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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2019-06-14

人の営み

| 21:13 | 人の営み - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 人の営み - STAR日記 人の営み - STAR日記 のブックマークコメント

授業はどこまでいっても人の営みである。それなら、「自分」というものを媒介して子どもたちにプラスの影響を与えていきたいと思っている。


テクニックに走りたくないし、「こうすればよい」というものにも到底たどりつけないように思う。


だったら、常に、「今の自分にできる最善はこれ」というものを提供していきたい。もちろん、生徒たちが集団として十分に自立できるように。


まだまだ、自分としても、おそらく学校としても、そこまで行きついていない。向上の余地は広い。

2019-05-27

対話のある授業

| 20:22 | 対話のある授業 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 対話のある授業 - STAR日記 対話のある授業 - STAR日記 のブックマークコメント

国語以外に、別な講座を担当しています。そこでは、道徳の延長で、ざっくばらんに自分の考えを言ってもらっています。


過去数回、私が皆からの質問をまったく否定しないという姿勢を貫いてきたからか、穏やかな時間でした。


ファシリテーターとしての立場から、少し、役割が変わったような感じです。


でも、「対話をしていく文化」がそこにはありました。


教師の側の姿勢が大切なのかな、と改めて感じました。

2019-05-26

子どもたちが求めるもの

| 21:14 | 子どもたちが求めるもの - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どもたちが求めるもの - STAR日記 子どもたちが求めるもの - STAR日記 のブックマークコメント

いろいろと学校モノの小説を読んでいるのですが、学校の授業に子どもたちが求めるものってなんなのかな、と考えてしまいます。


それほど読んだ数は多くありませんが、授業そのものの描写がほとんど出てきません。単なる日常のことに過ぎないからかもしれませんが…。


そうすると、実は、「授業で(学力を)のばす」とか、「授業で(子どもを)成長させる」とか、そういうふうに考えているのは、教職にある人間だけなのかもしれません。


しかし、これをみんな(教員も、子どもも、保護者も)が「授業で成長する」という価値観を持つという方向に変えていかないといけないと思います。


教員だけが、「改革だ」というだけでは、何も変わらない。そんなふうに思います。

2019-05-04

「自分で考えられない」

| 20:20 | 「自分で考えられない」 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「自分で考えられない」 - STAR日記 「自分で考えられない」 - STAR日記 のブックマークコメント

https://forbesjapan.com/articles/detail/26841?internal=top_firstview_01&fbclid=IwAR1gyqOyojAATlz3vpOes0vUGnFhPKdKPSKTa0tqawnyQej3tkRkbc_0QWA


記事中の、「私たちは生徒たちに対し、自分では思考をせずに、テストの問題作成者が作った道に続くことだけを考えるよう教えている。全ての答えには正しい答えが一つだけあるということ、その正解をどこかの誰かが既に知っているということ、そしてこうした人たちが自分に望む解答を学ぶために学校に行くのだということを教えてしまっているのだ。」という部分に、一部、納得しつつも違和感を覚えています。


たしかに、ヒドゥン・カリキュラムとしてそういったことはあり得るとは思います。ただ、それが一概に、「自分では思考しない子どもを生み出す」ということにはつながらないと思います。因果関係で論理が飛躍している。


また、「試験を作った人の意見」と問われているわけでもないと思います。特に国語の現代文では、「解釈」と「客観的読解」は分けて教えるべきだと考えています。テストで問われるのは「客観的読解」の部分だけであり、塾・予備校なども含めて受験や試験の対策を行う場合は、特に「客観的読解」を教えることになると思います。


さらに言えば、「解釈」は「発散思考」の類いであり、「客観的読解」は「収束思考」の類いです。「収束していくだけの授業はつまらない」と思います。


おそらく、元になった論文はもう少し柔軟なのではないでしょうか。そして、恣意的に情報を取り出しているだけなのかもしれません。


恣意的な引用はしないよう、自分では気をつけていきたいと思いますが、それでもこの記事からは、「収束思考のみではまずい」ということも学べます。これは教育関係者は心がけておきたいものだと思います。

2019-04-20

自由度への不満

| 20:43 | 自由度への不満 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自由度への不満 - STAR日記 自由度への不満 - STAR日記 のブックマークコメント

授業のなかで自由度が高いと、それがストレスになってしまうという生徒もいるかもしれません。


ただ、それは「授業とは静かに座って受けるもの」という、これまでに培われてきた考え方の影響だと思います。悲しきかな、無条件にそうなっていると、それを崩すのは大変ですね。


でも、それで救われない人が多いなら…と考えると、やはり、『学び合い』の考え方を少しずつ入れていくことが大切と思います。