ogymの日記 @浜松  このページをアンテナに追加

  • 浜松で『学び合い』に興味をもった方、連絡ください。浜松でも『学び合い』増やします♪
  • 2か月に1度定例『学び合い』の会してきます。
  • ogym と @hkg.odn.ne.jp を繋いでくださいね。はてな
  • 07/15見たいものを見る 見たくないものを見ない

    熱中症の注意喚起、運動中止の情報と、高校野球の歓声が同居している。 13:37

    https://thepage.jp/detail/20180715-00000004-wordleaf

    炎天下の中、走り込み

    http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/soccer/list/2018/CK2018071502000081.html

    80周

    https://www.asahi.com/articles/ASL7G3CSQL7GPTJB00D.html


    授業の内容をどこまで検討公開していいか 13:37

    理科授業

    http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1807/14/news038.html

    体育

    http://www.security-next.com/032674


    発言 13:42

    組体操騒動も、アメフト騒動も、事故と意見と世論が波の様に来て、注目が集まり、一気に物事が変化していった。一個人が訴えていても、裁判があっても変わらなかったものが、何かに襲われるかのように変化していった。


    一方、そうした適時性が無ければ。黙認するのが最善ならば。何でもないこととして通り過ぎる。


    見方考え方が混沌として多様に混ざり合っているまま運営されている日常が、当たり前なのだと思う今日この頃。見方次第で、いかようにもなるのだ、と思う。


    見方の転換 23:00

    外国人が多くて指導に困る→外国人が多いから海外留学しなくても異文化交流できるよ

    川でバーベキュウしてゴミを残したり騒音が困る→自然に人が集まる素晴らしいコンテンツがあるんだから地域おこしに活かせるよ

    学校が保守的で学び合いができない→どの学校でも平均的な教育が安定して行われている証拠だよ 学び合い知っていたら最先端になれるよ


    なんでもやっていこう、と思う。

    ict 23:00

    成功事例しか報告されないが、たくさんの受注と金が動くのだから当たり前。

    それを念頭において折り合いをつけていく必要がある。

    Ict 活用の授業例を見ると、子供の目線も先生の目線も人を見ていない。

    タブレットを見たり画面を見たり。でもそれが危険だとか、いいのかだとかいう指摘は全く聞かない。

    先生にアイカメラつけて生徒の顔をどのくらい見ているか計測したらいい。

    (やってみようかな)


