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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2016-04-19

児童・生徒の学び

10:14

昨日、N市内のI先生の小学校で授業参観をさせて頂きました。6年生の算数で線対称(点対称)についての授業でした。私は授業のほとんどの時間「ある女の子」をず~と見ていました。その子を見ていた理由は、課題が説明されてから5分経っても、仲間との関わりを持とうとしなかったからです(私の見る限りでは)。「これからの時間、彼女はどんな学習をするのだろう・・・?」。私の興味はその1点でした。

「関わらない」のか・・・

「関われない」のか・・・

「関わる必要がない」のか・・・

彼女の表情や視線などから彼女の心境を予想します。目線はいろいろな所に行っていましたので、情報を求めてはいたと思います。また、活動の時間中、彼女はずっと作業をしてました。したがって、彼女には学ぶ意欲もあったと思います。「あったと思います」と書いたのは、直接彼女に聞いた訳ではないので、あくまで私の「予想」だからです。結局彼女は他の生徒とほとんど会話することなく1時間を終えました。でも、課題は達成していたと思います。『学び合い』は「考え方」ですから「関わらせること」を求める授業形態ではありません。ですので、彼女のような「学び」でもOKだと私は思っています。逆に言えば、関わっているから学んでいるとも限らないのです。

教師が一斉授業をしていれば、彼女の表情や仕草は他の生徒と同化して見取ることはできなかったでしょう。また、積極的(?)に発言する生徒の影に隠れてしまい、彼女の存在すら消えてしまうのかもしれません。「その他大勢」というくくりで。課題に向かってそれぞれが学ぶ環境を保証されているから、それぞれの児童生徒が学び、教師は児童生徒の動きや表情を見取ることができる。児童生徒の心の動きが見えるから、教師は声がけ(可視化?)ができる。『学び合い』の良さって、そんなところにあるのだと思います。クラスに学びを保証する文化があるからこそ、私たちは児童生徒からたくさんのことを感じ、学ぶことができるのだと改めて思いました。

さすがI先生。お見事です。