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2019-05-18「アクティブ・ラーニング」のなれの果て このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私は、西川先生のご講演で“アクティブ・ラーニング”についての話を伺ったときの衝撃を忘れていません。

「いよいよ、『学び合い』の時代が来る」

「これで、一斉指導ともおさらばだ」

と感じました。

あれから、数年が経ちました。

あのとき、同時に

「現場の変化は起こらない」

と予想したのも、西川先生でした。

公的な研修の場で

学び合い、ってグループ活動でしょ」

と若い先生が発言したときに、反射的に

「グループ活動と、学び合いは違いますよ」

と言ってしまいました。

あれほどの衝撃をもって聞いていた“アクティブ・ラーニング”のなれの果てのような気がしました。

職員室では

「教えるべき事は、教え込まないといけない」

「小学生が基本ですから」

「教師の指導力の問題ですから」

と言われます。

依然として、「指導ありき」の内容から脱することはできません。

私は、指導を否定しているわけではありません。

私も、きっちりと指導していることもあります。

それだけで、学校や学級が成り立ってるわけではありません。

「学級経営が大切です」

と発言する先生は、その学級経営は誰のためなのかと問いたくなります。

「自分の思い通りの指導をするための、学級経営ではありませんか」

と問いたくなります。

そういう学級では、教師の意に沿う子供が中心になります。

教師の意がわかりにくい、自分たちで決めなければならない状況になると、どうしていいかわからなくなります。

「学校を出たけど、使い物にならない」

という一部の「成績優秀者」の、これも、なれの果て、です。

小学校の現場は、これほど変わりにくいものなのか、と教師生活35年にして改めて感じています。

あとは、外からの圧力を頼むしかないのか、と情けない気持ちになっています。