Hatena::Groupmanabiai

(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2016-05-23

積み上げられているから「信念」になる

11:32

今まで、いくつかの『学び合い』の授業を参観させて頂きましたが、今でも私の「お手本」になってる先生方がいらっしゃます。もちろん、現在お世話になっているS大のM先生は当然として、それ以外には、私が『学び合い』をはじめるきっかけを作って下さったS県のS先生、私に「教科観」の大切さを教えて下さったG県のA先生。そして、私にとってもう1人大事な先生がいらっしゃいます。F県で『学び合い』について発信をされているとんたんさん(先生?)です。『学び合い』の可能性を示しつつ、その危険性も隠すことなく指摘される先生。そういう「表裏がない姿」に、私は共感を覚えます。さらに、これはS先生にもA先生にも当てはまると勝手に思っていますが、授業に対しての「信念」がきちんとあり、それが一貫してぶれないという点でも、私の教科書となっています。以前、とんたんさんはブログのなかで、『学び合い』を実践する段階を下のように示され

1.knows   『学び合い』を知っている

2.knows how『学び合い』のやり方を知っている

3.shows how『学び合い』の授業実践を他者に見せることができる

4.does 『学び合い』を持続的に実践できる

1~4の「4」のレベルになって初めて『学び合い』の考え方をもとに授業をしていることになると仰っていました。「信念」という言葉は比較的相手に受け入れられやすく、よく聞かれる言葉です。しかし、「信念」は「感情(感覚)」とはちょっと違うと思っています。その方の「生き様」と言えば良いのかもしれませんが、ちょっと『学び合い』をしたくらいのレベルではなく、苦しいことも楽しいことも全て自分の中で消化し、さらに理論的にも説明できるくらいになって初めて「信念」なのだと思っています。

誰でもスタートは「感覚」だと思います。「これなら生徒が変わるかもしれない・・・」や「これならもっといい授業ができるかもしれない・・・」。『学び合い』の考え方で授業を始めようと思った時、こういう「気持ち」がきっかけになるのだと思います。しかし、その「気持ち」が「信念」に変わるまでには、授業で様々な経験し、失敗をし、悩み、感動(?)を経るのだと思います。辛いことが続くこともあります。我慢することもたくさんもあります(自分の経験上)。私も、大変だったことの方が間違いなく多いです(汗)。人間はそれほど強くありません(私も含め)。「こんなんだったら、今まで通りで・・・」って思ったこともあります。そういう時につながれる仲間がいて、苦しい状況の先にある「子どもの幸せ」に向かって努力できる心の強さってのが「信念」なんだと思います。そしてまた、どんなことがあってもやり切る「強い気持ち」が「信念」なのだと思うのです。

では、今の自分に「信念」があるかと問われれば・・・「う~ん・・・」って感じです(大汗)。まだまだ修行が足りないなって、改めて思いました。