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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2019-12-27

成長

17:34

年も押し迫ってるのですが、今頃年賀状を作成してます(汗)。

嫁さんに「何か写真ない?」って聞いたらある写真データを見せてくれました。次男が大会で負けた直後に顧問の先生を慰めるような仕草をしている写真。次男は背中しか見えませんか、泣いてるのは分かります。そして、顧問の先生の目にも大粒の涙が…。

顧問の先生は4月から前顧問の先生からチームを引き継ぎ、勝って当然と言われるチームをまとめて下さいました。人には言えない苦労もあったと思います。次男はそんな顧問の先生に感謝の気持ちを込めてそんなことをしたのかもしれません。

そんなシーンを撮った嫁さんも凄いですが、いろいろな方のおかげでそんな息子に育ったことに心から感謝です。次男に「年賀状に使うぞ」って言ったら全力で拒否されたので、年賀状に使うことはありません…。

その10

11:58

その10:「語り」の重要性

学校行事の関係で例年になく早い冬休みに入っていますが、中3の担任なので、受験に向けての準備を進めています。

今回のテーマですが、こういう話をすると『』が宗教だと言われるのかもしれませんが、大事だと思うので書いておきます。『』に限ったことではありませんが、生徒にどんな風に育って欲しいかを具体的にイメージできているかどうかは非常に大切です。『』の授業を通してどういう人に育って欲しいかを具体的に伝えられなければ、生徒に大事なことが伝わりません。『』を方法論の1つくらいに考えている教師が1人も見捨てないなんて言っても、生徒には響かないでしょう。

つまり、教科教育を通してどんな生徒を育てたいのかという青写真がイメージできなければダメなのです。「どんな教材が生徒のやる気を引き出すのか?」とか「どういうグループ分けをすれば、生徒は活発に活動をするのか?」なんてレベルで授業を考えている時点で『』の授業はできないと思います。

これが「語りの重要性」につながるのだと思います。

2019-12-23

その9

20:07

その9:集団は多種多様の方がいい

当たり前ですが、クラスの生徒の能力が均一なんてことはありません。得意なことも苦手なことも人それぞれです。だから、日々の生活の中で支える側になったり支えられる側になったりします。そういう経験が「困った時はお互いさま」という文化をクラスに作り出すのです。

つまり、課題を解決するためには様々なチャンネルがあった方がいい訳で、おまけに年齢もバラバラで集団の数も多い方がいいに決まっています。まあ、この辺がなかなか分かってもらえないんですがね。

だからと言って異学年学習をすぐにとは言いませんが、実際にやってみた者とすれば、もう少し市民権?があってもいいんじゃないかと思います。

2019-12-22

ちょっと寄り道を…

10:35

その○シリーズを始めたんですが、懇談会がありちょっと空いてしまいました。また、今日のネタはそのシリーズではありません。

中3の公民の授業。単元は労働について。近年の労働状況の変化について学んでいる時の生徒の会話です。

生徒A「これからの労働ってどんな風になるのかな?」

生徒B「いろいろあるけど…AIが人の代りに仕事をする。例えば、学校の先生は自分のウチで授業をする。生徒がタブレットを持ってれば可能だし。そうなれば、先生も学校も学校に来なくて良くなる。まあ、すぐにはそうならないと思うけどね…」

中学生でもこの程度の知識は持っています。しかし、私たち教師の中にそんな分析ができている人がどのくらいいるのか…。私たち教師の状況把握能力がいかに低いことか…なんてため息を吐きたくなった時です。

生徒A「ふ〜ん…う〜ん…でもさ、それって何だか味気なくない?。そりゃ学校に来なくていいのはラクだけど、友だちといろんなことをしなくなるのは何か変な感じがするなぁ…」

たったこれだけの会話です。しかし、私が『学び合い』で大事にしてきたことが文化になりつつあることが分かりました。そして、私たちが教師として在るべき姿も再確認できました。そこがブレない限り、AIが普及しても教師という仕事の存在意義は失われないと思います。

2019-12-15

その8

20:09

その8:長い目で見る

学び合い』をやり出した当初は、生徒たちがどんどん動き、どんどん学びます。その姿はとても前向きに見えます。そりゃ、黙って教師の話をガマンして聞いているよりよっぽどいいですから。

しかし、そんな状況は長くは続きません。そのうちに『学び合い』に慣れ、生徒1人ひとりの「素」が出てきて、おしゃべりが始まったり、課題をやらなくなったりする生徒も出てきます。その時、教師は「最初はあんなに良かったのに…」と思うのでしょう。ここで「何やってるんだ‼︎」と言いたくなる気持ちも分かります。しかし、それでは生徒は成長しません。もちろん、言うべきことは言いますが、長い目で集団の成長を見守る姿勢が大事なのです。

学び合い』は魔法ではありません。また、急な変化は長続きしないのです。生徒の変化を少しずつ認め、評価することが大事です。

2019-12-12

その7

18:41

その7:強いるのは「結果」だけ

教師が生徒に強いる(求める)のは「結果」だけです。結果を導き出す過程は生徒に任せます。本来、学ぶプロセスは生徒の数だけあるはずです。その全てを教師がコントロールできる訳がないと思います。だから、結果を出してくれれば何でもいいというスタンスが教師にあるかどうかが『学び合い』の授業には必要です。

ただ、ここでいう「結果」とは生徒個人の「結果」ではありません。クラス全員が所謂「折り合い」を付けながら課題をクリアすることが、ここでいう「結果」であることを忘れてはならないし、自分だけできて満足している生徒(またはそのような集団)にどのような声がけを教師がするかで『学び合い』なのか単なる放任なのかが決まってくると思います。