西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

13/04/30(火)

[]福島の会 10:35 福島の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 福島の会 - 西川純のメモ 福島の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 5月11日に福島の郡山で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。

 http://p.tl/odZB


[]千葉の会 05:54 千葉の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 千葉の会 - 西川純のメモ 千葉の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 5月11日(土) 第17回『学び合い』千葉の会が開かれます。お誘いします。

http://kokucheese.com/event/index/88691/

maya-1maya-12013/05/01 08:57福島の会、千葉の会と重なってしまいもったいないです。今回は千葉の会に参加させていただきます。中学校・高校の先生で実践されている方やどのように実践していったらよいのか迷っている方には特にお勧めですよ。

13/04/29(月)

[]病んでいる 22:03 病んでいる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 病んでいる - 西川純のメモ 病んでいる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 インターネットで情報発信を積極的にするかたには、大人のルールに則っている方もおれば、そうでない方もおられます。具体的には、基本的には人を否定しない。否定する場合は明確な論拠を提示する。ま、それが出来ないならば、私は「そうだと思うけどな~」という程度にする。そして、個人を特定される否定は避ける。せめて名前は避けた方が良い。なぜならば、いらざる攻撃を避けるためです。

 私はかなり奔放な発言をしているようですが、特定の個人、組織を否定することを極力避けています。そして、個を特定しないように様々な配慮をしています。嘘だと思ったら、過去のメモをチェックすると良いですよ(ま、そんな暇人は殆どいないですけど)。つまり、ある人が「俺を非難した」と発言したら、「え、そうなんですか?そんなつもりはありません.すみません」と言えるだけの曖昧さを常に含ませています。

 私は相対的に、個人特定される攻撃に晒されています。アドバイスです。

 大抵、個人特定される攻撃をする人、そして大人のルールから逸脱する人がいた場合、その方は心が病んでいるのです。相手にしないことです。

 私もそうなりそうなことがあります。でも、愚痴を言う仲間がいます。相手にするなと言ってくれる人がいます。だから、その一線を越えません。逆に言えば、大人げない言動、そして、大人のルールから逸脱する人がいたら、そういう仲間がいないのです。病んでいるのです。無視しましょう。

追伸 凡夫はつまらんことで怒り、喜びます。それで良いと思います。ただ、公的な言動は別です。ちなみに、上記が何に触発されて書いているか、分からないでしょ。あはははは

[]人間関係づくり 08:24 人間関係づくり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人間関係づくり - 西川純のメモ 人間関係づくり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は学力向上と人間関係づくりが表裏一体であると考えています。だからこそ、教科学習が人間関係づくりの場として最も適切な場だと考えています。しかし、『学び合い』ステップアップや『学び合い』ジャンプアップで書いたとおり、やり始めるとしたら週1で始めるのが安全です。その場合は学力向上の効果は限定的です。学力向上は『学び合い』を徹底したときに現れます。

ただし、学力が低下することはありません。おそらく少しは「まし」になるでしょう。なぜなら授業開始5分以内で寝ていた子が、『学び合い』では曲がりなりにも勉強を継続しますから。そして、90点の子を95点にするのは難しいですが、20点の子を60点にするのは簡単です。寝なきゃ良いのですから。

さて、人間関係づくりに特化して、『学び合い』の特徴が分かりやすい点を述べます。これが分かると従来の人間関係づくりとの違いが明確になります。

学び合い』で創り上げる集団は、良き職場です。だから、教師と子どもとの関係は上司と部下との関係になります。従って、『学び合い』のセオリーやメソッドは、親子関係には適用できません。親子関係をモデルにした人間関係づくりは、一人の教師に数人の子どもの時には適用可能ですが、それ以上は無理だと考えています。

もちろん人間関係のベースは愛や信頼です。しかし、『学び合い』における教師の愛と信頼は上司が部下に対して持つ愛や信頼です。ようは、教室を職員室に置き換えれば、良き校長になるわけです。

次に、子ども同士の関係です。『学び合い』では同僚だと考えており、友達とは考えません。もちろん、友達になる同僚もいるでしょう。しかし、大人の職場でも全ての同僚が友達になれないのと同様に、クラスにおいても全てのクラスメートと友達になれるわけではありません。そして、それを強いません。その代わりに強いるのは、全員の課題達成を求めます。従って、愛だとか友情を語りません、得か損かを語ります。ただし、個々人の損得だけを語る(例えば、受験に絡めた話)だけでは互いの利害がぶつかり合います。従って、高い志(最も低いレベルの志が、クラス全員が達成するであり、その上が学年全員、学校全員となり、さらに行けば西川ゼミのように一人も見捨てられない社会の構築、となります)を掲げます。しかし、その志が個々人の損得に関わることを説明します。

学び合い』を人間関係づくりの一つの方法だと思っている方も多いでしょうが、こう説明すれば、かなり異質であると分かっていただけるのではないでしょうか?

13/04/28(日)

[]サイエンティストゲーム 21:46 サイエンティストゲーム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - サイエンティストゲーム - 西川純のメモ サイエンティストゲーム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のメモを読んでいただいている、奇特な若手研究者に推薦図書です。それはサイエンティストゲームという本です。シリーズものです。読むと良いですよ。私は大学院の時に読みました。研究者の人生を俯瞰できる本です。

[]我が意を得たり 21:32 我が意を得たり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 我が意を得たり - 西川純のメモ 我が意を得たり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 アベタカさんのメモを読み、我が意を得たり、と思いました。http://p.tl/pqSZ

 私が大好きなのは、私が何もしなくても物事が進むことです。

 アベタカさんが言うように、早く、私が本を書かなくて良い状態にしたい。さて、現状の出版界は私が最初の本を出した十年以上前とは別です。余裕がなくなってきています。1年間で2千冊以上売れなければなりません。さて、売れなかったら自腹で買い取る覚悟のある方がどれほどいるでしょうか?2000円として400万円です。今、メジャーな出版社で本を出すとは、そういうことです。ま、少なくとも100万円を負担しても良いという覚悟が必要です。

 だから、私はそのような状況を早めに作りたい。そのためには『学び合い』を理解してくれる人を、今の十倍に増やさなければペイしないのです。だからノウハウ本まで書いているのです。

 でも、私はその前の段階で何か出来るかを考えています。

 でも、同志の方々でも出来ることがあります。地方の出版社だったら、1年間で2000冊ということは言いません。そこで、まず、出すことです。必要ならば、その本の宣伝チラシを私の講演会で配りましょう。ちなみに私の最初に書いた本は、岡山市にある出版社です。十数年前ですが、未だに売れています。

 今、本を出すとしたら、今の読者層に受けることを書かねばなりません。ある意味、魂を売り渡さねばなりません。それも徹底的に。本当に今書きたいことではなく、今、受け入れてもらえることを書かねばなりません。

追伸 もし、色々な方々が本を出せるような状況が整ったらば、私は『学び合い』から身を引くでしょう。今までの実証データによる研究、認知心理学による研究と同じです。研究者は常に、みんなと違った一歩先を歩かねばなりません。もちろん、一人も見捨てないという最初の志を捨てるわけではありません。もし、可能ならば、おそらく私の最後の仕事である、教科内容の精選に移行したい。つまり、一人も見捨てないから、一人も例外なく最高の教育を受けられる、に移行したいのです。

[]良い方向 19:29 良い方向 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い方向 - 西川純のメモ 良い方向 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「なぜか仕事のできる教師の7つのルール」に書きましたが、多くの教師は授業の上手い教師が教師に好かれ縦糸を作れると思っています。しかし、それは誤りです。授業のうまさや、明るさや、話術で子どもを引きつけら得るのは、ま、1ヶ月程度でしょう。それ以降は、その人の人柄、心なのです。

 思い出して下さい。我々が尊敬した教師は授業がめちゃくちゃ上手かったでしょうか?おそらくそういう人もいますが、そうでない人もいたと思います。実は、授業のうまさが重要なのではなく、授業を上手くしようとするその人の心が子どもを引きつけていたのです。

 だからです。名人教師の授業案通りに授業をしても、見事にひどい授業も出来ます。名人教師の作った教材を使っても失敗する事が出来ます。なぜなら、授業や教材はその人の心と一対になって効果を出すからです。心が伴わなければ、心の方の影響の方が大きいからです。

 だから、いわゆる世にあふれるノウハウ本に不満を持っていました。多くはそれを書いた人の心が伝わらず、ただノウハウのみが伝わるのです。結果として、切り売り可能なプリント類のみが残ります。その程度のノウハウしか生き残れない。

 しかし、最近は実践者の心を伝えようとする本が前より多くなっているように思います。例えば、その人の生き様を追体験させようとする本もあります。ノウハウのみならず、そのノウハウが生まれた状況をエピソードで語る本も出ています。それらは読みやすく、小説を読むようにスルスルと入ります。

 が、理科人である私には不満なのです。つまり、確実に伝わるとは限らないのです。例えば、聖書の解釈は十人いれば十通りとなります。仏教のように様々な表現をした仏典のどの部分を重視するかで、数限りなく宗派が生まれます。

 それに対して数学は、極限まで無駄なものを排除し、シンプルにして、根源となるものは何かを定めます。そして、それをもとにして、ありとあらゆる事に演繹するのです。数学の本の基礎の部分は一般には読みづらいものです。

 例えば、ユークリッド幾何の第一公理は「点と点を直線で結ぶ事が出来る」というものです。一般の人が読んだら、「何、当たり前の事を・・・」と思うと思います。しかし、そのレベルまで純化するからこそ、数学は確実に伝える事が出来るのです。

 私が『学び合い』を考えるとき、それは生物学的妥当性を考えます。でも、それを理論としてまとめる際は数学をモデルにしたいと願います。『学び合い』は1行で表現できる学校観と子ども観だけで、全ての方法論が導かれます。もちろん、多くの方に分かってもらうためには、様々な実践のノウハウを整理し、提供しています。でも、それは原理原則というものの影に過ぎません。本体は学校観と子ども観です。ノウハウではいつか壁にぶつかります。その時、学校観と子ども観の凄さを実感できるのです。

