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相互依存を追いかける このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ハンガリー・カーロリ・ガーシュパール大学の若井誠二(わかいせいじ)です。日本語教師です。10以上年前より学習者自律に関心を持ち、現在は学習者自律を支える「相互依存」を追いかけています。そして『学び合い』が相互依存の1つの形かなと思っています。(ご連絡等はszeidzsiアットマークfreemail.huまでお願いします。)

2016-06-07

本当に変えないといけないのは・・・

| 19:55 | 本当に変えないといけないのは・・・ - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 本当に変えないといけないのは・・・ - 相互依存を追いかける 本当に変えないといけないのは・・・ - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

私の所属する日本学科はここ数年で定員が数倍になりました。それでも倍率は3倍以上あります。

入学生の多くは、日系企業で働くことを夢見ています。私も一教員として彼等が日系企業で働けるよう動いています。

日系企業に就職した卒業生の多くは幸せな毎日を送っているようです。でも、せっかく就職したのにやめてしまう人もいます。このうちごくわずかですが退職の原因に企業文化をあげる人がいます・・・・最近もこれで悩んでいる卒業生がいます。

新渡戸稲造は「塵の世にありながら心まで汚されず、泥水にうかびながらもなお身を清く保ち、ひいては自分の周囲にある泥水までも清め自分の周囲を取り巻く塵を払うのが、人の人たる道だと思う。」と言っています。しかし現実には個人の力では自分の周辺の泥水を清めることさえも難しいところがあります。

http://nikkeiph.com/alternation/

なぜこういう企業文化があるのかと思います。おそらく本当に変えなければならないのは本国の社会だなと思います(終身雇用制がくずれつつあるのに、新卒じゃないと就職が難しいとか、転職が難しいとか、そういう制度が残ったままというのがいびつに見えます。)

とにかく、日本が好きで夢見ていた仕事についた人が幸せな人生が送れるよう、私ももっと考えて動かなければと思います。

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パワハラにあたる言葉はハンガリー語にはありませんが、ネットを見ると「munkahelyi terror(職場テロ)」という言葉が使われているようです。ただハンガリーの場合、1つの職場にしがみつくということはないですし、個人主義が日本より強いですから、状況は日本企業ほどは深刻ではないような感じがします。(わたし自身はハンガリーで25年ほど働いていますが、今までの職場での「職場テロの経験」は0です。)

2015-12-15

「授業形式」と「考え方」の違い

| 09:25 | 「授業形式」と「考え方」の違い - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 「授業形式」と「考え方」の違い - 相互依存を追いかける 「授業形式」と「考え方」の違い - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

以下はかなりステレオタイプ化した話です。

一斉授業がネガティブなイメージで捉えられる場合の学習者観はこんな感じです。

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一斉授業に対する授業形式として協働学習があります。協働学習は基本的にはピア(実際にはペアの場合が多い)・スモールグループで行われることが多いです。そしてグルーピングは教師の仕事とされています。ですからイメージとしてはこんな感じでしょうか。

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教師によってはくじなどを用いるなどして、教師の意図が入らないように、さらに多くの人と関われるように毎時間グループを変える人もいます。ただこの場合も授業で活動するのは基本的にグループですしグループを作るのは教師です。


一方、相互依存を重要視するクラスだとこんな感じのイメージになるでしょう。

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相互依存を重要視する場合、他者との繋がりに責任を持つのは学習者です。ですので結果として、協働学習と変わらずほんの数名としか繋がれない人も出てきます。

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しかし、クラス全体で見ると、協働学習のそれとは全く違うものとなります。なぜならAとBが直接つながっていなくても、Cが間に入り、間接的にAとBが繋がっている可能性が出てくるからです。

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こうやって並べてみましたが、「一斉授業」「協働学習」が形式なのに対して相互依存を重要視するという態度は授業形式ではありません。ですので「一斉授業」や「協働学習」においても

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が十分に成り立ちます。教師が邪魔さえしなければ。

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私も(自分の実力不足で学生が多くの他者と関わろうとしない姿を見続けるのが耐え難く)番号をふったカードを使ってジグゾー学習を行ったり、CLLで使うように一部の学生の座る位置をずらしていくことでグループをつくることもあります。でもある授業で学生が「先生はわざと○○さんと私が同じグループにならないようにした」とコメントシートに書き込んでいるのを読んだ経験があるので(もちろんそのような事実はなくたまたまだったのですが・・)なるべくクラスでは、「私はグルーピングしない!自分達で考えて動けるでしょ」と言うことにしています。

2015-12-11

自宅で個人でやっていることを集団で学ぶ教室に持ってくるとどうなるか見たい

| 21:20 | 自宅で個人でやっていることを集団で学ぶ教室に持ってくるとどうなるか見たい - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 自宅で個人でやっていることを集団で学ぶ教室に持ってくるとどうなるか見たい - 相互依存を追いかける 自宅で個人でやっていることを集団で学ぶ教室に持ってくるとどうなるか見たい - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

