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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2019-10-13

源氏物語について

| 18:28 | 源氏物語について - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 源氏物語について - STAR日記 源氏物語について - STAR日記 のブックマークコメント

源氏物語について書かれた本をたまに読みます。そうすると、「古典は歴史と通ずる」ということが、おぼろげながらわかってきました。


源氏物語が、ほとんど和語で書かれていることも知りました。漢字文化が支那から入ってきたことにより、書き残すことが容易になったのは間違いありませんが、それよりも話し言葉として日本語は完成していたのではないかと思います。


まだまだ勉強したいことはたくさんあります。

2019-10-07

『教育課程コアカリキュラムに対応した教育心理学』

| 20:14 | 『教育課程コアカリキュラムに対応した教育心理学』 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『教育課程コアカリキュラムに対応した教育心理学』 - STAR日記 『教育課程コアカリキュラムに対応した教育心理学』 - STAR日記 のブックマークコメント

少しずつ読んでいます。


それで、付録のところに、「高校までの国語の教育では、意見の書き方について指導されていません」とあり…。


これに対応するために、何かしらやりたいなぁと思っています。意見を記述するのが成績につながらない、という声もあるのですが、いや、そんなことないでしょ、とも思います。


ただ、生徒たちの声も聞きながら、キャパの範囲内でやれることをやっていくことが大切かなと考えています。

2019-09-13

情報と知識と

| 19:46 | 情報と知識と - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 情報と知識と - STAR日記 情報と知識と - STAR日記 のブックマークコメント

人を変えるのは知識ではないか。


情報のところは、どうにもフィルターがかかって、自分の得たいものを得て、見たくないものはふたをしてしまうような気がする。


知識として受容することではじめて、その人に影響を与えるのだと思う。


そして、「自分を変える」ことができるのは、志を大きく持っている人だろう。明日、明後日の自分のことだけに縛られると、「自分を変える」どころではなくなる。


広い視野がないといけない。そのための知識も必要。それを支える経験と自信も大切。


自分はどこまでやれるだろう。

2019-08-25

「がまくんとかえるくん」シリーズ

| 09:48 | 「がまくんとかえるくん」シリーズ - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「がまくんとかえるくん」シリーズ - STAR日記 「がまくんとかえるくん」シリーズ - STAR日記 のブックマークコメント

がまくんとかえるくん。子どもたちに読んでいるのですが、シリーズが4冊あります。そのなかの「おてがみ」というタイトルの話は、小学校の国語の教科書にも載っているから、読んだことのある方もいらっしゃると思います。


『ふたちはともだち』『ふたりはいっしょ』『ふたりはいつも』『ふたりはきょうも』の4冊。「おてがみ」は『ふたりはともだち』に収められています。


おてがみをもらえなくてしょんぼりしているがまくんに、手紙を書いてあげるやさしいかえるくん。しかし、かえるくんは手紙を運ぶのをかたつむりくんにお願いします。かえるくんはがまくんに「手紙が届くよ」と言いに行くのですが、なかなか手紙は届きません。そして、手紙が届いたのは4日後でしたが、その「手紙を待つ時間」は二人にとって幸せな時間でした。


この話もなんだかじーんときます。こんなかえるくんとがまくんの話が続いていきます。でも、4冊めの最終話のタイトルはなぜか「ひとりきり」です。


いつもかえるくんとがまくんはいっしょなのに、最後は「ひとりきり」なんてふしぎです。でも、この最終話がまた、いいんです。


心温まるお話です。

2019-08-11

『消える授業、残る授業』

| 20:04 | 『消える授業、残る授業』 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『消える授業、残る授業』 - STAR日記 『消える授業、残る授業』 - STAR日記 のブックマークコメント

小西正雄『消える授業、残る授業』を読みました。1994年に刊行された本です。私がもっとも印象に残っているのは、「教師の授業では、テレビ(の教養番組)には勝てない。インプットを前提とした学校観は崩れるしかない。これからは、出力型授業観とも言うべき、アウトプットを前提とした授業が残っていく」ということです。


他にもいくつかありましたが、読後、自分自身の学校観が「入力型授業観」を前提としていたことに気づきました。同時に、25年も前にこうした主張がなされていることに驚きつつも、それでも学校現場は旧態依然としているのはなぜなのだろう、という疑問を抱くに至りました。


もっとも、こうした知見に学んでいる教員が少ないのからなのかもしれません。かくいう私もその一人ですから、大きなことは言えないと思います。ただ、こうしてインプットをし続け、自分の考え方を日々に更新していかないと、現実は変えられないように思います。


理想を掲げつつも、現実にも柔軟に対処する。その姿勢を崩さずにいたいものです。