ぼちぼちいこか

長野県諏訪郡で小学校教員をしています
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2010-08-30

[]語れる環境をつくる 20:13

今日は、kan66さんの授業を参観しました。よくよく考えてみたら、同じ長野県内の授業を見るのは初めて。しかもライブ参観を同僚と行うことができました。長野県の短い夏休みをうまく利用させてもらえて、ラッキーでした。ぜひぜひ、来年以降はシステマチックに進めていきましょう。


さて、授業ですが、

教師の短い説明(約5分)

子どもたちの活動(約30分)

説明タイム(約10分)

という大まかな流れでしたが、すごかったのは子どもたちが勝手に役割分担をして活動に必要な道具を準備したり片付けたりする姿と、わからないことをすかさず近くの子に聞いたりする姿でした。あんまりにもどんどん動く子どもたちだったので、グループは毎回固定しているのか気になり聞いてみました。


「ねえねえ、このグループってどうやって決めたの?」

「適当!」(「テキトー!」)


と元気な声で即答されました。これだけでうれしくなっちゃいました。


     ◆


帰りの車の中では、一緒に参観した同僚と『学び合い』などについて話し合ってきました。

「教師が教えないっていうのは引っかかる」

ということを言っていました。当然の反応です。


帰校してからは、ある先生に、

「どうだった?」

「子どもたちは教師の狙った姿に迫っていたか?」

などなど聞かれ、

「どうって聞かれても、面白かったですよ」

「全員が教師の目標を達成していました」

と答えて、うまく話がかみ合わなかったため、きっと話の根本のところでズレがあるなぁと思いながら、

「うまく説明できないんスよ」

と言ってしまいました。西川先生のことを説明したところ、すぐに相手の先生は手引書をダウンロード・印刷していました。


ちなみに、その先生は「『座りなさい!』を言わない授業」を以前に読んだことがあるようです。また、別の同僚はM先生の「『学び合い』入門」をお持ちでした。


     ◆


自分にとっても、勤務校にとっても、非常に大きな一石を投じる参観だったかもしれません。 

今後は校内に『学び合い』を広めることが目的にならないよう、あくまでも、授業について、子どもたちの姿について語り合えるような職場環境づくりを目的に、周りの先生方と折り合いをつけながら進めていこうと思います。

sumi-channsumi-chann2010/08/30 21:42同僚の方と一緒にkanさんの授業を参観できたなんて、うらやましい〜!

>>今後は校内に『学び合い』を広めることが目的にならないよう、あくまでも、授業について、子どもたちの姿について語り合えるような職場環境づくりを目的に

ここ、私も大事にしていきたいと思っています。

sumimonsumimon2010/08/31 21:41sumi-channさん、
同僚がフットワークのいい人で恵まれています。
これまでは『学び合い』を何とか広めたいという想いが強すぎましたが、色んな先生方がいるわけで…。子どもたちも、その子に合った方法があるように、多くの教師にもその人が好む考え方があるんですよね。その考え方・哲学が垣間見える職場環境がこれからずっと続いていくといいなぁって思っています。

kan66kan662010/08/31 23:02遅くなりましたが、昨日はありがとうございました。また、2学期のスタート、お疲れ様です!
私の拙い授業のせいで、同僚のH先生を余計混乱させてしまったような気がします・・・。
今度はsumimonさんの学級へぜひおじゃまさせていただきたいと思います。

sumimonsumimon2010/09/02 06:33kan66さん、
H先生の混乱は予想通りですからご心配なく。それよりは授業参観をきっかけにして、職員室が変わり始めました。『学び合い』について語れるようになったんです。別に今まで禁止されていたわけではないのですが…。13日もよろしくお願いします。

2008-09-29

[]異学年 03:54


昨日、N県J市で小学校の異学年授業を参観させていただきました。昨日は初めて3つの学年が一緒にやるとのこと。初めての学年がどう関わるのかも見られるなんてラッキーだなぁと想いながら出向きました。


それでもはじめの教師の語りは合計5分。一人の教師の語りではありません。3つの学年の先生方ですから3人です。3人合わせての5分です。昨日が初めての異学年参加だった5年の担任の先生も長く話すことはなく、伝えたいことを端的にお話ししていたのが印象的でした。


そして開始とともに聞こえた「誰とやろう。」の声。自然でいいよなぁと想いながら聞いていました。


当然ながら、学年関係なくグループになっていて、参観する立場からすると「誰が何年生か…」とオロオロするばかりでした。手がかりは子どもたちの持っている教科書か学習カードだけでした。


     ◆


参観前に電話で連絡した際には、

「普通の授業ですから、そんな参観するなんて・・・」

とおっしゃっていた参観校の先生。


参観させていただいて思ったのは、異学年が「普通」に行われていることがどれだけステキなことか、ということ。だって、学年に関係なくグループになって、時折相談したり、雑談したりしながら自分たちの学習を進めていく算数の授業なんて、一般の学校ではあり得ません。でも、それをやっている子どもたち。


