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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2018-02-18

『AさせたいならBと言え』

| 21:00 | 『AさせたいならBと言え』 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『AさせたいならBと言え』 - STAR日記 『AさせたいならBと言え』 - STAR日記 のブックマークコメント

1989年の本なのに、ハッとさせられる内容が多いです。


子どもに何か行動を起こさせたいときに、比喩に置き換えた指示をせよということが、ざっくりと受け取ったメッセージです。


この本では「比喩」が挙げられていますが、そういえば『ペップトーク』や『感動を売りなさい』からも同じような印象を受けています。どちらも理性ではなく感性に訴えかける言葉を使おう、という主旨です。


ただ、やはりこういう「言葉がけ」の類いは、言葉を使う人の「考え方」と不可分だと思います。言葉がけが先行しすぎて、考え方がついていっていなければ、むなしく聞こえてしまうこともあります。


いろいろと学んでおきたいものだと、改めて思いました。

2018-02-13

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

| 20:04 | 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - STAR日記 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - STAR日記 のブックマークコメント

AI vs. 教科書が読めない子どもたち』という本を読んでいます、東ロボくんの開発者の方の本です。これ、かなり重要な本だと思います。


http://amzn.asia/eDYkDfL

2018-02-07

『感動を売りなさい』

| 21:49 | 『感動を売りなさい』 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『感動を売りなさい』 - STAR日記 『感動を売りなさい』 - STAR日記 のブックマークコメント

『感動を売りなさい』という本を読んでいます。他人に何かを伝えるためには、ロジックよりもストーリーを用いた方が印象に残りやすいという内容です。


理詰めだとなんだかいまいち伝わらない理由が何となくわかった気がします。


ロジックは理性的で、ストーリーは感性的です。現代文は、評論でロジックを鍛え、小説でストーリーを学ぶものかなとも考えました。ビジネス書も、教育にうまくブレンドできるなぁと思っています。

2018-01-29

ビブリオトーク

| 22:21 | ビブリオトーク - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - ビブリオトーク - STAR日記 ビブリオトーク - STAR日記 のブックマークコメント

高1の授業は、考査まで時間があるということもあり、ビブリオトークにしてみました。あまり難しく考えず、以下のような授業構成です。


①選書 → ②・③読書 → ④プレゼンシート作成 → ⑤シェアリング


私自身も評論系の書籍と小説と、1冊ずつプレゼンシートに書いてみました。どのようなシートの構成にするかはおまかせですが、「見た本をその人が読みたくなるようなプレゼンシート」ということにしています。私の書いたものも参考にしてもらうつもりですし、ある程度道筋を示していますが、すでにそれを超えるようなものができてきています。


将来的にはアマゾンなどのカスタマー・レビューも書いていけるように、という願いをこめて授業をしています。

2018-01-22

『質問する、問い返す』

| 19:54 | 『質問する、問い返す』 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『質問する、問い返す』 - STAR日記 『質問する、問い返す』 - STAR日記 のブックマークコメント

読みやすい本だと思います。第4章では、「学び合い」という表記で小学校の事例が紹介されていますが、おそらく『学び合い』だと思います。


また、139ページから、大津市でのいじめ自殺に関してふれられています。そのなかでびっくりしたのが、その中学校では道徳教育に力が入れられ、「いじめをしない、させない、見逃さない、許さない学校」との標語もあったということ。さらに、生活指導に厳しい中学として近所で評判だったと。


さらっと書かれていますが、著者の他の共著本にこの事件を取材したものがありますから、おそらくその通りなのでしょう。


なんとなく、ですが、「教師の指導」の限界があるように思えてならないのです。それよりも、子どもたちどうしが共にがんばっていけるようにすることのほうが大切なのではないかと、改めて考えました。