次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館でおこないます。7月に内容をお伝えします。
  • 2019-03-24

    異動の時期に

    08:33

     年度末。毎年のことであるけれど、人事異動が行われる。

     「このメンバーでずっとやっていけたら、楽しいし、もっと前に行けるのに。」

    そう思えることは幸せなことである。

     転出される先生方には、本当にお世話になった。

     感謝しかない。

      

     先日の送別会。

     転出される校長先生の挨拶の中で、私がメモした言葉。

         

        

    「よく、校長は孤独だ、と言われるがぜんぜんそんなことを思ったことはなかった。」

    「いろんなことを乗り越えられたのも、それを実際にしてくれた皆さんのおかげ。」

    「私は、校長として前に立つことが役割。」

    「どこへ行っても、『うちの学校が一番だよ』と自信をもって言っていられた。」

    「震災で、地域がなくなってしまったところからの新設校スタート。子どもたちの活躍を通して地域の人に元気を分ける、という使命感をもってやってきた。」

     そして最後に

    「『あきらめる』のは私の生き方に反するので、次の学校でも、またやっていきます。」

                  

                  

                       

     聴きながら

    「たしかにその通りだったなあ。」

    と思える、そんな校長先生だった。

     言うこととやることが一致している、そんなところが私にとっては本当によかった。時々注意されることもあるんだけど、それも

    (たしかに)

    と納得できること。

     

     その元で開校からの2年間を過ごせたことが、本当に幸せなこと。

               

     ロケットスタート、の2年間。

     

    「よい別れは、次の新しい展開を生む」

    たしかに。

     校長先生以外にも、今回離任する方々のおかげでできたこと、学んだことが本当に多かった。ここで一緒に働けたことを感謝し、また今後とも一緒にやれることを模索していきたい。

     そして、新しいメンバーで次年度出発する開校3年目、どんなことが起こるのか、そこも楽しみながら、またみんなでやっていきたい。

    2019-03-23

    「〇〇たるもの」

    09:18

     「〇〇たるもの…」

     最近聞いた話のなかで、考えさせられた言葉。


     「〇〇」にはいろんな言葉が入るだろうけど、なんでもいい、というのではない。

     

     自分の中に納得できる言葉を当てはめて、自分を鼓舞する、そんな使い方。

    そんなに暑中、口にするものではなくて、むしろ心の中で自分に向けて言う言葉。


     覚悟を決めた人にしか使えない言葉。

     または

    覚悟を決めるために使う言葉でもあるなあ。

    2019-03-21

    「らしさ」

    08:01

     先日の小学校卒業式の一コマ。

     卒業式が始まる前、在校生は一足早く入場しました。小中併設校である本校は、小学生の他に中学生も小学校の卒業式に参加します。

     小学生は、軽く歌の練習をしたり、おしゃべりしたり。

     ほどなく、卒業式が始まりそうになった時、5年生の3人が小学校在校生の前に立ち、

     「みなさん、ありがとうプロジェクトの卒業式、がんばっていい卒業式にしましょう。」

    と。

      

     それを聞いてくれている中学生メンバーが温かいよね、というのは放課後の職員室の話題。

    「中学生にとっては、5年生が自分たちにも向かって『がんばりましょう』っていってるわけでしょ?それを中学生も、茶化すでもなくちゃんと聞いてくれて拍手もしてくれる。これってうれしいことだよね。」

    と。

     そうそう、そうなんだ。

     そして、そういう体験をしながら、そんな中学生の姿も見ながら小1から小6は「この校舎」で中学生になっていきます。

     来賓できてくださっている方々の多くも、子どもたちのこれまでの学習、学校行事の中に関わってくれた方々が多くを占めています。

    「一緒にボッチャで遊んだ〇〇さん」

    「雄勝カンパニーまつりで将棋をした〇〇さん」

    「一緒に沢遊びをした〇〇さん」

    「神楽を教えてくれた〇〇さん」

     そんな感じ。


     お互いの名前が分かって、共通のストーリーをもってる、ここに集まっているみんな。

     それが、ずっと続いていくといいな、とそんなふうに思います。




     修了式の前の20日。

     小1生が

    「お楽しみ会、中学生が来てくれたらなあ!」

    との願いを実現させて、中学生と一緒にスライム作りを楽しんでいました。

     

