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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2016-04-18

通信について

11:20

iku-nakaさんて、毎日のように通信出しているよね。よくそんなに出せるよね・・・」

今までに、そんなことをよく言われました。通信を出さなくても教師側の意図を上手く伝えることができれば良いのでしょうが、そういう力はないので、言いたいことを「通信」という形にして伝えてきました。平均すると、年間に150号以上にはなると思います。

どうしてそんなに通信を出せるのか?。その理由は簡単で、通信を出す目的とタイミングが明確だからです。「通信」は本来、保護者に連絡事項を伝えるものでもあるのだと思いますが、それと同時に、担任の意向を伝えるものでもあると思っています。

「1つの目標に向かって頑張り続ける生徒になって欲しい」

「仲間と支え合いながら頑張れるクラスになって欲しい」

担任としての「希望」はこの2つです。つまり、通信はこの2つのことが保護者や生徒に伝わり、またそのようなメッセージを担任から出すことが必要であると感じられた時に出しています(多分)。もし、自分のクラスが上に書いたような目標をいつも達成できていれば、通信の数も激減するでしょう。必要のないことに時間をかける余裕はありません。

また、通信を出す中で、生活記録・本・歌の歌詞・書画などの作品を「ネタ」にしてきました。出した通信を見返してみると、「自分の思いを伝えるために使う」という目的をよ~く感じるものばかりです。例えば・・・

相田みつをさんの「あなたがいるだけで」や「本気」(という作品)

中島みゆきさんの「ファイト」や「糸」

さだまさしさんの「償い」や「風に立つライオン」

ファンモンの「あとひとつ」

など、自分の思いを代弁してくれるような作品が多く使われています。さらに、どのタイミングで通信を出すのかは、クラスの現状を看取れているかどうかに掛かってくると思います。そういう意味でも、クラスの様子を観察し、必要なときに通信を出し、担任が何を思い、何を願っているのかについて、生徒と保護者に理解してもらう必要があると思っています。何かを達成するための「方向」がぶれてしまうと指導が浸透しません。そういう意味でも「通信」を活用することは、有効な手段だと思います。