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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2016-04-22

教科観を磨く

10:47

「すぐ実践できる! アクティブ・ラーニング 中学社会編」が届きましたので早速読みました。この本を手にする先生(だけではないかもしれませんが・・・)方は、アクティブラーニングという考え方に必要を感じているのだと思います。『学び合い』の考え方+実践例という構成ですから、『学び合い』という考え方を知らない先生でも理解して頂けると私は思いました。単なる「テクニック本」として認識されないことを心から願いたいと思います。

本を読んでみて、やはり大事なのは「一人も見捨てない(=みんなでやる)」という考え方と教科の価値(=教科観)なんだと思いました。「一人も見捨てない」という考え方については、もう言わなくても分かっていらっしゃる方が多数だと思うので割愛しますが、特に中学校・高等学校で教科担任をされている先生方にとって「教科観」は大事だと思います。

「教科観」とは、本時の課題に生徒たちが迫るための道筋をつける、所謂、資料(プリント等)のことではありません。「教科観」とは、その1時間、または1単元で生徒たちに何をどこまで分かってもらうのかという「目安(目標)」です。私たち教師が毎時間の授業のゴールを明確にできなければ、生徒に明確な課題は伝えられません。もちろん、授業中に資料が必要な時はありますし、私も使っていました。しかし、資料を作ることに手一杯になり、1番大事な部分がなおざりになってしまえば、授業は成立しないでしょう。これは、一斉授業でも同じです。

社会科の研究会に参加すると、自分のネタ(教材)自慢をする方がたくさんいらっしゃいます。昔は、そういう話を聞くたびに「その資料は、クラス全員の活動に有効なんですか?」と聞きたくなる気持ちをぐっと堪え、私の発表に対して「まあ、そういう考え方もありますかね・・・」とあしらわれることにイラッとしましたが、今は「生徒が分かるために努力していることに変わりはないから・・・」と思えるようになりました。自分でも随分大人になったなぁ~なんて思います(笑)。

繰り返しますが、資料作成を含め、教材研究は必要です。しかし、順番を間違えると努力した割には結果の出ない授業になってしまうことを忘れてはいけないと思います。本県では、生徒たちは熱心に活動していたものの、結局その1時間で何が分かったのかが明確にならない社会科の授業が「這い回る社会科」と揶揄された時期がありました。くれぐれもそうならないように気をつけたいと思います。