次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-06-30

    「主体的に」・・・

    23:27

    そもそも,人は(子どもは)主体的に学ぶ者なのだ,という視点に立つか

    主体的に学ぶようにさせなければならないのだ,と考えるかで全然違うのだな。

     「主体的に学ばせる」なんてのは,やっぱり日本語しては変だよね。

    2015-06-27

    民主主義は『教育』システム

    21:33

    「ここでは,大人も子どもも対等のパートナーなのである。」

    (中略)

    「ここで,人はなによりも,民主主義が,単なるシステムではなくそれによって人が成長していく『教育』システムでありうることを学ぶのである。」


    むむむ。すごい言葉に出会ってしまった。

    『決める』

    07:17

     毎週,クラスの掃除や給食の当番は変わります。

     月曜日の朝は,クラスの真ん中にある座敷と,その周りにあるベンチに集まって

    「今週の当番を決めっぺ!」

    という感じでみんなが集まります。座卓の上に,役割を書いた大きなホワイトボードを置いて,自分が今週やる・やりたい役割のところマグネットのネームカードを貼っていきます。

     重なれば,譲り合ったり相談したり,時にはじゃんけんしたり。そんな感じで決めていきます。毎週,です。

     はじめてこれをしたときには,掃除と給食の当番を決めるのにも20分くらいかかりました。でも毎週やっているうちに,なれてきます。今では,5分くらいでいけます。

     決めるプロセスの中に学びがあると思っているから,「面倒くさい」と思ってもそういう場をつくります。よくある,ダイアル式の当番表なら自動的に役割が決まりますから,効率的ですが,そこに子どもたちの意志はあまり反映されません。わざと「権利」と「権利」のぶつかり合いがおこうる場面を設定します。そこで,だれもが「そこそこハッピーな状態」になるにはどうするかを学ぶ機会です。

     初期の段階では,自己中心的に自分の主張を押し通そうとする子もいます。自分の役割が決まったとなれば,あとはその後の話し合いの成り行きに興味を持たず遊び始める子もいます。すぐに「じゃんけんすっぺ」と言い出す子もいます。しかし,その中でも調整役として話し合いの舵取りをしようとする子もいます。自分の希望を押さえても友達に譲ることも出来る子がいます。

     継続しているうちに子どもたちも分かってきます。自己主張するだけでは自分が損すること,一方で譲ってばかりでもだめなこと,自分さえよければではだめなこと,どの仕事でもいいよ,といえる方が格好いいこと,この役割じゃないといやだとか言う人は結局その選んだ役割すらきちんと行わないこと,などなど。

     選んだからには責任がある,選んだ役割さえ果たせないようでは役割を取り上げられます。責任を果たす人には当然「信頼」というものが付いてきます。なかなか厳しい。でもそういうものです。

     そして,失敗したら,もう一度やり直す機会をつくります。

     そんなんですから,小さなトラブルはよくあります。ごたごたするときも結構あります。見た目「ご立派」なクラスではないかもしれませんが(笑)彼らはなかなか「つよい」です。

     毎日がけっこう楽しい。

     でも,見守るのにもけっこう神経が疲れる…。携帯電話が,圏外地域で必死に電波を探して,電池を消耗する疲れみたいなものかなあ。

     でも,それはそれで楽しい。


    子どもたちには,将来の石巻・宮城を支えていく「市民」に育ってほしい。

     

    2015-06-24

    「朝の読書」と『学び合い』

    00:20

    ずっと前に

    「朝の読書」も『学び合い』という話をきいたことがあります。そのときも

    (なるほど,そうだなあ)

    とおぼろげながら思ったのですが,今日またそのことを思い出しました。

     みんなが気持ちよく過ごせる時間や場をみんながちょっとずつ気を配って創る,創り合うってことだなあ。

     その気持ちよくっていうのは,時と場,そして個人ごとによっても微妙に違うだろうけど,そこんところをお互いの感じ合ってちょうどいいところに合わせていく,そんなことかなあ。

    2015-06-22

    明日はどうなるかな~笑

    22:58

    休み時間も終わる頃,2年生の男子2人が私のところに。

    「何?」

    と聞いてみると

    「3年生の○ちゃんに『ばか』って言われました。」

    「ぼくも言われました。」

    と。

    (あらら,さもありなん。)

    と思ったことは思ったのですが

    「で?きみたちは言い返したりしたの?」

    と聞いてみました。

    「ううん。」

    と2年生。

    「・・・何で言い返さないの?」

    と聞いてみた。

    「え??」

    と2年生。

    「何で言い返さないわけ?頭にこなかったの?」

    「頭にきました。」

    「じゃ,いいかえせばいいジャン。2人もいるんだし。」

    「ま,そこまででなくても,なんでそんなこと言うんだ!くらい言ってもいいんじゃないの?そうでないとまた言われるよ。あははは」

    「・・・・・・・」

    「すくなくても,そんなこと言われていやだって気持ちは,○ちゃんに伝えないとなあ。そう伝えても,それでも○ちゃんが言い続けてきたら,そしたらまた次の作戦を考えるのさ。ね。今度は文句いいなよ。」

