ぼちぼちいこか

長野県諏訪郡で小学校教員をしています
授業参観可能です
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☆★☆『学び合い』メールマガジン☆★☆
http://www.mag2.com/m/0000270912.htm

2008-09-29

[]異学年 03:54


昨日、N県J市で小学校の異学年授業を参観させていただきました。昨日は初めて3つの学年が一緒にやるとのこと。初めての学年がどう関わるのかも見られるなんてラッキーだなぁと想いながら出向きました。


それでもはじめの教師の語りは合計5分。一人の教師の語りではありません。3つの学年の先生方ですから3人です。3人合わせての5分です。昨日が初めての異学年参加だった5年の担任の先生も長く話すことはなく、伝えたいことを端的にお話ししていたのが印象的でした。


そして開始とともに聞こえた「誰とやろう。」の声。自然でいいよなぁと想いながら聞いていました。


当然ながら、学年関係なくグループになっていて、参観する立場からすると「誰が何年生か…」とオロオロするばかりでした。手がかりは子どもたちの持っている教科書か学習カードだけでした。


     ◆


参観前に電話で連絡した際には、

「普通の授業ですから、そんな参観するなんて・・・」

とおっしゃっていた参観校の先生。


参観させていただいて思ったのは、異学年が「普通」に行われていることがどれだけステキなことか、ということ。だって、学年に関係なくグループになって、時折相談したり、雑談したりしながら自分たちの学習を進めていく算数の授業なんて、一般の学校ではあり得ません。でも、それをやっている子どもたち。


授業での子どもたちの姿を共有しているから、先生方が子どもの姿で話ができるなんて、一人で授業を教えていたらなかなかできません。


校長先生が子どもたちと一緒にあぐらを組んで話をしている授業というのもステキでした。






[]「受ける授業」から「学ぶ授業」へ 03:54


久しぶりにライブ参観させていただいて思ったことですが、『学び合い』だと子どもたちが授業を受けるという感覚がなくなります。子どもたちが学ぶ授業と化します。


昨日も初めて異学年に取り組んだ5年生にあって、ある男の子が教科書の問題をいったんやり終えて、席を立ち友だちの所へ向かいました。「友だちの所」と言っても教室が違いますから「はるばると」歩いていくわけです。そして自分の考えが正しかったのか、友だちがどのように考えているのかを聞き続けました。


はじめに自分で考えたものが正しい答えに辿り着いているのに、結局間違った認識をしたまま授業を終えてしまいました。


一般的な授業では、「それはいかがなものか」とツッコミを入れられそうな気がしますが、私は次の時間が楽しいだろうなぁと感じました。自分から人と関わり、話をしていく中で考えを変えていった男の子です。自分で考えたことが間違ってはいないのに、自信が持てずに間違った認識をしてしまったのは残念ですが、それだけ友だちとの関わりの中で対話することが不足していたのではないかと思うのです。そのような子が今後、どう変わっていくかを見られるなんてワクワクする以外の何物でもありません。


もし授業を「受ける」ものとして捉えているのであれば、間違った認識をしてしまっている子どもたちがいたなら、情報の受け取り方が間違っていたとして及第点はつけられません。しかしながら自ら「学ぶ」授業として成り立っているならば、間違った認識も1つの学びです。そこからどう変化していくかに大きな好奇心がわいてきます。




[]感謝です 03:54

最後になりましたが、参観させていただいたS小学校の校長先生はじめ先生方、

そして、N先生はじめJ大の皆様に感謝申し上げます。


特にJ大の院生さんたちが講義が無くても熱心に現場に行って子どもたちを見ている姿に感心するとともに、自分ももっと勉強しないとなぁと思わされました。


また、同行してくださった院生さんも貴重な休みの日にもかかわらず快く色々と手配してくださいました。「子どもたちに会えたからよかったです」という言葉は院先さんの言葉ではないですね。一人の教員としての言葉だと思いました。


