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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2019-07-27

イエナプランから見えるもの①

22:13

 初任校にいた3年間、僕は先輩教員からよく、あなたには泥臭さが足りないと言われてきた。自分ではそんなつもりはなく、落ち着いた佇まいに見えるから、そこにきっと誤解が生じるんだろうなと思い、その指摘に向き合おうとしてこなかった。まともに考えることなく、今の学校にやってきた。そこからさらに3年経とうとしている「いま」と、初めて見たイエナプラン校の「いま」が無意識に比較され、昔の記憶を呼び起こさせた。

 そう、僕には泥臭さがかけていた。イエナで展開されている「いま」を見て思うこと、それは昔の僕は理想郷を追い求めていた、絶対的な回答を得ようとしていたということ。どこかに答えみたいなものがあって、こうすればこうなるという見方でしか教育を、子どもを見れていなかったように思える。職場の先生よりもほんの少し多く本を読んでいるくらいで、ちょっとだけセミナーに行っているくらいで、そんな錯覚を呼んでしまい、盲目的になってしまっていたのかもしれない。

 そうやって僕は、安易に最適解を追い求め、拠り所となる場所にもたれ掛かるような教員だったと思う。それが、僕のお世話になった先生方からすれば、泥臭さが足りないという姿だったのだろう。

 イエナプラン校で展開されているそれは、泥臭さそのものだった。僕はイエナさえあれば、『学び合い』さえあればと心のどこかで思っていた気がする。だからこそ今この文章を書いているわけだし、書きたくなったわけだ。そこにあったのは、ひたすら個と向き合う教員の泥臭さ。そうだ、僕はこの教育の原理とも呼べるべきことから逃れようとしていた。

 もちろん、今も意識的にバランスを取らなければと思うことばかりだ。

 今日行ったイエナプラン校から学んだことの1つである。

strongmind222strongmind2222019/07/29 11:28泥臭さ、わかる気がします。いくら教員がスマートに振る舞っていても、子どもたちに届いていなければ、教育という営みは意味がない。
子どもたちと丁寧に話しながら、一緒に歩んでいくしかないのだろうなと、最近思っています。
そうでないと、空虚でやってられないなぁと。

yudai7-iyudai7-i2019/07/29 23:38スマートすぎるねん先生は。そう言われたことも思い出しました。きっとテクニック先行の僕の在り方は子どもたちに見透かされていたのだと思います。
今思えば、その先生の子どもへの語り方、接し方にはテクニックのテの字も感じさせることのない、一直線のものでした。