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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2017-03-30

『学び合い』初トライ時の感動体験の危険性

10:10

結論から書きます。


今回わたしが一番言いたいのは、




学び合い』は学び合うことがゴールではない。




ということです。


毎度のことながら、偉そうに語ります。


学び合い』初トライ時のあの感動はよく覚えています。


本に書いてあったようなことがそのまま起こったのだから。


困っていたやんちゃほど、分からないことを躊躇なく声に出し、自分なりに学習を進めている。


私の授業を退屈そうに受けていた上位層の子が生き生きと誰かに教えている。


ただ、この感動体験はなんというか、『学び合い』を長期的に持続させるうえで、ネックとなるかもしれません。


これは、ほかの実践者の皆さんも頷けることなんじゃないかなぁ。


つまり、『学び合い』という考え方を、学び合うための手法と捉えてしまい、あたかも、学び合うこと、協働することがゴールなのだと錯覚してしまうのです。


だから、自分にも言い聞かせるつもりで、来年度トライしようとしている方に、気を付けてほしいことをお伝えしようと思います。


①初トライ時の感動はとっても大切なのだけど、その感動体験はこれから『学び合い』の授業を長期的に持続させるうえで、ネックとなるかもしれないということを認識しておくこと。


②なぜなら、初トライ時のインパクトが大きければ大きいほど、学び合うことがゴールなのだと錯覚してしまう傾向が強くなるから。だから、学び合うことを求めるよりも、全員達成ができたかどうかを求めること。折に触れて全員達成することの価値。本によく書いてある全員達成する集団は徳ではなく得ということですね、この価値を説いていくこと。過程よりも結果重視。


③そしてネームプレートや声掛けのテクニックのように、全員達成という課題はできるだけ早くなくすこと(これは正しいか分からないけど)。なぜなら全員達成という課題は、今まで授業で繋がり慣れていない子どもたちに繋がることに強く求める「繋がる課題」であって、「学び」にフォーカスされていないから。


④『学び合い』を長期的に持続させるうえで、協働要素は緩やかなものであっていい。ここら辺が①に書いたことを重なってくるかも。学び合うことよりも、学び続けることを求め、その価値を説き続けること。ここら辺から、学校観が重要になってくると思います。(これについては、苫野先生や岩瀬先生、ちょんせいこさん、みゆき会の先生方が書かれた本がとても参考になりましたので、お勧めします。)


たぶん、④までの流れを3日~1週間でする先生もいると思います。


もちろん、子ども集団の実態にもよるかもしれないけど、それくらいでいいのじゃないかなとも思います。子どもたちには、より高次なものを求め続けるべきかと。


そのより高次なものこそが「学び続ける」ことなのだと今は考えています。

2015年度の振り返り

09:40

今年度を振り返る前に、昨年度を振り返ろうと思います。


昨年度の1学期にスタートブックとステップアップが職員室の教員図書のコーナーに置いてあるのを見つけました。


スタートブックを読んで、「こんなのもあるのか~」と感じたことを覚えています。


その後2学期から『学び合い』を実践しました。


本に書いてあることがそのまま起こったのでびっくりしました。


そしてあれだけ退屈そうに授業を受けていた子どもたちが、楽しそうに学び合っている姿に感動しました。


今思えば、この「学び合っている姿に感動」に強くフォーカスしすぎたのがよくなかったのだと思います。


結局、いろいろなことがあって、うまくいきませんでした。


なぜかと今考えると、


・全員達成を自分があきらめていた。

・『学び合い』を方法論のみと誤解し、学び合うことにフォーカスし協働を強く求めすぎた。これは上記の「学び合う姿に感動」に関連し、それが『学び合い』のゴールだと認識してしまっていた。

・折に触れていろいろなことを語っていなかった。

・ず~っと全員達成を求めていた。

・褒めよりも叱ることが多かった。


すべて自分の考え方に原因があります。


学校観と子ども観などの考え方が定まり、それがぶれなければ、たぶん一斉授業でも『学び合い』ができるのでしょう。


だから、『学び合い』は方法ではなく考え方というのが今はしっくりきます。


こんな感じで、昨年度末自分の中で至った結論は、


「『学び合い』がうまくいくためには、教師の力量(一斉授業のテクニック)が必要だ。よし、来年度はいったん封印。まずは一斉授業を極めよう」


はい、とても恥ずかしい考えを抱いておりました(笑)