高校生とメディア利用という調査結果を見ました。

http://berd.benesse.jp/up_images/research/ict_2014-ch_3.pdf

我が家の娘も自宅で勉強するときは、「分からないときはviberを使って友達に聞く」「分からない言葉や調べるときはネットで」「音楽を聴きながら勉強」など、このアンケート結果と似たような行動をしているみたいです。

文部科学省は教師がメディア利用をどう管理するか・・という視点で書いていますけど

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/056/shiryo/attach/1249668.htm

生徒さんたちは結構上手に自宅でメディアを利用しているみたいなので、これをこのまま教室にもって来て、個人で家で学ぶときと、学校で集団で学ぶときとでメディア利用がどう変化するのかを見ればいいのになと思います。

・・・・・・

私は授業中も学生ネットを使うことを歓迎していますが、「複数名が同じようなサイトで同じことを調べている。」「クラスに知っている人がいるはずなのに聞きもせずネットで調べている」人を見ると「あ~」と思ってしまいます。口で近くにいる人に聞けばわかるのにな~。

2014-05-29

その通りだと思います。

| 04:56 | その通りだと思います。 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - その通りだと思います。 - 相互依存を追いかける その通りだと思います。 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

日本語教育界で有名な「むらログ」に「考える前に検索する」のは悪いことなのか?という記事があります。

http://mongolia.seesaa.net/article/398185214.html

この記事では「調べる前に考えろ!」という押し付けは(場合によっては)時代遅れであり苦労する割りに学習効果も高くないと主張しています。その通りだと思います。「調べる前に考えろ!」は『学び合い』で言うところの「目的ではなく方法を語る」の典型だと思います。

「人に聞く前に考えろ!」も同じだろうと思います。テストのときなどは制限がありますが、そうでない場合は、「人に聞く」は効率がよいことがあります。

また、調べるためには技術がいります。でも技術がない場合にはそれを調べるより、知ってそうな人に聞いた方が早いときもあります。

人に聞くには技術はいりません。でも、ネットワークやネットワークをつくるための関係構築は必要です。逆に言うと関係構築ができれば、調べる技術がなくとも、調べる対象に対する知識がなくとも、何とかなるということです。

関係構築は私もかなり苦手ですが、関係が構築しやすい場としにくい場があります。教師としては、少なくとも自分が携わる教室ぐらいは関係が構築しやすい場にしたいです。個人としては「(ちょっと無理してでも)多くの人と携われる役割を得る」と「とにかくできる範囲でなるべく相手に失礼のないように努める」ことで何とかしようと思っています。(でも、難しいです。)

本当は「むらログ」に上記をコメントしようと思ったのですが、コメントがはじかれてしまったので、ここに書きました。日本語教育関係者以外の方も是非「むらログ」読んでみてください。

MurakamiMurakami2014/09/09 00:44コメントいただきありがとうございます。それから、すみません、なぜか僕自身も自分のブログにコメントできない状況が続いており、お恥ずかしい限りです。

2014-05-15

卒論指導

| 19:21 | 卒論指導 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 卒論指導 - 相互依存を追いかける 卒論指導 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

中央・東ヨーロッパの大学の日本学科も入学定員が増えてきています。私が勤める学科でも9月からはまた定員が10名増えます。10年前と比べると5倍の多さです。

ハンガリーをはじめボローニャプロセスを導入している国では学士課程が3年しかありません。国によっては卒業論文を課さないところもありますが、ハンガリーでは学士課程でも卒業論文を書かせます。定員増でこの卒論指導も今までにない問題をかかえています。

ハンガリーの大学は日本のような研究室制度がありませんから、学生が教員に個人的に頼んで卒論の指導教官になってもらい論文完成まで個人指導を受けます。卒論指導は定員というものがないので人気がある先生は30名以上の学生を抱えることになります。そのすべてに個人指導ですから先生も大変ですし(先生と相談する)学生も大変です。

私は(ポジション的にも、また研究者としての能力からも)一度に複数の学生に卒論指導をすることはありませんでした。でもそんな私も来年度は6~7名の学生を指導します。

物理的な問題で卒論ゼミなどはできませんが、人数的にはよい感じなので博士課程や修士課程の学生の力を借りながら、日本の研究室っぽい対応ができないかなって考えています。

jun24kawajun24kawa2014/05/15 19:57『学び合い』でやるといいですよ。

szeidzsiszeidzsi2014/05/16 08:14『学び合い』の文化が伝統になるよう動いてみます。(そこには自分が今の職場に長くいられるようにする・・てことも入るので少しプレッシャーですが・・)