信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』を研究しています。
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はじめての人のためのアクティブ・ラーニングへの近道

2017-05-16 異教科・異学年『学び合い』授業

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学用車総走行距離279kmの学校に

 ゼミ生を全員連れて,『学び合い』校で行われた第2学年社会と第3学年数学の異教科・異学年『学び合い』授業を教育研究,その場でリフレクションしてきました。西川研OBのT中N先生も同行です。久しぶりに会いましたがお元気そうで話が弾み,思わず良い企みをさせてもらったほどです。私たちの研究室のOBが着任したその日から大活躍させてもらっている学校ですし,もはや伝説と化したあの松川中の先生もおられます。あの佐賀市立城北中学校の第1学年社会,第2学年英語,第3学年数学の異教科・異学年の『学び合い』(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20161123)を彷彿させる授業展開だったことをまずは報告できます。県内では昨年のT中に続いての快挙です。校長先生から快くお引き受けいただいたお陰です。心から感謝します。

授業中に拾った生徒の会話から。

「裏からやった方が良いよ。こっちは書いてあるけどこっちは書いてない。」「裏からやるね」とか,「(肩を抱きながら)こうしたらどうなる?」「1だ。」「来たーっ!」「来た!」とか。これらは,単学級の『学び合い』でも良く現れる会話の例です。これだけでも凄い。上学年,下学年がいるというだけで普段以上にがんばっている彼らがそこにいます。しかし,次の会話は単学級では見られません。「(下学年のできたコーナーに名前マグネットが貼られたのをチラッと見て)やばい,2年生凄い」とか,「(下学年の生徒が上学年のところに来て)因数分解って何?」「(教科書の例題のところを指で指しながら)これね,○○ってやるの。理解できた?」「一応分かった」「(本時の課題で分からないところを示しながら)じゃあ,ここどうしてこうなるの?」とか。私だけかもしれませんが,鳥肌が立ちます。

実は後者には伏線があって,

 この生徒が分からないので同じ学年の生徒に教えを請うた場面が存在します。そのときに教えてあげた生徒は「(a+b)をMにしただけでしょ」で終わっているのです。おそらく,その教科が得意な子なのでしょう。その教科が得意な子にとっては,分からない子が何が分からないのかさえ分からないのです。口には出しませんでしたが「どうしてそんなことも分からないの?」という気持ちだったのでしょう,きっと。しかし,分からない子にとっては「(a+b)をMにしただけでしょ」では分からないのです。なぜ(a+b)をMにするのか,なぜ一端MにしたのになぜまたMをわざわざ(a+b)にしなければならないのかは,それだけの説明ではちんぷんかんぷんです。分からない子にとっては,みかんを一端りんごに変えたのに,食べようとしたらなぜもう一度みかんと変えてもらわなければならないのかという気分です。

その子はおそらくたまたまそばにやってきた下学年の子をつかまえます。

 まず教科書に書いてある例題をその子に教えます。そのあとで本時の課題となっている問題が分からないので,その課題の答えは分かっていますからなぜそのような答えになるのかを教えてもらおうとするのです。まさに,下学年の子とゼロから一緒に学ぶ姿がそこに現れたのです。その子にとっては,ゼロから学ぶ下学年の子の方が自分にとって分かりやすいと判断して行動を起こしたものと思われます。『学び合い』の良さの「一緒に考えよう」の始まりです。理解するためには,自分にとって最善の方法を考えられるのは自分自身ですから,がむしゃらです。追跡調査していませんから,早急な結論は避けますが,その下学年の子は社会科が苦手でも数学は得意だったのかもしれません。異教科・異学年の醍醐味です。

授業後のリフレクションでは,

 ゼミ生から「なぜ,異教科なのか?」という質問が出されました。同教科でもかまわないのではないか,異学年は分かるがなぜ異教科なのかということです。一般に,この「なぜ」には,目的と学術的根拠が内包します。つまり,どのような目的で異教科をするのかということと,異教科をやると効果が上がる(メリットがある)という根拠はあるのかという2点です。

一般社会においては,

 異なる年齢で異なる課題を持つ者同士がチームを組んで1つの目標に向かって協働することが求められることが一般的です。その意味からすると,小学校段階から異なる年齢で異なる課題を持つ学習者が協働で学ぶ機会を持つことの意義は大きいのです。経済産業省では,職場や地域社会で多様な人々と生活していく力として2006年に社会人基礎力を提唱しています。それらの力を20年後の未来に生きる子どもたちに修得させるためには異教科・異学年での学びが重要でかつ大切になってきています。詳しいことは次の書物がお薦めです。

西川純著:「すぐわかるできるアクティブ・ラーニング」,94p,学陽書房,2015.

西川純著:「アクティブ・ラーニング入門」,121p,明治図書,2015.

西川純著:「サバイバルアクティブ・ラーニング入門」,141p,明治図書,2016.

拙著:「はじめての人のためのアクティブ・ラーニングへの近道」,103p,大学教育出版,2016.

考えてみてください。

 そもそも,集団の中にはオール・マイティの子どもたちもいますが,それはほんの一部の子どもたちであってほとんどの子どもたちは得意な教科もあれば苦手な教科もあります。苦手な教科で組み合わされたとしたら,自分の苦手な教科の課題で精一杯なのに,もう一つの集団の苦手の教科へのサポートなどままならない状況に至りかねないことは容易に想像が付きます。自分の取り組む教科が苦手であったとしても,組み合わさる先の教科が自分の得意な教科であったとしたら,自分のやっている教科では助けてもらうだけかもしれませんが,相手の教科では自分が助けてあげることができる可能性が広がります。そこに様々な内容の多様な単元の組み合わせが加わりますから,その異教科・異単元の組み合わせによるその子が救われて活躍できる可能性は言うに及ばず,より一層広がります。『学び合い』は一人も見捨てない教育です。だから,異教科はお薦めなのです。

一方,異教科の学術的根拠は20年前に実証されています。

 その学術的根拠は,「西川純・上田穣・三崎隆:認知スタイルを利用したグループ観察による指導法の開発,日本理科教育学会研究紀要,38(2),pp.113-119,1997.」にあります。簡単に説明すると,ある良さを持つAタイプとそれとは別の良さを持つBタイプがあります。そのときにAタイプとAタイプを組み合わせれば,Aタイプ同士なのでAタイプ独特のもの凄い良さが発揮できると考えます。ところが,実際にはAタイプとAタイプを組み合わせたときよりも,AタイプとBタイプを組み合わせたときの方がAタイプ独特の効果が上回ります。

同様に,BタイプとBタイプを組み合わせれば,

 Bタイプ同士なのでBタイプ独特のもの凄い良さが発揮できると考えます。ところが,実際にはBタイプとBタイプを組み合わせたときよりも,AタイプとBタイプを組み合わせたときの方がBタイプ独特の効果が上回ります。つまり,異質なもの同士の組み合わせの方が良いのです。数学が得意な子もいれば社会が得意な子もいます。それぞれの良さがより良く発揮できる異教科であればこそ,その効果は倍増します。それは観察だけのことであって,異教科の根拠にはならないという反論があるかもしれません。そのときには,「中島千博・三崎隆:中学校社会科と中学校理科による異教科・異学年の『学び合い』学習における生徒の意識と会話ケースに関する研究,臨床教科教育学会誌,17(1),臨床教科教育学会(印刷中)」がお薦めです。まもなく出ます。だから,異教科はお薦めなのです。

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