     その後、私も中学校の先生方と一緒に中学生の総合的な学習の年間の振り返りをする時間にお手伝いをさせていただいたり。

    (もちろんそのときに、「卒業式での中学生の話題が職員室で出て、小学校の先生たちがありがたい、って話していたんだよ」、ということ伝え私もお礼を言いました。)

                               

     小中併設校として開校以来の2年間(準備期間も含めると3年)、校長先生を先頭に、大気圏から飛び出すロケットのようにみんなでダッシュしてきた期間でした。過疎化に加え、震災という大きな災害もあり、「地域」がなくなってしまったところに新たにできた小中併設校。

     みんなでたくさん話をしながら、そしていろいろと試しながら、この学校「らしさ」を模索しながらのこの間だったなあ、と思います。


                            

     「自ら考え、共に歩み、未来を拓く子どもの育成」

                    

                         

    という学校教育目標。この中身をみんなで積み上げ、時々崩し、また積み上げる、そんな3年間。

    そんな中で、それぞれの「雄勝小・中学校らしさ」のイメージが共有できてきたような、そんな感覚をもちます。

     あとはその「らしさ」を焦らず、じっくり、みんなで育てる時期になるのかなあ、とぼんやり考えました。


    【付け足し】

     卒業式で6年生が、証書を受け取るときに、自ら校長先生に握手を求めていた姿を見ていた1年生。どうやら、自分たちが修了証書を受け取る時にもそれをしたいようです。

     1年生の担任の先生、職員室で

    「子どもたち、『ぼくたちもやる!』って言ってんだけど~笑。どうかなあ笑。」と。

     ちょうどそこに校長先生。

    「あのー、これこれしかじか…」

    「ん?いいよー」

    と。

     こういうのも「らしさ」

     こりゃあ、修了式は握手ラッシュになりますね笑

    2019-03-20

    「ありがとうプロジェクト」としての卒業式

    06:35

     「どんな卒業式にしたい?なるといい?」

    という問いからスタートした3学期。

     

     そこから在校生の、卒業生の、職員、それぞれにとっての「ありがとうプロジェクト」卒業式がスタートしたんだよね、と感じます。

     卒業生・保護者はじめ、在校生、職員、お祝いにご臨席くださった地域の方々にとっていい時間だったんじゃないかなあ、と思いました。





     卒業式が終わってから職員室のみんなと振り返り。


     聴き合いながら、「いい卒業式になったね。」「子どもたちとみんなで創ってきたよね」と思える、そういうプロセスをみんなで感じることができました。子どもたち、校長先生はじめ、みんながそれぞれの立場と役割で「いい卒業式にしたい、しよう」と思っていたから。




     振り返ると

    ①みんなで(大人も子どもたちも同じく)みんなで話し合いながら基本コンセプトを決めた。

    「どんな卒業式にしたい、なるといい?」ここで出されたそれぞれの思いを「大事にしたいこと」とし、それを卒業式の基本コンセプトとする。

               

    ②基本コンセプトを忘れないように、取組のプロセスや関連行事、卒業式の練習などを通して時々確かめ合う(振り返り)。

              

    ③「はじめに計画ありき」ではなく、基本コンセプトを実現するための、新しいよりよいアイデアがあれば積極的に採用する。やりながら成長発展するプログラム。(振り返りの中から新しいアイデアも生まれる)

    ④主体である子どもたちの意見を聞き、教師側の願いも伝え、一緒につくる。


     たぶん、こんなことを、試行錯誤をしながらやってきたんだと思います。


    考えてみれば、こういうようなことを1年間してきたんだろうなあ、とも。



    「だめ」を言わない、使わないプロセス。

     そうだ、そうだ、基本「だめ」を言わないプロセス。

    なんでもOK、というのとは違うけど、新しいアイデアやアクションが生まれた時に、基本「だめ」を言わない、とりあえずやってみる、そんなことをみんなでやってきたんだな、と思います。