そして今年度4月から、バリバリの一斉授業、笑いあり(涙はない)の授業をしていました。


これが間違っていたとは言えません。


さっきも書いたように、効率は落ちますが、これでも『学び合い』の考え方を用いた授業ができるのだから。


そして7月。


あの感覚が忘れられなくて(麻薬みたいだな笑)我慢できなくなりました。


算数の授業で『学び合い』の方法論をふんだんに用いた授業に挑戦してみました。


若干今年度の振り返りも入りましたが、次回へ続く。

2017-03-29

ようやく…

22:09

ようやくいろいろなことが落ち着きました。


もうこれで大きな引っ越しは最後にしたいなと。


しばらくブログ更新が滞っていましたが、明日からはいつもどおり、どんどんやっていければと思います。

2017-03-26

引っ越し

22:08

引っ越しがようやく終わりそうです。


振り返ると、現任校の職員用図書の本棚のあの場所に、スタートブックが置いていなかったら、


今は全く違う道を歩んでいたのだと思います。


明日赴任校に行きます。

2017-03-23

明日は修了式

22:34

明日は修了式。1年後、自分はこのブログに何を書いているのだろう。

2017-03-22

教科書づくり 作品紹介①

19:45

ある子が作ったこの教科書から始まりました。

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これを見た他のトップランナーが追随し、他教科でも魅力的な教科書を作ってくれました。

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コツコツと1人で作り続けた子の教科書です。すごい。


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2017-03-21

フルの『学び合い』で教科書作り

22:46


フルの『学び合い』による、各教科の教科書作りが終わりました。


たぶんこれだけ時間をかけた取り組みは、もうしばらくできないでしょう。


結論から書くと、魅力的な教科書がたくさん生まれました。


はい、3年生でも教科書作り、いけます。


このブログを見ている方の中で、どんなものかあまりイメージがわかない人もいるかもしれません。


なにしろ1年前の自分は、道徳の…副読本をつくる…???といった状態でしたので。


できる限りたくさんの写真を載せていこうと思います。

strongmind222strongmind2222017/03/21 23:08ということは、中学生でもできますね。
来年度、やってみます。

jun24kawajun24kawa2017/03/22 07:14でしょ、でしょ。
来年以降は、もっと簡単だよ。
その作品をみせて、「これよりいいものを」と言えばいい。
4,5,6年生だったら、「3年生でも、これだけのものができたんだよ」と言えばいい。
一番最初が大変で、あとは、楽です。
インターネットを使わせ、カラープリンターとデジカメがあれば十分です。

yudai7-iyudai7-i2017/03/22 14:38スターさん
素敵な教科書を作ってくれますよきっと。

西川先生
素晴らしいモデルがたくさんできました。何よりも、大きな財産になります。

2017-03-20

今年度

22:06


いろいろな人の年間を通しての振り返りを丁寧に読んでいきたいです。


自分も、つらつらと書いてきたことを一度まとめてみようと思います。

2017-03-17

わくわく

19:54


新しくいろいろなことが決まりました。


わくわくします。


手法にこだわらず、考え方としての『学び合い』をじんわりと広めていけたらなと思います。

2017-03-16

もうすぐ

22:07

明日は卒業式。


気付けばもう修了式。


別れの日が近づいています。


この学校で本当にいろいろなことを学びました。

2017-03-15

一目でわかる

19:25

学習指導要領 新旧対照表一覧


http://www.gakuto.co.jp/sidouyouryou_hikaku/


これ、めちゃくちゃおすすめです。


現行の学習指導要領から何が変わったのかが、一目でわかるところがいいです。

ogymogym2017/03/16 23:28ありがとうございます!

yudai7-iyudai7-i2017/03/17 19:55お役に立ててうれしいです!

