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イキイキすることと『学び合い』 このページをアンテナに追加

埼玉県高校社会科の教員の後呂と申します。 多様な生き方あり方が、イキイキと出来るようなクラスや学校を目指しています。 ushirokentaro※gmail.com ※を@に変えてください。

2018-08-17

未来のために

自分のHPをせっせとこしらえている。

面白いことは自分から近づいていかないといけないことに気づいた。

2018-08-15

目標はマインドを持つこと?

生徒一人一人の幸せを願って日々実践する時に、具体的な到達目標とは?と聞かれたら、

1 生徒が助けてと言えるようになること

2 生徒が周りと折り合いをつけることができること

はブレないだろうな


でもこれは到達目標ではないな

ここまでできればOKにはならないし、集団や環境が変われば1からのチャレンジになるし。


すると、そういうマインドを獲得できるようになることを追い求めること、それが僕の目標であり、日々の実践の研究テーマになるのかな

一歩間違えたら宗教っぽいけど、それぞれが生きやすい社会を作るために、自分がどう社会と関わっていくかを考えられる、ということに置き換えれば伝わりやすいかな

高校3年間でどうにかなる目標ではないな

もっと近くにマイルストーンを置いた方が良いんだろうか。

教育実践者としてどうなん?と言われたら、びくつくなぁ

僕が目指すところは、自分の豊かさかもしれない

自分の実践にねらいを持つことの意味と難しさに、ズゴーンと頭を殴られているような状態がここ数日続いている。

小学校の先生と話していると、高次なレベルで日々の実践を行なっているから、すごく痛感。


なんで『学び合い』をするのですか?という質問にも直結するけど、僕が『学び合い』を実践するのは、そっちの方がこれから僕が生きる世界がもっと素敵になると思うから。

何かを引き出すとか、身につけるとか、そういうイメージではないんだよなぁ。

社会づくりをしているイメージ。

んじゃ日々の実践で具体的なゴールや到達目標を掲げているか、問いを持って自分自身が探求しているかと言われると、そうでない。

一歩一歩の積み重ねが、目指す社会につながっていると思うから、愚直に実践をする訳だったりする。



この点で、プロジェクトとして実践を積み上げている先生の話を聞くと、自分は薄いのかな…と悩むわけです。

2018-07-06

ひょんなことから特別支援学校へ

本校の教頭は前任が特別支援学校でした。

川越『学び合い』の会のチラシをおしゃべりのついでに渡したら、

「これが後呂さんのやってるやつねぇ。前任校の人にぜひ紹介したいんだけどいい?」

どうぞどうぞ!

ついでに西川先生・深山先生本を貸し出しました。

地域を巻き込む『学び合い』になっていけるかな?

2018-06-29

7月22日(日)は川越『学び合い』の会!

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ぜひいろんな方にこのお知らせが届けばいいな!

課題作りのあれこれは、結局教員が何を求めているかで決着がつく

学び合う必然性のある課題は無い。

もし達人技でそういう課題を作り出せたとしても、1時間、1単元が限界。

大事なことは、課題によって『学び合い』が成立するしないのでは無いってこと!


だいたい課題をこねくり回していたら、どんどん指導要領から離れてしまう。

結局は物知りおじさんならぬ、みんなで頑張って僕の頭の中を読み解いてねおじさんになってしまうのがオチ。


学び合い』が成立するかしないかは、教員が生徒に「一生涯幸せに生きるために必要な仲間の作り方を会得する」課題を伝えているかどうか。


だから究極的には課題は「根拠があって、目標と評価が一致してれば」なんでもいい。

でも「」が難しい。

特に高校は抽象的なものを教員が具体的な課題に落とさなければいけない。




課題が上手く無いから『学び合い』にならない、ではなく

ちゃんと生徒に伝わってない腹おちできてないから『学び合い』にならないんだと思う



ここまでくると、高校は教科の幹を見極める能力と、自分の言葉で人を動かす力が必要ということがわかる。

1学期はここまで考えた

2018-06-27

勝手にゼミに入りました

youtubeの西川ゼミの動画がとてもいい。

時間もお金もかからず上越にいる気分。