    これまで当たり前だったアイコンタクトするような人間関係は減る。子供の身体の反応を読み取るなんて過去の遺産になるかもしれない。

    教師が画面ばかり見て子供をじかに見ない授業なんて昔じゃ考えられないことだ。

    でもそれが当たり前になるとアイコンタクトする人間関係の方が少数派で異質になる。

    すると機会を介した会話量やデータでの見取りなんかが人間関係の指標になる。

    そんなすり替えやごまかしも起きるだろう。


    Ict 機器も発達支援の教材や理論、検査も、新規開拓の金のなる木。

    教師は純粋に金を巻き上げられる身に落ちるのでなく、

    拒絶でも全肯定でもなく、

    それも飲み込んだ上で、うまくうまく折り合いをつけてやっていかなくてはいけない。

    スプラトゥーンとドラクエ 23:00

    子供らもict の感覚は違う。

    動画は、読み取ろうとする能動的な働きなしに情報が入ってくる。

    子育てに動画やアプリも当たり前の時代。親との会話の総量はどれだけ減っているのか。

    そんな受け入れ当たり前の子供らが、能動的な努力を要する読む行為をおとなしく受け入れるとは思えない。


    スプラトゥーンの動画を見ると子供はよくこんな動きに追いついているなと思う。

    YouTube動画を見るとザッピングが激しく最初の10秒でつまらなければ動画を切り替えてしまう。

    昔ドラクエをしていた時に父にお前本当に文章読んでるのか?よくそんな早く読めるな!と言われたことがある。

    その頃父が感じていた感覚がわかるようになった。

    あのめまぐるしい動きに慣れている子供が一時間同じことに取り組むなんて苦痛で仕方ないだろう。

    大人や先生の動きが遅すぎる、イライラする、退屈する。大人も子供も同じだ。

    フラッシュカードやアプリの計算問題集が子供に受けるのも当然と思う。


    大人ですら長いニュースを読むのが面倒くさく、三行ニュース、今北産業で済ます。

    漫画で数ページで分かる名作集なんて本もある。

    で、なに?と聞く子が出ても当然のように思う。


    誰に合わせても文句は尽きない。うまく折り合いつけてやっていこうぜと呼びかけるのがマシだと思う。


    そんな、でーたのない、空虚な話。





    世間話 昔の学校の当たり前 13:37

    学校にバイクが乗り込んでくることも無く、

    窓ガラス割られる、プールにモノが投げ込まれるのがしょっちゅう、なんてことも無く、

    中学の先生は職員室の外でたばこをふかすことも無く、

    飲酒、麻雀、宿直室等の違法出来事も無く、

    竹刀をもって歩く先生も無く、

    ビンタ・書く先生ごとの必殺技がある体罰も無く、

    好きな野球チームが負けたから機嫌が悪い、なんてことも無く

    夜8時過ぎまでやるような部活動も無く、

    水を飲ませない部活指導も無い。

    丸刈り強要も無い。

    先生が直接子供を連れだして出掛けることも無い。

    巨大ピラミッドも騎馬戦も棒倒しも無い。


    今の学校は~とずっと批評をされ続けているけれど、

    これまでに防がれた不幸は多大にあるはず


    今を嘆くのでなく、今あるよさを最大限に活かす、そうした視点を持ちたい。


    約束を守って生活している分には、対して影響は無く普通に生活できたのだけれど。

    よく運営されていたものだとつくづく思う。

    ずいぶん、改善されているなぁ。


    評価 23:00

    他人からの評価は人による評価だから変わる。

    事実は変わらない。

    事実を残そう。

    さて 予想 23:20

    ワールドカップ楽しもう

    仏1ー1クロ pk 4ー5 でクロアチア

    ウインブルドン

    ジョコビッチ3-1アンダーソン

    根拠 なんとなく(^_^)

    07/147月14日土曜 浜松の会

    学び合い』浜松の会

    参加:8名 ありがとうございました。


    クラス会議形式

    自己紹介+それぞれの課題・興味の提供

    課題について解決の出し合い→提案者が選択


    記録メモ 03:33

    ・全国フォーラム分科会のワークシートを見てほしい(検討)

    ・何でも得るものがあれば。

    ・授業以外で何かできる場・ことがないか

    ・『学び合い』について知りたい

    ・人の縁作り

    ・実際の運営について失敗しないためには

    ・個々の力がバラバラすぎる時どうするか

    記録メモ2 キーワード 03:33


    学び合い』の多様性を何で見るか

    その時出来なかった時どうするか

    →「今分からなくていいよ、いずれ分かるから」と「今日この時間で分かるようになろう」評価のとらえ、教師の願い

    この時間の自分はどうだったかを振り返らせる時間


    一人も見捨てない→『自分が自分を見捨てない』→自己肯定感


    型は必要?→できるようになってほしい、フォーラム分科会の時間『この時間で何を願うかどこまでを願うか』。


    もやもやさせてあとじゃぁねーでもよいのでは…自分で調べなわからんし


    一人学びはないの?→してもいい場の保証がある


    サインは2人?3人→何のためかをおさえる 


    気を付けたい点の表記


    教師は全員の出来栄えを把握したいのか、全体発表プレゼンはしないのか →何を求めているか


    コーダー道場


    3つの観って何?のボリュームが大きかった


    気付いてほしいことは何か、


    お土産、レシピのようなもの



    それぞれの課題が解決されたかどうかは、それぞれのみが知ります。

    上手くまとまりませんが、開いてよかったです。

    たくさんの話題 予想外の話題 03:33

    それぞれがもっている経験はばらばら

    それを持ち寄って、それぞれの解決のために断片を提供してもらうことで、


    自分が気づかない方法や視点が多数見つかります。


    自分が今日面白いと感じたのは、自分ではどうしたらよいものか分からなかった課題や、出るのかなぁと思っていた解決策が、いろいろな視点から出されて、予想「うーん難しいだろうなぁ」というのが、覆されたことです。


