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教師になりたい! このページをアンテナに追加

小さい頃からの夢である教師を目指し日々勉強中。現在大学院1年生。 たくさんの方々と繋がり、多くのことを学ばせて頂けたら嬉しく思います。prismic.st☆gmail.com(☆を@に変えてください)

2014-02-13

上越『学び合い』見学ツアー

12:11

2/5〜2/7にかけて、西川研究室にお邪魔し『学び合い』の見学をさせていただきました。何から何までお世話をしていただき、研究室の皆様に心から感謝いたしております。

時間が空いてしまいましたが、フィードバックをしたいと思います。



私が今回印象に残っていることは、子どもが自分の中に尺を持つということです。見学中、私は教師の発言を特に意識していたのですが、「間違いの中に学びがあるんだぞ」、「簡単に解決するな」、「たくさん間違えたね。とっても良かったね。」という言葉がとても印象的でした。

そういった言葉が子ども達に浸透しているのを、授業を見ながら感じました。目立ちたいとか尊敬されたいとか、強制されているからとかではなく、「自分のために」学んでいる子どもの姿がありました。


小学6年生の単学級『学び合い』の見学の時に、ある一人の男の子が「答えがあっているかどうか、今から説明を聞いてほしい。」と言って、グループの輪の中に入ってきました。

自信なさげに、でもちゃんと理解したいという気持ちだけは強く、勇気をだして輪の中に入ったその姿にとても感心してしまいました。

結局男の子は上手く説明が出来ず、大声で他の女の子を呼んで、その子を混ぜてみんなで意見をぶつけ合っていました。

間違えることが少しも恥ずかしくない、自分が理解できることを大切にしたい、互いに助け合えれば効率よく深い理解に達することが出来る、そういったことを子ども達は理解しているように感じました。



昨日この見学のお話をtablerの塾長に報告したのですが、『学び合い』を花が咲く工程に例えて説明されていたのがとても印象的でした。


子どもを「芽」に例えた時、教師の為すべきことはどういったものであるべきか。


大半の教師は、直接「水」を与えたがる。だけどそれでは子どものためにはならない。


子どもが水を手にできる環境をつくること。学校を出てからもずっと、自力で水を手に入れ続けられる力を養うこと。そういったことを『学び合い』は掲げているのではないか。



私は、今回の『学び合い』の見学を通して、教育が「生きる力」を養うためであるべきだということを実感しました。

そして、この見学のフィードバックは3月31日に東京で行われる『学び合い』の会でも発表させていただく予定です!学んだことをどんどん発信して、輪を広げられたらと思います。

sumi-chansumi-chan2014/02/13 22:31上越ツアーおつかれさまでした。興味深く拝見しました。
3月31日に東京で行われる『学び合い』の会、というのは、もうどこかで告知されていますか?
時間や場所、費用など、開催概要が分かると嬉しいです。

FlipperKFlipperK2014/03/04 23:15中国地方ツアーなんぞいかがなもんでしょうか?なんて無責任なことを書き残します。失礼しました。

swprismswprism2014/03/08 02:24sumi-chanさん
Facebookでの返信になってしまい申し訳ありませんでした。東京での会、日が迫ってきましたね。ご参加されるのであれば、お会いできるのをとっても楽しみにしています。ぜひまたご一緒にお話したいです。

swprismswprism2014/03/08 02:26FlipperKさん
中国地方、一度も行ったことがないのでぜひ訪れてみたいです!
FlipperKさんが以前メールで伝えてくださったことが、今更になって心から理解することが出来ました。本当に、感謝するばかりです。いつもありがとうございます。

2014-01-26

発達を考える

03:34

 今日はtablerで行われた、インテグラルエデュケーション研究会~企業と学校を繋ぐ教育学~に参加しました。

 発達に関してどういった理論が存在してどれが一番妥当性があるのか、いずれ突き詰めていきたいと感じました。


 印象に残った言葉は、「発達=幸せではない」という言葉です。

世界をより複雑な視点で捉えることが出来て、多くの「目」を持っていればいるほど、生きづらくなることもあるとおっしゃる方がいました。

発達の段階が「低い」ほうが、環境に順応しやすく生き易いということもあるのですね。

でも、発達してしまった以上は元の段階に後戻りなんて出来ません。生きづらいと感じている人は、どうしたらいいのでしょうか?大事なのは、自分に一番適合する環境に入るということなのでしょうか?そんなこと、いかなる時でも可能なのでしょうか?なんだか不可能な気がしてなりません。

