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相互依存を追いかける このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ハンガリー・カーロリ・ガーシュパール大学の若井誠二(わかいせいじ)です。日本語教師です。10以上年前より学習者自律に関心を持ち、現在は学習者自律を支える「相互依存」を追いかけています。そして『学び合い』が相互依存の1つの形かなと思っています。(ご連絡等はszeidzsiアットマークfreemail.huまでお願いします。)

2010-06-30

自律性とは何ぞや

| 03:26 | 自律性とは何ぞや - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 自律性とは何ぞや - 相互依存を追いかける 自律性とは何ぞや - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

ある論文の一部です。内容は素晴らしいものです。下に記すのは内容とは直接は関係ないところです。

本プロジェクトの真価は、学習者の教室外の行動に現れているのではないか。このプロジェクト目標の1つは、学習者の自律性を育てることで、これは教室内だけではなく、教室外でも必要とされるスキルを教えて、学習者が教室外でも自主的に様々な○○が使えるようになることを含有している。

前述のように、プロジェクトを通し、教室外での○○利用者数が○○から○○に増加したという結果だけからも、学習者の教室外の自律性の向上のために効果があったということがわかる。

......

ここで言う「自律性」というのは学習を教室内で完結させてしまうのではなく、教室外でも自立的に(積極的に)学習した内容や技術を使用する・・と理解できます。これは、コミュニカティブな日本語学習と学習者自律がリンクしている例だともいえますが・・・この自律性って本当に自律性なのかなあ・・・

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学校と教育全般

2010-05-06

個人にスタンスを置けば技能、社会文脈にスタンスを置けば環境整備に目が行く

| 00:48 | 個人にスタンスを置けば技能、社会文脈にスタンスを置けば環境整備に目が行く - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 個人にスタンスを置けば技能、社会文脈にスタンスを置けば環境整備に目が行く - 相互依存を追いかける 個人にスタンスを置けば技能、社会文脈にスタンスを置けば環境整備に目が行く - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

ほとんどの人が、教えられる方法しか知らないといこと、つまり、私たちが学び方を学んでいないということは嘆かわしい事実です。では、なぜこれが悲劇的なことなのでしょうか。そこには差し迫った理由と、長い目で見た場合の理由とがあります。

三つ目のさし迫った理由は、教育現場での多くの新たな発展的取り組みの中では、学習者が、自分の学習に協力な主導権を持つような形で、多大な責任を負うことを求められていることです。それらの取り組みとは・・・「開放学級」「無学年制度」・・・「非伝統的学習プロ部ラム」・・・「壁のない大学」などです。

自己主導的に探求する技能をのばすためにこれらのプログラムに参加する受講生は、不安や苛立ち、そしてしばしば挫折感を味わうでしょう。『学習者と教育者のための、自己主導型学習ガイド』19-20

学習者を信じて、やれ・・・というと学習者は不安や苛立ち、挫折感を味わう・・・だから自己主導的に学習ができるような技能が必要・・・ということです。

この論調はよくわかります・・・・が、『学び合い』の場合は技能を教えなくても、教師が(誰もが納得する)目標を提示し、どうなればいいのかという評価基準も出す・・・そして可視化し、判断基準のぶれをなくす・・そして学習者を信じれば大丈夫というスタンスを取ります。

個人にスタンスを置くか、周りの社会的文脈にスタンスを置くか・・という違いでアプローチが大きくかわるなあ・・と思います。

個人にスタンスを置く自己主導型学習を主張する人が『学び合い』の批判をするとしたら、あなたが教師で社会的文脈をつくれるときはいいけど、学校でたらそうじゃない場合が多いでしょ。どうすんの?ということでしょうか・・・・何とこたえればいいのだろうか・・・

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学校と教育全般

2009-12-20

学習者自律に関する疑問

| 21:10 | 学習者自律に関する疑問 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 学習者自律に関する疑問 - 相互依存を追いかける 学習者自律に関する疑問 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

CEFRで考える学習者自律は・・・

多くの人と共通の目標に向かい合っていけるためには、外国語学習を通じて複言語能力、複文化能力を高める必要がある。これは一生をかけて高め続けていかなければならない。だから自ら(外国語を)学ぶという学習者自律が必要となる。

と言えるのかなと思います。

一方、『学びあい』で考える学習者自律は、「多くの人と共通の目標に向かい合っていける」ことを求めるクラスで見せる学習者の姿につながっているような気がします。

『学びあい』では、学習意欲も高まると思いますが、それが(生涯学習へつながる)外国語学習(とそれを支えるCEFRの言う学習者自律)につながるのかどうか・・ここらへんはまだよくわかりません。

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学校と教育全般

2008-03-25

反応型自律に対する批判(自分へのメモ)

| 15:10 | 反応型自律に対する批判(自分へのメモ) - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 反応型自律に対する批判(自分へのメモ) - 相互依存を追いかける 反応型自律に対する批判(自分へのメモ) - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

Littelwood (1999:75) distinguishies between proactive and reactive autonomy. (中略)Ractive autonomy is the kind which does not create its own actions but, once a direction has been initiated, anables learners to organize their resources autonomously in order to reach their goal. (中略)reactive autonomy may be a step towards it or a goal in its own right. (中略)reactive autonomy might be described as contorol over method (at the management and cognitive levels) without control over content.(中略)If the goals and content are other-determined, solf-direction ath the level of method may be reduced to a choice of the most appropriate method of completing a task that lacks authentiviy in terms of the learner's own perceived learning needs. The exercise of autonomy itself may be reduced to the routine application of tried and tested meghods of completing prescribed tasks outside the classroom. (Benson 2001 Teaching and Researching Autonomy in Language Learning Longman. pp99-100)

昨日も書きましたが、Bensonは目標を他が決めた場合、学習者自律は単なる学習方法に終ってしまうと主張しています。ただ(昨日も書きましたが)『学び合い』を知った今、Bensonの主張(というか学習者自律の考え方)が「個人」と「個人的内発的動機(好きなことをやりたいという動機)」に基いていることが問題なのでは・・・と思いはじめています。

jun24kawajun24kawa2008/03/26 06:36ご苦労様です。
ハンガリーを『学び合い』先進国にしましょう!

szeidzsiszeidzsi2008/03/26 21:17MANABIAIがハンガリーの教育学の事典に載るよう仲間を増やしていきたいです。