makine45の日記 このページをアンテナに追加

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2018-11-02高い目標という考え方 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

学び合い』が日常となっている生活をしていて、

「あっ」

と気がつくことがたくさんあります。

目標の設定についても、課題についても、

「高い目標」

の必然性をとても強く感じるようになりました。

今、地域の音楽会に向けて、学校代表として練習に励んでいます。

カール・オルフというドイツの作曲家が作曲した「子どものための音楽選集」から「5拍子の舞曲」という難曲に挑戦しています。

今は、youtubeでその演奏を見ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=gCDJdSBW_YA

私が、まだ20代だった30年前に、ヤマハ主催の音楽の研修会が八ヶ岳で開催され、その研修会で取り上げられた曲でした。

30年前に体験したこの曲をこれまで一度も完成したことはありませんでした。

それをやろうというのだから、大変なことになりました。

私にとっても、子どもたちにとっても、大変に高い課題となったわけです。

高い課題となると、教師ですら、一人ではどうしようもない状態になります。

夏休み明けの9月には

「本当にこの曲が仕上がるのだろうか」

と一人で悩みました。

子どもたちも、全員ではないにしても、やはり悩んでいたのだろうと思います。

教師も子どもたちもどうしようもない状態で、どうしようかと悩んでいるほどの課題だった訳です。

上で書いたヤマハの研修会の講師だった、当時大阪教育大学の柳生力先生は

「みんなで、この曲はどうなるのかと考えている時間が、一番楽しい」

と言っていたように記憶していますが、その言葉が30年かかってやっと私の心に落ちてきました。

ある練習日に、一番のポイントである楽器の子供が、さらっと5拍子を叩いていることに気づき、その瞬間に

「あー、もっく早く、難しい曲だからこそ、任せればよかったんだ」

と我に返ったのです。私としたことが、子供たちと悩むという方向をもっと早くに見つけるべきだったと思ったのです。

それ以来、悩んでいたことが嘘のように、順調に進むようになり、ある日、始めから終わりまで通せたときに、言い知れぬ感動がわいてきました。

この曲への挑戦は、本番まで続きます。

音楽には、完成はありませんから。いくらでも高い目標を設定できるのです。

他の教科でも、

「答えは子供にも教師にもわからない」

というちょっと無責任かもしれない、高い課題を設定して、教師も加わって、その課題の解決に寄与できたなら、きっと楽しい授業になるだろうなあと感じています。

多くの授業で、課題が低すぎてつまらないのです。


それにしても、音楽家の才能というものは、実に恐ろしいものです。カール・オルフという作曲家は「カルミナ・ブラーナ」という曲が有名で、CMでよく使われています。バッハ、ベートーヴェンの系譜に並ぶ偉大な作曲家が、子供のために書いた曲にも、その偉大な才能は詰め込まれています。音楽が飽くなき追究を呼び覚ましてくれます。やってもやってもつきない奥深さを感じることができます。

そんな曲に挑戦し、発表する機会を得ることができたことにとても感謝しています。

2018-10-20納得できない このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

いろいろと納得できないことがあります。

「話し合い活動の前に、必ず自分の意見を持つようにしてください」

これって、本当でしょうか。

だいたい、自分の意見を持つことが参加資格のように考える発想を好きになれません。

自分の考えを持っていない子供たちを大切にするという発想が見えないのです。

自分の意見を持っていなくても、安心して話し合い活動に入っていける環境のほうがずっと建設的であるように思えるのです。

「とりあえず、話を聞いてみよう」

いう態度で、話し合いに入ることも、私は、「あり」だと思っているのです。

さらに、そもそも「自分の意見」なんて、あるのでしょうか。

意見の多くは、きっと「すでに誰かが考ええついたこと」にすぎないように思えるのです。独自性なんて、幻想だとも思えます。

私が、このように書いていることも、きっとすでに誰かが書いていることです。それで、いいと思っています。

自分が考えていたことと違う考えに出会った時も楽しいですが、こんなことを考えていた人がいたのか、と感じる時もまた楽しい時間です。

元気です元気です2018/10/20 17:12話し合い活動のゴールは、みんなで了解しあえることが決まることなどのゴールに行き着いたかどうかが大切だから、それまでの過程で意見を表現できなかったりしても大丈夫です。おっしゃる通りだと思います。意見をもってほしいことをどう表現するかが難しいですね。

makine45makine452018/10/22 22:36もうすぐ私のような教師がいなくなると、話のわかる同志と笑い合いました。意見をどのようにして持つのかなんて、自分でもわからないものですね。

