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相互依存を追いかける このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ハンガリー・カーロリ・ガーシュパール大学の若井誠二(わかいせいじ)です。日本語教師です。10以上年前より学習者自律に関心を持ち、現在は学習者自律を支える「相互依存」を追いかけています。そして『学び合い』が相互依存の1つの形かなと思っています。(ご連絡等はszeidzsiアットマークfreemail.huまでお願いします。)

2017-02-26

自分は恵まれているという事実

| 07:45 | 自分は恵まれているという事実 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 自分は恵まれているという事実 - 相互依存を追いかける 自分は恵まれているという事実 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

先日、日本語教育の研修会がありました。

そこで「制約や自分を知り、自分の考え・ペースで学習者自律を支援する活動をし続けるためには学校内での同僚性構築が欠かせない」という、ある(英語教育の)本(の1章)を紹介しました。

そして教師と同じように学習者も「制約や自分を知り、自分の考え・ペースで自らの日本語能力を上げるための努力をし続ける」ためには教室内での同僚性構築が欠かせないと話しました。

その後、教師は自らが同僚性を発揮するときに学校のトップはどうあってほしいかを想像し、教室において学習者が同僚性を構築しようとするときの(教師としての)自分の立ち位置を考えるべきだとも伝えました。

ただ、質疑応答の中で「そうは言うものの教師が学校内で同僚性を構築するのは難しい」という反応がありました。

もちろんすべての(管理職を含めた)同僚と同僚性を構築するのは難しいと思います。でも、まずは相手に失礼のない態度を示し、困っている人がいたらヘルプをし、困っていたら助けを求め、「1人と繋がると、その人が繋がっている人にも繋がる」ぐらいの感じでできるところから繋がっていけばいいのにな・・とそのときは思いました。

ただ、その後、ある職場で働いている人の話を聞き「同僚性を構築するのが難しい」と感じている人がいてもおかしくない、そういう職場もあるということにも気づかされました。

きっと私は恵まれているのだと思います。

先週もどうしても自分では処理できない事務仕事があって(同僚に相談しても解決できそうになかったので)、上に相談しました。すると、学科秘書さんを交えて話を聞いてくれ、上と秘書さんで問題点を整理し、私が(今まで20年近く働いていて)一度も関わることのなかった部署の担当官を呼んでくれました。結果、この担当官は私が解決できない、どうしよう・・と思っていた問題の解決方法をあっという間に出してくれました。更に、秘書さんがまた別の部署に連絡してくれ、問題解決のための手続きもとってくれました。肩の荷がすっかり落ちて気が抜けている私に秘書さんはコーヒーを入れてくれ、私はとても幸せな気持ちで授業に望むことができました。その後、私はこれを同僚にシェアし今後の対策を一緒に考えました。

これって、ものすごく恵まれた環境なんだと思います。だから私には同僚性構築の話がリアルに想像できたのだと思います。

2015-11-01

これだったら私にもマネージできそう

| 04:42 | これだったら私にもマネージできそう - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - これだったら私にもマネージできそう - 相互依存を追いかける これだったら私にもマネージできそう - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

国語を学ぶための最速の方法

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52168111.html

を読みました。

1.

目標言語と母語との距離感(どのぐらい似ているか)をチェックする。なるべく距離が近いものを選ぶ。

2.

目標言語で会話・対話する機会をつくる。(語学学校に通ったり、プライベートの教師につくのもOK)

3.

