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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2018-10-20

新たな局面

21:47

今週いくつかの生徒指導事案が発生した。


どれも完ぺきとは言えないが、自分の中では及第点の対応ができたと思われる。


というのは、事実確認と指導を明確に分けようと意識する癖が自分の中についてきた。


これまでは、事実確認の段階で心の在り方に踏み込んでしまう事が多かったのだ。


何度それで失敗をしてきたことか。言われないだけで、何人の子どもの信頼を失ってきただろうか。


その癖を自覚したうえで、事実確認の段階で心でっかち的主観要素を排すことを徹底した。


今週一連の流れで、かなり生徒指導の原理原則が自分の中に落ちたように感じる。


堀さんの生徒指導10の原理・100の原則。たぶん初任くらいに買ったもので何年にもわたって読み返してきたが、ここでようやく、ようやく知識段階から技術段階、さらに技能段階へほんの少し移行できたと思われる。


ただ上記にあるように、あくまで及第点レベル。最低限のことができるようになった、つまりそれはやってはいけないことをしなくなったということと同義であり、ここから飽くなき自分という教師像に合った生徒指導の在り方を模索していくことになるだろう。


さぁここからが本題なのだが、今回発生した事案はなぜ起こったのだろう。


自分の学級経営の在り方、子どもに接する教師としての自分の在り方に欠けた物があったのだろうかと。


いろいろな人に話を聞いてもらったが、今自分の中の結論としてあるのはこうだ。


10月に入り、停滞は見られず、運動会の疲れをはねのけて子どもたちの状態はいい。


授業内で固定化されてきた人間関係も緩やかになってきて、その中で新たなかかわり方を見せる子どもたちが増えてきた。


それによって休み時間などふと肩の力を抜く、そんな瞬間に子どもたち同士の間で新たなものが表出する。それは普段接する人とのかかわりの際に表れるものではなく、『学び合い』によって新たにつながりあった、新しい関係性が交わる際に表れるものだ。


つまり、子どもたちは新たな局面に入ろうとしている。


遊び半分、軽はずみなことが引き金になってしまった今回の様々な事案。


それは新たな人間関係の作り方、かかわり方を彼らは失敗をもって学ぶタイミングがここに訪れたのではないかと私は思うのだ。


だからこそ、一つ一つの事案を丁寧に取り上げ、しっかりと起こった事象についてメタ認知させてやり、クラスに対して問題の本質的な意味を語ってやり解決を促すことが今の私にできることなのだろう。