 私としては、世にある優れた実践者の心を、一度、極限まで整理したら、もっと面白い事が起こるのにな~っと思います。

[]判別法 08:38 判別法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 判別法 - 西川純のメモ 判別法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 佐藤学先生の学びの共同体と『学び合い』(もしくは私)を並列に並べていたら、本を一冊も読んでいないし、実践を見てもいない事が分かります。

学びの共同体の実践は、多くの先生のイメージする良い授業を純化し、高度化したものです。だから、多くの先生方には受け入れやすい。ま、例外と言えば、ジャンプ課題ぐらいだと思います。しかし、それに目をつぶれば、現状の授業と一致しています。

一度でも、「教科書○ページから○ページを全員が出来るようにしましょう。さあどうぞ」という『学び合い』を見てしまえば、両者を見まがうわけありません。おそらく、学びの共同体を一生懸命にやっている方々にとって、『学び合い』と並列にされる事を心外だと思っている方も少なくないですよ。(私だって、佐藤学先生と私ごときが並んで書かれると、申し訳なくってしょうがありません)

追伸 本当に目指すところは一致しています。ただ、子どもと教師の能力をどのように見取っているかが違います。しかし、本当に目指すところのレベルで理解している人だったら、それらを否定するわけないですから。

maya-1maya-12013/04/28 12:47私が、ネットで先に辿り着いた佐藤先生の「学びの共同体」ではなく、その後で知った西川先生の『学び合い』を選択したのは、「学びの共同体」の手法は素晴らしいが、教師の指導力という点でかなりハードルが高いと感じたからでもあります。『学び合い』の考え方をきちんと押さえてやるのも簡単ではないと思いましたが、その考えに納得した方なら必ずや実戦可能だと判断したわけです。

jun24kawajun24kawa2013/04/28 15:33私もそう思います。理由は私が単純バカの理系出身者であると言うことが原因と思うのです。

13/04/27(土)

[]安定 21:59 安定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 安定 - 西川純のメモ 安定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は生活的には常に定職に就き、安定していました。理由は二つです。

 第一は、私の父を見ていたからです。私の父は手八丁口八丁の人でかなり有能だと思います。が、倒産も何回かあります。その時の家族の状態が身にしみているからです。だから、大きく稼ぐより、安定を望みます。

 第二は、ハマトンの知的生活という本です。高校時代に出会って、大きな影響を受けた渡部昇一さんが推薦する本なので読みました。そこで書かれているのは、人から侵されない地盤を持つ事が節を守る道だと言う事です。

 私は教え子に定職に就く事を勧めます。私は教員養成系大学の教師なので、とにかく、教員になることを勧めます。公務員も大変です。色々なプレッシャーにさらされるでしょう。でも、クビになる事は希です。尻をまくれば、かなり凄い事しても大丈夫な職業です。少なくとも民間に勤めているより、また、無職より、安定しています。

 安定しなければ、自分の節を守れない。

 だから、安定していない職で頑張っている人を見ると、凄いな~っと思います。同時に、安定していない職の人が、節を守っていないと、「あ~、プレッシャーに負けているんだよな」と察します。その他方で、プレッシャーに負けず、前向きに進み続ける人を見ると、私より若い人でも、率直に尊敬します。そして、俺には無理だ~っと思います。でも、そういう人がいるのです。

[]議論 16:09 議論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論 - 西川純のメモ 議論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に反対する人に対して議論はしません。実り少ないですから。以下で述べる論を組み立てれば、論破出来ます。が、ご本人は論破されたことを認めないし、感情的になってしまう。

 しかし、希に議論することもあります。第一は、その方が感情的にならずに、議論を出来る人だと思った場合です。第二は、私自身が感情的になって、相手を論破しようと思ってしまう時です。

 論破出来る論の組み立ては以下の通りです。公開しても、差し支えないですから。

 『学び合い』に反対する方は、『学び合い』を授業方法ととらえています。そして、述べるのは教科内容レベルや、ショートレンジで見たときの人間関係の問題です。

 その場合は、まず「では、あなたはそれを解決出来るのですか?」と聞きます。たいていは、そこで勢いが無くなります。それでも「出来る」と言われる方には「それは全員ですか?」と聞きます。よほど厚顔無恥で無い限り、「そうではない」ということを認めます(例外的に出来るという方もいますが。あははは)。そうなれば、より多くの子どもにそれを成り立たせるにはどうしたら良いか、という論に進ませます。あとは教師の中の子どもは多様であることを論証し、その子ども達には一人一人にあった手立てが必要であることを述べます。だから従来の授業では絶対に全員は出来ないし、かなりの子どもが落ちこぼれていることを述べます。さらに、中の下に合わせた授業をやっている限り、出来る子どももふきこぼしていることを述べます。

 次に、一人一人に合った手立てを考えられるとしたら誰だということを述べます。与えられた時間をクラスの人数で割れば1分程度であることが計算出来ます。従って、教師一人では不可能であることを小学生でも分かる計算で証明します。

 次に、人が分かるにせよ、人間関係の問題を解決するに膨大な会話が必要であることを述べます。そして、今までの経験の中で、その会話はありふれた会話であることを述べます。従って、塾・予備校・通信教材の発達した現代において、クラスの2割以上は十分に対応することを述べます。従って、出来もしないことを一人の教師が抱え込むより「まし」であることを述べます。

 以上で論破可能です。が、大抵は「理屈は分かるが極論だ」と言い出します。そこで「どこが間違っているのか?どこが極論なのか?」を問えば、返答出来ません。そして、感情論に突入してしまうのです。ま、納豆がいかに健康に良いかを説いても、納豆の嫌いな人は嫌いですから。『学び合い』の嫌いな人は嫌いなままです。でも、残念なのは「自分」が嫌いということで頭がいっぱいになっており、子どもにとってどちらの方が「まし」かという視点を失っています。

 本当は教科内容が分かるというレベルの議論では無く、目の前の教え子、同僚が一生涯幸せになるために自分が出来ることは何か?それも一人も例外なく実現するにはどうしたらいいか?というレベルで議論したい。でも、それを抽象論だと考える人が大多数です。残念です。でも、それを実現した過程が歴史であり、現在の民主主義だと思うのです。

 今の学校には地獄の苦しみを味わっている子どもや教師がいるのに・・・・

追伸 以上の論のどこかに瑕疵があるでしょうか?そして、以上の論のどこに「日本を崩壊させる」ものがあるのでしょうか?もし、以上の論が「日本を崩壊させる」ならば、それは民主主義が日本を崩壊させると同じ事を言っていると思うのです。逆に言えば、どこかの将軍様の国では『学び合い』はその国を崩壊させる悪魔の論だと思います。

mana-mama5mana-mama52013/04/27 23:31塾、予備校、通信教育が発達したのはそもそも学校が何も教えられないからでしょう?学校で基礎的な事が学べると思えば、猫も杓子も塾に行くような今の状況にはなってないと思いますね。

jun24kawajun24kawa2013/04/28 07:30今の学校の授業は、全員を教える事は無理なのです。明治当初の状況に合わせた授業方法ですから。そのころから、教室の6割以上の子どもには意味のない授業です。今、状況が変わりつつあるのは、その6割の保護者が発言するようになったからだと思います。

13/04/26(金)

[]いろは 17:09 いろは - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いろは - 西川純のメモ いろは - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が「日本を崩壊させる」を発信した方の本を3冊買い、読みました。実に良い本です。正鵠を得ていると思います。ただ違う点は、その方はその本を教師や保護者が読むことを想定しています(帯書によれば)。しかし私は、子どもが主な読者とした方が良いと思っています。そのあたりが違いますね。

 何かを否定する場合、ちゃんと論文や著書を読むべきでしょう。読めば、『学び合い』が一人も見捨てないことを願った教育であることは分かり、日本を崩壊させるとは書かないでしょう。

 見解の相違はあるのは当然です。その場合は、この点はこのように違っており、ここが誤っていると書くのが国語のいろはでしょう。それが分からないならば沈黙を守れば良い。せめて個人名を挙げるのは避けるべきでしょう。

追伸 ま、教師の最も正しい説明は、自分の出来ないことを人にやれと求めることだと思います。私もです。それによって人類は進歩しました。自分が出来ることだけを人に求めていたら、人類は退化します。あはははは

13/04/25(木)

[]和歌山 14:54 和歌山 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 和歌山 - 西川純のメモ 和歌山 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 5月14日に和歌山全県の小学校校長先生を前にして講演します。その前泊で13日から和歌山の海南市に入ります。夜は『学び合い』の同志と飲みます。参加したい方、メール下さい。開始は6時頃です。

[]参じます 14:03 参じます - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 参じます - 西川純のメモ 参じます - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本年度は九州ツアーが3回あります。私に来て欲しい学校は私にメール下さい。メインの仕事は大分と佐賀ですが、福岡あたりもOKです。

 期間は、10月2日~5日、12月3日~5日、2月18日~21日です。

 なお、近畿地域で10月24日、10月26日、11月30日で仕事があれば、メール下さい。

 南東北地方ならば、8月5日~7日です。

 北東北地方ならば、11月5日か11月7日です。

 5月1日の昼までにメール下さい。

[]誤解 05:51 誤解 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誤解 - 西川純のメモ 誤解 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に対する誤解、非難は、『学び合い』を学び合わせる事が目的だと思っている事に由来しています。また、結果として生まれた、「現状」の授業方法の表層を見て、「教えない授業」(実は色々な事をしているのですが、従来の人は見えませんから)と見てしまうからです。

 『学び合い』を正しく理解するには、「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」と自分に問い直して下さい。

 例えば、授業をすれば5分ぐらいで宇宙に旅立つ子どもがいるでしょう。いや、最初から聞く気が無い子がいるでしょう。その子も含めて例外もなく、その日の授業を分からせるにはどうしたら良いかを考えて下さい。それを「無理だ」とか、「必ずしも分からなくても良い」と思ったら『学び合い』ではありません。分からないで毎日を過ごす子どもの苦しみを考えて下さい。『学び合い』はそれを真剣に求め続けました。結果として、そんな事を実現しようとしたら、一人の教師で抱え込んでは無理だという結論になりました。そして、どんな素晴らしい教材や発問より、ごく普通の会話を、でも、膨大に積み上げることしかないという結論に至りました。