授業での子どもたちの姿を共有しているから、先生方が子どもの姿で話ができるなんて、一人で授業を教えていたらなかなかできません。


校長先生が子どもたちと一緒にあぐらを組んで話をしている授業というのもステキでした。






[]「受ける授業」から「学ぶ授業」へ 03:54


久しぶりにライブ参観させていただいて思ったことですが、『学び合い』だと子どもたちが授業を受けるという感覚がなくなります。子どもたちが学ぶ授業と化します。


昨日も初めて異学年に取り組んだ5年生にあって、ある男の子が教科書の問題をいったんやり終えて、席を立ち友だちの所へ向かいました。「友だちの所」と言っても教室が違いますから「はるばると」歩いていくわけです。そして自分の考えが正しかったのか、友だちがどのように考えているのかを聞き続けました。


はじめに自分で考えたものが正しい答えに辿り着いているのに、結局間違った認識をしたまま授業を終えてしまいました。


一般的な授業では、「それはいかがなものか」とツッコミを入れられそうな気がしますが、私は次の時間が楽しいだろうなぁと感じました。自分から人と関わり、話をしていく中で考えを変えていった男の子です。自分で考えたことが間違ってはいないのに、自信が持てずに間違った認識をしてしまったのは残念ですが、それだけ友だちとの関わりの中で対話することが不足していたのではないかと思うのです。そのような子が今後、どう変わっていくかを見られるなんてワクワクする以外の何物でもありません。


もし授業を「受ける」ものとして捉えているのであれば、間違った認識をしてしまっている子どもたちがいたなら、情報の受け取り方が間違っていたとして及第点はつけられません。しかしながら自ら「学ぶ」授業として成り立っているならば、間違った認識も1つの学びです。そこからどう変化していくかに大きな好奇心がわいてきます。

yu10514yu105142008/09/30 09:14最近は,大学の講義や教員採用試験があって,なかなか生の現場で学ぶ機会がつくれませんでした。
しかし,現場に出なければ学べないことはたくさんあるということに気がつきました。
こちらこそ,ありがとうございました。

sumimonsumimon2008/10/01 05:59yu10514さん、ありがとうございます。
>現場に出なければ学べないことがたくさんあるということに気がつきました。
『学び合い』だからこそ現場でしか学べないことが多いのかもしれませんね。
教採結果、吉報が届くことを信じています。

janglejapjanglejap2008/10/01 20:53「受ける授業から学ぶ授業へ」・・・まったくおっしゃる通りだと思いました!!

sumimonsumimon2008/10/01 22:05janglejapさん、
参観すると、当然ながら客観的に子どもたちを見られるのですごく新鮮な感動がありました。この視点を自分の授業でも…、と思っているところです。

2008-06-18

[]「っ」~場面~ 00:12

makineさんのクラスのライブ参観記です。


makineさんがブログで紹介されていた授業の第2時をまずは参観しました。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/makine45/20080614


多くの子がローマ字練習帳に取り組んでいました。

そんななか、Aくん(仮)が促音「っ」にこだわっていました。



ひらがな表記の促音「っ」がローマ字にもあると考えていたようです。ローマ字一覧表の「つ」の部分に

 tu

(tsu)

とありましたから、「つ」は“tu”であって、促音「っ」は“tsu”だとAくんは考えたように私には見えました。



5分経っても、

「ねえ、ちっちゃい『っ』って、これだけ(注“tsu”)でいいの?」

とグループの誰にというでもなく、つぶやいていました。残念ながらその後の会話が聞き取れなかったのですが、Aくんはそれからはこだわるのをやめて、練習帳を「やっつける」ことに全力を傾け始めました。自分の本時のめあてが【ローマ字をできるだけおぼえる】としていたことも一因と思われます。


しかしながら・・・、


Aくんと同じグループのBくんが、

「・・・(略)、あと、ちいさい『っ』をローマ字でかくときは、同じローマ字をつなげるとわかった。」

と記していました。きっとAくんの「悩み」もBくんや他の子が解消してくれることと思います。




[]「っ」 ~考察~ 00:12

makineさんのクラスは、子どもたちをつなげている線が太くしっかりしたものではなく、凧糸のような普通の太さの糸が切れる心配がなく、確実に子どもたち同士をつなげているようでした。


困ったこと、気になることがあったらそれを正直に口に出せる子どもたち。

そして、その疑問にさりげなく答える子どもたち。

困ったときに使える存在として友だち同士が関わっているようでした。


上記のAくんにしても、

「これ何?」

「あぁ『つ』があった!」

「なにこれぇー。」

「ねえ、ちっちゃい『っ』ってこれだけでいいの?」

とたくさん言葉を漏らしていました。


これらに対して、

「これいいんだよ。関係ないんだよ。」

「それZだろ。ズー。」

「ホント、なにこれ、意味わかんねぇ。」

と周りから返答のようなものがありました。


「教えてあげる」←→「教わる」という関係ではないんです。なんとなく「つながっている」感を強く感じました。いい表現かわかりませんが、「ゆるい」感じなんです。


すごく居心地がいいのだろうなぁと思います。

keikei2008/06/22 08:40おはようございます。埼玉の会でお世話になりました。小学校時代の話をお尋ねしたものです。
なんとなく「つながる」→ゆるくつながるというところに、思わず反応です。
私のクラスも、ゆーるくつながっているんです。子どもたちのつぶやきを聴くと自然体なんです。
こうやって、逐語記録を読み解くと、発見がいっぱいありますね。

sumimonsumimon2008/06/22 14:18keiさん、コメントありがとうございます。
「ゆるくつながる」=「自然体」ですね。私のクラスは「自然体」もあり、“やらなきゃ”という意識もありました。「自然体」というのがキーワードになりそうです。