makine45の日記 このページをアンテナに追加

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2019-11-08「個別に対応する」を考えました このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「学びの共同体」の指導による国語の授業を参観しました。

とてもいい授業でした。

子供たちは、友達と関わり合いながら課題に向けて一所懸命学習を進めていました。

参観者の感想も好意的な発言が続きました。


例えば、作文を書くとします。

教科書には、作文を書く手順のようなものが掲載されています。

その手順は、全員に有効なのでしょうか。

全員が、その手順で書くことを求めるのが、授業なのでしょうか。


例えば、指導案を書きます。

私は、全体の目次のようなものを書き出して、次に本時の目標を入れます。

次は、展開を書きます。

あとは、上に行ったり、下に行ったりして、ほぼ同時進行で全体を書き上げます。A4、2枚程度の手慣れた教科の指導案なら、2時間もあれば書き上げられます。

この書き方は、万人に向いているのでしょうか。

以前、

「A4、2毎程度なら、30分あれば大体できあがる」

と職員室で言っていたら

「じゃここで、書いてみてください」

と言われて、実際に書いてみたことがあります。


作文を書くという行為は極めて個人的な作業です。

全体のレベルを確保しつつ、個人的な取り組みを認めていくとしたら、やはり『学び合い』の考え方しかないだろうと私は感じていました。

好意的な発言が続く中で、私はやや冷めた感想を持っていました。

個人的な作業だから、みんなの力を借りた方がいいのです。

でも、やはり、最後は個人に返されるとしたら、個人的な手順の自由さが私は必要であると感じています。

久しぶりに、更新しました。

2019-09-05「学びの共同体」の話 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私の勤務地は、“学び合い”を推進しています。

指導者は「学びの共同体」の方々です。

最近の校内研修はすっかり変わりました。

参観者が子供たちの学びをしっかりと見取り、それを研修会で話すという形になりました。

今日は、指導論レベルの話はほとんどありませんでした。

おそらく多くの同僚は、指導論レベルの話から、学習者レベルに変わったことに気づかないと思います。

今までたくさんの研修会に参加してきましたが、教材論レベル、指導者レベル、学習者レベルという聞き方をすることすら、意識しなかったと感じています。

今は、これが私は気になって仕方ありません。

現状では、特別支援学級の担任ですから、指導論、教材論にどうしても触れないわけにはいきません。

研究会のあり方もようやく変化をしてきました。

授業や普段の指導はどうか。

まだまだこれからです。

2019-07-22成績をつけました このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

特別支援学級の担任になって、初めての成績付けをしました。

私のクラスにいる支援員の先生は、長年特別支援学級の担任を経験された先輩です

「こういうことを記録しておくと、いいですよ」

と学期途中から助言頂いていたので、大変に助かりましたし、私が書いた所見にも目を通してもらって、たくさんの助言を頂きました。

成績をつけると言っても、評定はありません。

すべて、記述です。

やってみると、案外楽しい成績付けでした。

マイナスを書く必要はなく、

「こういうこともできたな」

「こういうこともやったな」

とプラス面に焦点を当てるので、私も楽しくなってきました。

書き上がって、

「時間があれば、全員がこういう成績表の方がいいのではないか」

と感じました。テストして、ABCをつけていくなんてことは、あまり効果がないように感じたのです。

小学校の甘えでしょうか。

私の勤務する小学校は、ほとんど地元の中学校に進学します。

評定をしたところで、子供たちの学習意欲が上がるなんてことがあるのでしょうか。

文章で、または、口頭で、

「ここが良かった。次はここだね」

と言葉で示した方がいいように感じたのです。

現状で、これをやろうとすると、とんでもなく負担が大きくなるので、無理です。

クラスの人数が減り、そんな成績表が作れる日がやってくることを私は祈りたいと思います。

2019-06-30大丈夫なのか? このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今回も、いい話ではありません。


学校外で、知り合いの教師に会うことがあります。

買い物に行ったときなどです。

「久しぶり」

のあと

「学校はどう?」

と話をします。

「大変だよ」

という返答をもらいます。

私ほどの年齢の人たちは

「もう辞めてもいいや。いつ辞めようか考えている」

と言います。

ここ数年で現場はものすごく変わりました。

私の周りの五〇代の先生方は、

「いつ辞めようか」

という話を普通にしています。

年金の支給が65歳に引き上げられる年代ですので、定年まで働いたとしても、5年間の空白があります。

それでも、

「もう耐えられない」

と感じているわけです。

どうして、こういうことになってしまったのか、わかりません。

どこかで、戻ることのできない限界点を超えてしまったとしか感じられません。

大量採用の人たちが、定年を迎え、職場は一気に若返ろうとしています。

この大変な時代に、先生になろうという若者達が誇りをもって働ける職場になって欲しいと強く思います。

「老兵は死なず、ただ去りゆくのみ」

と行きたいところですが、若者達の行く末を思うと、何もできなかった自分に反省すること、しきりです。

定年までに、職場の何が変わってしまったのか、考えたいと思っています。


6月の私は、勤務時間外に34時間ほど働きました。

1日平均1時間半程度です。

2019-06-16疲弊する職場 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

特別支援学級の担任となって2ヶ月ほどが過ぎました。

特別支援学級の担任は、普通学級の担任と違う動きをしています。

昨年度までとは違う立場で職場を見ていることに気づきます。

若い先生方が多い職場ですので、やる気があります。

皆さん、意欲的です。

提案に対して、真面目に取り組もうとしています。

先週も新しい提案がありました。

私には、全く関係のない提案です。

私は、

「まだこの上、何かを足そうとしているけど、できるの?」

と感じながら聞いていました。

近隣の小学校から「病休」の話を聞きました。

詳細はわかりません。

職場は、すでに限界を超えています。

人手の問題でも、管理職の問題だけでもありません。

限界を超えている職場の常態に気づくのは、弱い立場に置かれている同僚です。まず、そこに問題が発生します。

「先生、もう無理です。」

と同僚から言われることもあります。

職場は疲弊しています。

もう少し、のんびりとした職場にならないかと私は思っています。

「のんびりとした職場」を知っている教員ももうすぐいなくなります。

そのとき、今の職場が常態化します。

そのときになって、若い人たちが教員という仕事を選ぶのでしょうか。

今から、気がかりではあります。