 例えば、教師から見ても「性格が悪く」、「嫌なやつ」という子どもがいます。案の定、その子は周りの子どもから嫌われ、阻害されています。その子を子ども集団の中に受け入れられるようにするのかを考えて下さい。それを「無理だ」とか「自業自得だ」と思ったら『学び合い』ではありません。その子も仲間に入りたいと思っています。だって、ホモサピエンスの本能だから。でも、自分の何が悪いのか、分からないのです。『学び合い』はそれを真剣に求め続けました。結果として、その子を変えるより、周りの子ども集団がその子を理解すべきだという結論に至りました。そのためには、膨大に関わり、膨大に失敗し、その子の扱い方を集団が学ぶべきなのです。そして、関係を成立させた後に、その子が徐々に変わります。

 もし、上記の子どもに着目するのが、その子のためだと思うならば『学び合い』ではありません。実は、勉強や人間関係で見捨てられている子がいることを他の子も知っているのです。そして、ビクビクしています。だから、クラスの全員が安心するためには、みんなが支え合わなければならないのです。

 さて、自分が授業をしているとき、担任をしているとき楽しそうにしているし、分かっているようにしていたとします。さて、来年はどうでしょうか?あなたが担任でないかも知れません。卒業したらどうでしょうか?社会に出たらどうでしょうか?今、あなたはその子の一生の幸せを実現するための確かな何かをしているでしょうか?そして、一人も例外なくでしょうか?そんなの「無理」とか「その時の教師の担当」と思ったら『学び合い』ではありません。教師は教え子を幸せな人生をおくれる大人にしなければなりません。それは教育基本法の第1条をお読み下さい。『学び合い』はそれを真剣に求め続けました。結果として、一人も例外もなく支え合う仲間を学校で獲得するべきだという結論に至りました。それは同級生ばかりではなく、様々な学年、様々な学校の様々な繋がりの中で獲得すべきです。そして、本当に一人例外なく幸せにするには、地域コミュニティを再生することが必要だと考えています。

 このような大それた事を実現できる場は、毎日の教科学習だと『学び合い』では考えています。なぜなら、コンビニのない地域、郵便局のない地域でも学校はあります。公立、私立に関わらず、国が最も多くの予算をかけ、膨大なマンパワーと施設を整えているのは自衛隊ではなく学校です。それを使うべきです。そして、我が子、我が孫のためというのが、地域の人や保護者集団が最も共有できるミッションだと思います。

 その学校の多くの時間は教科学習に費やしています。その場で実現しなければなりません。教科学習はテストすることが出来ます。仲間になったふりは出来ても、100点取るふりは出来ません。点数分布で確実に仲間であるかを知る事が出来ます。

 現状の授業方法は「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」を実現できるための方法に過ぎません。本体は「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」です。もちろん、『学び合い』によって直近の様々な問題を解決出来ます。例えば、受験も、それが団体戦だと子ども達が理解したならば、内申書レベルで足を引っ張り合っている学校に負けるわけはありません。しかし、受験だけを目指している限りは、子どもの心に本当の火を付ける事は出来ません。周りの仲間を安易に切り捨てる事は自分にとって損であることを分からなければなりません。そして自分の仲間はそれを理解していると確信しなければならないのです。

 しつこいようですが、『学び合い』は学び合う事を目的としていません。「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」を求めた教育なのです。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20120421/1334983839

13/04/24(水)

[]裾野 07:11 裾野 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 裾野 - 西川純のメモ 裾野 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前のお願いをもう一度します。

 今後、数年の内に急激な採用が行われます。それによって教員集団の大幅な若返りが行われます。同志の方々が、今年、来年に教育実習で教える子達、教員養成系大学に送り出す高校生が近い将来の教師の多くを占めるのです。是非、『学び合い』を伝えて下さい。みなさんが生で『学び合い』を見せたならば、子どもの姿で本物か否かは分かります。また、みなさんの教室で『学び合い』を経験すれば、目指すべき教育が分かります。とりあえずは「なぜか仕事のうまくいく教師の7つのルール」あたりを紹介して下さい。あれだったら『学び合い』に関わらず、とりあえず使えると思います。http://p.tl/3i4B

 私は、一分、一秒でも早く、地獄の苦しみを味わっている子どもを救いたい。そして、同級生が苦しんでいるのに、見て見ぬふりをしている子どもを救いたい。それは教師も同じです。私は、一分、一秒でも早く、地獄の苦しみを味わっている教師を救いたい。そして、同僚が苦しんでいるのに、何も出来ない教師を救いたい。そのために自分の出来る事を、ありとあらゆる事をしています。同志の方々も、出来る事、お願いします。

追伸 『学び合い』とネーミングしましたが、「一人も見捨てない」とネーミングした方が誤解が少なかったかな・・・と、ちょと思います。

13/04/22(月)

[]私ってそんなに凄いの・・・ 06:38 私ってそんなに凄いの・・・ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 私ってそんなに凄いの・・・ - 西川純のメモ 私ってそんなに凄いの・・・ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は『学び合い』によって、一人も見捨てられない教育・社会が実現できると思っています。その過程がリアルに私には見えるのです。困ったものです。でも、私は県庁所在地でもない地方都市にある小さな大学の教師に過ぎません。その我が身を振り返ると、そんな事を妄想している私は滑稽でもあります。

 が、ちょっと嬉しい事がありました。

 久しぶりにネットサーフィンをしたら、ある著名な実践者が、私が佐藤学先生と並んで「日本を崩壊させる」と書いていました。それを読んで思わず、「お~・・・」と一言。私が佐藤学先生と併記されている事自体が光栄ですが、「日本を崩壊させる」ぐらいの力がある事を認めていただいている。そんなことを言われるほどの大学人がどれほどいるか・・・、と身の光栄を感じます。

 その方が思い描く、「教科内容を分かる」というレベルの教育は崩壊します。いや、させます。それを崩壊させるというならば、我が意の通りです。しかし、その後に、「一人も見捨てられない教育・社会」が実現され、副次効果として「教科内容が分かる」ことも実現します。

13/04/21(日)

[]花見 20:46 花見 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 花見 - 西川純のメモ 花見 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家族の花見から帰りました。本年は天気に恵まれず、2回だけです。帰ってきてから、息子が「楽しかった」とご満悦です。

13/04/20(土)

[]体罰 21:23 体罰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 体罰 - 西川純のメモ 体罰 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、体罰無しで成果を上げた高校サッカーで成果を上げた教師の話が放映されました。あれを見た同志は、私の言いたい事分かるでしょ。その先生に言いたい事、それって教科指導も同じですよ。ということ。同志の方に言いたい事。個別の繋がりは大事です。その個別の繋がりを成り立たせるには、徹底的な『学び合い』をすべきです、ということです。(http://goo.gl/FDCj4

[]数学 09:44 数学 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 数学 - 西川純のメモ 数学 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、塾に行きたくないと言い張る息子のために「お父さん塾」をやっています。やりかたは、問題数の少ない基本的な問題集と、彼が読みやすいと選んだ参考書を与え、「やれ」です。それで、しばらくすると、大部分を解けるようになるから不思議です。ま、中学校の数学はその程度とも言えます。

 が、私が改めて中学校数学を教えていると、つまらないのです。まだ、小学校の方が数学の香りがした。中学校数学は完全に技能教科のように感じます。数学の専門の方すみません。

 私の専門は生物物理学であって、数学ではありません。しかし、全くの趣味として独学で学びました。高木貞治の解析学概論・代数学講義、松坂和夫の集合・位相入門、小針晛宏の確率・統計入門、齋藤雅彦の線形代数学入門は特に大好きだった。ラングの教科書は日本語より英語の方が分かりやすいと感じ不思議に思った記憶があります。

 数学を専門とする人にとっては入門書ですが、専門外の私が独学で学ぶとき、それは十分にエキサイティングでぞくぞくして読みました。「空間という言葉が一般と違った意味で使われている」、「計算するのではなく、計算可能であることを議論している」など驚きの連続です。最初はどうでも良いと思ったイプシロンデルタ論法が意味ある事である事を知った時、当たり前の事をしっかり基礎づける事の意味を学びました。

 いったい学校数学にどんな意味があるのだろうか、と思います。もちろん、『学び合い』からみたときの陶冶価値は分かっています。それは能力差を実感できる教科なのです。しかし、数学の内容としての価値はどこか分からなくなります。

 今の学校数学は算術レベルです。そんだったら計算機の使い方を教えた方が良いのではないかと思います。数学を学ぶのだったら、ゴチャゴチャやらずに数学教科書の名著を読ませた方が良いように思うのです。

 数学の専門の方だったら、どんな風に感じているのかな~っと、息子に問題集を解かせる脇にいて思っています。

[]難儀 07:43 難儀 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 難儀 - 西川純のメモ 難儀 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今から三十年前に研究の世界に入ったとき、教科教育は数十人のデータを統計分析も無し、多い、少ないと言っていました。というより、実証的データで議論する文化すらもありません。数値データで議論する私を、フィロソフィーがないと揶揄されました。

 しかし、それに限界を感じ、アンケート調査ではなく頭の中の思考をモデル化する認知心理学を駆使した研究に移行しました。その頃になると、やっと実証的データで議論する研究が主流になり始めました。そして私は心理屋と揶揄されました。

 しかし、それに限界を感じ、『学び合い』に至りました。そのころになってやっと認知心理学等のさまざまな心理学理論を駆使する研究が一般になり始めました。そして私は「教師の責任放棄だ」、「日本の教育を破壊する」と罵詈雑言を浴びせかけられてきました。

 いま教室レベルの『学び合い』(つまり約5年以上前の研究成果)が世に認められてきました。私は数年以内にそれを広げたい。が、今、教室レベルの『学び合い』には私自身は興味は低下しています。

 本質的に子どもや教師の幸せを実現するには、学校レベルの『学び合い』が必要だし、地域コミュニティーの再生が必要です。が、多くの人は遠い先の事にしか見えないでしょう。私にはリアルに見えるのに。

 研究者には深く掘り下げる人と、それを広げる人がいます。そして、広げたものを享受した人がいます。私はずっと最初に鍬を入れる役回りでした。しかし、五十を過ぎてもそれが抜けられない。というか、それが大好きです。しかし、年を取ると周りの無理解に対して「なにくそ」というエネルギーが低下します。「もういいじゃないか。既に積み上げたものをいじくるだけで定年まで十分に持つよ」という声が聞こえます。が、それでは「一人も見捨てない教育・社会は生まれない。あともう一歩」という声も聞こえます。

