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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2009-01-21全員が活動

[]全員が活動 全員が活動 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 全員が活動 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 全員が活動 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

f:id:F-Katagiri:20090120071621j:image:w260:leftクラスの全員が活動するということを求めて『学び合い』に行き着いた。「活動する」ということは、ノートをとるため手を動かすことでも、熱心に話を聞くだけのことでも、話し合い活動をするだけのことでもない。

課題に対して常に取り組むということで、「思考停止」にならないことだ。そのために学習ゲーム的なことや、その他「イベント」のようなものをいろいろ勉強し、集めた。しかし、それらをやっても結局「お客さん」の人はクラスで1人2人は必ずいた。もちろんそれをやれば「お客さん」は全くいなくなる学校もあるだろうけれど、私の赴任した学校ではそれは難しかった。

それで取り組んだ中で効果的だったのは「10分間読書」と「他者を意識した活動」だ。「10分間読書」では全員が読む。もちろん始めは読まないが、年度中頃から全員が読む。「奇跡」とまでは言わないけれど、実情を知っていて、初めてその読書の姿を見る人は驚くことだろう。しかし子どもたちにとって見れば驚くことでも何でもない。「読みたいから読んでいる」のだ。「思考停止」に陥っている人は誰もいない。

もう一つの「他者を意識した活動」では、おおかたの授業でおこなわれている「教師に対しての発言、作文、意見、説得、承認」を単に「周りの仲間に対して」に変えるだけで、ずいぶんと違ってくる。ただそれだけなのだ。そこら中で自分の意見、表現を伝えよう、認めてもらおうという活動がおこなわれる。

こうすることで、「授業時間中、黙っていなくてもいいんだ。」ということがわかると、ちょっとした疑問を周りの仲間に聞くようになる。以前、研修で「少人数授業にしたから目が行き届いて、ちょっとした疑問も教師に聞けるようになり、理解するようになった。」なんて言った教師がいたが、「周りのそれを知っている仲間に聞けたらもっと早くその子は理解できたでしょうね。」と返したら二の句が継げなかった。

学び合い』の授業を紹介すると必ずと言っていいほど「できる子を対象とした授業だ」なんていう意見が出てくるが、そういうわけではない。「授業中私語を一切しては行けない。」というシバリを解くことで簡単に『学び合い』の雰囲気は生まれてくる。しかし、授業規律は重要で、例えば私の場合は「教師が説明しているときには一切喋ってはいけない」というルールを納得させることも必要になる。オンとオフの切り替えは重要だ。

しかし、3年間授業担当をしていても私が説明している数分の時間、私語(といっても、課題に関する情報の共有、気持ちの共感だが)をしてしまう子どもはいる。そんな時に聞き逃した子どもはどうするのかというと、私に対して聞き返すことは全くなくなる。仲間に聞くようになる。私が絶対に同じことを言わないということはわかっているのだ。そのくらいの「礼儀(?)」はわきまえているようだ。

学び合い』は「できる子を対象にした授業」では全くない。情報の共有は小学生に上がればほとんどの子どもたちができるようになっている。その力を発揮させる授業だ。

だから、「できる子」を受け持っている教師たちが情報の共有を授業中に許さない授業をしているのがとってもせつなく思う。

[]閑散期と繁忙期 閑散期と繁忙期 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 閑散期と繁忙期 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 閑散期と繁忙期 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

宿泊料金や、旅行料金やその他は閑散期と繁忙期(もしくは休前日)で値段が違っている。閑散期には少々安くして、繁忙期には少々高くしている。「年末年始の特別料金」なんていう設定がある。これは異常に高くなる。

当たり前のように感じていたが、当たり前なのか?と疑問に思った。値段が高い方がサービスがよく、値段が安い方がサービスが悪いというのだったら納得がいくが、この場合はそれが当てはまらない。

繁忙期に高い値段が設定されてあるが、この時はサービスがよいのだろうか?むしろ逆でたくさんの人はいるし、従業員の手が足りなくなるし、サービスの質は落ちるということが予想できる。値段とサービスが正比例しなくなる現象である。

もちろん、そういうことがあるから値段を高く設定して従業員をたくさん雇ったり、値段を高く設定すれば需要は減るから質のよいサービスを与えられるという供給側の論理だということはよくわかる。

でも、なんだかどこも「便乗値上げ」のような気がする。「これくらいの値段でもこの時期だったら払ってくれるだろう」みたいな。だから人が集まる時期に人が集まるところにはあまり行きたくない。行きたくないのだが、スキー旅行に行くときは土・日にしか行けない。自然と人が集まる時だけだ。

平日や閑散期は人が来ないから「値段を安くして」人を集めようとしていると「よいように」捉えた方が精神衛生上いいかな?

sumi-chansumi-chan2009/01/25 14:23一斉で話を聞くべき時には聞けるということ。授業規律というだけではなく、礼儀・マナーという面でも、この部分がしっかりできることが本当に大切であることを痛感した1年でした。そして、まず私が人間的に成長しなくてはならないのだと思い知らされました。

sumi-chansumi-chan2009/01/25 14:27コメントが前後してしまいますが、「子どもを”お客さん”にしないこと、思考停止にならないこと、子どもの情報共有を教師が邪魔しないこと」どれも同感です。

F-KatagiriF-Katagiri2009/01/25 16:39sumi-chanコメントありがとうございます。20年教員を経験していても、こういう基本的なことを忘れずにやっていかねばならないという自戒を込めた記事です。