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教師になりたい! このページをアンテナに追加

小さい頃からの夢である教師を目指し日々勉強中。現在大学院1年生。 たくさんの方々と繋がり、多くのことを学ばせて頂けたら嬉しく思います。prismic.st☆gmail.com(☆を@に変えてください)

2013-12-19生涯学習について考えたこと

これまで何年も教育に強い関心を抱いていたはずなのに、今教育について誰かと語るとなると、空っぽの自分が露呈されてしまいます。そして悲しくなったり、恥ずかしくなったり、やる気が湧いてきたりします。


空っぽの原因は、これまでの人生の中で自分の関心を深く追求してこなかったことだと感じました。

決められた内容を、決められた体系の元に、決められた評価基準に沿って、真面目に取り組んできた結果が、私を金箔のような薄い表面上の知識で塗り固めることになったのだと感じました。


自分の信念は?

その目的は?

それを正当だと言える根拠は?

社会での位置づけや適合性は?

繋がり合うものは?

相反するものは?

そんな風にして何かを追求することで、社会の在り方やその中での自分の位置付けが上手く客観視できるようになるのだと感じました。そしてそれは、生きていく上で非常に役立ちそうです。先日、ある方とお話していた時にそんなことを強く感じました。


その方は、自分が関心を持ったある理論を出発点にして、徹底的に勉強し尽くした方です。大学の授業も出ずにひたすら本を読み、自学に徹したそうです。そして何年か経ち、世の中の殆ど全ての事を自分の中で体系的に位置付けられる「型」を手にすることが出来たのだそうです。

私は、そんな風に徹底的に自分の関心を突き詰める姿勢に憧れてしまいました。

でも、それが人として望ましい在り方だと断定しているわけではなく、

そんなにも深くから物事を理解出来ていなくとも、表面だけの知識に頼って生きていくことだって十分可能なのです。それがその人にとって一番幸せな在り方だったら、それでも良いのだと感じます。


自分の「幸せ」が保証されていて他人の「幸せ」を侵害しないような生き方、これが今の私の納得解です。



そして、今私はその納得解に自らを当てはまらせようと頑張っている状態です。

これまでのような金箔の知識を塗り固める生き方では、今私が信じているものとの間に齟齬が生じるので、変わる必要性が出てきたのです。


人と繋がること、自分に合った環境を手にいれていくことを、その手段としています。

一人きりで頑張るよりも、ずっと大きな成果を得られることが分かって来ました。そして理想に辿り着けていない“過程”の段階の時ですら、常に幸せを実感することが出来ています。




このことを自分の経験談から離して、一般化しようと試みたのですが中々難しいです。

人が変わることに必然性はあるのか、そもそも変わるとは何か、幸せの感受性を高める生き方とは何か、それはどんな時でも人と繋がることが含まれているのか、、

考えが巡りに巡って収集がつかなくなり、結論も出ないまま頭が疲れてしまいました。

一つ分かることは、私は今、生涯学習のような観点に興味があるのだということです。


北欧の国々の社会観のような、(特にデンマークでは社会人が互いの成長を支援し合えるようなサークルに所属することが一般的だというお話を聞きました)、生涯を通して人が成長し続けられるような生き方というのにとても魅力を感じています。

「大人になったら性格はもう変わらない」という言葉をよく聞きますが、本当にそうなのでしょうか? 日本の社会がそう思い込んでしまっているだけではないのでしょうか?

私の周りにいる大人の方で、常に様々なことへのアンテナを張り巡らし、頭を柔らかく構えて凝り固まらずに、いつでも自らの成長を願っている方が多くいらっしゃいます。一方で、そうでない大人の方も多くいます。そんな方は、自分では何不自由なく生きていると感じているかもしれませんが、損をしている部分がとても大きいと私は感じてしまいます。

誰もが、幾つになっても互いに成長し続けられるような社会であったなら良いのにな、と感じます。

でも、どうしてそれが良いと言えるのか、日本社会のどのような点がそのことを阻んでいるのか、何を変えたら改善出来るのか、そんなことまでしっかりと把握できるようになることが今の私の課題です。

ogymogym2013/12/22 23:35教えてないのに教えることを考える、そのことで、自分の空っぽさを感じたことが自分にもありました。なんだか難しいなぁややこしいなあと思いつつ、そんなややこしさを納得できるようにしていくのが僕は好きです。教育^^。

swprismswprism2013/12/24 11:30ogymさん
コメントありがとうございます。そうですよね、教えていないのに教えることを考えているのですから難しいはずですよね。自分自身もずっと学び続けられる、この魅力が教育に携わりたいと思える大きな理由だと私も感じています。
ただ難しいと打ちひしがれるのではなくて、こうやって前向きな捉え方を出来る自分もいるのだという事に気づかされました。