 県庁所在にでもない町にある小さい大学の一人の教師の頭の中で、そんな大それた妄想が渦巻いています。

 昨日は休肝日なのに、夜中に声を出してうめいていた私を心配した家内に、「何しているか分からないけど、もうやめなさい」と朝一番で注意されて上記を書きました。難儀だな~。みんなが、「そうだよな~」と思っている事をやってれば夜中にうめく事ないのは確かです。

 ま、愚痴です。

13/04/19(金)

[]増刷 14:39 増刷 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 増刷 - 西川純のメモ 増刷 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』スタートブックが、ついに8刷に突入です。「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」も発売2ヶ月で増刷になりました。皆々様に感謝します。『学び合い』ステップアップ、『学び合い』ジャンプアップも、引き続きお願いします。

[]願い 07:15 願い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 願い - 西川純のメモ 願い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家では完全無欠の強圧的一斉指導で息子(中学校1年生)に接しています。自分の姿を客観的に分析している自分がいて、嫌になります。どう考えても非効率です。しかし、集団がないのでしょうがありません。

 が、それでそれなりに動いているのは、息子には望みがあるからです。それはものすごくハッキリした望みです。それは、日本テレビに入社し、お笑い系の番組の花形プロデューサーになることです。彼の憧れは吉川圭三さんです。その影響で早稲田大学に行きたいと言っています。

 そのため、そこに結びつけて話せば、彼は納得します。

 子どもに長期のヴィジョンを持たせる事の大事さを感じます。

13/04/18(木)

[]プレッシャー 08:40 プレッシャー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プレッシャー - 西川純のメモ プレッシャー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年の3月に修了した中学校の現職派遣教師の学校に参観に行きました。1年生の担任です。授業開始から1週間程度ですが、見事にフルの『学び合い』で爆走していました。さすがゼミOBです。

 1ヶ月分の課題を与え、子ども達に任せていました。子ども達は音声ファイルを聞いていたり、会話練習をしていたり、文法を勉強したり、様々です。朝学習を含めて1時間以上ぶっ通しで英語を勉強しているのですが、遊んでいる子はいません。聞くと、既に4月の課題を終わらせる子どもが出始め、今週中には全員が終わる予想なのです。ま、非効率的な部分を徹底的にそぎ落とした『学び合い』ならばセオリー通りのことですが。ゼミ生はセオリー通りのことを徹底していますので、短期間でこの成果を上げました。

 自慢話(彼は違うと言っていましたが、あははは)をしばらく聞いた後の私と彼との会話です。

私:今年は○○高校(この地域でのトップ校)に15人を送りなさい。(その学校の3年生は三十数人です)

彼:え~!だって、私は3年は教えていないんですよ~

私:だから15人と言ったんだよ。この1年生だったら全員というよ。教えていなくても、どうしたら良いかは分かっているはずだよね。

彼:はい。

私:期待しているよ。

 ゼミ生からは私の「期待しているよ」は怖い、とよく言われます。しかし、一度たりとも怖い顔で期待しているよと言ったことはありません。満面の笑みをたたえて言います。何故、私の「期待しているよ」は怖いかと言えば、それは私は「やれべきだし」、「出来るし、出来る方法も分かっている」し、そして何よりも「当人に得である」ことしか求めないからです。だから、私の期待しているよは、私の管理下では逃れられないのです。でも、だからゼミ生は短期間に抜群の成長をします。

 彼は最後に「やりますよ~!私は!」と言っていました。

追伸

 授業の最後に一言を求められ、そのクラスの良いところをいっぱい褒めてあげました。そしてクラスはチームであり、受験は団体戦であることを語りました。そして、最後に「今の君らが順当に成長したら、君ら全員が○○高校に入学出来るよ」と語りました。

 授業が終わって廊下にいたら、そのクラスの一人の男の子が、ニコニコして私に近づきました。以下、彼との会話です。

私:期待しているよ~。君らの力で全員、○○高校に合格しなさい。高校では同級生だらけだったら良いだろ。

彼:え~~~。そんなプレッシャーかけないでよ~~~

私:良いこと教えてあげよう。先生の一番の仕事は、子どもにプレッシャーを与えることなんだ。あはははは

彼:え~~~(と教室に避難)

 可愛い子です。彼が頭を抱えたのは、「やるべきだし」、「自分に得だ」ということを納得したと思います。そして、この1週間で「出来るかもしれない」という感覚を持ったのだと思います。あとはOBが「出来るし、出来る方法も分かっている」という段階に進ませるだけです。

 そのOBには上記に必要なことを2年間で全て伝えたし、学びました。それは彼は分かっているし、「彼が分かっている、ということを私が知っているということ」を彼は知っています。だから逃げられません。ふぉふぉふぉ

[]中学校と小学校の違い 07:18 中学校と小学校の違い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中学校と小学校の違い - 西川純のメモ 中学校と小学校の違い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 仕事柄、様々な学校種の先生方と会いました。その経験から言えば、小学校の先生と中学校の先生は一般的に3つの点で異なっています。

 第一は、頑張りの評価です。例えば、ちゃらんぽらんに勉強して80点の子と、頑張って勉強して70点の子がいて、通知表にどちらかの子の方により高い点数を与えるとします。その時、小学校の先生は相対的に悩みます。しかし、中学校の先生は相対的に悩まず80点の点数の子に高い点数を与えます。

 第二は、チーム力です。小学校は基本単位はクラスです。しかし、中学校は学年が基本単位です。小学校の学年団と、中学校の学年団はレベルが異次元に違います。

 第三は、長期的な展望です。小学校は1年単位で物事を考えます。しかし中学校は3年間単位で考えます。これは小学校では持ち上がりが相対的に少ないのに対して、中学校は学年団が3年間持ち上がります。それ故、入学したときに、卒業するときにどのような子どもに育てたいかを学年団で話し合います。先に述べた学年団が形成されているので、新規採用の先生も3年間で育てるという意識を学ぶ事が出来ます。

 実は、3つとも中学校の方が『学び合い』にフィットしているのです。

 中学校の先生方は教科担任制で子どもと接する時間が短い事がネックになると思っている方もいます。しかし、そんなのはどうでもいいのです。子どもは、その人の心を見透かし、それに合わせた行動をします。考えてみて下さい。校長が替わると職員室の雰囲気が激変しますね。では、それに何日かかりますか?そして、その期間の中で校長と接する時間はどれほどでしょうか?

 現在、相対的に小学校の方が『学び合い』が広がっています。その最大の理由は、基本単位が学級だからです。だから、自分でやろうとする人がいたら、とりあえず出来るのです。でも、より『学び合い』を深めるならば、中学校の文化を積極的に取り入れる必要があります。それは『学び合い』ジャンプで書いた合同『学び合い』や学校『学び合い』を取り入れるべきなのです。

 さて、中学校の先生は学年団の意識が強いので、横並び感覚が小学校より強固です。しかし、本当はそれをふっきればいいのです。結果さえ出せば、周りに迷惑をかけなければ、そして、最初はめだたないようにやれば『学び合い』は出来ます。そして、一度やれば、学年の子どもを変える事が出来ます。そうすれば、周りの先生がやろうかな、と思った瞬間に直ぐに出来る準備は完了しているのです。

 ただ、『学び合い』が学力向上に繋がる、異学年学習は最高の受験対策であるということはなかなか分かってもらえないと思います。だから、とりあえずは、荒れた中学校がターゲットになるかも知れません。そうでない学校は、人間関係づくりを前面に出す事が作戦かなと思っています。やり始めれば、今まで寝ていた子どもが勉強し始めるという現象は直ぐに分かります。そうすれば、同僚の中に学力向上に繋がるかも知れない、と思うような人も生まれます。

 さてさて、どういう風な作戦を考えるか・・・。そのために私が出来るのは何か?

[]神奈川の会 05:12 神奈川の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 神奈川の会 - 西川純のメモ 神奈川の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

4月20日に『学び合い』神奈川の会があります。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/janglejap/20130417/1366200853

[]合同『学び合い05:12 合同『学び合い』 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 合同『学び合い』 - 西川純のメモ 合同『学び合い』 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今から7年前にはじめて合同『学び合い』を始めました。つまり二つのクラスが同じ場所を共有し、『学び合い』をするのです。それはS小学校の5年と6年の合同『学び合い』がはじめです。

 その学校で最初に『学び合い』に乗った校長がまず2週間程度自分でやって、その学校で力がある先生にやることを進めたのです。しばらくは試行錯誤がありましたが、人間関係の向上は直ぐに効果が見えました。そして半年ぐらいしたら成績も確実に向上しました。

 そんな時に若い5年生の担任が、校長に自分のクラスの限界を相談したのです。そこで校長が6年の担任に相談することを勧め、そこから5年生の『学び合い』が始まりました。しばらくはそれぞれのクラスで『学び合い』をしていたのですが、私は合同『学び合い』を勧めました。『学び合い』が本物だと分かっている6年の担任も、「学者さんは無茶な話を言うもんだ」と思っていたのだと思います。ニヤニヤするばかりで、言を右に左にします。それでもしつこく語ったら、「じゃあ、試しに」ということになりました。

 結果はセオリー通りです。素晴らしい子どもの動きです。そして、合同『学び合い』が教師の『学び合い』を成立させることを感じられたのだと思います。私の帰り際に、「子どもの動きが良いので、しばらく試してみます」とのことになりました。そして、あっというまに算数の時間は全て5年、6年の合同『学び合い』でやるようになりました。とにかく、やってみれば分かりますが、単独の『学び合い』より簡単で、教師同士がいっぱい話し合えるので楽しいのです。

 その様子を他県の中学校の人にメールしました。その方は中学校で素晴らしい『学び合い』の実践を積み上げている方です。しかし、その方は頑固に合同『学び合い』は出来ないと主張するのです。私は、じゃあ見に来なよ、と誘いました。

 合同『学び合い』が始まるまでは疑り深そうな顔をしていましたが、一度子どもが動き始めたら瞳孔が広がったのが分かります。色々な子どもの近くによって、子ども同士の会話を聞き取り、動きを見取りました。そして、私のところに近づいて笑いながら「私が馬鹿でした」と降参しました。そして、勤務校に戻って直ぐに合同『学び合い』を始められました。