2017-03-14

「まねぶ」文化

20:08


クリエイティブ・シンキングの手法を用いた課題。


STAR日記で取り上げられているような、「図表にまとめる」や「プレゼンシートにまとめる」のような課題。


学び合い』の考え方とこの課題の出し方は非常に親和性が高いと思います。


以前の講座で実際に授業を受けてみてそう感じましたが、これは小学3年生でも十分に適応できます。


特に小学校においては、全教科でこのような形の課題を出すことができるので、日に日にまとめ方が上達してくるのを感じます。


何よりも教師が子どもたちの学習成果にひどく感心する頻度が増えるので、そこから滲み出るものが教室内に安心と安定をもたらす…はずです。


はず…というのは、少々困っていることがありまして…。


それは、「まねぶ」という文化がクラスに根付いていないことです。


「学ぶ」ことは「まねぶ」こと。


この価値観が教室に浸透しきっていません。


このような創造性を活かす課題においては、2,3回語っただけでは分からないような子が、集団のキーファクターなのだと思います。


その文化が本当に根付くためには、年間を通して、折に触れて伝え続ける必要性があります。


自分のアイデアを他人に使ってもらい、それが別の形で返ってくる。


「情けは人のためならず」は自分にとって得であることを実感してもらわなければいけません。


自分のやりたいことも相まって、「まねぶ」教室を創っていくことは、来年度の課題です。

2017-03-13

『学び合い』失敗本を読んで 第5章

| 20:30

【私一人ではとても対応できない状況も、『学び合い』なら、私だけでなんとかしようとするよりもよほどいい、ということを実感することができました。】

このことは、ものすごくわかる。最初に見た純粋な『学び合い』の授業は衝撃だった。一斉授業に適応が難しい子も、友達と楽しそうに学ぶ姿が教室内のいたるところで見られたからだ。この説得力は大きい。そこから、先生が教科内容を教えなくても子どもたちは自分たちで学び続けることができる→先生は教えてはいけないという飛躍が起きてしまうのだろう。今でも覚えているが、やっぱり昨年の9月の段階で私は、そのような意識を持っていた。「先生が教える必要はない」から「先生は教えてはいけない」というような。それは何度も書いているように、『学び合い』を考え方ではなく、手法としてとらえていたからだ。この本を読みながら少しずつではあるが、自分をメタ的に見ることができるようになったと思う。


【手ごたえをつかんだ私は、新しい赴任校でも『学び合い』をするべく、張り切っていました】

まさに今の自分だ。


【その理由を一方的に「説明」しました。説明すればわかってもらえると思ったのです。】

ここら辺については、来年度のもろ課題となってくるところだ。どうしても「説得」しようとしてしまう。でもそれだと、言葉の節々に「どうしてわからないの」というニュアンスが含まれてしまう。それが関係を確実に悪化させる。今年度の自分を振り返ると、自分にはその傾向が強かったように思う。来年度もこのような場面がきっと訪れるだろう。大切なのは、『学び合い』が正しいかどうかを説明することではない。目の前にいる子どもたちが安心して学校に行けているかどうかだ。


【その拒絶反応を無理に解消しようと説明・説得しようとしたことが感情的な衝突にすり替わってしまいました。】

やっぱりそうみたい。『学び合い』理論は隙がない。あらゆる疑問に対して即座に答えることができる。だが、その隙のなさが現場で折り合いをつけて生きていくためには逆に仇となるかもしれないのだ。この傾向は、本をよく読めば読むほど強くなるのではないか。


【保護者の不安を受け取ったうえで、解決策を一緒に探す行動をとったことでしょう。】

まさに教師の姿勢、在り方が問われている。何を言ったかではなく、誰が言ったかという言葉があるが、『学び合い』理論を説明・説得できたかではなく、どのような姿勢で保護者に向き合ったかというように言い換えることができる。