みなさま、ありがとうございました。

yu10514yu105142008/09/30 09:14最近は,大学の講義や教員採用試験があって,なかなか生の現場で学ぶ機会がつくれませんでした。
しかし,現場に出なければ学べないことはたくさんあるということに気がつきました。
こちらこそ,ありがとうございました。

sumimonsumimon2008/10/01 05:59yu10514さん、ありがとうございます。
>現場に出なければ学べないことがたくさんあるということに気がつきました。
『学び合い』だからこそ現場でしか学べないことが多いのかもしれませんね。
教採結果、吉報が届くことを信じています。

janglejapjanglejap2008/10/01 20:53「受ける授業から学ぶ授業へ」・・・まったくおっしゃる通りだと思いました!!

sumimonsumimon2008/10/01 22:05janglejapさん、
参観すると、当然ながら客観的に子どもたちを見られるのですごく新鮮な感動がありました。この視点を自分の授業でも…、と思っているところです。

2008-09-26

[]学力観 21:49

今日はセンター研修で図工の講義・実習を受けてきました。

昨年は造形活動の講座でしたが、今年は描画活動でした。

講義の中で聞いた言葉が印象深かったです。


     ◆


今の学力観で「教える」と考えるとつらいものがある。子どもの横にいればいい。そして、子どもが「気づく」「発見する」ことを大事にしたい。

教えるのは物事の導入期(例えば、絵の具セットを初めて使うときなど)と、危険を回避するために安全面で配慮することだけではないか。


     ◆


「図工だから…」と思った受講者もいたかもしれません。私は一人でうなずいていました。

実習も楽しく、子どもたちと一緒にやりたいと思うことがたくさんありました。


有意義な一日でした。

iku-nakaiku-naka2008/09/29 23:57今日、J市のS小学校の授業参観に行かれたという情報を小耳にはさみました(笑)。
異学年の様子など、また教えて下さい。私はK県の中学校の授業を見させて頂きました。
自分の『学び合い』を振り返る良い機会となりました。その話は長野の会で・・・。

sumimonsumimon2008/09/30 03:23iku-nakaさん、その情報、ホンモノです。
詳しくはアップしますが、校長先生からJ市で本県のI小やその他の実践校の名前が出てきて驚きました。一度、自分の足元を見つめて勉強し直すことも必要かなと感じました。

2008-09-22

[]さぁ、これから 20:33

今日は運動会の振替休業。今年は月曜日まで運動会が延期されるのではないかと思っていましたが、なんとか土曜日に開催できたので、貴重な平日休みをいかして、病院へ行くことができました。


病院では処方薬をもらうまで4時間もかかったので、発達障害に関する本を読んでいました。仕事に関係する読書をしていると、どうしても頭が仕事モードになってきてしまいます。


運動会が終わったので、これからは落ちついて子どもたちの姿をみとれる時季です。運動会を経た子どもたちがどう成長しているかが楽しみです。運動会を行うことが目的となってしまっていなければ、子どもたちは少なからず成長しているはずですから…。


これからは生活科で製作がありますし、算数では九九もあります。個人的には英語活動の授業を今月中か来月すぐにでもやらなければいけません。


やりがいのある残りの2学期です。

2008-09-21

[]運動会 11:43

昨日、なんとか運動会をすることができました。

今年は1・2年の表現を担当してきましたが、3週間の準備期間で、子どもたちがよく考えて、よく動いていました。


昨年もこの表現は子どもたちに話の舞台を決めてもらったり、動物の動きを考えてもらったりしていました。今年はその「追試」でもありました。


運動会本番で、彼らの表現を見たとき、今までの運動会では味わったことのない感覚がありました。これまでは自分が考えた動きを子どもたちがその通りに動くことで得られる自己満足感でした。今回は、子どもたちがほぼすべて考えた表現の流れ、動きを見せてくれたという自己満足感でした。


どちらも自己満足ですが、今回の方が運動会を経て子どもたちが成長したと感じられる点で違います。教師である自分が運動会の目的・目標を常に意識していたことで、子どもたちが成長する環境を考えられたのだと思います。


