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相互依存を追いかける このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ハンガリー・カーロリ・ガーシュパール大学の若井誠二(わかいせいじ)です。日本語教師です。10以上年前より学習者自律に関心を持ち、現在は学習者自律を支える「相互依存」を追いかけています。そして『学び合い』が相互依存の1つの形かなと思っています。(ご連絡等はszeidzsiアットマークfreemail.huまでお願いします。)

2012-11-30

価値としての複言語主義がCEFRに細かく記述されない理由

| 01:14 | 価値としての複言語主義がCEFRに細かく記述されない理由 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 価値としての複言語主義がCEFRに細かく記述されない理由 - 相互依存を追いかける 価値としての複言語主義がCEFRに細かく記述されない理由 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

複言語主義には「能力としての複言語主義」と「価値としての複言語主義」があります。前者は「複数の言語を使って異なる母語を持つ人たちとやりとりができる」ことが目的です。後者は「複数の言語・文化を学ぶことにより、異言語・異文化に寛容になる」ことが目的です。

ただ言語教育では前者については細かい記述がありますが、後者に関してはそれがありません(例えばCEFR)。その理由はいろいろあると思いますが、個人的には「それが普通」だと思います。

言語を通じて学ぶ異文化というものはあります。ノンバーバルなコミュニケーションは異文化と強く関係しています。また例えば「~てあげる。」「いただきます。」「おはよう」みたいな(文法)表現も文化が絡んでいるはずです。

しかしそれ以外のものは、必ずしも外国語の授業でしか学べないものではありません。他教科(文学、地理、歴史、音楽、体育)でも学びますし、教室・学校外での知識や経験にも大きく影響されます。

あえて外国語の授業の特徴を言えば、授業で学ぶ目標言語でそれらのテーマについて話すか否かぐらいです。

というわけで外国語の授業の枠内だけで「文化」を強調し学ばせようとするのではなく、学校などの場合だと例えば他教科の教師と連携を持った方が健康的だなと思います。

もう1つ、異文化や異言語を個々の差異としてとらえる考え方もあります。この場合も、外国語の授業だけで解決するものではなく、学校の場合だと他教科の教師と連携する方が健康的です。

ogymogym2012/12/01 18:54自分で自分の成長を確認する、それを日常的に学び手が行えて実感している
今までそれほど意識した事はありませんが、とてもいいことのように感じました。

szeidzsiszeidzsi2012/12/01 19:45ogymさま
ありがとうございます。言語教育では自分が目標言語を使って何ができるようになったかを記す「ポートフォリオ」とか「パフォーマンスチャート」という道具がありますが、こういう自然な形で自己評価ができる人はすごいなと思います。

MurakamiMurakami2012/12/02 03:30交換留学生の記事、たいへん面白かったです。

szeidzsiszeidzsi2012/12/02 06:10Murakamiさま
ありがとうございます。はてなスターのお返しをしたかったのですが、はてなブログにたどり着けずお返しできていません。すみません。

2010-10-07

ハンガリー人にもきっと役に立つ

| 19:40 | ハンガリー人にもきっと役に立つ - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - ハンガリー人にもきっと役に立つ - 相互依存を追いかける ハンガリー人にもきっと役に立つ - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

欧州評議会の言語教育政策は、言語教育という性格から、言語(外国語)と(外国語)文化の関係にこだわりがあります・・・が、言語と文化を「わたしのことば」と「わたしの文化」という視点でみると・・・・(言語教育に限る必要はないですけど)『学び合い』は欧州評議会の言語教育政策を強くサポートする武器になると強く感じます。

CEFR第1章1の記述・・・

異文化を意識した教授法の中心的目標は、学習者が言語と文化に見られる異質性を経験することによってその人格全体を豊かにし、アイデンティティー感覚が好ましい方向に発展するように手助けすることである。


欧州会議大臣会議勧告文R(82)18の前文の一部・・・

ヨーロッパにおける多様な言語と文化の豊かさは価値のある共通資源であり、保護され、発展させるべきものである。また、その多様性をコミュニケーションの障害物としての存在から相互の豊饒(ほうじょう)と相互理解を生む源へと転換させるために、主たる教育上の努力が払われなければならない。


R(98)6の前文の一部・・・・

より効果的な国際コミュニケーションにより、相互理解と寛容性、アイデンティティーと文化的差異を尊重する心を育てること。

ヨーロッパ文化生活の豊かさと多様性を維持し、さらに発展させること。

多言語・多文化のヨーロッパの需要に見合うよう、言語および文化境界を越えたヨーロッパ市民相互のコミュニケーション能力を具体的成果が出るまでに高める。


CEFR第1章1.2・・・

個々人の言語体験は、その文化背景の中で広がる。家庭内の言語から社会全般での言語、それから他の民族の言語へと広がっていく。その際、言語や文化はそれぞれ切り離されているわけではなく、個人内にある全ての言語と経験が寄与して新しいコミュニケーション能力が作り上げられる。


CEFR第1章1.3・・・・

複言語主義はそれ自体として複文化主義のコンテクストの中で見る必要がある。言語は文化の主要な側面であるばかりではなく、さまざまな文化的表出に至る道でもある。ある人の文化能力の中では、その個人が接した種々の文化(国家的、地域的、社会的な文化を含む)は、比較・対比され、活発に作用しあって、豊かな統合された複文化能力を作り出すのである。そうした複文化能力の中で、複言語能力はその一部として他の要素・成分と相互に作用しあう。

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痛みが伴う

| 19:24 | 痛みが伴う - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 痛みが伴う - 相互依存を追いかける 痛みが伴う - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

