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相互依存を追いかける このページをアンテナに追加 RSSフィード

 ハンガリー・カーロリ・ガーシュパール大学の若井誠二(わかいせいじ)です。日本語教師です。10以上年前より学習者自律に関心を持ち、現在は学習者自律を支える「相互依存」を追いかけています。そして『学び合い』が相互依存の1つの形かなと思っています。(ご連絡等はszeidzsiアットマークfreemail.huまでお願いします。)

2010-05-30

目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要

| 13:58 | 目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要 - 相互依存を追いかける 目標設定じゃなく、それを共有化するための工夫・努力が必要 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

協力行動を阻害する要因の3つ目はインセンティブ構造の変化である。

本来の意味でのインセンティブとは、「人に何かの行動を起こさせるための外的な刺激と、その刺激によって引き起こされる内的な動機の変化の状態」を指す。つまり、単純にニンジンをぶら下げれば馬が走るのではない。ニンジンを求める馬がいるから、効果があるのだ。60


例えばすごく喉が渇いている客の場合、その人は自分の持っている150円をそのまま持っているよりそれを渡して水分をとった方が徳だと思っているはずだ。だからこそ150円を払うのである。また同時に、コンビニのほうでも店側がジュースを客に渡して150円を得るほうがよいと思っている。このようにお互いがお互いの持っている資源を欲しがらないと交換は起こりえない。75


交換が円滑に行われるために必要なことは①お互いに資源を持っていること②お互いが資源をやり取りするのを最上と思うこと。③相手を信頼すること。82


企業の側が社会的交換に必要な能力を育てることの重要性をきちんと語らないままに教育しようとすると、学ぶ側はやる気を失ってしまう場合が多い。84


人間は自己最適化しやすい動物である。利己的な行動にひた走らないようにするためには、一人ひとりのタコツボを超越した共通利益を「共有化」する必要がある。共通利益は必ずしも物理的なものを指さない。精神的なものや、定性的な状態を含む。しかしそこには問題がある。目標の「設定」どまりでは協力関係構築上まったく意味をなさない。「共有化」に行き着くところまで経営努力と工夫をしなければいけないのである。共有化とは全員が納得して「腹に落ちている」状態である。共通目標や価値観を設定しておきながら、設定するところでまででエネルギーを使い果たしてしまうのか、共有化にエネルギーを使う組織は意外と少ない。しかし、目標の設定によってようやくスタート地点にたったにすぎない。そこから先の共有化こそが、チームが最も時間を使ってやるべきことなのである。残念ながら共通目標・価値観は放っておけば共有化されるものではない。自己最適化しやすい人間が自分のことを後回しにしてでも、その目標・価値観に「のってくる」まてには相当な努力や工夫をしなければならない。しかし、共有化できた瞬間、変化は生まれる。148『不機嫌な職場』

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私も、特に最後の設定した目標の共有化にもっと工夫とエネルギーをかけなきゃと思います。

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学校と教育全般

ghjalghjal2010/06/01 23:45時間の表現の仕方。面白いですね。5時台の時間帯が、4時を過ぎると発生しているのかな?4分の1、5時が、4分の1前ではないのですものね。きっと頭の中の構造も変わってきそうです。もしかすると、四則計算の言い回し、九九なんかの言い回しも違うのかもしれませんね。

szeidzsiszeidzsi2010/06/02 07:16ghjalさま
コメントありがとうございます。九九には大きな違いはないようですが(掛け算と割り算の記号は違います)例えば繰り下がりの引き算なんかだと計算の仕方が違うようです。(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/szeidzsi/20080905#1220616152)

2010-05-02

学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ

| 17:50 | 学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ - 相互依存を追いかける 学生から企画がどんどん出てくるようにしたいなあ - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

どうしようもなく乱雑に見える現実から何かを読み取るためには、まず、本格的な観察を始める前に、どのような目的で、何をどうのように見るのかを決める。『フィールドワークの技法と実際』p.25

日本の大学院にいたころ、ある授業で外を観察してこい・・と言われたことがあります。でも何をすればよいかわからず、しょうがなく「雑草の生え方?」みたいなものをメモにまとめて苦笑いされたという経験があります。今自分がそのときの教員だったら、どうするかな・・・と思います。

