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この記事を何度も読んでいる。
特に心に残っているのは、
総社市長の言葉で
「障害を持つ方はだいたい4%いると言われている。僕らが背負って生まれるべき障害を代わりに持って生まれてくれたと考えると、96%側に生まれた僕らは、彼らに居場所を提供しなきゃいけないと思うんですよ。」
とか、
「企業の障害者雇用枠が何パーセントとか、そういう考え方ではなくて、『戦力』として考えてるんですよ。実際に雇用した会社は徐々に分かってくる。障害者一人雇ってみて、職場の団結力が上がったりするんです」
とか。
こんな市がどんどん増えるといい。
私は教育の世界で、自分の小さな力を大きな流れの後押しにしたい。
昨日から、チームって何かを考えている。
どこの講演や講話でもよく聞くのが「チーム学校」「組織的」だ。
1人のスーパースター先生ではなく、チームで。
西川メモではよく見ることだが、本当に国がそういうことを求めているんだなあと感じる今日この頃だ。
チームであるとは…
カバーし合うこと?
互いの様子や状況をよく知ってて、補い合ってること?
となると…
普段から気軽に話ができる間柄ってことか?
誰も孤立しておらず、誰かしら繫れる人がいる状態ってことか?
なるほど…雑談が多発する職場ってこと?
今日の結論
「チームである、組織的であるとは、雑談ができてるってこと」
子ども集団も、そうなんだろうな〜。
教育テレビの番組を録画していた。「ハートネットTV」という番組だ。
2回分見たが、はからずも涙してしまった。
相模原の事件から3カ月経ってのことを生放送でとりあげていた回と、知的障害者がメンバーである長崎の「瑞宝太鼓」の回だ。
誰かに、自分の大切な人を託して死ねる…これは死ぬ前に一番の安心だと改めて思った。託すどころか生活の場、働く場さえ確保できず、老いる自分と抱える障害を持つ我が子をこれからどうしようかと悩んでいる親御さんの姿は胸に突き刺さった。
「瑞宝太鼓」は知的障害者の施設での余暇活動から始まったものらしいが、そのレベルの高さだけでなく、運営する法人が恋愛や結婚を推進していることも感激だったし、もう1つはメンバーがかなり喋れることにも驚いた。
と同時に、今、勤務校にいる知的学級のある男の子(人懐こいが会話ができない)のことを思った。意思疎通ができないと、なかなか特技を伸ばしてやることも難しい。彼も偶然太鼓や神楽が大好きだが、日常的には、時間通りに行動できないことが多いので、周囲の頭を悩ませながら、でも、元気には生活している。
彼のように、比較的、障がいが重いといわれる特性があっても、安心して生活や仕事ができて、親も安心して子どもを残して逝ける、そんな世の中にしたいなぁ…