音読する

音読しながら書く

の3つでOKだそうです。

日本の英語学習にも「音読」を重要視する方法(國弘の本を参照)がありますが、それに近い感じです。

2の部分で教師も必要そうですが、オンラインを利用すればかなりのことができるので「説明する」教師がいなくても十分いけそうです。

そうなると私がするのは2の会話・対話の相手、そしてこういう単純な勉強方法はかなり意志が強くないとやっていけないので、モチベーションが上がるような機会提供(自分以外の日本人を紹介するとか、おもしろサイトを紹介するとか、アドバイスするとか、評価するとか)ぐらいでよさそうです。

今私は個人教授で日本語を教えることはありませんし、教えるのがあまり上手じゃないので個人教授ができるかどうか不安もあります。なので、今の職場を離れ個人で教えるようなことになったら、上のやり方でやってみようと思います。

まあ個人に限らず、夏の「地獄キャンプ」みたいなものを企画して2週間ほどの集中コースを作ってみるのもできるかな、それだったら2の部分も集団の力を利用すればいいですし。

szeidzsiszeidzsi2015/11/06 18:42無事100%終わりました

2010-06-20

クラスの人間関係がうまく行かないとき教師はどうするべきか

| 19:03 | クラスの人間関係がうまく行かないとき教師はどうするべきか - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - クラスの人間関係がうまく行かないとき教師はどうするべきか - 相互依存を追いかける クラスの人間関係がうまく行かないとき教師はどうするべきか - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

クラスの人間関係がうまく行かないとき、よく「席順を変えろ」とか「グループ活動のやり方を考えろ」とか言います。(私の場合、学生にときどき言われます。そんなとき自分の実力のなさに苦笑します。)

でも本当にそうかなと思います。下の動画にある先生のとった方法・・私は授業という枠の中でもこれとおなじ方向性でやりたいです・・

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学校と教育全般

2010-05-30

目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要

| 13:58 | 目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要 - 相互依存を追いかける 目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

協力行動を阻害する要因の3つ目はインセンティブ構造の変化である。

本来の意味でのインセンティブとは、「人に何かの行動を起こさせるための外的な刺激と、その刺激によって引き起こされる内的な動機の変化の状態」を指す。つまり、単純にニンジンをぶら下げれば馬が走るのではない。ニンジンを求める馬がいるから、効果があるのだ。60


例えばすごく喉が渇いている客の場合、その人は自分の持っている150円をそのまま持っているよりそれを渡して水分をとった方が徳だと思っているはずだ。だからこそ150円を払うのである。また同時に、コンビニのほうでも店側がジュースを客に渡して150円を得るほうがよいと思っている。このようにお互いがお互いの持っている資源を欲しがらないと交換は起こりえない。75


交換が円滑に行われるために必要なことは①お互いに資源を持っていること②お互いが資源をやり取りするのを最上と思うこと。③相手を信頼すること。82


企業の側が社会的交換に必要な能力を育てることの重要性をきちんと語らないままに教育しようとすると、学ぶ側はやる気を失ってしまう場合が多い。84


人間は自己最適化しやすい動物である。利己的な行動にひた走らないようにするためには、一人ひとりのタコツボを超越した共通利益を「共有化」する必要がある。共通利益は必ずしも物理的なものを指さない。精神的なものや、定性的な状態を含む。しかしそこには問題がある。目標の「設定」どまりでは協力関係構築上まったく意味をなさない。「共有化」に行き着くところまで経営努力と工夫をしなければいけないのである。共有化とは全員が納得して「腹に落ちている」状態である。共通目標や価値観を設定しておきながら、設定するところでまででエネルギーを使い果たしてしまうのか、共有化にエネルギーを使う組織は意外と少ない。しかし、目標の設定によってようやくスタート地点にたったにすぎない。そこから先の共有化こそが、チームが最も時間を使ってやるべきことなのである。残念ながら共通目標・価値観は放っておけば共有化されるものではない。自己最適化しやすい人間が自分のことを後回しにしてでも、その目標・価値観に「のってくる」まてには相当な努力や工夫をしなければならない。しかし、共有化できた瞬間、変化は生まれる。148『不機嫌な職場』

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私も、特に最後の設定した目標の共有化にもっと工夫とエネルギーをかけなきゃと思います。