例えば私は学生に「ハンガリーに住んでいる邦人に君達は何ができるんだい?」と問いかけます。これも上の「どのような目的で何をどのように見る」を問うていると自分では思っています。でもうまく伝わっているかどうか・・・

今は指示をだすと学生は動き、それなりの成果をあげます。でも、学生からこんなことをすればいいんじゃないか・・・というアイデアがあがってくることはあまりありません。ということは私の問いかけが届いていない可能性があります。

もっともっと学生達に高いレベルを求めていかなければと思います。

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学校と教育全般

ブリコラージュが生まれる教室文化

| 08:46 | ブリコラージュが生まれる教室文化 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - ブリコラージュが生まれる教室文化 - 相互依存を追いかける ブリコラージュが生まれる教室文化 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

面白い論文を読みました。(村田昌子「複言語状況におけるブリコラージュが意味するもの 工学系の2つの共同体における事例から」インターネットからダウンロードできます。)

重要かなと思うところを抜き出し(省略+勝手に加筆して)つなげてみます。

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「ブリコラージュ」(Lévi-Strauss,1962/1966)とは,自分が手元に持っている材料や道具を寄せ集め,その場の状況に応じ必要なものを作り出すことを指す。


De Certeau(1980/1984)はブリコラージュの概念を発展させ,それを支配的な社会構造に対抗する人々の日常における「戦術」と捉えている。

工学系の大学院では、留学生が発表は英語で行うものの質疑応答は日本語で行っている。これは「日本語で発表するには準備に時間がかかりすぎ内容も不十分になる」「一方、英語のみでやってしまうと日本人学生からフィードバックが得にくい」という状況(制限)の中におけるブリコラージュの例と言える

日本の企業に請負業務で送り出され,日本企業に常駐するインド系IT企業に所属するインド人エンジニアは、(1)日本人エンジニアは重要なポイントを図解して簡略化,組織化することが上手だと感心することが多い。このような環境において,インド側のエンジニア達は図や絵を使った簡潔な説明やプレゼンテーションのテクニックを自分達のものとして使いこなす。(2)電話でのやり取りでも,聞き取った日本語の情報を素早くメモし,図に書き表してそれを顧客にファックスで送り,理解の確認を取る。(3)インド人はOKを相槌のように使うため、YES-NO,できる-できないが日本側にとてもあいまいに伝わる。それで日本側の関係者が表現の数量化を求める。インド側もそのような要求を受けて,あいまいさを排除するための工夫を行っている。例えば「10の機能のうち8は完了で2は未完了」と言い,日本側からの理解,あるいは譲歩を引き出すため,まず大半が大丈夫であるといういいニュースを数字を入れ説明し,日本側を安心させた後,残りの未完了部分に関して,日本側との妥協点を探るという戦略を使う。

コミュニケーションという点から戦略としてのブリコラージュを見ると「セミリンガル」に対する考えも変わる。Martin-Jones & Romain(1986)は二つの言語を話すがどちらも「不完全な」人々に対して使われる「セミリンガリズム」という呼び方の問題点を取り上げ,このようなラベルは母語話者モデル,あるいは2言語とも完全な言語能力を持つバイリンガルという理想のイメージと対比されて作り出されたもので,バイリンガリズムに完全なもの,不完全なものがあるという考え方を批判している。

一方、Lave & Wenger(1991)はニューカマーの共同体(特に職業集団)への参加は古参との関係性のなかで形作られていることを明らかにしている。従ってお互いの歩み寄りがなければブリコラージュを産む余地もなく、「排除」という結果となる場合もある。

だから教室でもブリコラージュが生まれる環境をつくる必要がある。

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教室内でもこれほど極端ではないですが、学習者間のやりとりでブリコラージュが行われているはずです。古参者(教室の場合だと勉強ができるやつ・・と置き換えられるかもしれません)との関係性がうまく形づくられればブリコラージュができる・・・ということを考えると「教師=社長」というメタファーから見ると、やることは文化づくりということになるかなと思います。


