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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2018-02-15

少年の日の思い出

| 02:03 | 少年の日の思い出 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 少年の日の思い出 - STAR日記 少年の日の思い出 - STAR日記 のブックマークコメント

中1国語は「少年の日の思い出」に入りました。あまり長くは授業を組めないのですが、テスト的な問題(=模試のような問題)と、文学的な課題を提示しました。


前者は、「なぜ「僕」はチョウをこなごなに押し潰したのか。」で、後者は「なぜ作者はわざわざ第一場面の「私」と「客」のやりとりを描いたのか。」です。


どちらもこの作品を扱う上で重要な問いだと思いますが、特に後者は作品論に踏み込む部分であり、文学教育を行うにあたり大切な「語り」の問いです。


どこまで機能するか。結果はいかに。

2017-11-01

現代小説と近代小説

| 07:39 | 現代小説と近代小説 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 現代小説と近代小説 - STAR日記 現代小説と近代小説 - STAR日記 のブックマークコメント

数点の文学作品を同時に読んでいます。そのなかの一つは、『人工知能の見る夢は』というオムニバス短編集に採録されているものです。文字通り人工知能が現出した場合にどういうことが起こり得るか、ということを描いた作品が集められています。こちらは高1の現代文の授業のために読んでいる部分があります。事実、今日、そのなかの一作品を授業で取り上げました。模試のような心情問題と、伏線、語り手の自己表出などについて扱いました。


同時並行で、野上弥生子『海神丸』や、芥川龍之介の『奉教人の死』、井伏鱒二の短編集を読んでいます。こちらは、テーマがある程度重いものもあり、読み応えがあると言えます。そして、描写が恐ろしくリアリティがる。たとえば、『海神丸』には、船の乗組員である八蔵が、飢餓のあまり船長の甥の肉を食らおうと殺してしまうまでの心理を細かく、ありありと描いています。読んでいると身震いがするほどでした。


こうやって並行して読んでいると、どうしても現代小説が見劣りしてしまいます。文体は軽く、扱っているテーマも限定的で軽い…。そんな気がしてしまいます。もちろん、私自身の文学の読書歴はそれほど多くはありませんので、大それたことは言えません。あくまで現時点での所感に過ぎません。


また並行して、『コンピュータが小説を書く日』という書籍もちょこちょこ読んでいます。これも高1の教材として扱えないかどうか検討しています。しかし、人工知能が小説を書くというのも、いまいちピンときません。人工知能に本当に人間の心理描写ができるのか。鬼気迫る人間心理を描写できるのか。できたとしても、何か魂のこもっていない、実感の湧かないものになるのではないか。そんな気がしています。


まだまだ、文学の世界にふれたばかりですが、「文学教育こそ国語教育でもっとも大切」と考えるようになった身として、様々な文学作品を渉猟していきたいと考えています。

2017-10-26

文学教育を紐解く

| 20:56 | 文学教育を紐解く - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 文学教育を紐解く - STAR日記 文学教育を紐解く - STAR日記 のブックマークコメント

文学教育の本を読むようになりました。それで感じることは、「今までの自分の考えは浅はかだった」ということです。


これだけの研究を先人がされていたことを知らなかったのが恥ずかしいです。


でも、まだまだこれから。『学び合い』と融合できるようにしていきたいものです。

2017-10-22

映像

| 07:12 | 映像 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 映像 - STAR日記 映像 - STAR日記 のブックマークコメント

昨日、たまたま映画「君の名は。」を観ました。それで、思ったことが一つ。ストーリーや内容についてのことではなく、「自分は映像がダメだ」と思ったのです。


映像ではなく、活字のほうが、自分で情景をイメージできてよいな、と。でも、活字からのイメージも、自分の見聞した経験がもとになってできるものでしょう。


どちらがよい、ということではなく、両者のちからは絡み合って身についていくのだと思います。


活字で文学作品を読んだ。よくわからない描写があった。ドラマや映画などで、とある映像を観た。そしたら、その「よくわからない描写」のイメージができるようになった。


そんな感じでしょうか。

2017-10-19

言葉の使い手の自己表出

| 08:08 | 言葉の使い手の自己表出 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 言葉の使い手の自己表出 - STAR日記 言葉の使い手の自己表出 - STAR日記 のブックマークコメント

文学教育について学び始めて、「〈語り手〉の自己表出」について考えを巡らせているとき、ある考えが浮かんできた。


それは、「自己表出」は何も文学の世界で起こるものではなく、評論でも随想でも起こるし、日常生活でも容易に起こるということだ。この考えに至って、「なるほど」と少しスッキリした。


当然、人が多い場所ではいろいろな声が聞こえてくる。そして、用いられている言葉には、当然のごとく、その人の価値観が反映される。もちろん、すべてではないが、言葉のはしばしにその人の人間性が見え隠れする。


どうも、私はそういった言葉に乗ってくる相手の感情や価値観に敏感らしい。だから誰かが相談にきてくれたときも、考えていることがなんとなくわかるのか。


いいのやら、悪いのやら…。こういう性質を身につけてしまうと、なかなか大変だ。でも、あっけらかんとして笑いながら過ごしていくことも大切なのだろうと思っている。