Hatena::Groupmanabiai

yudai7-iの『学び合い』日記

奈良県の小学校で教えています、教員歴3年目のyudai7-iです。『学び合い』の考え方で実践をはじめて2年目です。1年目はまったく思うようにいかず、2年目はその失敗の反省を踏まえて取り組んでいるところです。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2017-02-21

神髄

19:15


まだ余韻に浸っています。


出張先。


閉会の言葉で年配の先生ががこう言ったのです。


「○○(教科の名前)で学校を変える」


その先生の願いが強烈に伝わりました。


心の底から信じていないとあんな語りはできません。


いろいろな迷いを振り払ってきた先にしかないもの。


何を語るかではない。


何を滲み出すか。


あれが教育の神髄だと思いました。

2017-02-20

自分たちで

18:49

子どもたちは本当に大変だ。


みんなが伸びやかに暮らしていくことのできる社会を、自分たちで創っていくことが求められているのだから。


でもそれって必要なことだ。


それを丁寧に積み重ねていくことのできる場所は、学校しかない。

2017-02-19

大阪備忘録

19:40

忘れないうちに今頭に残っていることをとにかく書き出す。


2日間という時間は、自分にとって膨大だった。


信頼ベースについては表面的な理解がまだまだ多い。


本は持っていながらなかなか読み込めなかったから、今回の講座をきっかけにまったく違う読み方ができそうだ。



・チャレンジバイチョイス

・初期の音読指導での見通しの持たせ方

・チャレンジの設定に段階がある、易から難へ

・課題の出し方。結論を示す。それを前提とする

・全文を見ざるを得ないような課題

・プレゼンシート

・テストについて

・振り返りジャーナルについて

・オープンクエスチョンのゴール

・ホワイトボードミーティング

・オープンクエスチョンの深度

・赤はよかったこと、こまったこと

・青はこれからどうしたいか

・発散と収束の時間配分

・ジャーナルを失敗するということ

・ゴール、登頂までのルート、登り方、遭難者が出ないような配慮

・声の大きさ、いいときに全体に可視化

・なぜ『学び合い』を失敗したのに続けるか

・先生が歩き回るのは思っていた以上に目立つ

・児童への心配、不安。それが動きに出ることを「自覚」しているのか

・サークルにして音読すること

・君たちの問題なんだよ

・持続的で伸びやかな社会をつくっていくという責任

・『学び合い』は自由で楽なように見えて

・どういう社会をつくりたいかの展望を伝えること

・場をホールドする

・合唱における比喩という技術

・日本語が日本語にきこえるように

・分布を取る→まわりをみてください

・ジャーナル→書かせようと思ったら失敗する。上機嫌で

・情報読みと黙読

・ファシリテーションに誘われて

・同じことを繰り返しすることの

・ペアインタビュー、失敗するのが当たり前

・最初は教師が子どもと

・フィードバックという技術

・絵本の読み聞かせ

・怖い話を求めてくるということは

・会社活動での逆転現象

・8つの力と会社

・わたしの構成要素

・すきなことを話してもいい

・多様な承認し合う関係を

・授業と授業外のメリハリ

・授業外を授業に持ち込む

・『学び合い』みんなの前で活躍したいという子ども

・WB 4つに分ける

・~~があるのですが、

・まわりをきくとモデルがいるよ

・部分でとって戻ってきて合わせる

・マルチピザ

・振り返りの焦点化、その時間で学んでほしいこと

・教室を創ることを目的とすると

・将来の町づくりの基本になる子ども集団をエンパワーメントする

・大人になったこともたちの未来、コミュニティを

strongmind222strongmind2222017/02/19 21:48ありがとうございました!ご一緒できて非常に嬉しかったです。今後ともよろしくお願いします!
私は明日、変な振り返りを書きます(笑)

yudai7-iyudai7-i2017/02/19 22:10いやぁ(笑)運命的なつながりを感じざるを得ませんでしたね。こちらこそ、よろしくお願いします(^^)

2017-02-18

大阪

22:54

やっぱり考え方が近い方と対話するのは本当に有益だなぁと今日実感した。

大阪いってよかったです。

2017-02-17

学校観が欠けていると実感

18:54


ふと、このままじゃいけないなと感じた。


あくまで私の『学び合い』は、子ども観で押し切っている、授業改善のためのものだったなぁと。


ブログを見ればわかるように、テストの結果や一時間一時間の子どもたちの動きに一喜一憂している。


つまり、今の私の『学び合い』には、学校観が大きく欠けているということだろう。


子どもたちが大人になってからの本当の幸せを、貫徹して願えていない。


いい授業をして評価されたい、つまり自分最優先の『学び合い』を、していたのだと今日実感した。