CEFRの目的の1つに各国共通の客観的な言語熟達度表示があります。

対象領域、内容、方法を明示的に記述するための共通基盤を示すことによって、CEFはコース、シラバス、能力検定の透明化を促進し、それによって現代語の領域で国際的共同作業を前進させようとするものである。言語熟達度を表す客観的基準を提示することにより、様々な学習背景の下で与えられている資格の相互認定も容易になるはずである。


これはその通りだと思います・・・・が、現実的には痛みや苦しみも伴うな・・・というのが今の感想です。

例えば、言語には学習者の母語によって学習しやすい言語と学習しにくい言語があります。例えば英語を母語にする人にとって日本語は最も学習が困難な言語のカテゴリーに入っています。

この事情は欧州でも同じです。ゆえに、国によっては他言語と比較して日本語の基準が甘めに作られているところがあります(現実的な学習時間というものを基準にして決められている形です。そうしないといくらやっても一定のレベルに達しないことになってしまい、その言語を学ぼうという気もおきなくなってくる・・というのが背景にあります)。

しかしCEFRの考えが広がれば、国・母語などの要素は考慮されず、欧州レベルで、そして客観的なレベルでのみレベルが設定されます。

そうなると、特に語学試験合格資格が国内での進学・就職に大きい力を発揮するような国だと、(例えば学校教育機関レベルでは日本で言う英検の3級もとれないみたいな感じになって)「日本語は効率が悪すぎる」ということで敬遠されていく・・・形になっていきます。

もちろん、それは悪いことではありませんが、欧州に日本語教育を広める・・という戦略からするとマイナスです。

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2010-09-30

CEFRと学習者自律と『学び合い』

| 19:07 | CEFRと学習者自律と『学び合い』 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - CEFRと学習者自律と『学び合い』 - 相互依存を追いかける CEFRと学習者自律と『学び合い』 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

CEFRにおける学習者自律の立場について(もう何度目かわかりませんが)CEFRや欧州評議会関連の資料を読み返しています。

直接的にCEFRと学習者自律との関係を述べている部分が少ないのですが、これまで読んだところで単純に言えば・・・

個人内の複言語や複文化というものは経験によりどんどん変化する。故に、外国語というものは生涯学び続けなければならない。

個人が複言語や複文化を身につけると、学習に対するメタ認知も強化される。

CEFRに関連して作られたELP(ヨーロッパ言語ポートフォリオ)は、self-accsessの面で学習者自律育成に力を発揮する。

.....

こんな感じです。

一方で、CEFRには複言語能力と複文化能力は不均衡などが自然とした上で、複言語や複文化の概念を拡大解釈できることにも触れています。この拡大解釈を見ると、かならずしもCEFRの言う言語と文化が密接に繋がっている必要はなさそうですが、「私の言葉」と「私の文化」という面では繋がっていると言えます。

学び合い』は、CEFR的な考えで言えば、複文化能力に強く視点を置いた教育とも言えると思います。じゃあ、複言語はどうなるの?という疑問がわきそうですが、「私の言葉」と「私の文化」という概念を使えばそれほど問題はないのでは・・という気はします。(問題があるとすれば学習言語と「私の言葉」が必ずしも一致しない・・・ということでしょうか。)

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2010-09-29

ニーズ分析

| 16:31 | ニーズ分析 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - ニーズ分析 - 相互依存を追いかける ニーズ分析 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

今日は教授法の授業でニーズ分析についてやるので自分用のメモとして書きます。

ニーズ分析というと学習者個人のニーズに視点が行きがちですが、授業レベル、機関レベル、地域レベル、国レベル、国を超えた(例えばヨーロッパ)レベルのニーズというものもあります。

欧州レベルだと欧州評議会が出している外国語の推進目標があります。

.......

Council of Europe language education policies aim to promote:

PLURILINGUALISM: all are entitled to develop a degree of communicative ability in a number of languages over their lifetime in accordance with their needs

LINGUISTIC DIVERSITY: Europe is multilingual and all its languages are equally valuable modes of communication and expressions of identity; the right to use and to learn one’s language(s) is protected in Council of Europe Conventions

MUTUAL UNDERSTANDING: the opportunity to learn other languages is an essential condition for intercultural communication and acceptance of cultural differences

DEMOCRATIC CITIZENSHIP: participation in democratic and social processes in multilingual societies is facilitated by the plurilingual competence of individuals

SOCIAL COHESION: equality of opportunity for personal development, education, employment, mobility, access to information and cultural enrichment depends on access to language learning throughout life

.......

国語を学習する目的が、他文化を持つ人と一緒にやっていく(一緒に生きていく、一緒に仕事をしていく)人間を育てること・・ということであれば、教室における1つ1つの活動がそこに繋がっていなければなりません。

また、例え外国語の授業、外国語学習という枠組みであっても、「他の文化」を「外国語を話す人」にのみ関連付けるという制限は持つべきではないと思います。

ここのところを今日の授業で学生にどう伝えるか・・・考え中です。

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2010-09-27

即答できます

| 21:46 | 即答できます - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 即答できます - 相互依存を追いかける 即答できます - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

CEFRを読み返して気になったところがありました。

.....

第4章 言語使用と言語使用者/学習者

CEFの利用者は・・・次の項目についてCEFを参照にしながら自問自答してほしい。

・・・

・学習者のその後の仕事や(専門)活動が多様であったとしても、価値の永続きするものを与えることができるだろうか。

・複言語・複文化的な民主主義社会で、責任ある市民として、どのように言語学習が個人的・文化的発達に貢献できるだろうか。

.....

私は『学び合い』を知ったので、CEFRを参照にしながらではありませんが、この2つの質問に即答することができます。

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