愚直に叩き続けろ ~tokucyoの頁~

                                                               

13年08月07日(水)

ちょっとした変化…さて、どうする

07:27




6月に校内研修で『学び合い』の授業を見ていただきました。

先生方が概ね肯定的に受け止めてくれたので、ちょっと驚きでした。

ある方が「自分もやってみたい」と言うので、スタートブックをお貸ししました。

(その先生は、ステップアップをご自分で買ったそうです)



夏休みに入って中教研がありました。

校内研修の授業について発表をしました。

その後、ものすごい質問攻めに遭いました。

質問のほとんどは「なぜ教師が介入しないのか?」というものです。

そして、助言の先生からは、

「試みとしてはとても面白い。

生徒に任せることで自主的な活動になるのはわかる。

それを積み重ねることで生徒の力がつくのもわかる。

だからこそ、もっと意図的に教師が関わらないともったいない。

任せるだけでは力がつかない。」

そんなご指導をいただきました。



何日かたったある日、

同じ国語科の先生がこんなことを言いました。

「中教研では、先生の授業、みんな気になってるんですね。

でも、自分の授業と違いすぎるから、戸惑いがありますよね。

指導案と説明だけ聞いちゃうと、違うところばかり見えてきて、

どうしても批判になっちゃいます。

あの授業を見てたら、もう少し分かってもらえるんですがね。」



ちょっと意外な発言だったので、びっくりでした。

後で聞いたところによると、この先生は、

私の研究授業の後、学び合いチックな授業をされたそうです。

バリバリ一斉の方なのですが、ちょっと考えることがあったようです。



でもね…

私が意識しているのは『学び合い』です。

でも、他の先生方は、たぶん「学び合い」なんです。



さてどうする…! です。

daitouirukadaitouiruka2013/08/08 21:28学び合うことで生徒たちが「自主的」になり「力がつく」ことは認めてくださっているのですね。
よかったです。
そこから一歩突っ込んで、では、「必要」と言われる「教師の介入」について、「どのようなこと」について「どの程度」介入すると生徒たちに任せた場合に比べて力がつくのかということを学術的に解き明かしていくのが研究なんでしょうね。
聞いたわけでも調べたわけではないですが、おそらく西川研究室にはそういったデータはたくさんあって、その結果今のように削られてきているのだと思いますが。
でも、そのことをストレートに言ってしまうとケンカをふっかけているようにとられかねないので慎重に言わないといけませんよね。
議論に勝つことが目的ではなくて「何が効果があるのかないのか、ホントにみんなで研究していきたいんです。」っていう気持ちを乗せて伝えないと。
教育の目的を達成するために『学び合い』より効果が証明されるものが出てきたのなら、すぐにそちらに移行する柔軟性は持っていたいです。

tokucyotokucyo2013/08/09 08:47daitouirukaさん、丁寧にコメントしていただきありがとうございました。「そのことをストレートに言ってしまうとケンカをふっかけているようにとられかねない」というのは、実感として持っています。私は、どうも言わなくてもいいことまで「ストレートに」いい過ぎる見たいです。(何となく誤魔化しているような気がするのでしょうね…)それがために、妙に誤解される部分もあります。「そちらに移行する柔軟性」については、同感です。私が少し気になることは多様性を認め折り合いをつけるべきなのに、『学び合い』に縛られてしまうことで、協調性がなくなったり、柔軟性がなくなることです。『学び合い』の考えを具現するなら、方法論に関してはもっと柔軟であるべきです。頑張ってみますね!