西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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07/07/19(木)

[]難しい/簡単 21:35 難しい/簡単 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 難しい/簡単 - 西川純のメモ 難しい/簡単 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日修士1年の現職院生さんと研究計画を議論しました。私にとっては、しごく簡単な達成目標が、現職院生さんにとっては、とてつなく子どもにとって困難な達成目標のように思えるようです。例によって徹底的に議論しました。私と現職院生さんとの隔たりを生じさせる原因は二つあると思います。

 第一に、本当の目標とどうでもいい方法とをチャンポンにしている点です。教師が達成すべきことというのは至極単純なことです。改めて指導要領を読んでください。そこには、ごくごく簡単な内容が書かれています。大人の表現を子どもの表現に置き換えれば、小学生でも分かるようなことです。ところが、長年の指導経験から、それに付随する方法がアカのように付いてきます。あたかも、その方法が目標のように思ってしまいます。しかし、指導要領を改めて読んでください。とてつもなくシンプルです。

 また、学力向上という事だって、煎じ詰めれば業者テストの点数、そして、それの延長にある進学成績にすぎません。だって、美辞麗句を並べ立てて、「我々の考える学力はこれだ!」とのたまっても、結局、業者テストの点数、進学成績に相関関係がなけれは無意味です。また、体育だったら全員25mを泳げる、全員逆上がりが出来る、音楽だったら全員がリコーダーで曲を演奏できるというのがそれにあたります。だって、美辞麗句を並べ立てている人が、どれだけ説得力のある学力の定義を述べることが出来るでしょう。私は断言します。教育学歴史の中で、万人の納得する学力の定義なんて今まで存在したことは、ただの一度もありません。現在、もっとも親や子どもが納得する学力の定義とは業者テストであり、進学成績です。

 つまり、指導要領の示すシンプル目標、そして、業者テスト、進学成績を達成することが目標なんです。実に、シンプルです。ところが、このようなシンプル目標では「人格の完成」を実現できないという負い目があるため、業者テストや進学成績、または、指導要領を問題にします。でも、我々は「人格の完成」と業者テストや進学成績、または、指導要領は無矛盾だと考えています。だって、我々の「人格の完成」はホモサピエンスの本能レベル次元で考えているから。だから、時の社会が定めるものなんて、「その程度」にすぎないと見切っています。だから、そんなものに目くじらたてる必要はありません。子ども、親、そして社会(その中にはもちろん「お上」も含まれます)がそれを求めるなら、それを実現するだけです。なんの負い目はありません。

 このような立場で見てしまうと、現職院生さんのおっしゃる目標無駄が多い。

 次に、以前にもメモったように、6、7割以上の子どもが教師の援助を受けなくても達成できるレベルを、暗黙に適正な達成目標だと思っています。しかし、我々の場合は、教室に4、5人の子ども目標を理解できるレベル(出来るレベルではありません)が、適正なレベルだと思います。そして、その目標とは、先に述べたように、ゴチャゴチャしたものをはぎ取ったシンプル目標なんです。

 ちなみに西川研究室目標は「「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、教育改善しよう」」というシンプル目標です。しかし、実に深い目標だと思っています(http://www004.upp.so-net.ne.jp/iamjun/contract/target.htm)。

 ということで、私にとっては、多くの教師が夢物語と思えるバラ色の世界が、いともたやすく実現できると確信しています。だって私がその証拠です。私は多くの学生さんや同志に囲まれています。その方々のおかげで、平均的な教育学者の数倍の学術論文生産量・教師用雑誌論文生産量・著書生産量・講演会数を維持し続けています。ところが私が学生さん相手にやっていることはごく短時間で、その多くはからかったり、じゃれ合っている時間が殆どです。同志の方々の場合、それすらもなくメールやりとり程度です。人並み以上の給料をいただき、毎日毎日、家族と朝食と夕食を食べられます(ただし、出張は多いですが)。それも、これも『学び合い』のおかげです。

 修士1年の現職院生さんも、今年の後半ぐらいになり、自身で『学び合い』を経験すれば、私の夢物語を、私ほど脳天気に信じられなくとも、可能性は低くないと思えるようになります。洗脳が、あと、もう少々必要です。あはははは