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ナカダ☆ツヨシ RSSフィード


ジオターゲティング

2011-11-10

[] 05:50

 小学校の学級経営のキーワードに、「縦糸」と「横糸」がある。「縦糸」とは教師と生徒達の関係を表し、「横糸」とは生徒同士の関係を表している。「縦糸」と「横糸」がうまくつながっていれば、教室では網の目のような人間関係が構築され、たとえば教師が特定の一人の生徒とコミュニケーションをとっている時でも、その生徒とつながっている他の生徒にも教師の意志が伝わっていく。

 残念ながら、高等学校は学級経営的な視点に乏しく、そもそも生徒を個として捉えがちなため、このような概念を持ちながら日々の授業実践を行なっている教師は少ない。

 さらに、発達段階とも関連するのだが、生徒自身も自我が発達し、集団内における自分の位置を崩さないために、意図的に他の生徒とコミュニケーションを避ける傾向にある。高校時代を振り返れば、集団や他の生徒の視線を気にして、思うような行動がとれなかった経験は誰にでもあるだろう。

 昨年まで上越教育大学で学ぶ中で、この「横糸」=「他の生徒との関係」を意図的に切る必要性とその方法について持論を展開した教授がおられた。小学生はほっておいても他の児童とコミュニケーションを積極的に取る傾向にあるため、「横糸」の力が強くなり、「縦糸」=教師とのつながりをの強さを越えてしまう。その結果、教師の指示や発問が通りにくくなり、児童集団をうまくコントロールできなくなる。

 小学校では学校生活のあらゆる場面で、他者とコミュニケーションを取ることの重要性が教師により常に促されている。その結果、生徒は「友達と協力することが大切」であり、「みんなが一つにまとまるクラス」が素晴らしいクラスであるという評価を常に教師から受けている。これは明示的ではあるが、どこの小学校でも共通の学校文化、ヒドゥン・カリキュラムとなっている。

 逆に高等学校では、横糸の力が極端に弱い。つながろうとするものを切るのは比較的たやすいが、切れているものをつなごうとするのは非常に難しい。さらに、冒頭で述べたように、たとえHR等でクラスのまとまりや行事における盛り上がりの大切さを語る教員も、その大半はその場限りの指導で、普段生徒と接する中では「何を今さら高等学校まできて友達と協力しなさいなんて語る必要があるのか?」と腹の中で思っている。成績評価でも専ら考査の得点で評価し、人間関係が成績表に記載されることも決して無い。このように生徒の協力関係が評価の対象とならない学校文化では生徒同士がつながろうとはしない。さらに、私の前任校、現任校のような進学校では、最終的な目標は大学合格であり、その達成はあくまで個人の利益として還元される。簡単にいえば「他人がどうなろうと自分さえ受かればいい」ということになる。

 前任校で『学び合い』を実践した時に、「学力向上のためには個人で学習するよりも集団の力を借りた方が絶対に結果がでる。」と語ったが、結果としてはうまくいかなかった。

 現任校で『学び合い』は実践できていないが、生徒同士のコミュニケーションを活かした、英語のコミュニケーションスキル向上のためのアウトプット活動をテーマとして授業実践を行なっている。それでも昨年小学校の外国語活動で授業していたときのような、集団の凝縮力を実感できる授業には程遠い。

 切れた「横糸」をどうつなぐかという以前に、「縦糸」「横糸」論について私はかなり不勉強である。この理論については上越教育大学の赤坂 真二 教授、奈良の小学校教諭 土作 彰 先生が著名である。なかなか忙しく外に出る機会もとれないのだが、できれば両先生とお会いしてぜひ私の抱える問題についてお話しを伺ってみたい。

 

maya-1maya-12011/11/11 13:54精力的な書き込み敬意を表します。
「縦糸と横糸」を読ませていただいて思ったことですが、一見横糸の結びつきが強いようにも思いますが、小中学校段階でも、実は十分ではないわけで、『学び合い』の導入してしばらくは、いろんな方法、手だてを一時棚上げすることが賢明であるといわれますが、これも横糸が十分に結べるようになるまで縦糸(つまり指導的なこと)をゆるめることが意味を持ってくるのだと解釈します。横糸の結びつきを求め、全ての横糸がつながることをねざすと考えたいです。

twoyoshitwoyoshi2011/11/12 02:30お久しぶりです!コメントありがとうございます。生徒が勝手につながることは「横糸」とは呼べないのかとも思います。