 それから7年間、様々な学校で合同『学び合い』、学校『学び合い』の手ほどきをしました。上越での実践校では、年間を通した膨大な記録と分析を行いました。多くの先生と会話しました。その7年間の実践からノウハウを蓄積し、洗練したものが『学び合い』ジャンプ(学陽書房)にまとめています。不遜ながら断言します。『学び合い』ジャンプの通りやれば、失敗しようがありません。ただし、その通りであり、足して2で割るやり方では保証しません。ちゃんと読み、その通りやってください。ある程度わかったら逸脱はOKです。でも、何事も最初は模倣から始まります。我流で始めると失敗します。あの本に書いてあることは膨大な学術、実践データーによって裏打ちされているものです。個人の思い込みで乗り越えられるようなレベルのものではありません。

 繰り返します。『学び合い』ジャンプの通りやれば、失敗しようがありません。そして、単独の『学び合い』では達成し得ないレベルの成果を、単独の『学び合い』より遙かに簡単に安全に実現できます。それ故、最近の学校レベルの手ほどきの場合は、合同『学び合い』から始めます。

13/04/17(水)

[]イジメ 06:48 イジメ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - イジメ - 西川純のメモ イジメ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 各地でのイジメ問題の対策を知ると、「違うよな~」と思ってしまいます。多くのイジメ対策は、心の中で「イジメが起こるのはしょうがないよな~」と思っているように感じています。だから、起こるであろうイジメを小さい芽の内に摘むような対策をします。また、イジメが起こらないように色々な手立てをします。

 しかし、イジメは本来は起こらない、起こるとしたら何か変なことをしているから、と思うと別な発想ができます。イジメは本来エネルギーが必要なことです。生物は無意味なイジメをしません。

 思い出して下さい。小中高のクラスでイジメがあるのに、大学の教室ではイジメはありません。でも、部活の中にはイジメはあります。何故でしょう。

 イジメの原因は、教師が関係する人を決めて固定化することによって生じます。http://goo.gl/XCZ0E

 だから『学び合い』ではグループを決めません。関係することを強いません。ただ、全員達成を求めます。そうすれば逃げられるのです。

 もしイジメ撲滅の活動を固定班で行い、関係を強いたなら、教師の目の届かないところでイジメは起こります。

[]職務 06:48 職務 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 職務 - 西川純のメモ 職務 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学人の一部の方には不快になることを書きます。すみません。

 大学人の中には、研究が仕事の第一であるという方がいます。たしかに大学の中の研究所に所属されている方はそうでしょう。そして、そうでない方も、研究成果によって多くの学会賞を獲得し、数千万円や数億の補助金を獲得し、博士の学位を与え大学人の後継者を育てた人ならは、そう言って良いでしょう。しかし、そんな人は大学人のごくごく一部です。

 研究で勝負できない、ごく普通の大学人の第一の仕事は教育です。

 でも、こんなことを書くのは、私と同じように思っているけど、何故か研究第一主義の風潮の中でそれが言えない状況を何とかしたいと思うからです。一般の人の思う以上に、いや、はるかに、大学人には優れた尊敬すべき教師が多いと思っています。

追伸 凄く嫌みですが、私は多くの学会賞を獲得し、数千万円の補助金を獲得し、博士の学位を与え大学人の後継者を育てましたが、私の仕事の第一は教育であり、私は教師であると思っています。

[]準備 05:45 準備 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 準備 - 西川純のメモ 準備 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』スタートブックで入り口を作った。「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」でもう一つの入り口を作った。そして、安定して広がるように、『学び合い』ステップアップと『学び合い』ジャンプアップを書いた。準備は整った。どのようにしたらより多くの人の目に触れるのだろうか

[]ジャンプアップ 05:48 ジャンプアップ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ジャンプアップ - 西川純のメモ ジャンプアップ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志の方へ。是非、『学び合い』ジャンプアップで書いた、合同『学び合い』を一度試して下さい。一度やれば、何で今までやらなかったのかが分からなくなるほど、簡単で、かつ、効果絶大です。なによりも教師の精神安定剤になります。今学校で必要なこと、それは教師同士の雑談だと思っています。

13/04/16(火)

[]要領 05:52 要領 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 要領 - 西川純のメモ 要領 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、他ゼミのある学生さんから、自分が要領が悪いことを相談された。それに対して、私がその学生さんそっくりであったこと、でも、それがメリットであることを話した。

 私は1対多に話すことが壊滅的に下手です。私が出来るのは気のあった一人と話すことです。理由は我が儘で相手に合わすことが面倒だから。ところが世の中には私と違って、どんな人とも、何人とでもコミュニケーションがとれる人がいます。

 教師になれば、我が儘でいられません。何とかしなければなりません。そこで技術を磨きました。必死で自分でも出来る、即効性の高い技術を探し実行しました。

 天性の話者は大当たりすることが多いですが、外れることもあります。しかし、技術で話せば大外れすることはありません。常に一定以上のパフォーマンスが維持できます。でも、天性の人は技術で補完することを怠ります。なぜなら、そんなことをしなくてもそこそこいくからです。

 しかし、ものすごく人とコミュニケーションを取るのが下手な人、つまり我が儘な人は技術で乗り越えることさえも億劫になってきます。技術で乗り越える自分が嫌になる。やがて、表情や声を出し方より、話す内容が大事だと言うことが分かります。ただし凡人が毎回、人をうならすような内容を編み出せるわけはありません。でも、凡人でも当たり前の大事なことは分かります。それを凡人でも分かる論理で考え続け、本を読み、人と議論することは出来ます。そうすれば凡人でも、あ~そうか、と言ってもらえることを編み出せる。

 昔から、名人になる人は不器用である、と言われます。要領のいい人、天性の話術のある人は、それを使えばいい。しかし、そうでない人は、そうでないことを活かせばいい。

 そんなことを「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」に書きました。あの本では、名人の技術ではなく、教師には壊滅的に向いていない私の二十年以上の履歴を追体験して欲しかったのです。

13/04/15(月)

[]信仰 21:34 信仰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信仰 - 西川純のメモ 信仰 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師は子どもから信じられなければならない。時には信仰に近い。しかし、その信仰は教育基本法、学校教育法等の諸法に則ったものでなければならない。

 『学び合い』では、「一人も見捨てないということは得」ということだけが、その信仰です。それは教育基本法、学校教育法の諸法に則ったものであり、それを逸脱も拡大解釈しもしていない。そして、教師はそれをぶらさない、という信仰がある。

 我がゼミ生は、私が愚かであることをよく知っています。しかし、『学び合い』のセオリーに確信を持っており、ぶれないことは信じてくれていると思っています。私はそれだけで良いと思っています。そこから先は、彼ら達の方が優れているから。

13/04/14(日)

[]英語の陶冶価値 08:56 英語の陶冶価値 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 英語の陶冶価値 - 西川純のメモ 英語の陶冶価値 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットサーフィンしていたら面白い記事を見つけました(http://goo.gl/eK9dB)。寺沢さんという若い研究者の論文です。「『日本人の9割に英語はいらない』は本当か? ―仕事における英語の必要性の計量分析」というタイトルです。面白そうでしょ!『日本人の9割に英語はいらない』という本自体は私も読みました。英会話は殆ど出来ない私が『日本人の9割に英語はいらない』と言っても負け犬の遠吠えにしかなりません。しかし英会話で暮らした人がいうのですから、小気味が良かった。

 その人の論文を検証するというのですから、直ぐ飛びつい寺沢さんからゲラを頂きました。読んでみましたが、ま~これが読みやすい。学術論文ですから、一部はゆっくりと読まなければなりません。しかし、一般の人だったら、それをざっと読み飛ばしても読めます。よくこんな面白い文章を学術論文として載せたなと、関東甲信越英語教育学会に敬意を表します。

 結論からいえば、『日本人の9割に英語はいらない』の論理はやや荒いが、実態としては1割も必要とする人はいないという結論です。そして、現在、日本が進めている国民全てが英語を使えるような方針は本当に正しいのか?と書いています。

 日本の某企業では社内の会話を全部英語にしました。それを拡大するようなものです。でも本当にそれが必要でしょうか?

 プラトン研究の第一人者である田中美知太郎が、ある人からプラトンを学ぶためにはギリシャ語を学ぶべきか?と問われました。ギリシャ語、それも古いギリシャ語まで堪能な田中はそれを勧めませんでした。彼は、一つの言葉を学ぶには一生かかることだから、それ自体が主目的でない限り、それはすべきではないと言ったのです。当然のことです。人間に与えられた時間も能力も有限です。あることに費やせば、その他のものがおろそかになります。全ての人が英会話が堪能な人になるためには、商品開発がおろそかになります。もちろん、そもそも商品開発はせずに、他国から商品を扱うだけの会社だったら大丈夫でしょう。でも、その商品を日本で売りさばくとしたら、相手は日本人です。だったら、英語に堪能な人より、津軽弁や茨城弁に堪能な人の方が良いのかも知れません。

 そもそも、英会話が盛んな国は以下のような国です。

1) もともと文字の言葉を持たないか、また、部族語との言語が乱立しているかで、英語以外の統一の言語を持てなかった国。

2) 国内の学術・技術が未成熟で、海外の文献しか学べない国。

3) 国内経済が脆弱で、国民の殆どが海外との取引を直接行わなければならない国。具体的に言えば、外国人相手に路上でものを売る人があふれているような国です。

 幸い、現在の日本はいずれでもないと思います。

 実は、私は以前、保護者に学校で学んだことが役に立つかを調査したことがあります。それによれば、中学校英語に対して7割の保護者が、大人になってからの家庭生活、社会生活に関係すると回答しています。高校英語は5割の保護者が、大人になってからの家庭生活、社会生活に関係すると回答しています。かなり高い評価です。しかし、先の寺沢は仕事で英会話が重要である人を推計しているのに対して、私の調査ではかなり敷居を下げていることに由来します。だから、私の調査の場合、中学校英語では3割、高校英語では5割の人が英語教育の意味を見いだしていないということを意味しているのです。そして、そのような結果に対して、8割以上の英語教師がその通りだと考えているのです。つまり、多くの教師は「これからの国際社会では英語は・・・」と言ったとしても、本気で信じているわけではないのです。

 現状の英語教育は、将来、英語を本当に使う人にも、それほど使わない人にも不幸だと思うのです。

 本当に英語を使うならば、徹底的に聞かせるべきだと思います。徹底的に聞かせることによって、話せるようになる。徹底的に読ませることによって、書けるようになる。我々は母語である日本語をそのように学びました。母語のように扱うならば、そのようにすべきです。

 理学部で読む本は英語が中心でした。生物学の良い本は殆ど英語でしたから。研究を始めれば、それらは英語で書かれています。しかし、その英語は非常に単純でした。単語こそ専門ですが、文法は中学校英語でした。

 私は大学、大学院、そして研究者になってからも、私が読んだ本の中で「仮定法過去完了」なんて一度もお目にかかったことはありません。高校時代、なんであんなこと勉強したのでしょうか・・・・・。もしかしたら、文学作品を扱う仕事に就く人には関係あるのかも知れないですけど、それに付き合わされるのは迷惑です。さらに、英語は一生涯使わない人に英語教育を学ぶ意味はどんな意味があるでしょうか?