    また、話すことで、自分がしたいことやどうしてそうするかなどが明確になりました。

    ありがたいです。

    3年前は 03:33


    私の読書の時間となったこともしばしばでしたが、動いたことで多様な人との出会いが生まれています。


    ビックリです。


    思えば 03:44

    最初に自分がフォーラムに参加した際の記憶は

    東京オリンピックセンターのフォーラムで、

    西川先生の講演あり、

    座った席の近くにブログで知り合った方がいて初めての経験にほっとしたこと不思議な感じがしたこと


    分科会では三崎先生に

    課題が分からない子がいたときはどうするのか

    時間は伸ばさないのか等を聞き、

    同じ参加者の方の質問にも耳を傾け、丁寧に教えていただいたこと



    学び合い』なのになんで一斉授業の形式で伝えているんだろう

    でも、『学び合い』で見ず知らずの人と学んでと言われたらちんぷんかんぷんだろうなぁ、

    やっぱり講師の話を聞きたいなぁ、その方が楽だよなぁ、なんて思っていたのを覚えています。


    そして来月のフォーラムでは、


    自分が分科会で、『学び合い』を『学び合い』で学び合う集まりをしようとしている。



    なんだか不思議です。


    なぜやっているか、どうなってほしいと願うか、に立ち戻りながら、やっていきます。

    07/1307/097月14日土曜 浜松の会

    学び合い』浜松の会

    日時:7月14日 土曜日 9時~12時

    場所:三方原協働センター

    内容:クラス会議形式で話題を出し合います。

       静岡の全国フォーラムの情報 等。


    こつこつ、2カ月に一度、続けています。


    避難所で 07:12

    「俺は発達障がいがあるから静かな個室を準備しろ」と偉ぶっている人がいたら。

    「泣き叫んだら物が準備される」と誤学習していたら。


    支援されて当然、ルール無視で何でもあり「王様」にしてはいけない。

    スペースも資源も有限だから、上手く折り合いをつけるしかない。



    だから、折り合いをつける練習、どっちも歩み寄る練習として『学び合い』やクラス会議のような

    人との関わり合いが必要と思うのです。

    07/12本人の意思

    特別警報をいくら手厚くしても、本人が自分事としてとらえなければ、何も動かない。


    いくら支援の手を充実させても、本人が自分事としてとらえなければ、何も動かない。



    自分の主人公は自分であること。

    何のためにその活動を行うのかということ。




    学習の型 00:26

    子供に学習をするためには、きれいな字を。きれいなノートを。


    そんなこと言っても、見本を示しても、全く興味を示さない子などざらにいる。



    型にはめる前に、存分にその子は字を遊びつくしたか。

    お腹いっぱいになるまでやり尽したか。

    話し合いの型にはまる前に、存分に、話し合ったことがあるか。

    絵の基本を学ぶ前に、存分に、落書きをしたか。


    この世に初めて参加してくるのだから、子供は一通りやってみたいわけさ、と思う。

    親心で「それはもう失敗している」といってアドバイスを受けても、失敗を体感して、やっぱり、と思いたいわけさ、と思う。


    やり尽して、余裕が出てから、ようやく、型に興味をもつ。そんな感覚でいます。


    話を聞くルール 00:26

    さんざん話を聞いてもらったら、聞く耳も持つ。

    でも一人が効いていたら行列になってしまう。


    集団それぞれが互いに話を聞き、話す。それが一番効率がいい。

    07/11人のせい と 自分のせい

    東日本震災の際、『学び合い』の必要性を強く感じたのは、


    被災の際、

    「人のせい」何か他のもの・こと・ひとを責める人

    「自分のせい」自分ができることは何かを考える人


    がいるということが見えて来てから。


    自分の判断で、自分で動く経験を重ねること。それが必要。そう強く感じたことからだ、と改めて自覚しました。

    一番高いところはどこか 00:10

    津波の際、大川小は堤防に避難先を求めた決断だった。


    その後大変責められたし、残念な結果になった。


    今回の水害で高く残っているのは堤防だった。


    その時その時の決断。何がどうなるかは分からない。



    後から神の視点で責めても仕方がない。

