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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2018-05-23

大人の会話を聞かせる

20:56


学び合い』のテクニックの1つに、全体に聞こえるように少し大きめの声で話すというのがある。


今日の授業でTTの先生が、「ネームプレート、ないんですか」


と聞いこられたので、この先生との会話をあえて大きな声で話し、課題を黙々とやっている子どもたちに聞かせた。


ネームプレートを外すことについて、熱く語る自分とそれについて質問をしてくるTTの先生。


8割の子どもにとっては訳が分からないだろうが、こういう大人の会話、しかも集団に大いに期待を寄せる大人の対話を子どもに聞かせるってとても大切なことだと思う。

rx178gmk2rx178gmk22018/05/23 21:27まさにその通り。「忖度」や「空気を読む」ではなく、向けてはないけど聞こえる話によって、子どもは、情報を集め、最も良い選択を考えていくと思います。それは、後々思いかけず大きな収穫になって返っています。(ちなみに私は、それを経験済みです)

yudai7-iyudai7-i2018/05/24 20:51やっぱりそうなんですね!

2018-05-22

テクニックを駆使する子ども集団

21:46


今日はとても印象深い一日になりました。


というのも、ネームプレートという可視化のテクニックをなくすことに決め、さっそく子どもに趣旨を伝えて取り組ませたのですが…。


1時間目が終わり、どうも自分の最初の語りが甘かったと思い、私は本気なんだよということを子どもたちに伝えました。


それはもう、今学期一番熱く話したと思います。本当はいけないことなのですが、チャイムもなんのそのおかまいなしで話してしまいました。


それで、やっぱりなのですが2時間目は劇的に変わりました。


学び合い』において、教師が子ども同士の対話に介入することは、子どものコミュニケーションを阻害してしまうとよく言われますが、


ネームプレートがあることによって阻まれた交流もあるという、この視点を忘れたくないものです。


これで誰ができて、誰ができていないか、可視化するテクニックの使用は終わったなと思った時のことでした。


子どもが、「先生、全員達成できたよ」と私に話しかけてきたのですが、手に持っていたホワイトボードには、全員の出席番号が書かれていて一つ一つに〇のチェックが入っていました。


学び合い』においては教材研究する子ども集団を育てるという西川先生のブログの記事を思い出しました。



なるほど、こういうことかと。



学び合い』において、教師がテクニックを駆使するのではなく、そのテクニックを子ども集団が駆使すればいいのかと…。


今日は私の中の子ども観がまた一つ変わった日になりました。

rx178gmk2rx178gmk22018/05/22 22:52とても素晴らしいエピソードですね。
教材研究と言うよりも授業改善をしていく感じですね。それにしても子どもたちの有能さを実感できたことが何よりの収穫だと思います。

yudai7-iyudai7-i2018/05/23 20:47そう、本当にそれが収穫です。

2018-05-21

自分の甘さを感じる

20:42

昨日見た「縮小ニッポンの衝撃」について子どもたちに話したが、今思えば、もっと深く切り込んで話してもよかったと思う。


そこらへんの浅さが、まだまだ自分の甘さなのだと感じる。


君たち、いや私たちの生きる未来はどうなるのか。


そこで求められる能力とはどんなものなのか。


明日もう一度話そう。

2018-05-18

個は深遠

| 22:27


他の実践者の先生の言葉、自分はとても気に入っている。


個には寛容に、集団には厳しく。


なぜなら、個はそれぞれ深遠であり、まったく予測がつかない。


逆に個々が集まった集団としてみると、予測がある程度つきやすくなるのだ。

テスト返却

22:22


算数の小数×小数のテスト。


この単元の学習はすべて『学び合い』で進め、自分としてもこれまでで最もまずいことをしなかった、それなりに理論通りに安定した期間だった。


さあ、この返却の場面なのだが、数年前の私だったら期待得点以下の児童がいれば、苦々しい顔をしながら用紙を返却していた。


しかし、在り方としてそれはまずかったなと今になれば思う。


個々の子どもは集団とは違って、一人一人が深遠であり、予測がつかない。


学び合い』のセオリーは、あくまで集団に適応できるわけであって、子ども単体には当てはまらない。


なので、集団への厳しさをそのまま個々の児童に転化しすぎてはまずいのだ。

2018-05-16

『学び合い』の日常3

| 21:55


クラス自慢。


TTの先生がとても驚いていた。


1週間前と比べてまるで違うとな。


子どもが主体的にその先生のもとに行き、説明したいといって、課題の見事な説明をしてのけたという。


その先生にも最後しっかりと語っていただき、上記の事を伝えていただいた。