達成に向けて取り組めたか等)を振り返りながら理想の形(評価)を確認しながら記入させている。


今日の本題ですが、昨日の日記に投稿しましたあるクラスの振り返りカードを今朝確認した。全部目を通して気付いたのは、思いのほか「しっかり説明できた」「理解できた」「中学校の時の内容を思い出した」等が多かったコトだ。自分はいったい何を見ていたのか。“気になる生徒(たち)”に目を奪われ過ぎて、気付くべき所に気づけなかった。今思い起こしてもちゃんとやってたのかな?ってくらいの雰囲気であったが、一 部の雰囲気から全体がそうであると錯覚していたのか。

まだまだ見る力、見とる力が足りない。何より、彼らの未来の姿を描ききれていないな。信じる力が少ない。反省反省。

2018/05/01 (火)

まだまだなのだ。

22:50 | まだまだなのだ。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー を含むブックマーク はてなブックマーク - まだまだなのだ。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー まだまだなのだ。 - 心うなずく方へ、進め ー山形:高ー のブックマークコメント

昨年末から『』で始めている2年生の今日の授業にて。

今年になってから、昨年以上にダラダラ~としまりのない感じになってしまっている取り組んでいる生徒ももちろんいる。私の中のまだまだ何かが足りないと感じつつ、一方で「このクラスだから仕方が…」と思ってしまっている気もある。

最初の語り後、スタートしてからある男子が、

「先生、このやり方で成績上がってるすか?」

との質問。それに対して私は

「うん、下がってないし、むしろ全体として上がってるよ」

(最初から“上がってるよ”と言えなかった自分…)

付け加えるように私が、

「一人一人で見たら上がっている人もいれば下がっている人もいるかもね。でも全体的には上がってるよ」

そしたら彼が、

「でもやっぱ成績は個人じゃないですか?」

と言った。

私「そだなぁ。○○は前の授業の方がいいのか?」

彼「はい、前の、聞く方がいいです」

その後の彼は、プリントに取りかかるでもなく、隣の生徒と話をしたりボーっとしたりしていた。

彼がなぜ取り組まないのか、取り組んでくれないのか。単に“彼が取り組まない”ことを課題視している時点で、自分の願いが弱いのだろうなと今は思う。

(心のどっかでは、その生徒を含めて真面目にやっていない生徒たちに向かって「ちゃんとやれお前ら!」と叫びたい自分がいる)

最後の語りで、本音で言おうと思って話した。

雰囲気に緩さがあるのは、私自身の皆に求めるものが“授業レベル”であったこと。本当につけてほしい力や伸ばしてほしい力は、一生レベルであるので、そのための「一人も見捨てない」や「全員達成」であること。言っていることと思っていることに差があった。また、いろんな人(寝たり話したりふざけたりする人)がいるが、それは君たちの力でなんとか解決できると信じていること。まだまだみんなならやれる。この授業でやることは、みんなにとってこれから何十年先まで必要なものになっている。それを信じてほしい。

まだまだ願いが足りない私。最後の語りでキレイ毎を用いて済ませるよりも本音でぶつかった方がよいと思った。まだまだ、まだまだ変われるハズ。まだまだ学ばねば…。

ch1nnench1nnen2018/05/02 07:33高2で世界史を今教えています。僕の目の前にいる生徒もそんな状態がちらほら。
でももしかしたらそんな状態も今の彼らにとって必要なのかもな、とも思ってます。

tkrst1227tkrst12272018/05/02 22:22ch1nnenさん、コメントありがとうございます。
彼らのようすが「私からして(見て)」であり、「彼らにとって」という視点ではなかったですね。引き続き彼らを信じてやっていきたいと思います。