    何を学び、何を次に生かすか、が大事。


    集約化 00:10

    現代化・近代化の方向性で「便利」「快適」を求めていくと、

    集約化・ブラックボックス化が起こる。


    そこでの心配は、

    「それまで身に付けていた技能の外部委託化」

    「機能の集約化による責任の一極集中」


    体温調節機能をクーラーに委ねる

    天気予報をアプリに委ねる


    自己判断をAIに委ねる


    機能が集約することで、その集約先の判断ミスや故障が負う責任が

    多大になること。


    そんなことを卒論でまとめてた。


    管理下で安全に「小さい失敗を経験させ学ばせていく」という良さも含む『学び合い』に良さを感じたのも、その経験から。


    道徳『学び合い00:10

    目標「学校の良さ・自分の学級の良さ・自分の学級目標に向かって自分ができること・をワークシートにみんなが記入できる。

    結果 達成したが…


    ワークシートの「学校の良さ」のめあての設定が甘かったため、「学校の良さ…ジャングルジムがあること」があった。「ん?」となった。


    こちらが求めるのはそうじゃないよなぁ、仲間がいること、人間関係や学級集団があることと絡めてほしいなぁ、と思っても、後の祭り。こちらが出した課題、言ったことに応えているし、後出しじゃんけんになるから途中で違うと変更することもできない。


    「それ、こういうことじゃないの?」と求める語彙や話し方はまだ身に付いていないように見える。そこで自分に明確な芯があれば、追究の鬼よろしく、何かを求めることもできるだろうと思う。でも、そこまでできていないなぁとも自省した。


    このあたりの課題設定や、子どもに求めるものの明確化が、これからの課題。


    面白い。

    07/097月14日土曜 浜松の会

    学び合い』浜松の会

    日時:7月14日 土曜日 9時~12時

    場所:三方原協働センター

    内容:クラス会議形式で話題を出し合います。

       静岡の全国フォーラムの情報 等。


    こつこつ、2カ月に一度、続けています。


    子供たちに 00:14

    語りました。

    人との関わり合いを学ぶことの大切さ。


    困っていたら、助けの手を出す。

    困ったら、助けを求める大切さ。


    周囲を仲間とすること、それが得であること。


    先生 00:14

    周囲をすべて敵と見たオウム事件や、学校を敵と見た学校襲撃の事件を自分は見てきた。

    東日本の震災で、未曾有の環境の中でも立ち上がってきた人たちの様子を見てきた。

    子供達は、東日本の震災すら知らない世代。


    知っている世代は、自分が経験してきた歴史に学んで知っている世代の役割を、自分の出来る範囲で、伝えることができる。


    それこそ先に生まれた「先生」の役割なのかな、と思います。


    遺産を次に託しその遺産を理解してもらえず、次の世代も過ちを繰り返しながら、それでも少しずつ改善して進む。

    世の中はそういうものなのかなぁ、そんなことも思います。

    07/08関わると思いが生まれる。

    四国、宿毛、大月、高知、行きました。

    岡山、行きました。

    伯備線、鳥取・出雲へ行くたびにお世話になっています。

    思い起こされるから余計に心配になります。


    関わると、思いが生まれる。

    人も、土地も。


    それぞれ皆さん無事でありますように。


    水害 00:43

    備中高松、秀吉の高松城の水攻めがあった周辺、ということは川が多く、低地や湿地、印旛沼や輪中の様に水害が昔からあったことだろうということが浮かんだ。水が抜けるのもしばらくかかる、悪ければそのままため池の様になってしまうのでは、と。


    沼とか、悪とか、沢とか、井とか、歴史的に低地とか、そうした土地を削って盛って新興住宅地を立てて家で山の際まで埋め尽くすのは理に適っているのか、考えさせられた。浜松にも、「ここまで水害が来た」「昔は川だった」という土地がそこかしこにある。


    地方の生き方 00:49

    昭和初期、立身出世を夢見て出て行った者が、生まれ故郷に戻って土地を良くしようと尽力した。政治家になり、鉄道を敷き、銀行を作り、道を造った。その汗水の上に私たちが住んで利用している。


    現在の問題は、出て行った者が、戻ってこない。都市部を生かすために取り込まれてしまう。地方が都市部を生かす人材育成工場の様になっていることか。戻ってきても、することが無い、できることが無いことか。