英語教育を専門としている方にお願いしたい。「これからの国際社会では英語は・・・」という殆ど誰も信じていない、そしてとうの英語教師も信じていないことを子どもに言うのはやめましょう。少なくとも、仮に国際借家委で活躍する人も、「仮定法過去完了」は不必要だと思います。そして、そうではないことを前提として英語教育の価値は何かを考えて欲しいと願います。

私は英語教育は専門ではありません。しかし、以下のような実践をしたことがあります。

ある小学校の総合学習で、その地域に海外からもお客さんが来るように、その地域のことを英語でHPにまとめ発信することを求めました。もちろん、『学び合い』でやりました。子ども達は、ゴチャゴチャと自主的に進めました。教師が教えるより、数段素晴らしい成果を遙かに早い速度で進めます。これは『学び合い』のセオリーから言えば、当然の結果です。

非常に面白かったのは、英文を作成する際、その原文である日本語を吟味しなければならないのです。というのは、英文を作成する際、翻訳サイトを利用します。例えば、日本文を翻訳サイトで英訳します。別な翻訳サイトで英訳したりします。また、その英訳を翻訳サイトで日本語訳をして原文と比較します。当然、変な英語や日本語がでます。そこで原文(つまり日本語)を吟味し直すのです。子ども達の会話を聞くと、日本語の吟味の会話が多いのです。

 英語の専門家だったら、どんな英語の陶冶価値を見いだすのでしょうか?

西川純、新井郁男、熊谷光一、田部俊充、松本修(1997.8):生涯教育から見た各科教育、学校教育研究、12、日本学校教育学会、136-147

西川純、新井郁男、熊谷光一、田部俊充、松本修(1998.7):生涯教育から見た各科教育(その2)、学校教育研究、13、日本学校教育学会

szeidzsiszeidzsi2013/04/14 21:45情報ありがとうございます。私も早速ドラフトを送っていただけるよう寺沢先生に頼んでみました。

jun24kawajun24kawa2013/04/14 21:51あ、専門ですもね。

13/04/13(土)

[]普通 21:42 普通 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 普通 - 西川純のメモ 普通 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は関西で大きな地震がありました。不謹慎ですが、お亡くなりになった方がない、ということでホッとしました。しかし、関西の人は普通が普通でなかったと思います。そして、それがしばらく続くのでしょう。

 それを頭の中で感じながら、家族で花見をしました。毎年の恒例です。普通はとても大事だと思います。

kogame200777kogame2007772013/04/16 22:25私の自宅から淡路島が見えています。18年前には地元で被災しました。お心遣いとてもありがたいです。イランでも地震があったようです。人々の安全を祈っています。

jun24kawajun24kawa2013/04/17 05:07お亡くなりになった方がいなかったことが救いです。

13/04/12(金)

[]日本を変える 08:39 日本を変える - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 日本を変える - 西川純のメモ 日本を変える - 西川純のメモ のブックマークコメント

 数年前、兵庫の桔梗さんのクラスを参観しました。良いクラスでした。授業の最後に桔梗さんから「西川先生、子ども達に一言」と急にふられました。私は子ども達の良い姿を評価し、その後に、君たちの姿が日本を変えると語りました。桔梗さんは「また、西川先生の日本を変えるの話か~」とニヤニヤ笑っていました。

 その後しばらくして子ども達が桔梗さんにお願いに来ました。それは、自分たちが日本を変えるとしたら、より多くの人に自分たちの授業を見てもらわなければならない、だからより多くの人の参観を実現して欲しい、とのことでした。桔梗さんは驚いて、そして自分の教え子の凄さを再確認したそうです。

 小学校勤務の桔梗さんの教え子は、たった一度の語りで「日本を変える」を志しました。それは桔梗さんの毎日の語りがあればこそです。では、中高で「日本を変える」を学級目標に掲げられない理由があるでしょうか?私は無いと思います。

 己の利害と矛盾しない、いや、相乗効果のある公益を、子どもに志せることが教師には出来ます。教師の第一の職能は、子どもの心に火をつけることです。

[]義 07:08 義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 義 - 西川純のメモ 義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上杉謙信は「義」を掲げ、それを貫いた。でも、それは得だから、だと思う。

 伸びる集団は、必ず身内を、仲間を大事にする。良い会社は、株主よりも、顧客よりも、社員を大事にする。でも、個人の利益のバランスを取ることは難しい。不可能と言って良いと思う。第三者からは公平なバランスでも、当事者には不公平と感じるから。

 だから伸びる集団は、会社は、必ず公益を掲げる。それが、個々人の利益バランスのバッファになる。

 西川ゼミの目的は、「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、一人も見捨てない教育・社会を実現する」です。これは管理者として未熟な私にとって、得だから。

http://goo.gl/ydWxF

13/04/10(水)

[]恩も仇も 21:42 恩も仇も - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 恩も仇も - 西川純のメモ 恩も仇も - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が十代の時に見たテレビで、「恩も仇も3倍に返す」と豪語する主人公がいました。子どもながらに、格好いい、と思いました。三十年以上たっても残っているのですから、凄い印象です。ま、大人になれば、仇を3倍に返すより、仇する人との距離を持つ方が楽だと言うことは分かります。

 恩を3倍に返せる力量もありません。しかし、いただいた恩は忘れずに、無理なく返せる時に、返せなければならないと忘れません。それが誠意です。

 今から2年前に頂いた、大分県教委からの恩は忘れません。http://goo.gl/vUinE

[]講演 21:25 講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演 - 西川純のメモ 講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今月末から来月に青森と和歌山に講演に行きます。

 今、年度後半の講演ツアーを計画しているところです。

 大分県教委の心意気に応えたい。

13/04/09(火)

[]不義理 21:44 不義理 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不義理 - 西川純のメモ 不義理 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は絶対に不義理をしません。ようは、挨拶には挨拶で返すこと。お願いします、の返答は、すみません出来ません、でいいのです。それに対して返答しないのが不義理です。不義理をすれば世間を狭くする。そして、多様な人と折り合いを付けられない。それが分からない人が多いな、損だな、と思います。

 だって、すみません出来ませんと返答した人は、次にその人にお願いできます。しかし、不義理に返答しない人は、それが出来ません。

 だから、日本中、どんな人からのメールにも絶対に誠意を持った返答をします。その人が相当不誠実でも。

[]中学校入学 21:10 中学校入学 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中学校入学 - 西川純のメモ 中学校入学 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子の中学校入学式です。と、いうことで、家族で乾杯の日です。

13/04/08(月)

[]大学人の極意 21:00 大学人の極意 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大学人の極意 - 西川純のメモ 大学人の極意 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年度、同僚になった教え子に大学人として大事なことを教えました。

 それは、仕事は人によって選び、仕事によって選ばないことです。大学内の仕事ではこれが一番大事です。

 大学外の仕事に関しては、ちゃんとお金をもらうこと。もちろん長いつきあいの人であれば、それはお金とは限りません。しかし、つきあいの短い人の場合は、短期で帳尻あわせをした方が良い。相手に何かをさせて、その対価を出さない人は、その程度の誠意しかありません。

 私は長い大学人生活で学んだ極意です。

追伸 今までの経験では、そういった誠意の出せる初対面の人が、その後に繋がります。

13/04/07(日)

[]残るもの 19:26 残るもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 残るもの - 西川純のメモ 残るもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今の授業は明治時代の状況に合わせて成立したものです。

 書籍が高く、コピーがなかった時代に合わせて、教師が板書し、子どもがそれを写すということが生まれました。ま、写経みたいなものです。今の時代だったら、教師が板書するようなことは事前に印刷し、配布します。そして子どもは無地のノートにまとめるのです。いやいや今の時代だったら、タブレット型パソコンにデータ転送して、学習内容をまとめるという形になるでしょう。

 いやいや、教師自身が板書内容を考える必要はありません。名人教師の板書を渡せば良いだけのことです。

 授業だって同じです。昔はその場で、その人が授業をするしかなかった。でも、今は映像配信はいくらでも可能です。名人教師の授業を視聴すれば良いのです。だって、現状の授業は一方通行です。もちろん、対話している部分もありますが、その恩沢に浴せるのは数人に過ぎません。その他の子どもは、その対話を一方通行で聞いているのです。だったら、名人教師が子どもと対話している授業を聞けば良い。

 さて、上記だったら、教師はいるでしょうか?

 もし、教師が授業して、板書して、発問する存在であるならば、不必要です。

 でも、教師は必要です。では、上記が成り立った後でも残る教師の存在意義は何でしょうか?