集団はシンプル 個は深遠

19:01


「集団の原則はシンプル。だからこそ厳しくできる。逆に個は深遠。深みにはまったら地獄を見ることになる。」


Facebook上で実践者の先生が使われていた言葉です。


こんなニュアンスだったと思います。


本当にそう思います。


個は深遠。奥深く、あまりに深入りすると思いがけない目にあったりします。


一番の難点は、予測がつかないことにあるでしょう。


しかし、集団はちがいます。


このことはものすごく大事なことだと思います。

2017-03-12

折り合いをつけるのは…

| 11:38


学び合い』失敗本を読み終わりました。


章ごとのまとめは、また書いていきたいです。


最後まで読み終えて、新たな気付きがいくつもありました。


その中の1つ。


3月9日の時点で自分は、折り合いをつけるのは、子ども、保護者、同僚、管理職と書いています。


肝心なところが分かっていませんでした。


昨年度、今年度を振り返る。


あの時、あの時、あの時…


何よりも折り合いをつけなくてはならなかった相手は、自分だったのか。

2017-03-11

すてきな本です

21:10


思いもしない所で、とてもすてきな本が手に入りました。


教師が読むノート術の本はたくさんあります。


この本のいいところは、それが子ども向けにアレンジされているところではないでしょうか。


子どもが読むことに特化されています。


教科別にこれでもかというほど、ノートのまとめ方が載っています。


かわいらしいアイコンの描き方も丁寧に書いてあります。


これを、さりげなく教室においておこうと思います。

2017-03-10

ニューアイテム

19:38

花粉症で体がだるい…。


今日は、自宅で使っていなかったプリンターを、教室に持ち込みました。


誰か教科書作りなどで利用してくれたらなぁと。


一部の子たちにはヒットしたようで、もうツールとして使っています。


このツールのいいところは、教師の予想を見事に裏切ってくれる作品がいくつもできること。


そして何より、教師が心の底から授業を楽しむことができる。


これは大きいです。

2017-03-09

キーワードは安心感

| 22:15


4月…新天地での学級開きは、手法は様々なものあれど、『学び合い』の考え方でやっていくことは決めています。


そこで、絶対に避けなくてはいけないのが、


〈子どもの不安→保護者からのクレーム→管理職との衝突→同僚との軋轢→子どもの不安→…〉


と、終わることのない負のスパイラルに嵌ってしまうことです。


実際にそれに近いものを味わっただけに、新天地1年目でそれが起こるなど、想像しただけでも胃が痛くなります。。


まずは、


子ども 

保護者

同僚

管理職



それぞれに安心してもらわなければいけません。


それぞれと折り合いをつけなくてはいけません。


失敗本を読んでいて思いましたが、キーワードは「安心感」だと思います。


まとめなし・板書なし・語り以外は任せる・先生は教えないよ


これらのみが『学び合い』だ、という誤解は自分の中で解けたと思います。


つまり頭の中で、手法が先行してはいけないということ。


失敗本にも書いてありました。


どう見ても従来型の授業なのに、育った集団は『学び合い』のテクニックで育った集団以上と。


学び合い』は考え方であり願い。


柔軟にしたたかに、謙虚に取り組んでいきたいです。

2017-03-08

『学び合い』失敗本を読んで 第4章

| 21:29


第4章を読み終えました。


セオリー通りに集団をコントロールしていけるからこそ、慢心が訪れるのですね。

今年度そこそこうまくいった自分は正直今、天狗になっています。過去のブログなどを見ていると、なんだか恥ずかしくなってきます。何を偉そうにと思います。

気を付けなければいけませんね。


【この言葉の裏にある意図をきちんと説明することもできず、突き放すような言葉を連発しました。】

2章でもありましたが、やっぱりこの失敗は本当に多いでしょうね。現に私もドンピシャです。


【結果として、子どもたちは「先生が急に冷たくなった」と感じたようです。】

そうそう!この流れも同じです。


【そのときに子どもたちが浮かべた安どの表情は、今でも忘れられません。】

子ども集団は、完璧ではない。大人と同じように、可能性も持っていて、失敗もたくさんする。年度当初は、突き放すことを先行して考えることよりも、まずは子どもたちを安心させることが大切なのでしょうね。


【子どもたちの姿が素晴らしいあまりに、「子どもたちに任せておけばなんでも大丈夫」と思ったことです。】

これは、初めて『学び合い』の考え方で授業に取り組んだ人が最も陥りやすい失敗の1つかもしれませんね。あまりにも衝撃的な故に、子どもは完璧なものだと誤解してしまいました。ちがいますね、子どもは有能ですが、大人と同じくらい愚かでもあるんですね。大人と同じように、たくさんの失敗ももちろんします。



