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学び続ける集団へ

愛知県の小学校で教えています。情報交換をしながら皆さんと学び合い、そして多くの人と繋がりたいです。いつでも連絡ください。なお、メールはyudai7.iとgmail.comをアットマークで繋げています。よろしくお願いします。

2018-04-22

普通の事

09:57

なんというか、今年は過去と比べて一番普通のことをやっていると思います。


一周してそういうことの大切さに気付きました。

2018-04-18

今年度は5年生です

21:27

今年度は5年生。


昨年度とはいろいろな環境が変わり、かなり『学び合い』の考え方の授業がしやすくなりました。


早速算数の中でやっているのですが、集団の動きとしては完全にセオリー通りなので、あとは何度もトライアンドエラーを繰り返させ、ひたすら改善です。

(言っちゃ簡単なのですが、ここからが難しいんだよな…)


教え方、教わり方の中途半端さや、分かっていないのにネームプレートを動かすなど、これまたセオリー通り、課題が浮き彫りになってきましたが、


しばらくの間は、これらの課題よりも、「学習の空気をつくっていこう」の一点を子どもたちに求めていきたいと思います。


これは、学期中盤からにかけて訪れる『学び合い』の持続の難しさが、やはり特定児童の騒々しさや脱線行為にその原因があることにあります。


この面では、じわじわと少しずつというよりも、担任が主導してできるだけ早くその空気を作らねばいけないと思っています。

2018-03-17

なりたくない

11:28

同僚を陰で批判する人にはなりたくないと思っていたが、昨日はそれが確信に変わった。


ただただ不快な気分だ。


きっと学級を荒れさせてしまったときの、あの無力感とか、自分を否定したくなるあの感覚とか、そんな気持ちが分からないのだと思う。


聞いていて辛かった。

2018-03-04

『学び合い』を3年やってきて

10:23


焦らなければいけない、そう思いますが、ゆっくりじわじわとやっていく必要があります。


しかしそれが不満かと言われれば、そうではありません。


この1年は自分が『学び合い』の考え方を学んできたことについて、手法から少し距離を置いたうえでじっくりと振り返ることができました。


このブログには何度も書いていますが、私は『学び合い』は手法ではなく考え方だという言葉について、はじめは全く意味が分かりませんでした。


そこを深く理解しようとせず読み飛ばし、手法に拘っていたとと思います。


だからこそ、今思えばまずいこともたくさんしてしまいました。


本を読み漁り、会にも参加し、メールでも質問をし、あのころから3年。


今では前よりもちょっぴり説明ができるようになったと思います。


まとめます。


この文脈を理解することができるようになったことが、私の教員人生に与えた影響は大きいと確信しています。


学び合い』は考え方。一人も見捨てないという考え方。


つまり、『』の部分を教育に言い換えることができるんだなと思いました。


そこに気付いたら、自分の周りの素晴らしい先生方がなぜ素晴らしいのかが分かりました。


感覚として持っていたことが、言語化できるようになってきました。


この視点を持てたことが、私が『学び合い』を学んで一番有益だと感じたことですね。

rx178gmk2rx178gmk22018/03/04 12:17久しぶりにコメントさせていただきます。結局『学び合い』というのは、教師自身が学ぶことを求められていることを示唆し、教師が学ぶことで子どもも学ぶという当たり前のことをいろいろな方便で主張しています。『子どもは親の鏡」と言います(子と親が逆の言い方もあり?)が、結局は、授業において、教師と子どももそんな関係なのかもしれません。ですから、教師自身が物事の見方を変えれば、それは子どもの姿や考え方に影響をします。「子どもを変えたい」とするならば教師自身が変わらないと無理が生じますし、そもそも教師が変わりさえすれば子どもも変わると言うことです。長いコメントでしたが、先生の記事を読んでほっとしました。失礼しました。

yudai7-iyudai7-i2018/03/04 20:22先生、コメントありがとうございます。
来年もがんばりますよ!

2018-03-03

モデル

08:30

マイクロ・ディベート第二回。


モデルとして機能させようと思った対戦の白熱さが、その後何人かの主張の仕方が過剰になってしまう影響を与えてしまった。


素直だからこそ、教師が広めようとしたものは良し悪し関わらず吸収する。


全員に可視化する子はしっかりと精選しなくてはいけないな、ということを学んだ。


それくらい子ども集団に対してモデルとして挙げる児童の影響は大きい。