 『学び合い』は明確にそれを応えることが出来ます。そして、全ての教師がそれが出来ると思っています。

[]制服 18:18 制服 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 制服 - 西川純のメモ 制服 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家に戻ったら、中学校の制服を着た息子が出迎え。初めて見る制服姿にビックリ、しばらくするとウルウルです。明後日、中学校の入学式です。

[]わけ 08:46 わけ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - わけ - 西川純のメモ わけ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』が有効であるという理由は分かった、でも、じゃあ一斉指導が主流なのは何故?という当然の疑問があります。現在、主流で、今後、衰退するには歴史的な背景があります。以下の7ページ以降をお読み下さい。http://goo.gl/KRwdd

kuro106rakuro106ra2013/04/07 18:25いいですね!!息子が制服を着られるくらいまで成長したら、きっとウルウルしてしまう…

jun24kawajun24kawa2013/04/08 09:27そして、私に似て、ハンサムなんですから。ふぉふぉふぉ

13/04/06(土)

[]我が仲間 21:58 我が仲間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 我が仲間 - 西川純のメモ 我が仲間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教職大学院の同僚は私の誇りであり、私の安心の盾です。

 昨日、教職大学院の入学式がありました。そこで新専攻長の話がありました。熱が入って、ちょっと長めになりました。そこで担任(我が専攻で最若年)が「たいへんりっぱなお話でした」と言うと、専攻長が頭をかいて、メンバーは暖かい笑い。初々しいな。

 大学の教員間の関係を知っている私にとって、パラダイスみたいなところです。

 だって、新校長が入学式の挨拶で熱が入ってちょっと話が長めになり、新採用の司会の先生が「たいへんりっぱなお話でした」と言うと、新校長が頭をかいて、メンバーは暖かい笑い。こんな職場に勤めたことありますか!?

 当日は、専攻の新歓コンパです。笑いが絶えないコンパです。

 羨ましいでしょ!!!!!

[]宇宙語 07:21 宇宙語 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 宇宙語 - 西川純のメモ 宇宙語 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある方に、ある県を変える作戦を授けました。その方は聞いている内に頭が痛くなって「助けて~」状態になりました。反省します。私の宇宙語になれていないと、たいていの人はほら話だと聞き流します。ところが、その方はまじめなので理解しようとして、頭が痛くなってくるのです。一つ一つの段階は、ごく普通の常識からそれは可能であるということを積み上げていくと、いつのまにか県が変わるということが導かれるのですから、そうなるでしょうね。でも、そこで語った宇宙語は、学校『学び合い』程度のことであり、私にとっては、当たり前すぎることにすぎません。でも、その先があります。

 ブルーオーシャン戦略というのがあります。これは現在のサービスの中で、実は顧客にとってはそれほどありがたくないサービスをカットすれば、それ自体がサービスになり、かつ、価格を下げることが出来ることを利用した経営戦略です。代表的な事例としては1000円カットがあります。床屋の大将との会話を楽しみにしている人もいますが、そうでない人もいます。そんなのより、早く終わってくれた方が良いと思う人がいます。そのサービスカットによって1000円という価格設定が可能です。

 『学び合い』は多くの人は意識していないですが、この戦略に乗っています。現状では教師の授業が必要とされていると思い込まれています(床屋の大将が、自分との会話がサービスだと思い込んでいるように)。ところが、クラスの子ども達は4種類に分類されます。それは「塾予備校・通信教材で学習済みの子ども」、「教科書を読んで、問題を解ける子」、「教師の授業を聞いて分かる子」、「教師の授業では分からない子」の4種類です。この中で、教師の授業が意味があるとしたら、それは3番目の子どもだけなのです。ちょっと説明しますが、「教科書を読んで、問題を解ける子」にとって教師の授業は邪魔です。だって大学入試を思い出して下さい。予備校の名人講師の話を聞いて勉強するのと、自分に合った参考書を使って、適切な問題集の問題をどんどんときまくるのと、どちらが単位時間あたりの学習量は高いでしょうか?文句なく、後者ですよね。

 さて、「教師の授業を聞いて分かる子」の中で、「教師の説明が一番分かりやすい」という子はさらに少ない。これは認知心理学のエキスパート・ノービス研究からも明らかです。だって、大学、高校、中学校、小学校の教師の中で一般的にチンプンカンプンの授業をするのは誰かと言えば、ダントツで大学でしょう。大学人は専門性が高いので、多くの人にとってはチンプンカンプンなのです。

 従って、国が膨大な予算をかけて行っている一斉指導は、床屋の大将の会話と同じぐらい無駄なサービスです。『学び合い』では、この無駄なサービスを削減することによって、それ自体がサービスとなっています。そして、子ども達というマンパワーを活用することによって予算0で付加価値が生じます。

 今の日本で埋もれている最大の埋蔵金は財務省にあるわけではありません。日本にある最大の天然資源(?)はジジババです。

 ジジババは現在、年金や各種行政サービスを受けています。が、ジジババはそれをありがたいと思っているでしょうか?いいえ、そう思っていない。年金や各種行政サービスをカットして、その代わり仕事を与えた方が良い。高齢化問題は、ジジババとは予算がかかるという存在から、税金を払ってくれる納税者にすれば解決すると思うのです。

 ただし、ジジババは若い世代と違って、体の無理が利かない、色々な人との繋がりも楽しみたい。従って、定時に働き始め、定時に終わるということは出来ません。だから雇用者との膨大な対話が必要だと思います。そして、個人で勤めるのではなくチームで勤めて、互いに補い合うのです。

 では、どうするか。私はそれを行政が直接やることは出来ないと思います。地域コミュニティが再生し、そのコミュニティがチームとなるべきだと思っています。

 では、そのコミュニティをどうやって生み出すか。それは学校がコアになるべきだと思います。何故なら、学校が日本で最大の行政組織だからです。コンビニのない地域ですら学校はあります。そこには立派な耐震構造の建物があり、公務員が何人も勤めている。それを活用すべきです。

 『学び合い』によって子どもという資源を活用することによって、教師には余裕が生まれます。その余裕を地域コミュニティの核になるという機能にシフトするのです。では、どうするか?

 何度も書いている「ちゃぶ台作戦」です。

 『学び合い』の時間は保護者にとって子どもを身近に参観できる時間になります。保護者にとって最大のアトラクションは子どもです。『学び合い』だったら教師も公開しやすい。だって、子どもを見に来るのであって、自分の授業を見に来るのではないのですから。

学び合い』を見に来た保護者は、最初はどうしていいか怖々しています。しかし、「どうぞ、○○さんの頑張りを近くによって見て下さい。そして褒めて下さい」と言って背中を押します。そうすれば、もともと近くに行きたいと思っている保護者なのですから、おそるおそる近づきます。そして、一見、変な学習のように見ているのに、意外にも学習に集中していることが分かります。でも、しばらくすれば子どもは「あっちに行ってよ、気が散るから」と言います。(なんで、こんなにリアルに分かるかと言えば、山のような事例をこの目で見ているからです)。ここまでは既に何度もやっています。

 私がやりたいのは、この後です。教室の後ろに机を置くのです。そして、そこにお茶とお菓子を置きます。そこに保護者を座らせ、教師は雑談をいっぱいするのです。その中で、子どもがどんなことをしたかを語り、褒めるのです。『学び合い』ではゆったりと子どもを見ることが出来ます。だから、メモを取ることを習慣とすれば、やまほどエピソードはたまります。これまた、保護者にとっては最高のアトラクションです。

 そして、「是非、他の人も誘って下さい」と言うのです。参観日でもない、公開日に来るような保護者は意識が高い保護者です。また、ママ友ネットワークの中心にいるような人です。直ぐに、数人は引き込みます。そうなればママ友同士の話が弾みます。そして、そのような公開を4時間目に設定すれば何が起こるでしょうか?そりゃ、ランチです。つまり、学校の教室が良質なアトラクション(つまり子ども)を備えた、無料の喫茶店になるのです。そうすれば、早晩、保護者の方が持ち寄りの菓子を持ってくるようになるでしょう。そのような保護者集団のコアになる人と、教師がいっぱい雑談するのです。そして、その雑談の中で、学校をよくするには保護者がチームになる必要性を語るのです。そのような公開日に来るような保護者が6人ぐらい(つまりクラスの2割以上)くるならば、担任は万全の体制が確立されます。そうすれば、6人に準じる18人(つまりクラスの6割)の保護者がたまに来るようになります。そして、保護者ばかりではなくジジババも誘うのです。

 地方の学校(いや都心部も)には空き教室がいっぱいあります。それをジジババに活用してもらうのです。そして、積極的に学校の仕事をアウトソーシングするのです。例えば、遊具の安全確認などもありますよね。そんな仕事をやれば、ジジババも学校に気安くなるのです。何故かジジババがうろうろしている学校だったら、不審者対策は万全ですね。そうなれば、不審者を心配して公園に行かせない保護者も学校で安心して遊ばせられます。

 ジジババの中には保育士だった人もいれば、教師だった人もいます。それを活用するのです。そして、その人に給与を払います。そして、その人達が中心になって、先に書いた地域の人材を活用することを考えるのです。地域の人材を活用すれば、学校の施設メンテナンスもかなり安く出来ると思います。

・・・・・・・・・・・というような妄想が私にはリアルに見えるのです。

 では、ネックは何か、それは「教室に机を置き、そこにお茶とお菓子を置く」ということが変と思う常識なのです。ま、それも早晩乗り越えます。ふぉふぉふぉ

 『学び合い』は授業方法ではありません。「多様な人と折り合いを付けて自らの課題を解決する」ということが得だという考えなのです。

 ね、頭が痛くなったでしょ。

13/04/05(金)

[]予言 21:54 予言 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予言 - 西川純のメモ 予言 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のゼミで数年間過ごしたゼミ生でも、私の話を割り引いて聞きます。あるゼミ生からは「宇宙語」と言われます。が、私がゼミ生に語ること、そしてここに書いていること、それは全部、私にとっては実現可能だと確信したことばかりです。もちろん、「宇宙語」と思う日本の教育の不易な部分を守っている人にとっては、私の言葉は「宇宙語」でしょう。でも、徹頭徹尾、ごく普通の前提と学術・実践の知識によって裏付けられたことしか、私は公的には発しません。

 でも、ある時点で、宇宙語と思わなくなります。

 本日、ある同志より「予言」というタイトルのメールを頂きました。以下の通りです。

 『実は,西川先生にお話をお聞きした予言は私にとって1年後に実感できる現実になります。(聞いたときには「そうかなぁ~」と思うことが多い… _| ̄|○スイマセン )「確認テストがいらないと思えるようになったらいいけどなぁ」と2年前に言われた時もそんな日は来ないかなと思っていたのですが,昨年度「確認テストの時間がもったいない。」と感じるようになりました。 で,何が言いたかったかというと,ブログに書かれている「3年で現状を変えたい」という予言は,きっと実現するんだろうなぁと感じているということです。』