    どんな形が良いものか。


    前回の静岡の会の際、隠岐の話を聞きました。

    若いときはどこで何をやってもいいが、跡を継ぐときには帰ってくる。

    その土地に済む最適な定数があり、ある程度のサイクルがあり、幸せに過ごせればそれはよいのではないか?。そんなことも漠然と思う。

    人と関わり合うこと 00:51

    皆で並び水をもらう、皆で土をかきだす、皆で助け合って船を出す、皆で行方不明者を探す。

    消防団も祭りも自治会も濃い付き合いをしていればなおさら。


    人と関わりながら上手くやっていくことが大事。


    1人も見捨てない、は、生き方に直結する。そんなことを想いました。


    温暖化 00:43

    2000年の少し前、今の30代前後の人々だろうか。総合的な学習の時間で「環境問題」が流行った時期があります。

    チームマイナス6%。マイナス21%。売買で達成。


    身近な中学生は、環境教育の影響を強く受けた後、環境対策を純粋に実践し、気付いてくれない大人に幻滅し、ほどほどに付き合う選択をする大人になりました。


    温暖化対策を家庭の節電でしようとしても、それは各家庭の小さな節電程度ではまったく影響を与えるものではないことも知りました。(企業の使う電力の方がはるかに大きい)


    あんなに悪い、こんなに悪い、反対反対と言論で叫ぶ評論人を育てるよりも、それを何とかしていく技術者、このような災害時に現場で復旧に当たれる土木関係、鉄道電気関係、ライフライン関係の技術者、そうした「ひとづくり」が必要なものではないかと感じました。



    個人で勉強だけできる者は、現場で何にも役立てない。先生や家族の言うことだけ聞いて勉強してきてそれに気づいたときの絶望も大きい。そうでなく、現場で役立つこと、それぞれができることを持ち寄り課題を解決していく力、チームをまとめるでなくチームに参加していく力。それがこれからも絶対に必要。


    日本は、これから作り上げていく国、というよりはほぼ出来上がっている国。壊れる出来事があったときに修復できる力は、今後もとても必要。


    食べる仕事と作る仕事は無くならない、そうしたものはAIにとってかわることができない仕事ではないかと思います。



    特別警報 00:43

    結局は自分の判断で行動するしかない。

    誰かの言うことのみを聞いていたら助からないから自分で動いてくれ、ということを「命を守る行動を」で表していると思う。


    それを学校でせずに、どこでする、と思う。


    できることを、できるだけしていこう、と強く思います。

    07/07暇になる

    今日この頃。


    17:16

    気分・目的と行動と期限、それ次第で忙も暇もその人次第。


    水害 17:17

    御見舞い申し上げます。


    このところ目に入る情報

    ・新幹線殺人

    ・小学校内発砲

    ・大阪地震 ブロック塀総点検

    ・ワールドカップ日本戦・決勝トーナメント

    ・浜松で花火工場が爆発(「城落とし」という運動会種目でお世話になっている花火屋さん)

    ・自宅で周囲の木材が伐採 自宅が丸見えに

    ・オウム事件死刑の執行

    ・水害水没


    昨日あったものが、今日は無い。そんなことに目が行く日々。

    何があっても時間は刻々と進行する。


    「今」「自分が」できることをする、一日一生、諸行無常等の意味が浸みる。


    学校現場の事 17:56

    置き勉

    https://news.yahoo.co.jp/pickup/6288296


    組体操問題と同じく、問題提起で半年以内に代わっていくのではないかなと思います。


    教員の仲間内からでは「皆同じ」「工夫すればいい」「置き場所がない」等、現状は学校によってさまざまで、すべて同じ一つの対応というのは難しいと思います。教科書が大きくなったのも、資料集が厚くなったのも、A4が基本になったのも、教科書会社が机の上の広さまで考えてくれているわけでも無い。


    「お道具箱」の置き方 17:56

    机の中の入れ方はこうでなくてはならない、という「共通理解」がある、ないのも、地域性があるでしょう。「お道具箱」といって通用する地域と、そうでない地域もあります。理に適っていないようなこと、あれ?と思うようなことでも、変わっていくのは少しずつ。急変されないのは、人によってころころ変わって困ることがないという点で、良い点でもあり、おかしいことがそのまま残っていくという点で、悪い点でもあります。

    https://goo.gl/y2xJvk

    ちなみに自分は左に箱だけ派。右のハコに教科書を入れると、下の本が取り出しにくい…


    水筒の負担・絵の具・習字の負担 17:56

    熱中症の関係で水筒持参も当たり前になり荷物も増えました。水道管が詰まる・水質汚濁や学校の水道汚れ防止から、墨・絵の具水洗禁止の場合もあります。学校によってルールは様々です。汚れた水を処理する薬剤も検索すればありますが、わざわざ金がかかることは推奨しないでしょう。

