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manabiai school から創り出す僕たちの交響体 ~安心な僕らは旅に出ようぜ~

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2010-12-28

となりのトトロ。 04:58

吉本ばななは「アムリタ」という小説の中で、となりのトトロをこう表現している。


「そのすべてのノスタルジー(懐かしさ)が、個人の過去を越えた普遍的なイメージで、これでもか、これでもかと波のように押し寄せてきた。」




誰もが懐かしいと感じる、となりのトトロ。


体験したこともない人でも、懐かしさを感じるのはなんで?


「平成狸合戦ぽんぽこ」

「耳をすませば」


に出てくる団地もそう。



なぜかめっちゃ懐かしい。




「蛍の墓」を観て怖くて眠れなかった小学校3年生の頃の自分を思い出す。

印象に残ってるシーンと、そのシーンを見ている自分の状態を思い出す。


夏の、蒸し暑い、乾いた匂い。

汗と、けだるさで、心地のよくない、夜。



境港のおじいちゃんの家で見た。

いつも酒臭くて小言ばっかり言うおじいちゃん。

あまり好きじゃなかったおじいちゃん。


おじいちゃんは数年前に亡くなり、あの家は、今はもうない。





懐かしいってなんなんやろう?

ノスタルジーってなんなんやろう?




よく分からないけど、ただその「懐かしさ」という感情は、とてもとても愛しい。



時々振り返って、愛したい。

思い出。




そして

「あの頃が懐かしいね。あの時はこうだったね。」


一緒に懐かしさを感じられる人がいるのは、本当に幸せなこと。





僕は、そんな幸せが、ほしい。



僕は、トトロに出てくるお父さんとお母さんが、好きだ。

京阪電車。 04:35

京阪の特急電車。

座席が全部前に向いて固定されていて、個室的な感じのシート。

僕は京阪の特急電車が好きだ。


特に、大阪から京都方面に向かう車窓が大好き。

ビル街を抜け、広く空間が解放されている河川敷にさしかかるくらい(樟葉駅を過ぎたくらい)の景色が何とも言えない。



……

京橋で、特急電車に乗った。

冬の、晴れた平日の午前11時。

乗車率は60%といったところか。


ぱっと見たところ、2人掛け座席で空いている席はない。

ただ、片方のシートが空いている席はちらほらある。


どうしようかなと思いながら車両の行き止まりまで来た。

ここで引き返すのもおかしいので、僕は左右どちらかの席に座ることにした。

どちらも通路側の手前の席に人が座っていた。

どちらも、きれいな雰囲気の女の子だった。

年は、自分と同じか、やや年下くらいか。

どっちに座ろうか一瞬迷った後、僕は左側の席の奥に座ることにした。



シートに深く座り込んだら、少し落ち着いた。



天気がとてもよく、特急なのであまり駅にも止まらずに行く。

少し小旅行をしているような気分。


景色がとてもきれいなおかげで、すっかり自分ひとりのゆったりとした世界に浸っていた。






途中の駅で、ひとりのおばあさんが乗ってきた。

このおばあさんも僕と同じように、2人掛け座席の片方に座ろうかなと思いながら車両の行き止まりまできてしまっていた。


僕は、右側の席がまだ空いてるからそこに座れるだろうと思っていた。

しかし、おばあさんはなんだかちょっと座りづらそうにしていた。


すると、僕の横に座っていた女の子がすっと座席を譲った。

えらいなぁ、という感心の気持ちと同時に、右側の2人掛け座席で音楽を聴きながら知らんふりをしている女の子が気になった。



その後、僕の隣に座ったおばあさんは次の停車駅で降りた。

降り際に、席を譲った女の子に丁寧にありがとうと言い、女の子も笑顔でそれにこたえていた。

そしてまたその女の子が横に座ってきた。


いい子やなぁ、やさしく育ったんやろうなぁ、きっと。

なんて考えながら横目でちらっとその子の顔を見ると、自分が奥の座席に乗り込む際に一瞥したときよりも2割増しでかわいく見えた。





丹波橋駅に着いた。

僕が降りる駅。


降り際に、結局最後まで2人掛け座席の奥の席のスペースを死守することに成功した右側の女の子も、僕と同じ駅で降りた。


彼女は、紅茶のペットボトルとお菓子の包み紙を、その座席に残していった。



こんなにあからさまにゴミを置いて電車を降りるのか。


一瞬、そのゴミを敢えて自分が持ってきて目の前で丁寧に捨ててやろうかな…と思ったけれど、思っただけで、やらなかった。



僕は特急電車を降り、向かいの普通電車に乗りかえた。



対照的な2人の女の子について、考えた。



いい子の方に座ってよかったな。






でも。



もしかしたら。

ゴミを残していった彼女。

マナーがなってないな、と僕が思った彼女。




もしかしたら。

昨日とっても悲しいことがあったのかもしれない。

身近な人が事故にあったりしたのかもしれない。

だから今は世の中と自分との距離を極端に離そうとしているのかもしれない。


家に帰ったら、とてもやさしい子なのかもしれない。

動物にはやさしくできる子なのかもしれない。




もしかしたら。

おばあさんに席を譲った彼女。

いい子だな、と僕が思った彼女。