教師の仕事で考えると、今回のように子どもたちが考えていくと、それにあわせて準備するものが変わってきたり、BGMの準備も遅れてしまったりと、なにかと大変です。ですから、教師のアイデアでやる表現のほうが楽だと思いました。

2008-09-19

[]「せんぱつ」それとも「せんばつ」? 06:54

運動会でとある作文をしているときのこと。子どもたちが集まって「せんぱつ」リレーなのか「せんばつ」リレーなのか議論になりました。どちらもひきません。


子「先生、『せんぱつ』ですか、『せんばつ』ですか?」

私「さぁ、どっちだろうねえ。」


質問に来た子は皆のもとへもどり、また議論しています。調べる方法まで考えずに言い合いになったところで、

私「辞書では調べられないかなぁ。」

と言うと、


「そうだ!!辞書があるじゃん!!!」

とダッシュで本棚に向かって、辞書を奪取。


しばらくして、

「『選抜』だよ。『・・・中から選び抜く』って書いてあるもん。」

と自分たちで納得していました。





[]じゃあ「せんぱつ」は? 06:54

子どもたちの姿がおもしろかったもので、

私「ねえねえ、『せんぱつ』はどんな意味だったの?」

と聞くと、

子「うっ…。わかんない。」

との返答でした。


私「両方分かれば、一度で二度おいしいじゃん。」


とつぶやいていたら、ある子が

「一石二鳥だね。」

と大きな声で言っていました。子どもの方が的確です。


     ◆


「わかったぁ。先生、『髪を洗うこと』だった。」

と教えてくれた子どもたち。


まだまだ止めたくなかったので、

「じゃあ野球の『せんぱつ』投手って、髪を洗うピッチャーのことなの?」

と、まさに「ふっかけて」みました。


野球好きの子がすぐに気づき、また議論していました。


短時間でしたけど、おもしろい姿でした。

2008-09-18

[]同僚 04:48

同僚が12月にG県Y小に県外視察として授業参観することになりました。とても勉強家の同僚なので、参観して受け止めることが多々あると思います。


「先生も一緒に行きます?」


考えもしなかったけど、私も便乗して行けたらうれしい。




[]県へ 04:44

先月の終わり、教研集会の特活分科会で『学び合い』に関するレポート発表をしました。そして、昨日、県教研へのお話をいただきました。予定が入っていない日でしたので、参加することになります。


支部では具体の姿を細かく載せられず、「ざっくり」とした話になってしまいましたので、子どもたちの自慢できる姿をビデオで見てもらえたら、何より子どもたちが喜ぶかなぁ~と思います。

janglejapjanglejap2008/09/18 17:36sumimonさんのブログを拝見して、「そうか、教研があったか!」と思いました。来年は考えてみようかな~?

sumimonsumimon2008/09/18 21:28janglejapさん、
教研のレポ提出は教員になってから初めてです。自主的な提出ですから、自分でもビックリです。

2008-09-15

[]メモ 21:08

『STUDY HACKS!』(小山龍介、東洋経済新報社)という本の冒頭部分に惹かれました。

おそらく今が自分の教員生活におけるターニングポイントではないかと最近思ってきましたが、とにもかくにも勉強することが大事だと感じるとともに、『学び合い』フィルター(by janglejapさん)がかかっているので、自分への戒めとして読み、かつ、力ももらった気がしました。


自分へのメモとして、引用しておきます。



[]氷河期 21:08


人類の祖先は、大規模な氷河期に直面したとき、木から降りて二足歩行を始め、自分の足でえさを探し求め歩くようになりました。(略)氷河期という生命の危機があったからこそ、その後の繁栄がもたらされました。


(略)若手ビジネスマンもまた「氷河期」を経験したことを覚えているでしょう。いわゆる「就職氷河期」。人類の祖先が二足歩行を始めたように、僕たちは自分たちの力で歩行を始め、自分のえさは自分で獲れるようにスキルを身につけてきました。(略)