自分と環境との関係性、そしてその中での望ましい姿。そういった答えを得るためには、全ての事象を部類分けできるような枠組みが頭の中にあるといいのではないかと感じました。

ケンウィルバーの「メタマップ」、とても興味が湧きました。



 それから一つ、私の中で分からないことがありました。

「教師は、生身の人間ということを子どもに晒せない存在である」

という発言があがったのですが、それに対し、

「教師と子どもが全くのフラットな関係になっていては上手くいかず、ある程度は縦の関係性が必要だ。でも、あまりに縦の関係性が強すぎて固定化されてしまうと子どもは息苦しくなってしまう。」という返答がありました。

そして更に、「教室文化をマネジメントするのが教師だ。」とおっしゃる方がいました。

 どの発言も、ある程度は納得できるのですが、なんだか腑に落ちない部分もあって悩んでしまいます。

「生身の人間」であることを、少しくらいは曝け出してもいいのではないか?

完璧な人間像を与えることのメリットも分かるが、デメリットも大きい気がする。(世間や集団の目を気にする段階にいる子ども達だからこそ、「完璧」さを偶像として植え付けてしまえば自尊感情が傷つきかねない、など。)

「教室文化」とは、つまり具体的にどんなものなのか?

それは、一つの観念に押し込めようとする圧力を生んでしまわないのか?

そこにこぼれてしまった子どもをどう救えばいいのか?

抽象的なところでは何となく分かるような気がするのですが、具体的に詰めていくとさっぱり分からなくなってしまいます。これは経験がないからでしょうか?今の私には分からないものなのでしょうか。。


 残りtablerで過ごせる2ヶ月、子どもと接する時間を大切にしていきたいと感じました。

FlipperKFlipperK2014/01/27 05:14具体的に講義を受けたわけではないので、私なりの解釈になるのですが…。

>「発達=幸せではない」

について、「幸せ」をどう定義するかについてでもいろいろ考えることができそうですね。ただ、発達して選択肢が増えたり、いろいろ考えるようになれば、迷いや悩みが生じるのは当たり前でしょうね。ただ、この場合の幸せは、「周りにその人を守ってくれる人(たとえば親)が存在し続けていること」がいることではじめて成立するものかな、と思いますけどね。

>「教師は、生身の人間ということを子どもに晒せない存在である」

ま、そう言われればそういう面があるかもしれませんね。自分は違反切符を切られたことがあっても、子どもには「交通ルールを守りましょう」と言えるのが教師ですから。ただ、大人って、みんなそうではないのでしょうか?自分をさらけ出しまくっている人っていませんよね。自分をさらけ出すって、難しいです、大人になるにしたがって。教師は、子どもにとって、親と並ぶ大人の代表なんですよね。親しみの持てる間柄になるために、小出しにすることはあっても、それはすべてではない、位でいいのではないでしょうか。

>教師と子どもが全くのフラットな関係になっていては上手くいかず、ある程度は縦の関係性が必要だ。でも、あまりに縦の関係性が強すぎて固定化されてしまうと子どもは息苦しくなってしまう。

 ま、それもそうでしょうね。子どもの目線に立つことも必要ですし、大人として接し、指示や助言を与える立場である以上少し高みから俯瞰する立ち位置も必要です。でも、いつも「上から目線」で指示だけされていると、息苦しくなるのは当然ですよね。

「教室文化」とは、子どもが学ぶ環境だと私はとらえています。子どもが学びやすい、成長しやすい環境を整えるのが教師の役割。『学び合い』の基本理念の1つです。教室を教師が仕事をしやすい環境として整えるのか、子どもが学びやすい環境として整えるのか、そこで大きく前提が変わってきますよね。
長くなりましたが、自分なりの意見としては以上と言うことで。

mei-c5mei-c52014/01/27 21:41山梨では大変お世話になりました!
発達=幸せではない って、おもしろいですね。
『アルジャーノンに花束を』を思い出しました。
それから、
>自分と環境との関係性、そしてその中での望ましい姿。そういった答えを得るためには、全ての事象を部類分けできるような枠組みが頭の中にあるといいのではないか
ここに関して、どうしてそう感じたのか気になりました!