【心の底から出ていない言葉は、話半分で耳から出てしまっていました。】

あぁ、あるある。理論が強力だからこそ、こう語ればいいんでしょとなってしまう。その慢心からくる油断で、だれてしまうのだな。


【教師の話は、話半分に聞けばよい文化が出来上がってしまったのです。】

自分の話が上滑りしていると思ったことは何度もあります。そういうときって、どんなことを話しているのだろう…。やっぱり「思い」よりも「理論」が先行して、「こう語ればいいんでしょ」となってしまうのだろうな。


【他者とどのようにかかわるか(またはかかわらないのか)】

仲よくではない。折り合いをつける。自分にとって一番良い方法で課題を達成するためには、時として一人になることも有効な選択肢の一つだ。そして、それができる人になってほしい。今の自分の中の大きな課題です。

ワクワクしてくる

19:39

この1年で分かったのは、緩やかな協働でつながった子どもたちの学びには限界がないこと。


そして、子どもたちに限界がない学びを求めてもいいのだと確信したこと。


つまり、日本を変えろと本気で求められるんだ。


ワクワクしてきます。


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strongmind222strongmind2222017/03/08 19:52いやぁ、なんだか楽しく学べそうですね!
見てて嬉しいです(^^)

yudai7-iyudai7-i2017/03/08 19:58まとめ方に関しては全く何も口を出していません。図表にまとめるという課題は、3年生にできるのかと思っていましたが、できるんですね~!

2017-03-07

『学び合い』失敗本を読んで 第3章

| 20:19

【『学び合い』を導入した経緯が特別支援の子どもが変わること】

今年度の学級で『学び合い』を導入した際には、私には特定の個人のためという意識がなかった。でも、導入してからしばらくすると、ある特定の個人が激しく浮き彫りになってしまうような状況が生まれてしまった。

一斉授業内では私語もしない、従順に言うことも聞いてくれる、教師にとって都合のよかったその子。その子が、あるときからものすごく荒れた。荒れたというのは、暴言とか暴力とか、そういう意味ではなく、とにかく対人的なコミュニケーションがもううまくいかず、それをきっかけに廊下に行ってしまったり、一人だけあえて机を教室の隅に寄せて突っ伏してしまったり。そんなことがあった。

そこからだろう。私がその子にフォーカスしすぎた語りをしてしまうようになったのは。そこからだろう。一部の子から『学び合い』に対する批判の声が聞こえ始めたのは。この重なりは偶然ではないと思う。


【学級全員がその一人なのだという認識が私に欠落していた】

上に挙げた「その子」に関連して。

あの時は、「その子」を見捨てさせまい、第3章を書かれた深山先生のような、全体を俯瞰しているようで実はしていない、といった状況になってしまっていた。

一人も見捨てないとは、言葉通り、「その子」を見捨てないと誤解していた。

子どもたちはゆっくりと時間をかけながら、教室からはみ出してしまうその子と丁寧に折り合いをつけていこうと奮闘しているのに、集団を信じられなかった私は、1時間1時間ごとに難癖をつけるように得ではなく徳を語っていた。


【あなたのやる気の問題なのだという考えが語りとなって口から出てきます】

まさに根性論な語りをしていた。

つまり担任にとっての良し悪し、機嫌が、2割の子が動く基準になっていった。

ちがうと今ではわかる。

そうであれば、求められているものが常にぶれ続け、この学習が何なのかが分かるような子であっても、理解することに時間がかかってしまう。


【そのような私の考え方では『学び合い』の授業がどのようなものかを子どもたちに理解させることはできません】

自分自身が得をするものという視点が欠けていた。…というか今も欠けている気がする。

今になってもなぁ…難しいなぁ。


【継続する場合に教師の言動は、授業中も授業以外も一致していなければならない】

来年度の課題はこれだ。

朝教室にいるときのちょっとした時間、授業後の5分休み、廊下を歩いていてすれ違ったとき、昼休みに小さないざこざを目撃したとき、忘れ物をした子が寄ってきたとき、事務的な質問をされたたとき、そのときに教師がどんなことを言ったのか、どんな対応をしたのか、その一挙手一投足すべてを子どもたちは見ているのだ。

