次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2019-11-27

    「障害」とは何か

    06:44

    障害とは何か

     午後から、地区の一斉研修会があって、「発達障害」について学ぶ機会があった。

     その途中に、

    「あ…」

    と思い出したのが、6月の別な研修会での話。

    障害は、それを障害とするから『障害』になる」

    そんな言葉だった…。

     以下はその日のメモの一部。

    〇はメモ、☆は私のつぶやき。

    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


    発達障害とは何か。

    視覚障害、単なる近視の場合は?

    ★それだって「障害」と言えばそう。その場合はめがねを掛けたり座席に配慮をするのは当たり前。

    ◯当たり前。法律以前の問題ですよね?

    ★困っていることを学校に相談できるか、出来ないか、その境はどこか、ということでもあるなあ。

    発達障害児、過去最高?

    ◯全部発達障害なのか?ということ。

    ★ただ、学校のシステムに合わないだけかもしれない、という見方。誰が「障害」と認定するのか、だなあ。

    ◯発達の持ち味のために生活がうまくいっていない。

    ◯「生活が」なのである。

    生活の中で「困っている」。 困っているから「障害」となる。

    ◯「障害」は困難が本人とその周囲に起きている状態

    ◯「適正発見」を子育て支援の中で

    ライフスキルを育てる。

    ★幸せに生きていくために必要なスキル

    ◯「発達特性」をもちながら「生きていける」ことが目標。

    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

     ようは、その特性で本人と周囲が「困っている」から、それが障害となる。

    つまり、困っていなければ「障害」ににならない、って、こと。

     誰もが困らないように、みんなで何とかすればいいわけで。

    なんとかするのを、アクティティみたいにするといいわけで。

     それが「協同」とか「協働」であって、その活動自体が関係性を育てるものになっていけるし、それ自体が楽しいものになれるし、楽しい、に必ずなるものだと思うし。

     競わせたり、責任を負わせたり、ジャッジされたり…そんなことが当事者外から起きてくると、そこの楽しさがスポイルされるかもしれないけれど、それすら、「他者のせい」にしているとどうにもならないなあ。


     そんなことほったらかして、自分が真に楽しい、心地よいことに正直になれば、案外、「障害」をなくすことは「簡単」なのかもしれないな。

     そう思うと「簡単」になるし、思わないと「困難」になるのかな。どうだろ。

     ちょっと考えてみよう。

    f:id:motoryou:20191127064452j:image