    「今度はどうなったか,また教えてねー」

    って行って帰しました。

    明日はどうなるかな~。

    2015-06-20

    「今でこそ,電卓はさ…。」

    23:06

     この前,数人の人としゃべっていて。

    「今なんかはさ,例えば円の面積だの出すときは,どうかすると電卓も子どもたちに使わせるじゃない?でもさ,おらたち子どもの時なんかは,電卓って,ほら,何万もする感じで今みたいに液晶でなくて,スイッチ入れると青い電気なんかがつくわけさ…。」

    「そんなんだから,算数の時間に電卓を使うなんてあり得ないって言うか,想像もできなかったよね。」

    「今じゃ100円ショップに,電卓あるよね。」

    「時代は変わってるんだねえ。」

     そうなると,10年後,20年後の教室はどんな道具が,当たり前のように入ってるんだろうね…。って話になりました。

    「今やっている事って…。」

    という話にも。

     「人」に,これからに必要な力はなんだろうね。

    2015-06-19

    「個に応じる」って[

    05:46

     先日,地元のサークルでおしゃべり。

    「個に応じるってどういうこと?」というテーマで。

     結局「させる」とか「やらせる」みたいなたち位置でいる限り,本当の意味での「個に応じた」なんてできないのだろうなあ,と思う。

     教師に出来ることは,子ども自身が,

    「自分にあったやり方やサポートがいつでも選べる環境や場を用意する」

    ことや,その前提としての

    「それを学んだり継続して取り組んだり,成し遂げたりすることの意義を納得出来るように伝える」

    ことやそのためのプロセスを組むこと,くらいだろうと思う。

     くらいだとだと思う,というよりむしろ,そういうことの方がすと重要。なぜなら子どもは将来大人になって,自分の足で歩んでいくわけだから,自分で自分にあった学び方を選んでいくわけだから今のうちからその練習をしておいたほうがいい。

     教師側の教えやすさから「能力別」とかに分けるのは,子どもサイドからみれば「個に応じた」になるのかなあ,ということ。でも,それが「善意」からくるものだから,何とも難しい。

    2015-06-14

    聴き合う

    14:25

     この間,A君,以前あった悲しい?(かどうかは分からないんだけど)出来事を急に思い出して泣き出してしまった,という件がありました。そのことを,念のため,お母さんにも連絡しておいたのでした。そのA君のお母さんと先日おしゃべりしたときに,


    「○○が,B君がずっとAの話を聴いてくれたのがとってもうれしかったみたいなんですよ。親友だ,とかって言っています。」

    と。

     なるほどなあ,聴くは最大の思いやりだなあ。

    「聴き合う」なんだなあ。授業でそういう関係を作っていきたいなあ。

     子どもたちが大人になったときに,立場や考えが違ったとしても

    「聴き合うことが大事」

    と思えるような,そんな原体験を毎日の学校生活の中で。

     社会で生きて働く力に。

    が,しかーし!「聴き合えない」ことでのトラブル体験も,またあり,な中です。笑

    2015-06-09

    いいこと考えた!

    00:49

     今日は研究推進委員会でした。

    研究研究するんじゃなくて,日常の取組の中にこそ,いわゆる校内研究を溶けこませたいと考えています。だから。本当はいわゆる「研究授業」だって邪魔だと思っています。

     今年は,校内研究の評価の指標に「学力テスト」と「アセス(学校適応感尺度)」とし,その両方の向上を目指しているので,今までよりより子どもまるごと,に近づいたのかなと思っています。学校の教育目標そのもの,にもぐっと接近したものになってきたのも,全ての取組を一本化するには大切なことだなあと思っています。

     今年は校内研究に関する話し合いにはほぼホワイトボードミーティングの要素を取り入れ,月に1~2回はそれで話し合うことができています。例年より職員の対話の量は増えている点はよし,としましょう。

     ただ,どうしてもネックに感じていたのは,実際学級担任制で,一人の担任が一つのクラスを受け持っている現状では,どうしても私はこのクラスの担当,という意識があったり,また研究主題が共通であったとしても他の先生が

    隣の教室で今何に取り組んでいて,何を課題に考えているのか,というのがリアルに感じることが出来ませんでした。運動会みたいな全校行事であれば,子どもたちを前にして,職員全員で取り組む場面もおおいので,なんとなく目標の共有も子どもの事実も共有しやすいのですが,授業となるとなかなかそうも行かない場合が多いです。日常的にはなかなか多忙で,ゆっくり今行っている授業について話す暇さえ無い状態です。