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学校と教育全般

ghjalghjal2010/06/01 23:45時間の表現の仕方。面白いですね。5時台の時間帯が、4時を過ぎると発生しているのかな?4分の1、5時が、4分の1前ではないのですものね。きっと頭の中の構造も変わってきそうです。もしかすると、四則計算の言い回し、九九なんかの言い回しも違うのかもしれませんね。

szeidzsiszeidzsi2010/06/02 07:16ghjalさま
コメントありがとうございます。九九には大きな違いはないようですが(掛け算と割り算の記号は違います)例えば繰り下がりの引き算なんかだと計算の仕方が違うようです。(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/szeidzsi/20080905#1220616152)

2010-05-02

学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ

| 17:50 | 学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ - 相互依存を追いかける 学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

どうしようもなく乱雑に見える現実から何かを読み取るためには、まず、本格的な観察を始める前に、どのような目的で、何をどうのように見るのかを決める。『フィールドワークの技法と実際』p.25

日本の大学院にいたころ、ある授業で外を観察してこい・・と言われたことがあります。でも何をすればよいかわからず、しょうがなく「雑草の生え方?」みたいなものをメモにまとめて苦笑いされたという経験があります。今自分がそのときの教員だったら、どうするかな・・・と思います。

例えば私は学生に「ハンガリーに住んでいる邦人に君達は何ができるんだい?」と問いかけます。これも上の「どのような目的で何をどのように見る」を問うていると自分では思っています。でもうまく伝わっているかどうか・・・

今は指示をだすと学生は動き、それなりの成果をあげます。でも、学生からこんなことをすればいいんじゃないか・・・というアイデアがあがってくることはあまりありません。ということは私の問いかけが届いていない可能性があります。

もっともっと学生達に高いレベルを求めていかなければと思います。

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学校と教育全般

ブリコラージュが生まれる教室文化

| 08:46 | ブリコラージュが生まれる教室文化 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - ブリコラージュが生まれる教室文化 - 相互依存を追いかける ブリコラージュが生まれる教室文化 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

面白い論文を読みました。(村田昌子「複言語状況におけるブリコラージュが意味するもの 工学系の2つの共同体における事例から」インターネットからダウンロードできます。)

重要かなと思うところを抜き出し(省略+勝手に加筆して)つなげてみます。

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「ブリコラージュ」(Lévi-Strauss,1962/1966)とは,自分が手元に持っている材料や道具を寄せ集め,その場の状況に応じ必要なものを作り出すことを指す。


De Certeau(1980/1984)はブリコラージュの概念を発展させ,それを支配的な社会構造に対抗する人々の日常における「戦術」と捉えている。

工学系の大学院では、留学生が発表は英語で行うものの質疑応答は日本語で行っている。これは「日本語で発表するには準備に時間がかかりすぎ内容も不十分になる」「一方、英語のみでやってしまうと日本人学生からフィードバックが得にくい」という状況(制限)の中におけるブリコラージュの例と言える

日本の企業に請負業務で送り出され,日本企業に常駐するインド系IT企業に所属するインド人エンジニアは、(1)日本人エンジニアは重要なポイントを図解して簡略化,組織化することが上手だと感心することが多い。このような環境において,インド側のエンジニア達は図や絵を使った簡潔な説明やプレゼンテーションのテクニックを自分達のものとして使いこなす。(2)電話でのやり取りでも,聞き取った日本語の情報を素早くメモし,図に書き表してそれを顧客にファックスで送り,理解の確認を取る。(3)インド人はOKを相槌のように使うため、YES-NO,できる-できないが日本側にとてもあいまいに伝わる。それで日本側の関係者が表現の数量化を求める。インド側もそのような要求を受けて,あいまいさを排除するための工夫を行っている。例えば「10の機能のうち8は完了で2は未完了」と言い,日本側からの理解,あるいは譲歩を引き出すため,まず大半が大丈夫であるといういいニュースを数字を入れ説明し,日本側を安心させた後,残りの未完了部分に関して,日本側との妥協点を探るという戦略を使う。

