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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2019-07-24

知らないこと

| 19:08 | 知らないこと - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 知らないこと - STAR日記 知らないこと - STAR日記 のブックマークコメント

F-Katagiri先生の群読の記事を見て、「なるほどなぁ」と思った。


ブログで書いてくださっていることは、「仕事でも共通の目的に向かうときには、力を合わせないとやっていけない」ということにつながる考え方だと思う。


群読は、今まで取り組んだことがない。自分のツールとして、「書き込み回覧作文」「学習ゲーム」「輪読」「J1百人一首」「文章要約」などを使えるようにしてきたけれども、「群読」もやってみたいと思うようになった。


まだその効用を知らないけれども、自分の知らないことを、自分に取り込んで体得していくことは大切なことだと思う。とにかく本を一冊読んでみようと思う。

2019-07-04

楽譜を読解する

| 20:33 | 楽譜を読解する - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 楽譜を読解する - STAR日記 楽譜を読解する - STAR日記 のブックマークコメント

文章と同じように、楽譜も読解することができる。そこでは、文字として記されたコードだけではなく、「音」というコードも必要である。その意味では、楽譜にも「文法がある」と言ってもいいのかもしれない。


自分は合唱をやっていたし、ギターも弾けるけど、満足に音を追いかけられるわけではない。それでも、それなりに楽典は勉強したから、合唱の譜面なら読解することができる。


こんな発想は国語の教師しかしないだろうと思うけれども、やはり、文章には筆者や作者の意図があるように、楽譜にも作曲者の意図がある。それをまずは正しく読解する。


その上で、独自の解釈を載せていくのが、王道ではないかと思う、今日この頃である。


部員にどこまで伝えられるか。やればやるほど仕事は広がっていくが、こんな変なことを考えることができているのだから、まだ余裕はあるのだろうと思う。


ただ、それと同時に本も読まないといけない。期末考査が終わったら、「分析批評」にチャレンジしてみようと思う。教員は、生徒に「変われ」「成長するのだ」「止まっていてはだめだ」という職業である。他人に「変われ」というのであれば、やはり自らもそうした変化の中に身を置かなければ、その言葉は上滑りしてしまうように思う。

2019-06-18

山上憶良

| 20:04 | 山上憶良 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 山上憶良 - STAR日記 山上憶良 - STAR日記 のブックマークコメント

世の中を厭(う)しと恥(やさ)しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば


山上憶良の歌です。以前、「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝子に及(し)かめやも」という歌も出しましたが、山上憶良には、何か、惹かれるものがあります。


この世の中、いやなところ、身も細るようなところと思いますが、捨ててどこかへ飛び去るわけにもゆきません。人間は、鳥ではありませんので。


つらい世の中から飛び立ってしまいたい。だけれども、私たちは鳥じゃない。だから飛んでいけない。で、否定したら始まらないので、「力強く生きていこうじゃないか」と。


そんなふうに思いました。和歌っていいなぁ。

2019-06-08

国語教育

| 21:47 | 国語教育 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 国語教育 - STAR日記 国語教育 - STAR日記 のブックマークコメント

国語の教育は、もっとシンプルでよいと思う。テストで、「傍線部はどういうことか。説明しなさい。」とか、「傍線部の理由は何か。次の選択肢から選びなさい。」とか、そういう問題を解けるようにするための教育じゃない。


文章を読み、考え、書き、交流する。それを押さえられたらいいんじゃないのか。

2019-06-06

言葉の支配

| 20:27 | 言葉の支配 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 言葉の支配 - STAR日記 言葉の支配 - STAR日記 のブックマークコメント

人間は、実は相当意識していないと、自分の使っている言葉に支配されているのではないか。


日本人であれば日本語の、アメリカ人であれば英語の影響を受けている、というわけだ。


英語圏は、けっこうストレートに自分の考えを述べる傾向にある。逆に日本人は、以心伝心という言葉があるように、言葉や態度に含みを持たせる傾向にある。


もちろん、個々人で差はあるが、おおづかみに言えばそうなるだろう。


それで、英語は結論を先に言う。文構造がそうなっている。日本語は最後になるまで結論がわからない。こうした言葉のあり方が、考え方に影響を及ぼしていると考えられる。


これに関しては、もうすでに主張されている方がいるだろう。勉強はまだまだし足りない。