     その、今年度最後のチャレンジが「卒業式」だったってこと。

     そして、次年度へまた続くんだなあ。

    2019-03-17

    「~たい」「~だといいよね」から出発したい

    08:10

     「どこに行きたいかわかっていなければ、ただ向かっている方向に進むだけである」(中国のことわざ)

     「エンパワメントは結果というよりプロセス。」

    「コミュニティワーカーはコミュニティ開発の目的をエンパワメントと捉えている」

    エンパワメントは「人が自分の周りの環境に影響を及ぼす能力と権利を有するという感覚をもっていること」

    https://www.gakubunsha.com/book/b242973.html


     (以上「実践コミュニティワーク」 ビル・リー著 武田信子・五味幸子訳 学文社)

     


     

                         

                       

    「自分なんかが言っても…」

    「自分ができることなんて…」

    「偉い人が決めてくれるから…」

    「だから、何をしたらいいか言ってください。」

    みたいな。

    もしくは

    「勝手にやってていいですよ。」

    みたいな。(そう直接言われることは稀だけど)




     案外、こういう場面ってありませんか?


    「エンパワメントは人が自分の周りの環境に影響を及ぼす能力と権利を有するという感覚をもっていること」

     今のところ、本書で一番好きな箇所は?と問われれば

    「エンパワメントは人が自分の周りの環境に影響を及ぼす能力と権利を有するという感覚をもっていること」


    の部分をあげます。この一文は、私のなかのもやもやをきちんと言葉にしてくれた気がするからです。



    「どうせ…」

    をなくす。


     教室であれ、学校であれ、職員室であれ。

     そこでの経験(プロセス)が

    「自分が自分の周りの環境に影響を及ぼす能力と権利を有するという感覚をもっていること」

    を実感として感じ、それが自分や自分たちのハッピーにつながることを感じ、そしてそのプロセスはどうやってつくるのかを経験を通して学び、そして地域社会に出て行く、そしてそれぞれが所属するコミュニティをつくる主体になっていく、そんなことを思い描きます。

              

            

     だから、教室や学校は大事。未来を創るところでもあるから。子どもは地域の未来そのものですもんね。地域のとらえだってその大きさはいろいろ。最大「地球」だって「地域」。(宇宙もか?)

        

     そう考えると日々の教室や学校で行うこと、行っていることの見え方が違ってきます。例えば

     国語や算数をしながら

    「自分がまだまだ発展し成長できる存在であることに気付き、そして自分も周りの誰かによい影響を与えることができんだ」

    と実感できること。


    卒業式までのプロセスをみんなと一緒に創りながら

    「自分もこれまでの経験を通して、ちゃんと前に進んできたし、これからも進んでいけると感じられたり、自分もまた仲間や下級生、その他の方々の影響を受けながら歩んできたこと、そして自分自身も他者に対して貢献できる存在であり続けた」


    ことを「だんだんと、ちょっとずつ」体験と対話を通して積み重ねていく。

     そんな風に見えます。


     そして、大人集団、学校で言えば職員室もまた、

    「お互いを尊重し合いながら、共に和をもって、優しく厳しく、前に進む集団である」

    ことを目指して,子どもたちと共に(ここ大事)チャレンジしていく、していけるようでありたい。


     そのためには、それぞれが「当事者意識」をもつことって、かなり大事になってくると思っている。 

     だからそこに「対話を通した合意形成」のプロセスをつくる、ことが今、必要で。

     でも、大元の大元は、やっぱり「~たい」の気持ち。それを出し合っていいんだってこと。その上で、みんなの「~らい」をいい案配で実現するにはどうする?って話し合う。そして、それをちゃんと実現する。それがプロセス。

     まずは、小さな

    「~たい」「~だといいよね」

    ということから。


     ん?というか

    「~たい」「~だといいよね」

    を大事にしてそこから出発したいな。



     小学校の特別活動では「人間関係形成」「社会参画」「自己実現」が大きな柱。大人が目指すことと、全く同じですよね。これは

    「~たい」「~だといいよね」

    をみんなで創るプロセスでしょ?って感じます。


     だから、共に、よい影響を与え合いながら(お互いがお互いに貢献できる存在であること、つまり『ありがとう!』が言い合えるってことかな)毎日の学校生活をしていけばいいってこと。


     なんだ、結構、簡単ですね。