Hatena::Groupmanabiai

学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2018-10-09

現在地の自分

21:17

国語で書いた提案書。


提出されたものの中に、人間関係についての提案が多く見られた。


そこには人間関係を、大人になってから必要なもの、社会に出てから必要なもの、より人生に潤いを持たせるために必要なものといったメタ的な視座で以て書かれているものが多く、正直驚いた。


特に印象に残っているのが、子どもから全校『学び合い』が提案されていたこと。


私は『学び合い』のバックグラウンドについて、いよいよ固有名詞を挙げて最近になってようやく子どもたちに話し始めているのだが、クラスの枠を超えた全校規模で実践することについては話した記憶がない。


今手元に提案書がないので、どんな文章だったのかはここには書くことができないが(そんなときの為に手帳ってあるんだけど…笑)、『学び合い』の文化が少なくともクラスの一定層には確実に根付いているものだと思い嬉しかった。


正直、ここまでやっただけで、不遜ながらこの集団に対して大きな宝を残せてやれたのではないかと思ってしまう。(今酔っています。)


特に内容を決めるでもなく、無造作に子どもたちを放った学級レクを見ていると、時間を経るごとに関わり合う集団が合わさっていき、逆に離れたりしているのを見ていると、緩やかに関わり合っている姿を見ると、4月よりも変わったなと思う。


いや、変わったというよりも戻ってきたなと言ったほうがいいのか…。


集団としての凝縮性は高まってきた。しかし、まだまだ満足いかない。


というのも、私は依然として彼らが学習者集団として十分機能しているのかと問われればまだまだ頷くことができないのだ。


最近感じるのは、算数での分数の計算。果たして『学び合い』の考え方だけでいけるのだろうかと思うほど、満足のいく出来ではない。


これはどういうことだろう、なぜだろう。


そう考えてみると、たどり着くのは自分自身であり、私がおそらく授業中にしてはいけないことをしているのだろうと思う。


それは何か、やはり介入する頻度が高まっていることなのだろう。


介入自体は悪くなく、むしろ真に育った集団ならそんな介入自体もろともしないのだろうが、このタイミングでやるべきなのか。そもそも、私は一体どんな顔で、姿で子どもたちの中に入っていっているのだろう。


協同学習における教師の介入の在り方。


そして最近特に感じる、個々の学ぶ力を高めていくには…


つきない疑問。


このブログを始めてから2年になる。明日は、明後日は、そして10年、20年後は…自分はどんなことをここに書くのだろう…。

ゲスト



トラックバック - http://manabiai.g.hatena.ne.jp/yudai7-i/20181009