西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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14/12/01(月)

[]アクティブ・ラーニング 07:24 アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の呑み会の話です。私は「アクティブ・ラーニング」という言葉を使うことを勧めたら、「アクティブ・ラーニング」って何です?と聞かれました。

 ちょっと説明します。

 アクティブ・ラーニングの定義は学術の世界でなされていますが、人文系用語の多くと同じで厳密ではなく、人によって多様に使われます。そして、それらは現場の教師にとって大事ではないのです。じゃあ何が大事かと言えば、文部科学省の使う定義なのです。

 役所の文言は予算や人事に関する部分はものすごく厳密に書かれています。点の位置が違うだけで、億のお金の動きが変わり、数千の人の人生が変わります。ところがそれ以外の部分、特に趣旨の部分は叙情的です。その文章で大事にされるのは、非難されない、ことなのです。だから表現は一般的になり、網羅的になります。それは文科省の文章も同じです。

 現状のところの文科省の官製のアクティブ・ラーニングの定義は、『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)』平成24年8月28日中央教育審議会の用語集にあります。それによれば「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。」とあります。

 読んで分かるように、誰からも非難されるものではありません。そして、方法に関しては網羅的であり、かつ、「等」で締めくくられているのです。

 では、この文章をどのように使うかということです。

 例えばです。(同志の方は、それぞれの頭で考えて下さいよ)

 『学び合い』に関して多くの人が嫌うのは、「たち歩き」なのです。規律がなっていないと言います。だったら「たち歩き」とは言わずに、「学修者の能動的な学修への参加」と言えばいいのです。授業中は「たち歩いていいよ」と言わず、「もっと能動的になりなさい」と言えば良いのです。少なくとも一般の人に見せるときには。

 そして、指導案では認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験の6つの項目を立てて、それぞれに何を学んでいるかを記述するのです。逆に、参観者(指導主事も)には6つの項目をたてた用紙を渡し、そこで観察したものを記述し、それをもとに授業検討会を進めるのです。

 同志の方々、私がニヤニヤしながらこれを書いている姿が分かりますよね。『学び合い』の授業を『学び合い』の同志が観察したら、6つの項目を数多く記述することが出来ます。しかし、一般の授業で、一般の人がそのような用紙を渡されたら、倫理的、社会的能力、教養、経験を書くことは困難だと思います。

 そしてたち歩いている状態を流動的グループ・ディスカッションと書けば良い。

 そして、もし『学び合い』が駄目だといわれたら、『学び合い』という言葉を使わなければ良い。そして、何かの方法論を強いられたら、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験の6つをどのように実現したら良いかを問えば良いのです。もちろん笑顔でね。

 今後、アクティブ・ラーニングに関する文章が出ると思います。しかし断言します。文科省は特定の方法論を絶対に強いません。そして、汎用的能力の育成を求める方向性は変わりません。それらをバランスよく、定常的に育成できるのは『学び合い』だけだと思っています。不遜ながら。

 同志の方々は、文科省レベルの文章をちゃんと読んで理論武装して下さいね。