僕たちが木から地上に降りて二足歩行を始めたとき、それは確かに苦痛を伴ったつらいものでした。企業は守ってくれず、自分の人生は自分で見つけていかなくてはならない。しかし、一方で今、二足歩行そのものの楽しみを見出していることにも気づきます。人類の祖先が二足歩行によって繁栄を謳歌したように、僕たちも企業から自立することで豊かさを享受するタイミングにきたのです。

(pp.1~2より)



[]熟成 21:08


勉強というと、「学んで知識を増やす」というイメージがあるかもしれませんが、社会人にとっての勉強というのは「今まで経験したことを忘れる」というゼロリセットのチャンスでもあるのです。やり慣れた業務を、もう一度「何の目的でやっているんだろう」「会社全体から見るとどういう意味があるんだろう」と改めて問い直す機会なのです。


(略)バンドを自己流で続けていると、その方法が間違っていたとしてもそれが正しいのだと勘違いをして、どんどんそのやり方に固執してしまうようになる。熟成はしても、悪い熟成をしてしまうというのです。彼らの場合、さる名プロデューサーから厳しく指導を受けることで、その悪い熟成を回避できたと対談では話しています。


この悪い熟成は、(略)仕事においてもこれは起こりえます。特に30歳前後で、仕事にも慣れてきてちょっとした自信も出てきたあたりが一番危ない。「このやり方が正しい」という過信が目を曇らせてしまう。(略)ここには「今までこうやってきたからこうやる」という、およそ論理的とはいえない論理が横たわっています。(略)勉強というのはこうした悪い熟成を回避するためのものなのです。


勉強をすると、業務では関係のなかった知識に触れることになります。最初は聞きなれないその知識に戸惑いも覚えるかもしれませんが、しかしその戸惑いこそが重要なのです。そこでは、あなたの中の知識の遺伝子レベルで、確実になんらかの変化が起こっています。そしてその変化が積み重なっていった結果、突然変異が起こる。そして今こそ、自分自身を突然変異させるタイミングなのです。

(pp.3~4より)

2008-09-11

[]運動会練習 05:49

運動会の練習で、子どもたちの考えを聞いて、表現を作り上げています。正しくは「子どもたちに作ってもらって」います。だって、運動会の目標の1つに、「子どもたちが自主的に、意欲的に取り組む」というものがあるのですから。


1・2年生での表現ですが、自分たちで考えた舞台設定、登場物、話の展開を自分たちで表現します。自然と“異学年”になっているのかもしれません。(願望が強いせいでもあります)


授業の終わりに、「今日の友だちのよかったところ」を聞いてみると、


○○くんがたくさん意見をだしていてよかった。

△△さんの動きがホンモノみたいですごかった。


などの意見がたくさん出てくることに、自分勝手な喜びを感じています。

2008-09-10

[]“指示待ち”の子が多いならどうすればいいのか 21:46

最近の子は“指示待ち”だ、とよく言われます。子どもに限らず、新入社員をそのように評することも多いです。自分も以前は同じ想いを抱いていました。それなのに、いや、だからこそ細かく指示を出していました。結局、子どもは変わらないんです。


今にして思えば、当然だと思います。結局のところ、指示を出しているのですから変わるはずがありません。


今は、指示を出すことを極力避けるようになりました。そのぶん「どうする?」と問いかけることは多くなりました。“指示待ち人間”を育ててしまっているのは、周りの大人なのではないかと思い始めました。もっと言うと、指示を出さずにはいられないほど、我慢ができなくなっているのではないかと思い始めました。





[]語る 05:11

算数の時間、目標が達成できなかった子が2人いました。それを確認したとき、

「2人しかいないじゃん!」

と、ある子が言いました。


私がすぐに修正。

「ちがう。『2人もいる。』だよ。」


2学期初めて子どもたちに語りました。まだまだ初期段階を抜けきっていないのかも知れません。それでもこちらの想いをずっと語り続けていくことは大事だと思います。語ることで、子どもたちの動きは変わりましたし、給食の時などは「○○くん、時間までに食べようね。」と声がけも多くなってきました。


