Hatena::Groupmanabiai

幸福論 RSSフィード

2014-01-10

意図。

| 03:24 | 意図。 - 幸福論 を含むブックマーク


今日は方法学の授業がありました。

この授業は、学生が戦後の教育実践者について調べて、授業内でそのことについて発表するという形態で行われています。


今日クローズアップされた教育実践者は、有田和正さんでした。

わたしはこの方の著書を読んだわけではなく、教科書として扱われた本に記載されたほんの十数ページ分とインターネットで検索して出てきたいくつかの情報しか知らないため、あまり理解が及んでいないと思うのですが、自分なりのまとめをメモしておきたいと思います。


有田和正さんという方は、教材づくりを中心とした授業づくりで有名な方だそうです。

有田さんの授業は、よく「ネタのある授業」と表現されるのだとか。

教科書には、この「ネタのある授業」の真意とは、子ども


・これまで既知だと思い込んでいたことを大きくゆさぶられる

・自らの認識の甘さを思い知らされる

・追求せずにはいられない心境に追い込まれる


ことにある。

そして、彼から学ぶべきこととは、


・少しでも子どもたちの追求を生む教材をつくろうとする授業改善の意欲

・「教材から授業をつくる」という授業づくりの道筋について


である。とまとめられています。

いろいろと考えることもあったのですが、ここではそれは割愛して……

今日は、この授業をしてくれた人(学生)が、主発問として出した問いについて書いておきたいな、と思います。

その問いとは、


「授業づくりは誰のためにするのだろう?」


でした。

で、えっ。と思ったのが、

授業に参加していたみんなが、「子ども」もしくは「教師」のためだと答えたのです。


「理解の難しい子に対して、より分かりやすくするために」

と答える人もいれば、

「いや、どんな子どもに対しても平等にあるべきだ」

という意見が出て、

「教師が授業づくりをすることで成長していけるから、教師のためでもある」

「でも、その成長って、結局子どもに良い授業を提供するためにしていることだから、子どものためって言えるんじゃない?」

というやりとりもありました。


そんな中、わたしは自分のワークシートを見て、あれ?おかしい。と思っていました。

もちろん、「子ども」「教師」という言葉も書いてあるのですが、その他に、

「地域の人(お店、施設、周辺で暮らしている人・働いている人たち)」

「家族(親、祖父母)」

「学校(同学年、異学年、先生、別の学校)」

と、思いつく限りの人たちを書いていたのです。

同じ問いを見たのに、どうしてわたしだけこんな勘違いをしてしまったのだろう、と残念な気分になりました。


みんなの出した意見を聞いたあとだと、自分がどういうふうに書くべきだったのか、ちゃんと分かります。

じゃあ、どうしてこんなふうに勘違いを起こしてしまったのか。

授業時間中、ずっともやもやしたままでした。


でも、帰ってよくよく考えてみると、もしかして、わたしは出された問いに勝手に自分なりの解釈をつけてしまっていたのかもしれない、と気づきました。

わたしの答えからすると、きっと問いは

「授業づくりは誰のためにするのだろう?」

というよりは

「授業は誰のためにつくることができるのだろう?」

になるはずで、しかも

「思いつく限り挙げよ」

というような注意書きがありそうです。


今日の授業をしてくれた人のように、どんなに頑張って考えた問いにも、こんな勝手な解釈をして訳の分からない答えを書いてくるような子どもがいるんだろうなあ。と思うと、

教師の立場だったら、「なんで!?」となる反面、今日のように授業を受ける立場だと、その子どもの気持ちがすごーーーーくよく分かる気がします。

だって、頭の中で勝手に変換されちゃったんだもんね!

よくよく見てみると、そういうふうに解釈できなくもないよね(だいぶ肩を持っていますが…)、と。


もちろん、前後の流れを考えながら質問の意図を読み取る力は大切なので、反省しないといけないということも十分に分かっています。

でも、こんな子どもがいたら共感できるに違いない、と思えた一時間でした。

FlipperKFlipperK2014/01/11 11:07 え、???あなたの答えのどこが間違っているのですか?????
 私がその授業の指導者なら、あなたの答えをAに、教師と子ども両方を書いていればBに、どちらかのみならCに、何も書いていなければD似評価すると思いますけど。

scorpion1104scorpion11042014/01/11 15:47FlipperKさんと同じように思いましたよ。

daitouirukadaitouiruka2014/01/11 22:04子どものためでも、教師のためでも、どちらも個に閉じられた印象を受けます。
もちろん個人の幸福を大切にしつつ、共同体全体の幸福、しかもより大きな共同体の幸福を視野に入れることが大切だと思います。

sweetsdaisukisweetsdaisuki2014/01/11 22:36うふふ。おもしろいです。もし私のそばに、mei-c5さんのような生徒がいたら、
かわいくてかわいくて、つい頭をなでまわしてしまいそうです(笑)

mei-c5mei-c52014/01/12 06:10>>FlipperKさん、scorpion1104さん
授業中は、わたしもどこが間違ってるんだろう????と思って、腑に落ちませんでした。
でも、あとから考えたとき、それはわたしの基準での見方であって、この授業ではそうではなかったのかなあ、と思ったのです。有田さんの授業をベースにした問い、として見ることが必要だったんですね、きっと。みんなは、そういうことが分かっていたからこそ、同じ答えが出せたんだと思います。
前提がそうでなければ、わたしの考えでもありだったのではないかと思っています。

>>daitouirukaさん
両方を大切にしていきたいです。欲張りかもしれないですけど。
みんなが欲張れば、共同体全体の幸福も夢ではないと思います。

>>sweetsdaisukiさん
出来の悪い子ほど……ってやつですね(笑)
でも、本当は「出来が悪い子」なんていないのかもしれません。「出来が悪い子」と見る人がいるだけで。

sweetsdaisukisweetsdaisuki2014/01/13 00:28いえいえ~!出来が悪いとかではないですよ!自分の書いたことにモヤモヤして、
素直に純粋に考え続けるような人っていいなぁと思いまして。
その実直さが本当に愛しいです^^

mei-c5mei-c52014/01/13 23:52>>sweetsdaisukiさん
ありがとうございます。
自分の中でぐるぐると考えすぎてしまうところは、短所だと思っていたのですが、
そう言っていただけてとても嬉しいです!あと、ちょっと照れます…(笑)
これからも、似たようにもやもやと考えているような内容の日記になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。