完璧な人間って、そもそもどんな人間なんでしょうねえ?難しいですね。

swprismswprism2014/01/29 20:25Flipperkさん

コメントありがとうございます。
>「発達=幸せではない」
確かに、「幸せ」の定義によって意味合いも変わってきそうです!周りに自分を守ってくれている人がいるからこそ、「発達」が進んでおらず環境に順応しきっている状態の時に幸せを感じられるのだと思いました。一方で、こうした幸せの前提とは、自分が苦しんでいるときにより実感できるものなのではないかとも感じました。悩みが増える、辛い思いをするからといって「幸せではない」と言い切るのも違うような気がしてきました…。「幸せ」について考え出してみたら、自分の中で混乱してきてしまって、新たな課題を見つけられたような気がして嬉しいです。

>「教師は、生身の人間ということを子どもに晒せない存在である」
確かに、私が教育実習で授業をした際、自分はあたかもこの分野のプロフッショナルであるかのように見せたい、そう見せなきゃいけないと思い込んでしまう節がありました。現実は全くそうでないのにです。そして、その場合に「本当は私は国語ができません!」と全て曝け出してしまうのも何だか逆効果なように思えます。どういった状況か、文脈かなどを考えて、「すべてではない」ということを意識してみようと思います。何だかすっきりしました。

>教師と子どもが全くのフラットな関係になっていては上手くいかず、ある程度は縦の関係性が必要
これもやはりバランスなのですね。経験がないとつい理論で突き詰めてしまいたくなってしまい、柔軟に考えられていないのだと感じました。子どもをしっかり見て、どういった姿勢でいることが一番「その子」の成長につながるのかを考えたいです。

>「教室文化」
環境と考えれば、大分納得出来てきます!「子どもが」という視点でマネジメントしていけば、こぼれてしまう子もその救われ方も少し想像が湧いてきます。

貴重なご意見本当にありがとうございました。ブログに書いた段階のときよりも、更に考え深めることが出来ました。

swprismswprism2014/01/29 20:44mei-c5さん
山梨の会でお会いできて、本当に嬉しかったです。
「発達=幸せではない」、私もそれを聞いた時に同じように面白さを感じました!自分の中になかった発想に出会うことが、いかに貴重な機会かということを感じました^^

>自分と環境との関係性、そしてその中での望ましい姿。そういった答えを得るためには、全ての事象を部類分けできるような枠組みが頭の中にあるといいのではないか
この日の研究会では、事前に読んでおくよう言われていた論文があったのですが、そこには環境を4つに分類し、その中での望ましい自分の在り方というのが書かれていました。
こんな風に全ての事象を的確に分類できるなんて、今の私には理解できない境地でした。こうした枠組みを頭の中に公式のように据えているならば、より効率よく生きることが出来るのではないかと感じました。そういった意味で、私も単純にそうした枠組みが自分の中にほしい!と感じたのです(^^;)でもどうやって手に入れるのか…道は険しそうです。

mei-c5さんの望んでいた回答に上手く答えられた自信がなくて申し訳ないのですが…こうして考える機会を下さったことにとても感謝です。

2014-01-25

一歩

01:13

 山梨授業マネジメント研究会に行ってきました。色々な方のお話を聞いて、本当に刺激を受けました。

 ここ最近ずっと立ち止まっていたのですが、やっと前に進むことが出来たと感じます。


 「今の空っぽの自分を受け入れる」

自分に無理やり思い込ませているのと、慕っている方に言われるのとでは全く違いました。「しなきゃいけない」から「したい」に変わったのだと思います。

 今日、私に「金箔の知識の何が悪いの?」とおっしゃてくださった方がいて、なんだか目が覚めたような感覚です。(金箔の知識とは、実力があると周りから有望視されているのに実際には実力が伴っていないというイメージです。)


少しだけ、「また勉強を始めたい。また何かを書きたい」と思えました。

昨日までの自分とは、明らかに変わりました。


「変わる」ために、つまり成長するためには、どういった姿勢でいることが相応しいのでしょうか?

