愚直に叩き続けろ ~tokucyoの頁~

                                                               

13年03月13日(水)

流水浮木

01:43


気分的なダメダメはなおも続く…

ジタバタしても始まらないので、

心して「心穏やかに」いこうと思ってます。


でも、こういうときって、いろいろ考えます。

そんな一つ…。


「流水浮木(りゅうすいふぼく)」という言葉があります。

水に浮く丸太のように、自由自在に動く様を表しています。

昔使っていた剣道の手ぬぐいに書いてあった言葉で、

何となく、印象深く自分の中に残っています。

ただ、意味がよくつかめなかった。

辞書的な意味で理解はできても、自分の中にストンと入らない。

それが、ちょっとだけ見えてきました。


学び合い』に出会い、自分の中のブレが少なくなりました。

これは、大きな変化です。

それまでの自分は、ブレブレにブレブレを重ねてきました。

臨機応変という名の、行き当たりばったりです。

何がブレを生じさせるのか…?

子どもたちの姿です。

ブレたくてブレるんじゃありません。

目の前の子どもたちに、どう対応する?と考えたとき、

その場ではベストだと思ってやっていても、

結果的に、一貫性のない半端なことをしちゃってました。


その一貫性が、『学び合い』によって得られました。

これは、自分のこれまでの歩みにおいて大事件です!


ところが、少し違った感覚もあるんです。

ブレなくなったのは事実。

でも、「ブレない」ことに縛られて、

目の前の子どもたちを見てないんじゃないか?

という感覚です。


それに、「ブレる」って何?

ブレているのか、ブレていないのか、

その場その場で、きちんと判断できていたの?

かなりグチャグチャになりました。


そんなときに、ふと思ったのが「流水浮木」です。

水の流れを子どもたちだとすると、

それに浮かぶ丸太は、『学び合い』です。

流れにのった丸太は、右に傾き、左に傾き、

逆さになったり、飛び跳ねたり、

自由自在に動いてまわります。

でも、決して沈みません。

沈んじゃったかな?と見えても、

次の瞬間、ガバッと浮かび上がります。


なるほど。

そういうイメージで捉えると、ちょっと進み出せるかも…。

と、自分一人で了解しました。


これからは「ブレない」ではなく、「沈まない」でいこうかな。