次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館でおこないます。7月に内容をお伝えします。
  • 2018-11-15

    向き合うこと

    06:33

    「気になることがあるんだよなあ,」

    と言われます。

     その事情を聴いた上で,

    「じゃあ,直接伝えてみたら?そのほうがいいんじゃない?」

    と伝えました。

      

    「でも,相手が気分を悪くするかもしれないし。」

    「相手を怒らせてしまうかも知れないし…」

    「相手に悪気はないんだろうし,相手にもきっと事情があるんだろうし…」

     それだけ分かっているのなら,伝えられるんじゃないの?と思います。



     よくあることだと思います。

     よくあること。

     

     相手を非難するつもりじゃないんだったら,うまく伝えられるはず。なんとかしたいんだ,と本当に思うのなら何度でも,やり方を変えてでもちゃんと伝える場を持つしかないかな,と思います。もちろん,直接伝えられない場合や関係性もあることは否定しません。だから,必ずそうすべき,とも思いません。

     

     でも,言えない,伝えられない,でずっと我慢をし続けるのはどうなんだろう?それって自分で距離をつくっていることになるんじゃないかなあ,結局相手のせいにしているってことにならないのかなあ…,ともんもんと考えていました。


     そんな話をしていたら,こんなアドバイスをもらいました。



    「正式に投げかけたら?」

    「ケンカしたいわけじゃないんでしょ?」

    「それが『関係を創る』ってことだと私は思う。」

    と。

     



    「正式に投げかける」

    つまりオフィシャルな場とか,ちゃんと向かい合うとか。

    そうすることは,つまり,その場やそこにいる相手への信頼。

    そんな風に感じました。

     信頼関係を築きたい,と思うのならやはり逃げずにちゃんと向き合うしかないんだな,と思いました。

     ちゃんと向き合う,ってことは相手が受け止めてくれる,という信頼があってこそ。受け止めてほしい,と思うからこそ。

    「どうせ…」

    と思う前に(ex.きっけんかになる,とか,気分を悪くする,とか)まずはこちらが,相手を信頼して向き合うこと,だな。


     相手が怒ったり,気分を悪くしたとしたら,自分の伝え方,もっと言えば性根が悪かったってこと。そういうことだな。

    そう思ったほうがいいな。


     前に進める,そのほうが。相手に責任を押しつけると行き止まりだよなあ。f:id:motoryou:20181114094914j:image

    2018-11-12

    僕らはエピソードでできている

    21:44

    放課後の(いや、正しくは夜の職員室)でのおしゃべりから。

    結局は、どんなエピソードを蓄えるか、そして誰と、どんなふうに共有していくか、なんだなあと。

    エピソードは、「事実」と「関係性」と「感情、意見」で構成される、のはホワイトボード・ミーティング®︎にチャレンジ中の本校であれば共通言語になりつつある。

    実は、このエピソードの共有っていうのが本当に肝だと感じることが多い。

    事実、関係性、感情。これをちゃんと共有し分かち合う。それこそ「学び」そのものなんじゃなかろうか?

    生きることは、エピソードを積み上げることなり。人生はエピソードそのもの。それを多くの他者と、わかり合えたらうれしい誰かと共有できたら、それはうれしい。

    テストの点数を上げる?

    いいでしょう。

    それが大切なら、そのプロセスも大切なエピソード

    それを共有すればよろしい。

    そう、感情、気持ち、までね。

    エピソード抜きの「点数」「数値」なんていらないな〜。

    だって、結局、そこに自分も自分たちもいないから。

    顔の見える関係、顔の見える距離。それが一番大事。それがあって顔の見えない世界も大事にしたいな、があればいい。顔の見える「全部」を大事にすることで顔の見えないところにも思いは広がるよ、きっと。

    僕らは僕らの学力観を作れば、でも一方で甘えもなく客観性も保ちながら、目の前の子どもたちに何が必要なのか共に常に話しながら。

    目の前の子どもたちを、共に愛する仲間として一緒に前に進めばいいんだってことを確かめあえたような、そんな気がするうれしい職員室での対話


    うわ、ぞくぞくする〜。


    僕らは、エピソードでできているんだ。

    2018-11-11

    ■「観察者」から「関与者」へ、かな?