コミュニケーションという点から戦略としてのブリコラージュを見ると「セミリンガル」に対する考えも変わる。Martin-Jones & Romain(1986)は二つの言語を話すがどちらも「不完全な」人々に対して使われる「セミリンガリズム」という呼び方の問題点を取り上げ,このようなラベルは母語話者モデル,あるいは2言語とも完全な言語能力を持つバイリンガルという理想のイメージと対比されて作り出されたもので,バイリンガリズムに完全なもの,不完全なものがあるという考え方を批判している。

一方、Lave & Wenger(1991)はニューカマーの共同体(特に職業集団)への参加は古参との関係性のなかで形作られていることを明らかにしている。従ってお互いの歩み寄りがなければブリコラージュを産む余地もなく、「排除」という結果となる場合もある。

だから教室でもブリコラージュが生まれる環境をつくる必要がある。

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教室内でもこれほど極端ではないですが、学習者間のやりとりでブリコラージュが行われているはずです。古参者(教室の場合だと勉強ができるやつ・・と置き換えられるかもしれません)との関係性がうまく形づくられればブリコラージュができる・・・ということを考えると「教師=社長」というメタファーから見ると、やることは文化づくりということになるかなと思います。


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学校と教育全般

途中で読むのをやめてしまった論文・・・

| 05:20 | 途中で読むのをやめてしまった論文・・・ - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 途中で読むのをやめてしまった論文・・・ - 相互依存を追いかける 途中で読むのをやめてしまった論文・・・ - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

今日の午後は、業者に持ってきてもらったかなりの量の砂がまざった小石(5m3)を水のはいったバケツに入れて砂を落として、別のバケツに入れて高いところに運びまく・・・という作業を4時間ほどやりました。(休みごとに、もう何週間もやっています・・いつ終わるかわかりません・・・)

子供達も、近所のお友達がさそってくれてあっちに行ったりこっちに行ったりとずっと動いていてへとへとになったようです。それで8時には私以外みんな寝てしまいました。・・・というわけで数時間は静かな場所でお仕事です。

数日前に、ハンガリーの教員養成大学の学生を対象に行った人格検査結果の変化に関する論文を読みました。(M.Cesarec-S.Markeという研究者が開発したテストを利用したそうです。ただ参考文献にこの人たちの先行研究が載っていなかったので、詳しいことはわかりません。)

まあ細かいところは置いといて、気になったのが、この論文を書いた研究者が持つ教員のイメージです。

A tanítói pálya szempontjából kedvezőtlen sajátosságuk: a nagyvolalúság, eltérő felelőségtudat, felületesség, a társak manipulálása saját céljaik elérésének érdekében, és esetenként önismereti, önértékelési problémákkal küzdenek.

教員を目指すことを考えると以下の性格は好ましくない:気前がよすぎる・寛大すぎる、責任の意味がわかっていない、うわべだけで中身がない、仲間を自分の利益のために騙す、自己判断や自己評価に問題を抱える

これらは確かにそうかもしれませんが・・・(おそらく私の語学能力のせいで理解できていないからだとは思うのですが)この程度のイメージで1回ぽっきりのアンケート調査をして答えを出す・・・というのはちょっと怖いかんじです。

あともう1つ気になったのが、Autonómiaszükséglet(自律ニーズ)に関する記述でした。アンケート結果を見ると、学年があがるにつれ、物事は自己を主張することだけでは進まず、、折り合いをつけることが必要であること、社会特に教員の社会では自己中心的には生きていけないことを知り、自律ニーズが減ると書いてあります。

書いてあることはわかるのですが、自己中心的と自律はぜんぜん同義じゃないのに・・という不満が残りました。多分利用したテストにおける「自律」の解釈がそうなのだろうと思いますが、それでも変です。

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