今日はたまたますごく良いことがあっただけなのかもしれない。

いつもはお年寄りに席なんか譲らない子なのかもしれない。

たまたま気分がよかっただけで、普段はものすごく愛想の悪い子かもしれない。


家に帰ったら、とても荒れている子なのかもしれない。

道端の猫に、死ね、と心の中で思っているかもしれない。




これ、全て、完全に妄想だけれど。




いい部分とよくない部分、正義と悪の部分、潔さとずるさ、慈しみの情と無関心の姿勢。

その他もろもろ。

相反する部分を持っているのが人間。



だから。

人は表面に出ている「ある一面」によって評価されてしまう。

たった一面によって、その人の評価が一瞬で決まってしまうこともある。



本当はいい子かもしれない、マナーの悪いあの子も。

本当は悪い子かもしれない、おばあさんに席を譲ったあの子も。



本質は分からない。


マナーの悪いあの子は、赤の他人に対してはマナーは悪いかもしれないけれど、もしかしたら大切な人は絶対に裏切らない人かもしれない。

おばあさんに席を譲ったあの子は、みんなにいい顔をして、大事な人を平気で見捨てるような人かもしれない。



本質は分からない。




けれど。

だから、こそ。

人は、結果で判断される。


それが、世の中。





京阪電車。

やっぱり僕は、京阪電車が好きだ。

自転車。 04:06

撤去されてしまっていた自転車を預かり所に取りにいった。

駅からだいぶ離れたところで、周りには何もない。

殺伐としたところにその預かり所はあった。

小さな小屋があって、そこにおじさんが一人、いた。


小屋の中には、小さなテレビと、ファイル、あと古い電気ストーブ。




「すいません、自転車取りにきたんですけど…。」

「はいはい、何日くらいかな?」

「えと、一週間くらい前なんですが。」

「ああ、それね、そこだわ」


係のおじさんは親切に対応してくれた。



久しぶりに再会した自転車を前に、「おお、無事だったか」という心境で鍵を差込んだ。

しかし、自転車に乗った瞬間、違和感があった。


タイヤが、パンクしていた。




「うわ。パンクしてるやん。」

「おー、ほんまやなぁ」

「うわー、まいったなぁ。」

「せやなぁ」

「近くに自転車屋さん、ありますかね。」

「あぁ、あるで」

「どこですか?詳しく教えてもらえますか。」

「えっとなぁ、そこの筋をまず右に曲がって…」




おじさんは親切に教えてくれた。



その後、無事自転車屋さんにたどりつき、パンクを修理してもらい、僕はさっそうとまたがった。

久しぶりのペダルは気持ちよく、僕は鼻歌を歌いながら運転した。

ふと、さっきの親切なおじさんのことを思い出した。





そして、考えた。

あのおじさんの生まれてから、今までの人生を。






小さな病院で生まれたあの日。

近所の川でぞうりをなくし、父親にこっぴどく怒られたあの日。

初恋のけいこちゃんに振られて友達の大切さを知った思春期のあの日。

どこにぶつけていいのかわからないもどかしい気持ちと戦った青年期のあの日。

就職しはじめての給料を手にしたあの日。

結婚式で、この人をずっと幸せにしようと心に誓ったあの日。

はじめて息子が生まれて涙したあの日。

仕事がうまくいかず、家族に打ち明けられずに苦しんだあの日。

妻から「あなたでよかった」と言われ、一人涙した、あの日。

………

……




すべて完全に妄想で、それ以上でも以下でもないほどの自分勝手な妄想。

しかし、きっと僕の知る由もない、たくさんの「あの日」を何日も何日も積み重ねて、あのおじさんはその時、あの場所にいた。



そして僕は彼に出会った。

僕に出会う、1秒前まで、あのおじさんはあの小屋にいた。


別に僕を待ってたわけじゃない。

けれど、おじさん待っていて、僕はそこに行った。





ただ、それだけ。







毎日が、積み重なっていく。




僕は、なんだか自転車が愛しくなった。

カレー。 03:41

古びていて、ところどころ錆ついている、赤い郵便受け。

木の皮がはがれているドア。

斜めにひびが入っている、灰色の壁と古いタイル。

ドアの横には、二層式の洗濯機。ちょろちょろと地面へと流れ出る排水。




昭和の初期に建てられたんじゃないかと思わせるような、古い文化住宅。

物干しざおには、子どもの体操服が干してあった。




こんな家で育つ子どもはかわいそうだな…

そう思いながら、僕は左手に抱えたチラシをポストへ入れようとした。




ドアのすぐ横まで行くと、自分の背丈より少し高い位置にある小窓から、カレーの匂いがした。



その匂いが、一瞬でフラッシュバックさせる。

「今日のご飯はカレーよ」と母から聞いた、その時の踊る気持ち。

小学校3年生くらいか。

ただ、カレーだと聞いただけで嬉しくなった、あの頃の気持ち。




冬。

西日射す、夕方5時。



この家にはカレーを作るお母さんがいる。




こんな家で育つ子どもは、幸せだ。




僕は、夕方のカレーのにおいが、好きだ。

sakusaku0428sakusaku04282010/12/29 07:52すごーい、詩人のようですね。ちなみに私は、阪急電鉄宝塚線が好きでした。
梅田から池田までなんですが、乗り過ごして目を開けて見ると…
あれー、観覧車が! そして逆サイドに乗って戻りもまた乗り過ごし…
いい思い出です。