    07:49

     多くのゲストお迎えし,賑わったOGATSU COMPANY まつり。

     立て続けに行事や研究会があったりで,実は「忙しい」2学期。


    「25日に仙台での『ほってぇ皿制作体験ワークショプ』があるのに…。そこに向けての準備をしないといけないのに…」

    「16日に地域の授業研究会での授業提供があるのに…」

     そんな中だから,実際、カンパニーまつりをしないという選択の方が

    ある面「ふつう」だったかも。


    「忙しくなる」から。

     でも,

    「地域の方々と楽しい時間を過ごしたいなあ」

    「おまつりしたいなあ!」

    「地域の方々やお世話になった方々に感謝の気持ちを伝えたいなあ」

    という子どもたちアイデアをなんとか形にしたい,と思った職員チームだったんだなあ。



    「ほってぇ皿」を中心にした2学期の「総合:ふるさと雄勝を見つめよう」の活動の中で、今回のカンパニー祭りは、スピンオフみたいなもの、とも捉えられるけど、やってみてそれは大きな間違いだと気付きました。

    それどころか、本道。


    「ほってぇ皿」そのものがゴールではなくて,それはあくまでモチーフ。象徴

    「ほってぇ皿」に何を「のせる」かといえば、みんなの思い。ふるさと雄勝への思い。

    思いとは何か?

    思い出。一人一人のこの地でのエピソード

    ふるさと雄勝の「ひと、もの、こと」との思い出。

          

    それとの関係性,距離を縮めていく中で、

    ふるさと」との実感を自らつくっていく、そんな感じ。

    「ほってぇ皿」を「ホタテの形をした皿」と捉えるか、そこに自分や自分たちの思い出がのるか、投影できるか,それは大きな大きな違い。


     雄勝カンパニーまつりで、今まで様々な活動を通して関わってくれた大人たちと、今までの「学習活動」とまた違う「遊び」を通して、学びも遊びもごっちゃになっていく。今回の「遊び」も「なんだ、学習だ」と変わる。

    多分そう。

                    

                        

     一見、大きな寄り道をしたようだけと

    実は直球で進んだ、という気分(当社比笑)

    「状況に関わり持たない〈観察者〉から、主体的に現場に介入していく〈関与者〉へと、立場を変える」(「ワークショップをとらえなおす」加藤文俊)

    自分たちも、この「地域」を構成している一員であること、そしてこんなにも人々を喜ばせられる、影響を与えることができるんだ、と実感すること、できたこと。


    それが彼等の最後のハイタッチでのお見送りと、自分たち同士でのそれになったんじゃないのかな…。

    「次はいつやるの?」

    って子どもたちに聞いてくれた方々に

    「ありがとうございます!」

    と伝えたい。


     確かに忙しかったけど,楽しかったなあ。

    多分,みんなもそう。




     ここから,また次へ。

    そういう位置づけでの、「せんだいメディアテークほってぇ皿製作ワークショップ

    おお!

    面白い!

    f:id:motoryou:20181110154519j:image

    2018-11-10

    「余計なお世話」でした(^^;)

    10:47

     COMPANYまつりふり返り。ホワイトボード・ミーティング®定例進捗会議のフレームで。

     ききながら書くスキルも,個人個人で差があります。(4~6年合同ということもあり当然のこと)

        

    「ふり返りそのものを重視したいから,各グループに教員が入って,ファシリテーター役をしますかね,今回は。」

    と私たちの中では打ち合わせていました。

     丁寧にふり返り,次の活動(せんだいメディアテークでの「ほってぇ皿制作体験ワークショップ」)につなげていきたい,という気持ちもあったので。

     だから,

    「では,グループごとにふり返りをしましょう。」

    という声と共に,私たち教師チームが各グループに入ろうとしたら…。

     さっと各グループの高学年がペンをもち,ホワイトボードの前にすくっと立って

    「じゃ,はじめるよ~」

    と。

               


     あら…。



     教師数人で目を合わせて

    (どうする?)