    手ぶら 17:56

    発達に関わる子には「手ぶら」で帰りたいポリシーために無理やりランドセルに詰め込む様子もよく見てきました。水筒の水がこぼれて…なんてこともしばしば目にしました。タブレット持参になったらどうなることか。四角いA4型水筒も通販でありますが、どこかのメディアで取り上げられたり学校体制で導入でもしなければ普通は知らないでしょう。

    自分パソコン

    http://www.fujitsu.com/jp/group/fccl/resources/press-releases/2018/0612.html

    四角水筒


    調査対応 17:56

    まあまあ、のところで現場は運営されています。ノート類もずいぶん学校で回収して置いてあったり、資料集は置いてあったり、持ち帰りも保護者面談の際に保護者と一緒に持ち帰るなどして無理の無い様にしています。が、公に取り上げられることで全ての学校で「どうなんだ」「なんキロの荷物をもたせているのだ、調査して」と対応に追われるのはまた仕事が増え大変な事です。


    国語算数や宿題お便りまでもって帰らない子供、少しずつ持ち帰るようにと言う指示を聞かずに2・3日分を一気に持ち帰らせられるという極端な子供もいます。一事が万事とされると、現場の先生はより困ってしまいます。


    問題提起し取り上げていくマスコミは、何の責任もとりません。

    今も折り合いをつけてやっているのですが

    現場は現場でこれから対応に追われ、折り合いをつけて、やっていくだけです。


    守秘 17:56

    ・言えない

    学校にいる先生方は様々な家庭の子供を見てきています。

    そこらの本に書かれているルポなんか目じゃないぐらい、いろいろな家庭・子供がいて、いろいろな体験をしています。

    でも、対応策や改善の声、生々しい改善の取り組み、等は赤裸々には出せません。その子その家庭を守ること、自分自身を守るためにも守秘義務があります。


    ・そんな中でも頑張ってる

    八方ふさがりでどこから手を付ければいいの!?という場合も、どこに何を相談したらいいの!?という場合も、成功した場合も失敗した場合も、様々に抱えて、世の先生方はやっています。いろいろです。新聞で取り上げられる不祥事の先生より、そうでない素晴らしい学級を作っているたくさんの先生方の下支えに頭が下がります。そこにあーだこーだと一方的に批判・否定はできません。


    ・学校外の声、問題提起に感謝

    変わらなきゃ、でもうまく言えない、内部から何か言うのは難しい。

    だから、学校外の様々な立場の声は、とてもありがたいと思います。

    07/05忙しくなる

    今日この頃。

    07/03見捨てない、得。

    「どうでもいい」感 22:52

    『一人も見捨てない』の逆、切り捨てる世の中をすると、


    クラスが見捨てれば、切り捨てられた側は、クラスの仲間は仲間でなくなりただの人となる。そうなれば、「そちらがモノ扱いするならこちらもモノ扱いするのは当然だろう」と言う理屈で攻撃が始まる。


    先生がすれば、「俺を切り捨てたのは先生だ。こうなったのは先生のせいだ」と負の感情が向けられる。同じ理屈。


    職員組織も同じ。


    先生を一人見捨てれば、戻ってくる場が無ければ、押し付けて助けの手が無ければ、仲間は仲間でなくなり、まわりはただの人となる。



    自分がどうなろうが、周囲のただの人がどうなろうが、どうでもいい、と。



    どの人々も同じ。どうであれ、周囲は仲間にも敵にもできる。仲間であるほうが、互いにとって、得。



    学習の個別最適化? 22:53

    異年齢・異学年など多様な協働学習?

    スタディ・ログ等を蓄積した学びのポートフォリオ?


    発達支援の抱えている問題に近い…が第一印象…


    育てられたか、切り開いたか 22:52

    余りに制度が整いすぎると、「完成された社会に参加する」だけに見える。

    いつの時代も「敷かれたレールを走りたくない」と思うものだ。


    きっと、子どもは、自分で探究する自発的な活動を取り上げられると、

    主体的でないため「やらされる活動」と感じ、「学びから逃走」するのではと感じている。



    徘徊したり、指示に従わなかったりする「からだ」の訴えは、自分のやりたいようにやりたい、生き直しを求めているのではないかなと思う。


    じっくり自分で納得して切り開いて考えていくことをしたり、

    稚拙であっても自分の考えを試して失敗してどうしてだろうと考えたり。


    人に寄るけれども、学べるゆとりのある世の中であってほしい。