西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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06/10/27(金)

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 クラスには多様な子がいます。その子達が分からないことを調べ上げ、それが分かるようなドリルを作ったとします。残念ながら、この種の教育研究・実践研究は山ほどあります。1時間の学習内容に対応して、そのようなドリルを作ったら、1時間ではとても終了できないような分量になるでしょう。さすがに、これは馬鹿馬鹿しいことは誰でも分かります。では、何故、この種の教育研究・実践研究が絶えないかと言えば、子ども達の多様性を「甘く」見て、典型的な代表例を1、2だけ取り上げ、粗雑な説明をしている程度だから、1時間程度の中に収まるドリルになります。そして、分からない子ども気持ちが分からない教師は、それで十分対応できたと安心しています。そして、それでも分からない子どもがいた場合、それは、その子がそのドリルを真面目にやっていないからと解釈します。

 それでは我々はどうするか。それは、その時間で成り立った時に初めて解ける問題、つまり、その時間の最終的な目標に対応した課題を数題与えます。出来る子は、直ぐに、自分が分かることを確認できるでしょう。分からない子どもは、分からないことを確認できます。後は、分かる子どもからの情報で問題を解決します。

追伸 どうしてもドリルが大事だと思う方は、どうぞ、子ども達に与えてください。ただし、使えと課さないでください。そして、じっと見守ってください。「学び合いが成立すれば」(成立しなければ駄目ですよ)、子ども達は、そのドリルを殆ど使わないはずです。そして、成績が上がることに気づきます。これに関しては、120%の確信があります。だって、人間以上にパターン認識と判断力を備えた「ドリル」なんてあり得ませんから。我々は子どもの多様性をバカにしません。それらに対応できるのは教師でもなく、ドリルでもなく、子ども「たち」です。