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途中で読むのをやめてしまった論文・・・

| 05:20 | 途中で読むのをやめてしまった論文・・・ - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 途中で読むのをやめてしまった論文・・・ - 相互依存を追いかける 途中で読むのをやめてしまった論文・・・ - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

今日の午後は、業者に持ってきてもらったかなりの量の砂がまざった小石(5m3)を水のはいったバケツに入れて砂を落として、別のバケツに入れて高いところに運びまく・・・という作業を4時間ほどやりました。(休みごとに、もう何週間もやっています・・いつ終わるかわかりません・・・)

子供達も、近所のお友達がさそってくれてあっちに行ったりこっちに行ったりとずっと動いていてへとへとになったようです。それで8時には私以外みんな寝てしまいました。・・・というわけで数時間は静かな場所でお仕事です。

数日前に、ハンガリーの教員養成大学の学生を対象に行った人格検査結果の変化に関する論文を読みました。(M.Cesarec-S.Markeという研究者が開発したテストを利用したそうです。ただ参考文献にこの人たちの先行研究が載っていなかったので、詳しいことはわかりません。)

まあ細かいところは置いといて、気になったのが、この論文を書いた研究者が持つ教員のイメージです。

A tanítói pálya szempontjából kedvezőtlen sajátosságuk: a nagyvolalúság, eltérő felelőségtudat, felületesség, a társak manipulálása saját céljaik elérésének érdekében, és esetenként önismereti, önértékelési problémákkal küzdenek.

教員を目指すことを考えると以下の性格は好ましくない:気前がよすぎる・寛大すぎる、責任の意味がわかっていない、うわべだけで中身がない、仲間を自分の利益のために騙す、自己判断や自己評価に問題を抱える

これらは確かにそうかもしれませんが・・・(おそらく私の語学能力のせいで理解できていないからだとは思うのですが)この程度のイメージで1回ぽっきりのアンケート調査をして答えを出す・・・というのはちょっと怖いかんじです。

あともう1つ気になったのが、Autonómiaszükséglet(自律ニーズ)に関する記述でした。アンケート結果を見ると、学年があがるにつれ、物事は自己を主張することだけでは進まず、、折り合いをつけることが必要であること、社会特に教員の社会では自己中心的には生きていけないことを知り、自律ニーズが減ると書いてあります。

書いてあることはわかるのですが、自己中心的と自律はぜんぜん同義じゃないのに・・という不満が残りました。多分利用したテストにおける「自律」の解釈がそうなのだろうと思いますが、それでも変です。

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2010-04-28

人間グーグル

| 23:55 | 人間グーグル - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 人間グーグル - 相互依存を追いかける 人間グーグル - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

友人のブログより・・・

教師:みんなはインターネットに接続できない高性能PCと、インターネットに接続できる普通のPCどっち買うの?議論してよ。

生徒達:ガヤガヤガヤ・・・先生!やっぱりネットにつながらないと意味がないです。

教師:そうだよね。でもみんなはいつも一人で暗記をしようとしたり、悩みやわからないことを一人で抱えたり・・自分達はインターネットにつながらない高性能PCになろうとしていない?

生徒達:ザワザワザワ

教師:グーグルってどう思う?

生徒達:ガヤガヤガヤ・・・先生!グーグルはとっても便利だと思います。でも・・・

教師:でも?

生徒達:いつもコンピュータがあるわけじゃありません。

教師:そうだね~。じゃあ「人間グーグルはどう?わからないときはまわりの人に聞くっていう」

生徒達:それ、とてもいいです。でも・・・

教師:でも?