今年度の自分は、あまりにも子どもたちとの距離が近すぎたせいで、このような日常生活の様々な場面において自分という存在が過刺激になってしまったような気がする。

でもここで、じゃあ来年度は子どもたちとの距離感を…と意識しすぎてしまうと、たぶん私の場合冷めた対応になりすぎて、昨日書いたような、子どもたちの不安を増大させる教師になってしまいそう。

だから、本当に何度も書いているけど、距離感なんだよなぁ。


【最終的には、子どもが『学び合い』を理解してくれたことによって、保護者はクレームを言わなくなりました。】

昨日も書いたけど、テストの平均点が上昇したことによって、多数の子が自分にとってこの学習は得だという認識に至ったのだろう。自分たちだけで本当にやっていけると自信がついたのだろう。ある時を境に急にモードに入り、そこら辺から一気にいろいろないざこざがなくなっていった。




第3章を読んでいると、「その子」の顔が何度も頭に思い浮かびました。

一人も見捨てないを特定の個人にフォーカスしすぎてしまうと、自分の学びが『学び合い』においていいことなのかどうか、不安に感じる子どもたちがいるということですね。

ちなみに「その子」は今は人が変わったように集団に溶け込めています。はっきり言ってきっかけが分かりません。でも何かあったのだと思います。だんだん『学び合い』がどんなものかわかるようになってきて、「その子」にあまり意識がいかなくなったからかもしれません。

でも何より、その子が変わったということよりも、周りの子が変わっていったということなのでしょうね。

chaso120320chaso1203202017/03/08 21:20徳ではなく、得である、というのがつかめるときと、するりと抜けるときがありましたが、先生のブログを読んで、またイメージがわいてきました。ありがとうございます!

yudai7-iyudai7-i2017/03/09 20:54ありがとうございます。言葉では語れるのですが、心に落ちているかと言えば、まだうーんといった感じですね。本当に、まだまだです。

2017-03-06

『学び合い』失敗本を読んで 第2章

| 21:27

【最初は一部の子の反発でした】

これ、9月から始めたときにあったなぁ。しかも言ってくるのは学力的に上位層。

そのときの私は、方法としての『学び合い』をしていたから、これこれこうすればうまくいく、これこれはやってはいけないと思考停止していた。

だからあの時は、教えないことに拘っていた。教えないことが『学び合い』だと思っていた。


【方法としての『学び合い』は苦痛】

子どもたちを突き放すことが願いではなく、方法論として先行してしまうと、子どもたちの言動の裏にある本心にフォーカスできなくなってしまう。

そこから子どもたちとの不和が起こり始める。私は最近、口癖のように「任せる」「任せる」と言っているなぁ。

いま思えば、私に頼ってくる子どもは何を考えていたのだろう。

私はその気持ちを理解しようとせずに「任せる」と言っている。方法論としての「任せる」と願いとしての「任せる」はちがう。


【自分自身で納得ができなければ自信につながりません】

これがテストの平均点が上昇したという結果によって自信になった。

いまのクラスはたぶんそう。

しかし、違うクラスだったら。なかなかテストの点があがらなかったら。私の場合、たまたまかもしれない。

そういうクラスだった場合、テストの点以外で何を自信とさせていくのか。

それはやっぱり、認められることが必要なんだ。

なんにせよ、テストの点への拘りは必要なのだが、それもまた、方法論として先行してはいけない。

この子たちの一生の幸せを決めていくもの、願いとして先行しなくてはいけない。


【教えることによって学び合う集団が崩れてしまうのではないか】

これについては、最近、学び合う集団というよりも、それを学び続ける集団にシフトしていけばいいと考えるようになった。

それによって、教師が教えることも価値づけることができる。

自分にとっての最善の方法で目標を達成すること。

その中に教師を頼るという選択肢があってもいいのではないか。

肝心なのは、依存させてしまうこと。それを解消するには、やっぱり願いを滲み出すということなのかなぁ。


【私自身の表情も段々と綻んでいく感じがしました】

目の前で自分の力を高めようと頑張っている子たちに、純粋に感心するというのは本当によくわかる。

にっこりと子どもたちを見ているその時の教師の醸し出すものは、確実に集団を安定させると思う。

その好循環に持っていけば、持続向上型になるんじゃないだろうか。

それには、方法論として拘っていた「教えない」ことから解放される必要があるんじゃないか。

『学び合い』失敗本を読んで⓪

| 20:40


たった今、第2章、二ツ橋先生の書かれた文章を読み終えた。


自分の抱えているものといくつか合致すればいいな~と思っていたのだが、


いきなりドンピシャじゃねぇか(笑)


