ぼちぼちいこか

長野県諏訪郡で小学校教員をしています
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☆★☆『学び合い』メールマガジン☆★☆
http://www.mag2.com/m/0000270912.htm

2008-10-01

[]なんとなくですが 23:23

算数では自分が教えて、子どもたちが練習問題を解いて…、とやってきました。「その時」は解けます。定着するかどうかは「?」です。自分の教え方に問題があると思います。。もっと数え棒を子どもたちに操作させる必要もあると考えます。


それらよりも、子どもたちが受け身にならないように語る必要があると感じています。『学び合い』ではありません。しかしながら語る必要があります。


     ◆


勝手な解釈かもしれませんが、「体験」の重要性が叫ばれて久しい気がします。


「教える」→「練習問題を解く」という活動には、ある種、レールの上を走る列車に乗って目的地に進むイメージがあります。“なんとなく”目的地には到着しますから、子どもたちも安心します。でも、少し経ってしまうと「どうやって辿り着いたっけぇ?」と思い出せなくなります。


一方、子どもたちを信じて任せたとき、レールはありません。子どもたちが「あっちだよ。」「こっちだよ。」「そっちは違うんじゃない?」とあぁだこうだ言いながら進みます。自分たちで速さも決められるので、当然ながら子どもたちは早く辿り着こうとします。そして行ったり来たり、行きつ戻りつしながら目的地に到着しますから、しばらく経ったとしても「そうそう、こっちだったな。」とはっきりとした知識・記憶になっていることが多いです。ちなみに、友だちの後をくっついて進む子もいるでしょうが、そういう子に対して周りが「ねえ、自分一人になってもちゃんと行ける?」「それでいいの?」と声をかけることがあります。そのような関係づくりを同時にしていくわけでもありますが。


最近、急にこんなたとえを思いつき、後者の方が「体験」なのではないかと考えるようになりました。つまり、『学び合い』は教科学習においても体験活動ではないかということです。子どもたちの実体験が少ないと嘆くよりも、特別な手立てを講じなくても、教科学習の中で大事な体験を積むことができると思うのです。

janglejapjanglejap2008/10/06 19:17すごくわかりやすいたとえです。私も、似たようなこと・・「たくさん失敗(試行錯誤?)できるよさ」を感じます。
そして、この前のsumimonさんの言葉「受ける授業から学ぶ授業へ」・・・つくづくその通りだな~と思います。

ところで長野のセミナーには参加されますか?

iku-nakaiku-naka2008/10/06 22:40参加されますよね~♪(笑)。

sumimonsumimon2008/10/07 05:05janglejapさん、iku-nakaさん、「お誘い」ありがとうございます。
実はまだ申し込んでいないのですが、当然!行くつもりでいます。ただ、初任校で卒業させた子が高校最後の大会があるというので、そちらに顔を出してから行きたいとも考えているので、その子と連絡を取り合っているところです。