『学び合い』の文化を教室に このページをアンテナに追加 RSSフィード

私立の中高一貫校で国語を教えています。

2008-04-22

[]生徒たちの作品2 10:37 生徒たちの作品2 - 『学び合い』の文化を教室に を含むブックマーク はてなブックマーク - 生徒たちの作品2 - 『学び合い』の文化を教室に 生徒たちの作品2 - 『学び合い』の文化を教室に のブックマークコメント

 夏休み、おじいちゃんが死んだ。

 母方で福島に住んでいるおじいちゃんだった。

 私は母方のおじいちゃんとおばあちゃんが大好きだった。よくかわいがってもらった。そのおじいちゃんが昨年の春に入院した。糖尿病だった。

 それだけならすぐ治ってくれると思ってたけど、そんな思いはすぐにくずれた。

 おじいちゃんにガンが発見されたのだ。転移したものじゃなく元々二つあったらしい。

 何回も新幹線でおじいちゃんの病院までかよった。行くたびにやせてくおじいちゃんがいた。入院したら急にボケがきた。

 おじいちゃんが亡くなる一週間前から看護婦さんの不注意で、おじいちゃんは病気に感染し、熱が下がらなくなった。その時に行ったらおばあちゃんも来ていた。

 おじいちゃんは目もうつろで話もできなく、ただ横たわっていた。

 「おじいちゃーん、わかる?あたしだよ」

 って言ったらコクってうなずいた。

 涙が出た。もうボケちゃって私のいとこのことは覚えてなかったのに、私のことは覚えていてくれた。

 すごく嬉しかった。

 おばあちゃんの手のひらに力ない手でおじいちゃんは文字を書いた。話せないから。

 カタカナで『ヤンプキ』

 おばあちゃんは「ヤンプキ?」って聞いた。そしたら手で違うって表現する。

 もう一度書く。

 『センプキ』

 「センプキ…。扇風機?」とおばあちゃんが聞いたらうなずいた。熱でずっと暑かったんだと思う。

 でも病院内では禁止だった。

 こんなにつらそうなんだから、扇風機ぐらいつけてあげたいと思った。私はうちわであおいであげた。

 亡くなる一日前脳死の連絡がきた。ママは病院に行っていた。涙が枯れるぐらい泣いた。次の日の朝「息をひきとった」って連絡がきたけど涙は出なかった。

 お通夜もおそうしきも「おじいちゃんは死んでない」って思ってた。口閉じても開いてしまっていた。おじいちゃんは寝る時いつも口を開けていた。だから起こせば起きると思った。

 でもおじいちゃんが目を開けることは二度となかった。

nicopanicopa2008/04/22 23:55いつも楽しく拝見してます。同じ国語を教えるものとして、先生のブログは大変刺激になります。この仕事、本当に体力勝負、体が資本です!どうかご自愛なさってください。

お気に入りに追加