ちなみに「2人しかいない」という表現は、私も使っていた時期がありました。今年の初めでしょうか。プライベートブログの方にアップし、それを諫めてもらったからこそ、まずは自分が「みんな」の意識を持てるようになりました。今回つぶやいた子も、これをきっかけに「みんな」をもっと願っていってくれると信じたいです。

2008-09-08

[]計算のじゅんじょ 20:11

小2の算数<計算のじゅんじょ>という単元があります。

36+(18+2)

のように( )を使った式が出てきます。


もし『学び合い』の考えが自分になかったら【計算の仕方を教えて、ガァァァァッと説明して、ひたすら練習問題】という流れになっていたかもしれません。


今は形こそ一斉授業ですけど、


①かんたんで、間違いが少ないと思う計算の仕方で解くことができる

②その計算方法がなぜ簡単で、間違いが少ないと思うのか説明することができる


という目標を立てて、授業を行いました。




まとめをしなくてもいいよなぁと思いつつ、まとめもしています。

ただ、子どもたちが説明してくれたことの補足がほとんどであることがうれしいです。

janglejapjanglejap2008/09/08 21:35さっきコメントをしたつもりだったのですが・・。再度。

私も今日ここの学習でした。となりのクラスの授業をもらって『学び合い』でさせていただきとっても楽しかったです。
ですが、sumimonさんの目標の方の方がず~っとよかった。1日こちらが遅れていれば・・・。

sumimonsumimon2008/09/09 06:06janglejapさん、
デザインを変えたりしていたので、コメントがうまくアップできなかったのかもしれません。すみません。

ちょうど同じ進度なんですね。自分は少し丁寧にやりすぎている気はしていました。でも、こうして目標について交信できるのがうれしいです。まるで本グループがもう一つの職員室みたいです。

janglejapjanglejap2008/09/09 17:59シックなデザインになりましたね~。秋になったという感じです。

「もう一つの職員室」!本当ですね。

sumimonsumimon2008/09/10 05:05janglejapさん、できるだけ飽きないデザインにしました。気分転換です。
「もう一つの…」は自分にとってどちらも大事な空間です。どちらにも助けてもらっています。

2008-09-06

[]語り 07:14

漢字練習を前に、子どもたちに語りました。


結果として、漢字スキルを丁寧に学習している子は頑張ったぶんが結果につながっていること。

結果として、漢字スキルに間違いが多くある子は頑張ったぶんが結果に結びついていないこと。

みんなが頑張っているのだから、その頑張ったぶんが結果として表れてほしいと願っていること。




[]「AさせたいならBと言え」に近い??? 07:14

漢字練習中、スキルを一通り終えた子が巻末のテストをやらずして別の練習を始めようとしていました。別にそれを意識したわけではありませんが、その時、別のA児のがんばりを可視化しました。


「A児は後ろの(巻末の)テストも丁寧にやっていたのに、さらにノートに練習しているんだね。」


巻末のテストをやらずに別のことをやろうとしていた子は、もう一度スキルを開いて巻末テストに取りかかりました。


     ◆


このとき、期せずして「AさせたいならBと言え」という授業原則を思い浮かべました。


学び合い』における可視化は、子どもたちの良さや学習状況をつぶやいたり、褒めたりすることでクラスの学習が活性化するのに非常に大きな効果をもたらします。昨日の自分には、「もっとスキルを基本として大事にしてほしい」という願いがありました。そして、可視化によって実際にスキルをもう一回やる子どもたちがA児の他にもいました。


学び合い』の可視化がまさに「AさせたいならBと言え」とほとんど同じではないかと思ったのです。


ただ、子どもを「動かしている」気もして、あまり心地よくはありませんでした。

2008-09-05

[]漢字テスト 05:26

毎週恒例の漢字テスト、昨日の結果は芳しくありませんでした。テストに向けてプリントを作ってくれる子もいれば、黙々と漢字を書く子もいて、様々なことを事前にやっている子どもたちです。


