Hatena::Groupmanabiai

STAR日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2017-11-19

制度疲労

| 18:58 | 制度疲労 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 制度疲労 - STAR日記 制度疲労 - STAR日記 のブックマークコメント

こんなことを言っても仕方のないことだとはわかっているのだけど、学校は制度疲労を起こしている。明治以降の学校制度は、ある程度、成功したことは事実だと考える。


でも、社会は急速に変わっている。そこに暮らす人間の価値観も変わっている。それなのに、いまなお旧態依然としている学校は、社会に取り残されているように見える。


何か、閉塞感が漂っている。それはおそらく、社会も同じだろうと思う。でも、それでも、私たち教師は、子どもたちに近い位置にいる大人として、「大人っていいもんだよ」「大人って楽しいもんだよ」くらいのメッセージを発していかないといけないように思う。それが、教師の最低限の職能ではないだろうか。

2017-11-09

| 21:39 | 闇 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 闇 - STAR日記 闇 - STAR日記 のブックマークコメント

学校やクラスの「闇」は、教育によってつくられる。その責任は教師にあると考えている。自分自身もそこから完全に抜け出せるとは思っていない。でも、なんとかよりよいものを求めていきたい。その気持ちだけは捨てないでいたい。

2017-11-05

部活動と人格の完成

| 08:14 | 部活動と人格の完成 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 部活動と人格の完成 - STAR日記 部活動と人格の完成 - STAR日記 のブックマークコメント

寺崎賢一先生の、『生徒指導入門』という本を先日読みました。「入門」と銘打っていますが、入門どころか本質をついている本だと思いました。


特に、法によって解釈していくところは納得せざるを得ませんでした。学校は、「教育基本法の論理」で動くところですが、ときに「憲法の論理」が入り込みやすい位置にもあるのかと思います。


そして、部活動に関しても、「人間性や生活全般を向上させていく」「部活動で学んだことを人生に活かしてこそやる意義がある」といった主張をされておりました(方向性はこうだったと思います)。


部活動を形成するのは、「受益者集団」ですから、そこではある程度強制力が働いても耐えることができるでしょう。さまざまな成果を上げることもできるかもしれません。


しかし、そこで得たものが日常の生活や自分自身の生き方に反映されていなかったとしたら、非常にもったいないのではないかと思います。部活動の顧問をするなら、そこまで考えた上でやっていくのが生徒たちへの礼儀だと思います。


教科学習も、部活動も、すべては「人格の完成」のために行うべきであることを信じて疑いません。

2017-11-01

子どものストレス

| 16:49 | 子どものストレス - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どものストレス - STAR日記 子どものストレス - STAR日記 のブックマークコメント

他校での公開研究が終わり、電車に乗るため、駅へ。


後ろの女子中学生2名(公開研究の学校ではない)が、美術の先生に対して、ものすごく辛辣に批判している。歩く速度をあげて引き離そうとするも、信号で足止めを何度も受け、結局、駅まで歩く15分くらいのあいだ、その批判を聞き続けるはめに…。


あぁ、自分もこういうふうに言われかねないなぁ、気をつけなきゃなぁと思っていたが、あまりにもその話が続くので、なんだかいたたまれなくなった。


15分もの間、教師批判をし続ける生徒たちの心象やいかに、と思ってしまった。そんなに、ストレスフルなんだろうか。たぶん、そうでもして気を紛らわさないとつらいんだろうなぁ。

2017-10-30

帰属意識の醸成

| 19:54 | 帰属意識の醸成 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 帰属意識の醸成 - STAR日記 帰属意識の醸成 - STAR日記 のブックマークコメント

学校教育では、集団への帰属意識を醸成することが大切になるのではないか、ということを最近よく考えます。


正直な話、私自身は学校やクラスへの帰属意識はほぼ皆無に等しかったように思います。人間関係を取り結ぶのがものすごく下手で、こだわりも強かったので、相手をしてくれる人はものすごく少なかったのです。当然、授業や休み時間にも話の合う友人はいませんでした。現在も、仕事はしっかりしつつも、それほど交友関係が広いとは言えません。それでもなんとか今現在やっていけるのは、勤務校と、「教職」というものの特殊性ゆえと思います(もちろん、自分でかなり意識的に考え方を変えたのですが、一般化したいのでそれは除きます)。


おそらく、当時こそそれほど大きな話題にはならなかったものの、今の学校に置きかえてみれば、私のような者は「発達障害」というくくりで扱われるでしょう。たぶん、アスペルガー症候群とか、ADHDとか、そういうふうに言われると思います。2・6・2の法則で言えば、下の2割です。


ただ、そういう生徒は一定数いる。どちらかと言えば、私はそういう生徒寄りの物の見方をします。そのうえで、集団をどういう方向に導いていけばいいのかを考えているように思います。それでも上の2割の視点も、中間の6割の視点も落としてはいけない。


そうなると、ある意味、必然的に「みんなでみんなを巻き込んでいこうよ」というふうになります。「一人も見捨てない方が得」ということでもありますが、これを週に2~3回の授業で落とし込むのにはけっこう時間がかかります。しかし、それを繰り返していくしか、集団が高まる道筋はないように思います。


タイトルの「帰属意識」の醸成ですが、これはやはり普段の生活や授業を通じてやっていくしかない。「どんな人でも見捨てられない」という安心感の上につくっていくしかない。こうした理念がないと、中学校や高校の「学級」というものは機能し得ない、そのように思います


この「帰属意識」が醸成されていない状態を考えてみたら、よりわかりやすいかもしれません。遅刻が多い、授業中には特定の生徒だけが授業に参加し一定数は寝ている、学校に通う意義が見いだせない、学校がつまらない、「集団」ではなく「群れ」しか形成できない、つねに誰かと一緒にいなければ不安…まだまだあるようにも思います。


しかし、そうした状況は克服していかなければいけないでしょう。そして、そういう状況を実現してもなお、「本当にこれでいいのか。これで子どもたちは将来幸せになれるのか」と自問し続けられることが、教師にとって大切なことではないだろうかと考えます。