2018-09-25『学び合い』は考え方だ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「『学び合い』は考え方だ」

という考えが自分の心に落ちる、自分の胸に響く瞬間があります。

「学びの共同体」の言うとおりに、机をコの字にしたり、班編制を4人組にしても、考えが落ちていないと、全くつまらない授業になってしまいます。

問題は、形式ではありません。

教師がどんな考えを持っていて、何をやろうとしているのか、ここが一番肝心なところです。

私は、大学院を修了する頃、ある方と話をしていて

「ああ、これが、考え方ということなのか」

と落ちた瞬間がありました。

子供たちが学び姿を見ていて

「これが」

と感じる瞬間もありました。

結局、教師が何を見ているのかを子供たちは見ています。

正確には、教師が何を見ているのかを、見ている子供がクラスには数名います。

この子供たちが、どのように動くのかを見ている子供が、また数名います。

この数名が、ある数に達すると、クラスの雰囲気が激変します。

教師が言わなくても動ける集団へと変貌します。

教師が何を言うのかを、先回りするようになります。

形式に捕らわれている教師には、全く見えない世界です。

子供たちが動き始めるには、子供を信じるしかありません。

何をするにしても、子供たちを信じて待つしかできないのです。

この時間、胃の痛むような我慢をします。

「何だ、任せると言って、結局先生がやっている」

と思われては、子供は何もしません。

長い時間がかかります。

私は、今のクラスで、まだ藻掻いています。

2018-09-15いろいろとありまして このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私は、運動会の練習では、絶対に子供たちを怒鳴りません。

「何、やってんだ」

「気を抜くな」

「やる気を見せろ」

などと子供たちを怒鳴るような指導をあるときから、完全に捨てました。

運動会に限らず、日常でも子供たちを怒鳴るような態度を控えています。

若い頃、向山洋一氏が

「その言葉遣いを、自分が一番尊敬している人にもできるのか、いつも問うている」

と書いたのを読んだことがありました。

「そんなことできるのか」

とそのときは思いましたが、今は、向山氏の言うことが大分わかるようになってきたと感じています。

西川研で、自分の授業の録音を聞いたときに

「なんて、嫌な教師だろう」

と愕然としたことを覚えています。

自分で聞いていたら、耐えられない言葉遣いに敏感になっています。

今は

「早く運動会が終わらないかな」

と思うようになってしまいました。

教師の怒声が飛び交う場所にいるのは本当につらい。

子供たちの中にも、とてもつらい思いをしている子がいると思うと、ますます早く終わることを祈らずにはいられません。

2018-08-18「幸せのメカニズム」を読む このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

出張に行って、発表を聞いていて、引用されていた本を読んでみました。


前野隆司著

「幸せのメカニズム」

講談社現代新書 2013年2月20日 800円+税


前野氏によると、幸せの4つの因子は

「やってみよう」因子

「ありがとう」因子

「なんとかなる」因子

「あなたらしく」因子

であるという。

この4つは統計処理をして導き出した因子であるところが、この本の特徴であると書いてあります。

この本を読みながら

「この4つの因子に、『学び合い』は役立っているのか」

を考えていました。

少なくとも、一斉指導よりはいいのではないかと感じています。

この前野氏を招いて

「『学び合い』は、子供たちの将来の幸せに寄与しているのか」

というテーマで、研究会をやったら、面白いかもなんてことを考え始めています。

まだ自分の中で始まったばかりの発想なので、しばらくしまっておこうと思っています。