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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2017-03-06

『学び合い』失敗本を読んで 第2章

| 21:27

【最初は一部の子の反発でした】

これ、9月から始めたときにあったなぁ。しかも言ってくるのは学力的に上位層。

そのときの私は、方法としての『学び合い』をしていたから、これこれこうすればうまくいく、これこれはやってはいけないと思考停止していた。

だからあの時は、教えないことに拘っていた。教えないことが『学び合い』だと思っていた。


【方法としての『学び合い』は苦痛】

子どもたちを突き放すことが願いではなく、方法論として先行してしまうと、子どもたちの言動の裏にある本心にフォーカスできなくなってしまう。

そこから子どもたちとの不和が起こり始める。私は最近、口癖のように「任せる」「任せる」と言っているなぁ。

いま思えば、私に頼ってくる子どもは何を考えていたのだろう。

私はその気持ちを理解しようとせずに「任せる」と言っている。方法論としての「任せる」と願いとしての「任せる」はちがう。


【自分自身で納得ができなければ自信につながりません】

これがテストの平均点が上昇したという結果によって自信になった。

いまのクラスはたぶんそう。

しかし、違うクラスだったら。なかなかテストの点があがらなかったら。私の場合、たまたまかもしれない。

そういうクラスだった場合、テストの点以外で何を自信とさせていくのか。

それはやっぱり、認められることが必要なんだ。

なんにせよ、テストの点への拘りは必要なのだが、それもまた、方法論として先行してはいけない。

この子たちの一生の幸せを決めていくもの、願いとして先行しなくてはいけない。


【教えることによって学び合う集団が崩れてしまうのではないか】

これについては、最近、学び合う集団というよりも、それを学び続ける集団にシフトしていけばいいと考えるようになった。

それによって、教師が教えることも価値づけることができる。

自分にとっての最善の方法で目標を達成すること。

その中に教師を頼るという選択肢があってもいいのではないか。

肝心なのは、依存させてしまうこと。それを解消するには、やっぱり願いを滲み出すということなのかなぁ。


【私自身の表情も段々と綻んでいく感じがしました】

目の前で自分の力を高めようと頑張っている子たちに、純粋に感心するというのは本当によくわかる。

にっこりと子どもたちを見ているその時の教師の醸し出すものは、確実に集団を安定させると思う。

その好循環に持っていけば、持続向上型になるんじゃないだろうか。

それには、方法論として拘っていた「教えない」ことから解放される必要があるんじゃないか。

『学び合い』失敗本を読んで⓪

| 20:40


たった今、第2章、二ツ橋先生の書かれた文章を読み終えた。


自分の抱えているものといくつか合致すればいいな~と思っていたのだが、


いきなりドンピシャじゃねぇか(笑)


これは、ここに書き記していく価値があると思います。


この本を読んで感じたこと、考えたこと、疑問をリアルタイムでここに綴っていくことで何か得られるような気がします。


というわけで、『学び合い』失敗本を読んでという新たなカテゴリーを作り、章ごとの感想などを書いていければと思います。


いよいよ自分の中の思考基地としてこのブログを活かしていけそうだという実感がわいています。。

ほどけていけば

18:39


今日から、この2冊の本を読み進めていく。


学び合い』の考え方で実践されている多くの先生の在り方に触れることで、


少しでも自分の中のいろいろな縛りがほどけていけばいいなと思う。

soulbombersoulbomber2017/03/09 21:13私も届いた「失敗本」一気読みしました。最初の章で「これ自分のことだ…」と思ったのに、その後全ての章が自分のことに思えてきました。こうして1つ1つ振り返る価値のある1冊ですね。

yudai7-iyudai7-i2017/03/09 22:27そう思います。私は1日に1章読み、その内容について学校で子どもを観察しながら考え、帰宅後に次の章を読み、ブログにまとめるというサイクルをとっています。この本は噛めば噛むほど味が出るするめみたいな本ですね。