テスト後に語りました。


漢字スキルを丁寧にやって満点をとっている子、漢字スキルをやっているのに点数が伸びない子、漢字スキルでほぼ間違いだらけの点数が伸びない子、いろんな子がいます。その確認と、テスト向けのプリントを作る目的は何なのかという語りです。


最近はプリントを作ることが目的になっていると感じていたので、昨日はいい機会でした。


また、書く回数が少ないのではないかとも感じていたので、それも子どもたちに伝えました。保護者の方も同様の心配をされています。学習環境を整えると言う意味で、ノートがなくても漢字練習はできるように、マス枠が大小それぞれのシートを教室には常備してあります。それはいつでもどこでも使ってもよいことは可視化しています。持って帰って家で漢字練習をしている子もいます。あとは子どもたちを信じるだけです。


うれしかったことは、放課後、次回のテストに備えてプリントを作ってきたいと言ってきてくれた子がいたこと。それが目的ではないことだけ確認して、白紙を渡せました。

2008-09-04

[]授業参観 06:13

昨日は自分もよくわからないまま(?)、授業を2時間見ていただきました。

保護者の方の参観ではありません。


放課後はいろいろなことで懇談をしました。


学び合い』についても語りました。


頭の中はいつものごとく、グルングルン大きく回転しっぱなしです。




[]疑問は常に胸の中にある 06:13

社会の時間に、教科書に書いてあることをなぞるように説明する教師の話を、なんでわざわざ聞かなければならないのかという疑問。

高校の数学の時間に、わけのわからない説明を教師がしているのを静かに聞いているという苦痛。


自分が教師として存在するとき、常に過去の実体験が土台になっていると感じています。そして今では、これまで携わってきた学校で会ってきた児童生徒たちと、自分がしてきて授業も土台になっています。


前年に崩壊した(と言われる)クラスを受け持った初任時代。なにもかもがむしゃらに突っ走りました。

とにかく自分が楽しくやりたいと願って、楽しく、明るく過ごした2クラスめ。「楽しく」「明るい」けれども、子どもたちに力がついたとは実感できず、後を引き継いだ方を思うと、申し訳ない想いでいっぱいでした。

そして前任校の中学生たち。「先生の授業はおもしろい、わかりやすい」そう言ってはもらうけれども、何も言ってこない生徒の想いは…。また、テストをしてみれば、結果は…。「おもしろい」「わかりやすい」授業だったかは個人差があるにせよ、すくなくとも「力がつく」授業になっていなかったのだと実感しました。


もっともっと勉強しなくては、いろいろ知らなくてはこのモヤモヤ感は解消されないのだと思います。


少なくとも『学び合い』ブログは、民間企業の観点から考えたり、中学・高校の生徒の様子を知ったり、他県の様子を聞いたりできるので、私にとって幅広く物事を考えられる貴重な媒体です。感謝です。

2008-09-03

[]運動会の目的と目標 05:51

先週、子どもたちに運動会の目的と目標を語りました。自分で考えたものではなく、職員会で諮ったものを2年生にもわかるようにかみ砕いて板書して、説明しました。約10分。


今までは運動会の目的・目標なんてお題目のように感じていて、気にも留めていませんでしたが、今年は違います。本気でそれらを達成させたいと願っています。


学び合い』ブログでも運動会について書かれていますが、私も同じように子どもたちが教師の指導だけ聞いて動く(動かされる)のではなく、子どもたちが自分たちで動ける運動会にしたいです。そして、それが本校の運動会でめざすものでもあります。

2008-09-01

[]自分に向けて 00:37

二宮尊徳の言葉を自分に贈りたい



遠くをはかる者は富み

近くをはかる者は貧す

それ遠きをはかる者は百年のために杉苗を植う。

まして春まきて秋実る物においてをや。

故に富有なり。

近くをはかる者は

春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず

唯眼前の利に迷うてまかずして取り

植えずして刈り取る事のみ眼につく

故に貧窮す




今、目の前の子どもたちにも、そして彼らの将来のためにも。


自分は遠きをはかり、今を全力で過ごしているのだと言い聞かせてがんばろう。