    のサイン交換。

    (このままいこ!この流れを大事にしよう!)

    というメッセージを目と小声のやりとりで交換。


     こういう瞬間が本当にしびれるなあ(^^)。


     一人ひとり技量は違います。特別な支援が必要な子もいます。

     それでも,高学年がその子のペースに合わせてゆっくり言葉を吟味して話してきれます。字を大きく書きすぎてスペースがなくなってくれば,書くスペースをそっと広げてくれる友達もいます。

     そんな様子を見ながら,目配せしてにっこりしたり,

    (○くんってほんと優しいんだよねえ~)

    と小さな声でやりとりしながら見守ったり。


                      

     そうだな,僕らはこういう「学力」も大事にしたいし,忘れないでいたいんだ。

     ばりばり話し合う,バリバリ書く,がんがん進む。それも大事。

    でも,寄り添う,包みこむ,そんな「学力」もある。大事。

     どちらかじゃなくて,「両方」どっちもなんだな。

     というか,それは一緒になり得るし,そもそも一緒なんだよね。

              

                  

     じっくりふり返り,しるらないカードでも話し,聴き合ったあとだから,最後の「書く」時間には,どの子も集中。

    「制限時間は5分だけね!」

    と伝え,そのあとは

    かつかつ,

    と鉛筆の音だけが響く時間になりました。2枚目にいく子も。先輩の頑張りに後に続こうとする後輩も。

           

                   

     教師が余計なことをしないでよかったね,という話。

    そして,「よかれと思ったことが実は余計だったね。}

    と確認し合えた時間が,私たちにとって本当に貴重でした。

     

     COMPANYまつりを一つの節目にして

    ぐいっと前に進んだ(自信を深めた)

    彼らの姿に

    (うれしいね~)

    と喜びあえる仲間たち,それも嬉しい。

    2018-11-08

    遊びは学び,学びは遊び

    06:50

     この道にちょっとずつ入ってきたかなあ,と感じるこの間。

     自分も楽しい,みんなも楽しいを考え実現していうプロセスは,総合的な学習になり得るってこと。まさに生活。まつり。ハレの日。

     日常の中に「ハレ」をつくる。お楽しみを目指し,創る,そんなイメージ。

    「いいぇい!」とか「よっしゃ!」とか「やったあ!」とか「うれしい!」とか。

     それが「遊び」であり「学び」。



     あしたはいよいよOGATSU  COMPANY まつり。今まで様々な体験学習や学校のことでお世話になった方々を,一同にお招きして(総勢20人越え!)子どもたちと昼食を共にしたり遊んだりする会。

     目的は,「もっと仲良くなること」「お礼を伝えること」


     

     準備段階で,子どもたちの工夫やら知恵やら,そして夢中に出会えた気がするな。

    (いつのまにこんな準備を…)

    と驚かされたり

    (なに!こんなやり方を考えたのか~)

    とか。

     準備していくうちに,結局あれもおもしろそう,これもいいよねみたいに拡大していって(笑)

    そして,それを

    「忙しいよねえ」

    といながら,結構本気で一緒に子どもと楽しんじゃっている先生たち。

     そして

    「明日,なんだか楽しみだねえ」

    「わくわくする~」

    って言っているのももまたいいな~。

     明日は午前から5,6年生が調理実習でつくったカレーライスフルーツポンチでお客さん方をおもてなしするってことになっています。

     「調理実習」もリアル版です。

     大きなお祭り,小さなおまつり(お楽しみ)を中心に,各教科がその周りを包み込むみたいな,融合するような,溶け合うような,そんなのが理想。そのイメージに近づくには,どんなマインドをもてばいいのかな,そんなことを考えています。

     そのマインドを持つのは,個人としての自分であったり,教師集団として,であったり,主役の子どもたちであったり。

     一人一人違うけれど,その中で生み出される何か。「文化」

     一人一人みんみんな違うから,自分も職員室のみんなも,子どもたちも,みんなで「どんな学校にしたい?なるといい?」

    ってことをしゃべり合って学び合って,そこに近づいていくことができたらいいな。旗印は学校教育目標だな,と感じています。