「変わりたい」と思って「変わる」ことが良いのでしょうか?

それとも、目の前にあることにしっかりと向き合っているだけで、人は自然に変わっていくものなのでしょうか?



 今、ブログを書いても暗いことしか書けないと、ずっと阻んでいました。だけど、多様なブログがあるうちの一つとして、ありのままに記してしまおうと思いました。

私は今どうしても一歩前に進みたくて、そのためにはこうして整理することが必要だと感じます。これからまたブログを復帰していきたいと思います。



 でも、今日は幸せな気持ちでいっぱいです。

本当に素敵な会に参加することが出来ました。

FlipperKFlipperK2014/01/26 02:30お帰りなさい。

swprismswprism2014/01/26 02:37FlipperKさん
ありがとうございます! とってもとっても嬉しいです。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2014/01/26 13:03swprismさん ありがとうございました。発表もとっても良かったですよ!気軽に参加して実りの多い会になるといいな!と思っていますので、今日のブログを読む限りでは私の目標の評価は◎のようです!また、『学び合い』山梨の会をしましょうね。swprismさんの今後の展開もとっても楽しみです!

maya-1maya-12014/01/26 21:20次年度は中信にも来ていただき発砲をお願いしたいと思いました。

akifune3akifune32014/01/26 22:19お疲れ様。僕も本当に自分が無力で弱い存在だな~と感じる日々です。それでも,無力な自分を受け入れながら,自分にできることをしていきたいなと思っています。

進んでいきましょう。これからのswprismさんに幸あれ。

swprismswprism2014/01/27 12:32i-Kawa-nakajimaさん
ありがとうございます!本当に実りの多い会であったと感じました。拙い発表でしたが皆さんが意見や質問をたくさん言ってくださって、とても助けられました。発表の機会を与えてくださり本当にありがとうございます。
お伝えした通り、懇親会でのi-Kawa-nakajimaさんのお話に本当に感動しました。早く教師になりたい‼ と数ヶ月ぶりに思いました。
次の会も本当に楽しみにしています。

swprismswprism2014/01/27 12:37maya-1さん
一昨日はありがとうございました。次年度はぜひ中信の会にも参加させていただきたいと思っております。発表させていただくためにも、研究に精をいれようと思います!

swprismswprism2014/01/27 12:41akifune3さん
久々にお会いで来て本当に嬉しかったです。人に言えなかったのに、どうしてakifune3さんの前ではあんなにも自然に自分の気持ちを言えたのか不思議に思ってしまいます。親身にアドバイスをくださって、本当にありがとうございました。akifune3さんとmei-c5さんと話したあの時間に、一歩進むことが出来ました。

akifune3さんでもそのように思うことがあるのですね。私ももう目を背けずに、しっかりと自分を受け入れて、その上で行動していこうと思います。

2014-01-09

「展開のある授業」

02:44


 今日は、久々に学校で授業を受けました。教職の授業だったのですが、テーマは「展開のある授業」です。

 子ども・教師・教材の関係の中に「矛盾」「対立」「葛藤」が生まれ、それらを三者によって克服していく授業のことを「展開のある授業」と言うようです。



 例えば、「江戸幕府はどうして参勤交代を行ったのか?」と子どもに問うと、だいたいの子は「大名にお金を使わせて経済力を弱めるため」だと答えるそうです。

そこで教師は、ある資料を配ります。「大名はお金を使いすぎると財政が苦しくなるので節約しなさい」という旨が書かれた『武家諸法度』の資料です。ここで、子どもと教材との間に「矛盾」が生じるそうです。