     あ,で研究推進委員会。そんな現状の中,どうにかして日常実践の交流がしやすくなる工夫はないかなあ,と考えていました。私が考えたのは,「授業ツイッターボード」。職員室内にホワイトボードを置いて,そこに学年ごとに今取り組んでいることや相談事などをメモしたりして可視化すること。そうすれば少なくとも,ちょっとした授業の情報が毎日職員室内で更新される訳である。そうなれば,どこでどんなことをやっていて,どこに課題を感じているのかも見えやすい。

     そのことを,みんなでしゃべっていたら, 思いついたんです。

    (あ,このホワイトボード,職員室に置かないで,廊下において子どもたちにかいてもらえばいいじゃんか!)

    と。このホワイトボードに,子どもたち自身が

    ・今日の授業でよかったこと

    ・楽しかったこと

    ・もっとやりたいと思ったこと

    ・こうすればもっとよかったと思うこと

    など,授業についてや自分の学習に対する思いを書いてもらえばいいのでは?と。子どもの声を聴く,です。子どもが書く,がミソです。

     西川先生がおっしゃっていたと思いますが,

    「研究主題を子どもが説明できる」

    に向けての一歩です。当たり前のようで,じつはなかなか出来なかった「子ども参加の校内研究」への一歩かな,と。

     もう一つの利点は,担任学年の子ども以外にも教師が返信・コメントできること。単学級の学校でる本校にとっては全ての教員が全ての子どもを知っています。しかし,こと学習となると直接関われる子どもは一部です。しかし,このホワイトボードが常設されれば,他学年の子どものコメントに返信コメントを書くこともできます。校長先生や事務の先生,用務員さんもかけます。頑張りや成果を喜ぶメッセージ,励ましのメッセージを送ることができます。授業も含めて,全職員で子どもを見ていくツールが,増えるし,それが可視化される。

     なかなかいいアイデア,と研究推進委員会でも認めてもらえました。職員会議で提案し,今月末には試験的運用を始めたいなあ。わくわく。システムとしてうまくいくように,ぜひ考えていきたいなあ。

    2015-06-07

    やれることを少しずつ

    12:03

    やれることを少しずつやるしかないわけで。

    一人でできることなんてほとんどないし、一人でできることなんて大したことにはならないわけだなあ。

    だから、みんなでやれるように、伝えられる人に伝えてやっていくしかないのだなあ。

    自分ができることなんて、ごくわずか。そんなことを考えた昨日の仙南の会。

    2015-06-06

    守るものではなく、めざすものだよ

    10:08

    私の場合、クラス目標はこの時期にみんなで決めます。

    今までの体験、エピソードを元に決めたいからです。

    「ほら、あの時のあんな風にやれたらいいよね。」

    「あんなふうになると、うまくいかないよね。」

    などと、お互いにイメージの共有ができるようになってから、と思うので。言葉が具体的な場面や行動と繋がって欲しいからです。

    昨日の振り返りジャーナルでは

    「クラス目標が決まってどんな感じ?」というテーマで書いてもらいました。

    クラス目標に期待する言葉と同時に、

    「クラス目標を守っていきたいです」的な言葉も。

    そっかあ、子どもの中には、目標は「守る」ものという認識の子も多いんだなあんだなあ、と苦笑。ここからのスタート。

    「目標をみんなで目指して行こうね!」

    と、来週から1学期後半戦、本格的にスタートです。

    2015-06-04

    けんか万歳

    22:59

    休み時間にサッカーをやってきた男子軍団が憮然として帰ってきた。

    どうやら,ルール?取り決め?でもめたらしい。

     ごく簡単に言うと,

    「自分のチームの都合のいいようにルールを適用するな!」

    みたいなことらしい。

    なかなかおもしろい。

     不満顔のまま,クラスの活動に加わろうとしていたので,

    「そんな顔のまま入られてもこまるなあ。どっかあいた部屋を使って何とかしてきてよ。」

    といってみた。

     理科室が空いていたようで,そこで話していた。はじめはかみ合わなかったようだけど,だんだん何とかなったみたい。

    「こんなふうに決まった。」

    と言ってきたので,

    「じゃあ,みんなそれでOKなわけ?」

    と尋ねたら,

    「うん。そうすることにした。」

    そうなので,

    「じゃ,それでよろしく。」

    と。

     これからも楽しく遊ぶためには,けんかはけっこう大切。その後始末もけっこう大切。何事もいまのうちにたくさん経験しておくといいね。

     けんか万歳。笑