生徒達:人間グーグルを使いこなすには、相手を尊重する心とか話の仕方が必要です。

教師:そうだよね~。

私よりずっと前を行っている友人。とても参考になります。私のクラスでも使ってみよう・・・

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2010-04-26

私はどの方向に指を指しているか

| 19:33 | 私はどの方向に指を指しているか - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 私はどの方向に指を指しているか - 相互依存を追いかける 私はどの方向に指を指しているか - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

教室外でのコミュニケーションの可能性がほとんどない学習者に対して、コミュニケーションを目的とした教室活動を行うことの欺瞞性を感じた教師は筆者一人ではないはずである。応用言語学は社会文化能力を含むコミュニケーション能力を効率的に習得する知見を与えてきたが、海外の現場は「コミュニケーション」を保証しない。いつの日か訪れるであろう「コミュニケーション」を想定したクラス活動は長期にわたる言語学習の動機付けにはならない。ここで教師は学習者とともに「何のために・なぜ日本語を学ぶのか」という根本的な問いにぶつかることになる。「孤立環境における日本語教育の社会文脈化の試み」(福島・イヴァノヴァ)

私が日本語を教えているハンガリー、そしてブダペストの場合、かつてはJICA・JOCV、そしてJ-CAT、国際交流基金、日ハンガリー協力フォーラムと日本語教育に対し日本から手厚いサポートを受け、更に邦人も1000以上おり、私の大学だけでもクラスのゲスト、書道クラブ、生花クラブ、手話クラブ、会話クラブと日本人の方と接する機会が結構あります。この他に学生は独自のネットワークを使い日本人の方とつながっています。

でも、それでも「なぜハンガリーで日本語を学ぶのか」ということを教師も考える必要があると思います。もちろん教科書に書いてある項目を覚えることをクラスの目標にしても全く問題はありません。同じように試験に合格というわかりやすい目標を立てることも決して悪くありません。でも教師として学習者にどの方向を向いてもらいたいか・・それを示すことも重要なんじゃないか・・・と思います。(というか自分が示したいというのが正直なところです。)

これをよく考えます。

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ghjalghjal2010/04/26 20:44利他行動は本能の中にあるのでしょうね。それが、『学び合い』を形成する上でも大切な本能です。そして、利己行動でもあると実感できたとき。『学び合い』は強化されるのでしょうね。
ハンガリーで、なぜ日本語を。確かに動機付けとしては、難しいのでしょうね。だからこそ、生花、茶道などの日本文化は大切になってくるのでしょうね。最近はアニメ?なんですか?

szeidzsiszeidzsi2010/04/27 00:07ghjalさま
「象は生き延びるために鼻が長く、キリンは首が長くなった。ヒトも利他行動をすることによって生き延びてきた」というのを聞いている相手が納得するように説明する方法(先行研究)を探しているところです。感覚ではわかっていても相手を納得させるには証拠(科学論文)が必要なのがつらいところです・・(探す作業は楽しいですけど)

ハンガリーでなぜ日本語を・・今私の授業では「ハンガリーに住む日本人にお前達は何が提供できるんだ」と訴えながら授業をしています。これがいいのかわかりませんが、今ははその方向に指をさしています。

2010-04-17

雑多であればあるほど面白いと言ってくださる先生なので、こちらも安心

| 21:07 | 雑多であればあるほど面白いと言ってくださる先生なので、こちらも安心 - 相互依存を追いかける を含むブックマーク はてなブックマーク - 雑多であればあるほど面白いと言ってくださる先生なので、こちらも安心 - 相互依存を追いかける 雑多であればあるほど面白いと言ってくださる先生なので、こちらも安心 - 相互依存を追いかける のブックマークコメント

娘の通う日本語教室は、ブダペストの公立小学校の日本語コースです。この学校では学歴や住所に年齢に関係なく広く日本語学習の機会を広げています。

というわけで、娘の通う日本語教室には、娘のような日本とハンガリーの2重国籍を持つ子供もいれば、普通に外国語として日本語を勉強する生徒もいます。年齢も8~18歳と幅広いです。

力強いのは、雑多な状況になればなるほど、先生が「面白い」とこれをポジティブにとらえてくださることです。今日も「日本語が弱いけど、理論的思考ができるハンガリー人と、日本語はうまいが理論的思考が弱い子供が重なると、クラスが盛り上がる・・」と言っていました。

娘も、同じような仲間だけだと、授業がつまらなくなって、サボっちゃったりするけど、いろんな人がいると時間を忘れる・・・と言っていました。

こういうのもデータ取りできれば、外国語教育と継承語教育をつなぐ1つの実践例として面白いことが述べられるんじゃないかな・・と思いますが・・・