 私の公的に発信している情報の9割以上は、既に実践済みだし、そのノウハウは確立されているものです。私が書いていることの中で、まだ実現していないのは、地域コミュニティーの再生と教科内容の再編の二つだけです。逆に言えば、それ以外は、実現しています。嘘だと思ったら、いつでもお見せします。

13/04/04(木)

[]紀要 19:25 紀要 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 紀要 - 西川純のメモ 紀要 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ほぼ2ヶ月間に福島県伊達市の保原小学校の紀要のことを紹介しました(http://goo.gl/t5tSP)。保原小学校のご承諾を受けてアップします。お読み下さい。気持ちが分かる紀要です。大きなファイルですので時間がかかりますのでご了解下さい。http://goo.gl/jOedQ

karakusa01karakusa012013/04/06 01:15斜め読みですが、岡方第一と同等にすばらしい実践ですね。ふんどしが締まります。

jun24kawajun24kawa2013/04/06 08:47では、御校でも、ね。

13/04/03(水)

[]崩壊のシナリオ 21:50 崩壊のシナリオ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 崩壊のシナリオ - 西川純のメモ 崩壊のシナリオ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子は中学校1年生です。ベネッセを使っています。本日はライブ授業の初日です。やるぞ、という気持ち満タンで、初回を受けました。家内と私は晩酌をしながら、息子の顔を見ました。やる気満々です。合間、合間に、「なるほど~」という独り言。

 横目で見ましたが、力のある教師です。息子のような通信教材を受けて、やるぞ、という子どもにはフィットする内容です。声に力があり、表情も豊かです。また、教材もリアリティがあります。

 それを見ながら、私の頭には「崩壊のシナリオ」がありありとみえました。

 ライブ授業はベネッセの会員以外にもオープンです。ネット商法の基本、実は富山の置き薬と同じ商法です。ですが、これってベネッセだけが出来ることではありません。欧米では先進的な試みもありますが、本質的にはネット社会では時代遅れです。ベネッセのライブ授業の次は、学生さんや一般の先生がユーチューブにライブ授業をアップするのです。そして、子ども達が検索で授業を探し、自分にフィットする授業者を見いだすのです。

 ここからは、おそらく多くの教師に不快になることを書きます。

 さて、この状況において、現状の授業の教師が勝てるでしょうか?まず、無理です。それは一般の教師だけではありません。現状の名人教師、そして、きら星のような実践会の巨星の方も、その人が「凄い」と選んだ人は、「教師」です。つまり、現状の学校教育にフィットして、教科の深みを求める人たちなのです。

 さて、一人一人の子どもが授業者を選ぶような状態になったらどうでしょうか?現状の教師ばかりではなく、巨星の方々も危うい。

 私は二十六年間、学生さん達に選ばれる環境の中で生きています。小中高の先生方は、その熾烈さを理解していない。短期間ならば、打ち上げ花火で何とか出来ます。でも、数十年間、選ばれるという環境はなかなかきついですよ。さて、上記の状態になったとき、ごく普通の教師が生き残る道は何でしょうか?陳腐ですが、愛と思います。でも、その愛で子ども達を満足する道、それは教える能力ではなく、集団を管理する道、だと思うのです。

追伸 学校よりも先に、その厳しさを味合わねばならないのは、塾・予備校だと思います。

追伸2 『学び合い』だったら、どんな授業がライブ授業でアップしても大丈夫。ライブ授業では「一人も見捨てるな」を求めることは出来ません。なぜならば、評価と一体化できませんから。

[]スタッフ 07:57 スタッフ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スタッフ - 西川純のメモ スタッフ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本学教職大学院の教育実習(学校支援フィールワーク)を他大学の先生、それも他大学の教職大学院の先生に説明してもなかなか分かってもらえません。そして、分かってもらうと、そんなことがなぜ出来るのかが分からないと言います。でも、そうだと思います。

 たいていの大学、そして教職大学院の場合、研究スタッフと実践スタッフとが別れています。そして講義・研究は研究スタッフが担当し、教育実習は実践スタッフが担当します。ところが、本学の教育実習はそれらが融合しているのです。

 ちょっと詳しく説明します。学校にはさまざまなグランドデザインがあります。それを本格的にやりたいが、専門知識やマンパワーが不足しているという学校があります。そのような学校が本学教職大学院に申し込みます。

 一方、教職大学院はそれぞれ深めたい追求テーマがあります。そして、それを学会誌論文にまとめる人もいます。

 本学の教育実習では、両者のニーズを調整しなければなりません。

 現場経験が豊富であれば、学校のニーズを理解することは出来ます。また、学部での教育実習で起こる問題も経験済みです。従って、実践スタッフが担当できます。一方、研究をどのように進めるかであれば、研究スタッフが担当できます。しかし、実践スタッフが研究をどのように進めるかを指導することは出来ません。一方、大学で学級生活を続けた研究者スタッフに学校のニーズを理解することは出来ません。だから、多くの大学では、上記のように研究者スタッフと実践スタッフが分業しているのです。しかし、それでは本学教職大学院のスタッフは勤まりません。

 だから、本学教職大学院のスタッフは学術研究の業績を持ち、かつ、実践の業績を持たねばなりません。それも、現職経験が何年です、どこかのセンターでの研修で講演しましたレベルだったら、派遣される現職院生さんだって持っています。そのような現職院生さに比べて抜群の実践の業績を持たねばなりません。

 さらに言えば、専門が広くなければならないのです。例えば、理科教育だったら、物理だけの業績がある、化学だけの業績がある、では駄目です。なぜなら、学校のニーズは最小単位は教科です。教科の小分けの業績だけでは対応できません。そして、その広い範囲に関して、現場の先生がた、現職派遣院生さんに上回らなければなりません。こう考えれば、そのような業績を持つ人が日本中にほとんど無いことが明らかです。

 それ故、本学の教育実習のことを他大学の先生にいくら説明しても、そんなこと出来るのかと言われます。しかし、それぐらいの独自性がなければ、本学のような大学が生き残ることは出来ません。なんとなく近くの大学だから、知名度が高いから、で選ばれるレベルでは成り立つことが出来ないのです。

 この教育実習は担当教員にとっては非常に負担です。でも、それが成り立てば、ものすごい教育実習が出来ます。

 我がゼミ生は、学校の忘年会には必ず呼ばれます。いや、その学校の先生が呼ばれないPTAの飲み会に呼ばれることもあります。学卒のゼミ生はある学校の先生を上越の母と呼び、上越の父と呼び、その先生はゼミ生を我が子と呼びます。その中で、学卒院生は年長者とのつきあい方を学びます。

 現職院生は客観的に学校を見ることが出来、管理職と自由に学校改革に関して議論できます。また、若い学卒院生と一緒に学校改革を成し遂げる過程で、若い教師とのつきあい方を学びます。

 本学教職大学院の基本コンセプトは協働力です。おそらく、今後の教師にとってもっとも必要な能力です。

*[大事なこと]流動性

 私が大学入試の頃の花形職業と言えば、歯医者、弁護士、パイロットだと思います。この3つになれば、収入が凄い、という時代です。

 数年前にある雑誌を読んでいたら、新潟県に関しては歯医者さんの収入はサラリーマン以下だそうです。たしかに、新潟に来てビックリしたのですが、予約なしで直ぐに見てもらえるのです。簡単に言えば過剰なのです。また、ある方から聞いたのですが、弁護士さんも同じ状況だそうです。航空業界の逆風でパイロットさんも苦労されていますよね。

 それぞれの世代で、能力の高い方が進まれる職業が過剰であるというのは損失だと思います。

 3つとも取得するのに大変な資格によって成り立っている職業です。そのため、一度資格を取れば、その資格で一生生きようとします。つまり流動性が低いのです。そのため、環境に順応しきれない。その資格を生かした、さまざまイノベーションが必要なのだと思います。ドラッカーは企業活動の目的は顧客の創造であると看破しています。これは個人においても同じかもしれません。歯医者さん、弁護士さん、パイロットの方々が、新たな顧客を創造し、流動性を生み出す必要があると思います。もしくは、この3種の有能な方々に新たな顧客を創造できる会社があったらブレイクすると思います。

 実は教員も同じなのだと思います。無計画な採用計画によって、教員の年齢バランスは崩壊しています。それにフィットできない人もいて当然です。教員のキャリアを生かす、様々な顧客の創造、それが出来る人、いないかな。

 ふと、思いました。

13/04/02(火)

[]人事 07:00 人事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人事 - 西川純のメモ 人事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日本には多くの教育研究者がいますが、自分大学近くではなく、全国レベルの教員人事に一喜一憂している人はそれほどいないと思います。それも校長レベルの人事を気にしている人はもっと少ない。

 『学び合い』は点が線になり、線が面になったことを感じます。

 連鎖反応が始めるには臨界量以上の核物質が必要です。ある学校で『学び合い』を学んだ人が他校に異動すれば、しばらくは隠れキリシタンにならねばなりません。しかし、『学び合い』を実践している人がある一定量を超えれば、他校に異動しても、そこに『学び合い』を実践している人がいるようになります。そして、その数が3人以上ならば、色々な仕掛けが可能です。異動する人、また、異動先の人が校長であれば安心できますね。

 全国レベルで、その兆候が見られています。そして複数の某県ではそれがハッキリと形になってきました。3年で変える、ということリアリティが高まりました。

 私は愚かだけど、全国の同志に支えられている。

追伸 全国の展開を知ると、一人の志の凄さを感じます。一人の志が一つの県を動かせる。

scorpion1104scorpion11042013/04/02 21:29涙が出そうです。そんな同志がいらっしゃることに感動します。

mana-mama5mana-mama52013/04/02 22:09全く別の小学校で学び合いをした子達が高校で出会って、そこに隠れキリシタン覚悟でやってきた先生が拍子抜けするってストーリーもあるかもしれない(笑)

karakusa01karakusa012013/04/02 22:33まだしばし隠れキリシタンな身分ですが、市全体が協同学習に染まっています。したたかに…事を進めます。

jun24kawajun24kawa2013/04/03 05:41皆様方へ
立場は違えど、あなたが、その一人だと思います。