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2013-12-27

大きく捉える。

| 02:25 | 大きく捉える。 - 幸福論 を含むブックマーク

先日、通常学級における特別支援の授業で、おもしろいなあと思うことを聴きました。


障害者理解という項目についての内容で、配られたプリントには障害者理解をしていく段階が示してあります。

そもそも、障害者理解という言葉自体がどうなんだって感じなんだけど……と先生はしっくりいっていない様子でしたが(笑)

そこの話は今は置いておくとして、そのプリントの中には、理解をしていく過程でネガティブな感情(例えば、怖いとか。)を持ってしまうこともあり、それは決して悪いことではない。と書かれてありました。

そういう感情があっても、すべてをひっくるめて「そんなこともあるんだなあ」と容認することや、「じゃあ、その人関わるならば自分はどういうふうに接することができるのだろう?」と考えていけることが大切なのだそうです。

それが何故大切なのか、というところのお話で、先生は


人類の存続のため


だとおっしゃっていました。

それから、


「ずっと昔、まだ私たちの祖先が海の中で暮らしていたとき、何かの変異でその一部が陸に上がってきたんです。

水の中で暮らしているものにとっては、そういう存在はとても異質だったと思うけれど、それでも排除されずにいたから、こうして発展しながら今も存在していられるんですよね」


というのを聴いて、捉え方の大きさがいいなあ。すごくすきな考え方だな、と思いました。

自分とはまったく違った性質を持つ人のことを、分からなくてなんだか怖いと感じることもあります。

でも、それは相手にとってわたしもそういう存在であるかもしれないということです。

そこでお互いに排除してしまってはもったいない。

たくさんの異質が集まっているからこそ、そこを活かして発展していける、ということなんでしょうね。

そうしなければならないことなんだ、と思うことはあっても、生物的にそうであるのが望ましいのだろう、とは考えたことがなかったので楽しかったです。


それにしても、水の中で暮らしていたのに急に陸に上がるやつが出てきたら、そりゃびっくりしますよね。

わたしだって、急に空中に浮いて生活する人がでてきたら驚くもんなあ。

daitouirukadaitouiruka 2013/12/28 04:38 古代日本では先天的疾患を持つ人は「稀人(まれびと)」と呼んで、むしろ神の御兆が下った人として大切にされていたという話も聞きます。
多様性を受け入れた方が生き残れるという知恵があったのでしょうか?
「神の御兆」なので、多様性を「受け入れる」どころか「ありがたがる」感じですね。
でも、自分だったら「ありがたがられる」と一線を引かれているような気がするので、それよりも「当たり前」にとらえてもらって仲間でいる感覚でいたいですが…その感じ方も人によってちがうかもしれませんね。

いずれにせよ、空中に浮かず「足を地に着けて」生活したいですね(笑)。

daitouirukadaitouiruka 2013/12/28 04:48 障害にかかわらず、「自分が出会ったことのないタイプの人」に出会うと戸惑うのはごく普通の感情だと思います。
要はそのことをもって排除するかしないかですよね。

mei-c5mei-c5 2014/01/02 11:13 >>daitouirukaさん
「自分が出会ったことのないタイプの人」に出会うと戸惑います。
その戸惑いを隠すためや、自分の安定のためにその人を排除をしようとしたりすると、それがいじめになる場合もあるのかもしれません。
出会ったことのないタイプの人がいることは当然のことで、それに戸惑うことも当然。そして、それをプラスの方向に考えていける集団であればいいのかなあ、と思います。
>多様性を受け入れた方が生き残れる
まさにこれですよね。

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