これは、ここに書き記していく価値があると思います。


この本を読んで感じたこと、考えたこと、疑問をリアルタイムでここに綴っていくことで何か得られるような気がします。


というわけで、『学び合い』失敗本を読んでという新たなカテゴリーを作り、章ごとの感想などを書いていければと思います。


いよいよ自分の中の思考基地としてこのブログを活かしていけそうだという実感がわいています。。

ほどけていけば

18:39


今日から、この2冊の本を読み進めていく。


学び合い』の考え方で実践されている多くの先生の在り方に触れることで、


少しでも自分の中のいろいろな縛りがほどけていけばいいなと思う。

soulbombersoulbomber2017/03/09 21:13私も届いた「失敗本」一気読みしました。最初の章で「これ自分のことだ…」と思ったのに、その後全ての章が自分のことに思えてきました。こうして1つ1つ振り返る価値のある1冊ですね。

yudai7-iyudai7-i2017/03/09 22:27そう思います。私は1日に1章読み、その内容について学校で子どもを観察しながら考え、帰宅後に次の章を読み、ブログにまとめるというサイクルをとっています。この本は噛めば噛むほど味が出るするめみたいな本ですね。

2017-03-05

シンプルなセオリー

21:55

有効なのは個ではなく集団。


集団に対して強力に機能する。


このシンプルなセオリーをもう一度胸にとめながら、


明日からの1週間を過ごしたい。

2017-03-04

まだまだ

20:08

まだ呪縛というか、いけないなと思う価値観に縛られているようです。


これが治るとはあまり思ってません。


鍵は子ども集団との距離の取り方でしょうね。

2017-03-02

ポメラを購入

20:50

キングジム デジタルメモ ポメラ DM100 ブラック

キングジム デジタルメモ ポメラ DM100 ブラック


ポメラを買いました。


必要最低限の機能しかありません。


でもそれがいいのかも。


特に、ネットに接続できないところがいいと思います。


とにかくいろいろなサイトを覗き見してしまうので。

2017-03-01

やっぱり、学び続ける集団だ

19:48


やっぱり、学び続ける集団だ。


学び合う集団というよりも、


学び続ける集団のほうが今の自分にはしっくりくる。


この視点が、1年前の自分には決定的に欠けていた。


子どもが学び続けられるための環境づくりを行えばいいのだ。


どこでやってもいい。どの順番でやってもいい。どのようにやってもいい。どこまでもやり続けていい。


その中の、誰とやってもいい、つまり協働はあくまで選択肢の一つでしかない。


どのような手法であれ、それが展開されている教室において、一人も見捨てないという教師の願いが一定数の子どもに届いていれば、それは『学び合い』になるのだ。

学びのカリキュラム・マネジメント

19:27


学びのカリキュラム・マネジメントの本を読んでいて思ったこと雑記。


国語・算数・理科・社会など、教科をごっちゃにした『学び合い』をする。


そこである教科に関して学習したことを他の教科に関連づけ、生かそうとする子が現れる。


その子のしていることを全体へ可視化し、価値づける。


「その子のしていること」の分かりやすい媒体となるものの1つがレポート。


よって、書くことを中心とした国語科との関連が重視される。


ということ?


でも、それで教材研究がやりやすくなるということにまだ合点がいかない。


だって、複雑になっていかないの??


ん?レポートという書く活動を軸になっていることが関係してる?


何が重要か考えたら、こう思う。


学びのカリキュラム・マネジメントには教科の時間をごちゃごちゃにし、『学び合い』の考え方で授業を行うことが有効であるかもしれない。そして教科間の学習内容を転化、横断させやすい媒介となる何かが必要?


ん~今日はここまでだ…。