 また、戦後教育の中で有名だという出口論争のお話も聞きました。簡単にまとめると、「森の出口は何処であるか」という問いに対して、子どもと教師との間に「対立」が生じたお話のようです。

 こういった「展開のある授業」のお話を聞いていると、とても魅力ある授業のように思えました。思えば、私が国語を大好きな理由も、「矛盾」「対立」「葛藤」をより感じることが出来るからなのだと気づきました。勉強への面白さを感じる時って、こうやって知識を疑がったり、吟味したり、活用したりする時なのだと感じました。



  私は、この授業と全く同じ内容のものを2年生の頃にも受けていました。あの頃は、「私もこんな教師になれるのかな~。なりたいな~。」などとぼんやり考えているだけでした。でも、今日は授業中にたくさんの「?」が蠢いてしまい頭が疲れてしまいました。


 一番のひっかかりは、「本当の教師」という言葉です。

「本当の教師ならば、こうやるだろう」と言った発言に対して、私は驚いてしまいました。




本当の教師って何だろう? 正解ってあるのかな?

他の学生はこの言葉に対して、何を思っているのだろう?




 私自身、まだ自分の中での教師としての正解を打ち出せていない状態です。まさに”「本当の教師」という言葉を発した先生”と私との間に、「対立」「葛藤」が生まれている状態です。

 こんな状態を与えてくださった先生に感謝を覚えざるを得ません。今日の授業は私にとって、この上なく「展開のある授業」でした。

FlipperKFlipperK2014/01/10 13:11 本当の教師という言葉の前には、本来「私にとっての」という言葉が入るはずです。少なくとも私はそう思います。一般的な定義づけをされた「本当の教師」というのは存在しないというのが私の感想です。その先生の授業のすばらしさとは全く違うことですけどね。

swprismswprism2014/01/12 02:25FlipperKさん
 私もFlipperKさんと同じように、「本当の教師」とは人によって様々な答えになるのではないかと感じます。大学で受ける授業は、まるで教師としての「正解」を提示され、そこに従うよう仕向けられているような印象を感じる時があります。少し大袈裟な言いようかもしれませんが…。
自分自身でしっかりと考えていかなくてはなりませんね。

2014-01-08

イベントに向けて

00:12

 昨日は、tablerで学生3人と教室長と一緒にイベントの打ち合わせをしました。小中学生を対象にした、理科でのイベントです。

 子どもに、普段の学校の授業では味わえない「勉強って楽しい!」という感覚をどうしても味わってほしいです。1つのテーマを突き詰めていく中で、多くの知識が自然に吸収されていく感覚、そして問題解決出来たことによって自らの学びが「社会」に活かせるという感覚を味わって欲しいです。そして今後の「学び」に対する姿勢までも変えられたらと思います。(1回のイベントだけでは難しいかもしれませんが…)


 こんな風に理想だけは高く掲げたところで、実際に具体的なイベント案を考えるとなると本当に難しいです。頭が固くなってしまい、単なる実験教室のような案ばかり提示してしまいました。自分ですらワクワクしない内容を、子どもが興味持つわけないのだと気付かされます。

 

 昨日特に痛感したことは、私ってプロジェクト学習のこと全然理解出来ていない!という感覚です。そもそもこの打ち合わせ自体がプロジェクト学習だと言えることに、ようやく昨日気づきました。自分のゴールも手に出来ていない状態なのに、他人のゴールまでの道のりを作らなくてはならない、という状態です。同時進行は難しく感じるのですが、本当に良い勉強になっていると感じます。

 昨日、打ち合わせ中に思いました。「私が、もっとワクワクしてもいい気がする。」という感情です。私は今、一つのテーマに向かってチームで団結しながら多くの知識を吸収し、問題解決へと向かっている途中です。本当はもっと楽しいはずです。このイベントが、自分のための勉強でもあることを忘れていました。

 このイベントを通して、子ども達だけでなく私もきっと大きく成長出来るはずです。残り1ヶ月半、気持ちを新たに頑張っていこうと思います。